適当に・・・

適当に・・・

第九話

呪われた交差点
見通しのいい交差点で、信号もついているのに、なぜか事故が多い。
そんな場所がどの町にも一ヶ所くらいはあります。
F市の交差点は、まさにその典型でした。
地図で見ると、まるで定規で測ったように直角に交わっていて、横道も、
視界をさえぎるものも何もない。それなのに、事故の多さはF市一番でした。
もうずいぶん前のことになりますが、 
私はその交差点の近くにある「K」というファーストフードのチェーン店で、
アルバイトをしていました。
そこで、不思議なことに出会ったのです、何度も……。
その店には、
シンボルマークになっている大きな人形が店頭に置かれていました。
店がオープンしているあいだは外に置かれているのですが、
閉店後はきれいに掃除した店内にしまって、ドアをロックして帰ります。
点検を終えると、
従業員専用のドアに鍵をかけるのは決まって店長の仕事でした。
ところが、私はバイトをしはじめてまもなくの秋のころ、
「夜、人形が動いている」という
噂がバイト仲間のあいだで囁かれるようになったのです。
「まさか、そんなことあるわけないじゃん」
「ホントだよ、嘘じゃないって」
「泥棒じゃないか?」
「何も盗まない泥棒なんて聞いたことないよ」
バイト仲間でのそんな話がお客様に伝わってしまっては困ります。
そこで、私たちは店長に相談して、ある実験をすることにしたのです。
夜、人形を店内に入れてから、
人形の台座の部分にチョークを貼り付けました。
人形が動けば、床にチョークのあとがつく、というわけです。
おかしな噂を聞いてから、
私はずっと誰かの悪戯に違いないと思っていました。
実験の日、私たちはいつもより厳重に戸締まりのチェックをしました。
次の日の朝、私はいつもより早く起きて店にかけつけました。
閉店一時間前だというのに、もうバイト仲間はみんな集まっていました。
「どうだった?」
私が聞くと、仲間のひとりが黙って床を指しました。
見ると、床のいたるところにチョークのあとが……。
テーブルや椅子をよけるように、通れるところ、
すべてにつけられたチョークのあと
……。その螺旋状のあとをたどっていくと、
人形はまるで私たちをあざ笑うかのように、トイレの前に立って、
こちらを向いていました。
店長に促されて、
私たちは床につけられたチョークのあとをきれいに拭き取り、
いつもの場所に人形を置くと、それぞれの持ち場につきました。
その日一日、私は人形の背中をちらちら見ながら、
いまにも振り返るのではないかと、落ち着きませんでした。
そして、それ以来、人形のことについて話をする者はいなくなりました。
なぜ動いたのか、まったくわかりませんが、
もうそのことを話題にしたくなかったのです。
しかし、本当に怖いことは、その年のクリスマスに起こったのです……。
クリスマスイヴとクリスマスの二日間は、お客様の数がふくれあがり、
一年中でいちばん忙しい日になります。
そのクリスマスイヴのことです。
ふとカウンターから入口のほうを見ると、
自動ドアの前に母親らしい人と小さな男の子が手をつないで
じっとこちらを見ています。
<あれ? どうして自動ドアが開かないんだろう。 故障かな?>
と思って、ふたりの足元を見ると…膝から下がスーッと消えていて、
マットの上には何も乗っていないのです。
「やだー!」
私は思わず目をつぶり、カウンターのなかでしゃがみこんでしまいました。
「どうしたの?」
バイト仲間に声をかけられて、恐る恐る立ち上がったときには、もう、
親子の姿はありませんでした。
「いま、外に男の子とお母さんが立っていたよね」
私が聞くと、すぐそばにいたバイト仲間は、
「ぇ? 誰もいないよ。 だって、ドア開いてないじゃん」
といいます。
言葉にできないいやな気分が、胸のなかで大きく広がっていきました。
それからしばらくして、
自転車に乗った小学五年生くらいの女の子が店にやってきました。
予約していたクリスマスセットを取りにきたのです。
きっとこれから家族でクリスマスパーティをするのでしょう、
女の子は嬉しそうに店を出ていきました。
みんなが楽しい時を過ごす夜に、
バイトしている我が身を悲しく思っていた時、
「キーッ!」
大きなブレーキ音が交差点のほうから聞こえてきました。
そして、「緊急者だ!」と叫ぶ声がつづきました。
店長がすぐに受話器を取って一一九番をしている脇をすり抜け、
私たちは外にでてみました。
すると、交差点にはさっき私が手渡したクリスマスセットが無惨に散らばり、
女の子がピクリともしないで倒れている姿がありました。
自転車はグチャグチャです。
「救急車も警察も呼んだから、みんなお店に戻りなさい」
店長に促されて、私たちは店に戻りました。
あの女の子がどうなったのか、わかりません。
ただ、私は、事故の起こる前に店のドアのところに立っていた
不思議な親子のことが頭にこびりついて、
なかなか仕事に集中できませんでした。
そして次の日も、朝から忙しい一日でした。
イヴは夜が、クリマス当日は昼が忙しい時間帯なのです。
あっという間に時間が過ぎ、夕方も遅い時間になると、ようやく一段階です。
予約のお客様もほとんどやってきていたので、私たちは一息ついていました。
そして、ふと外を見ると……三人連れの家族がじっとこちらを見ています。
<ドア、開かないのかな?>
そう思って、よく見ると、店の外のマットの上には何もなく、
ただ三つの顔が宙に浮いてこちらを見ている……。
私は目の錯覚だと、もう一度、よく見つめました。
すると……三人連れのふたりは昨日の男の子と母親、そして、そのあいだに、
あの事故にあった女の子がいたのです。
「外、 見て! 外!」
私は並んで立っているバイト仲間にしがみつくようにしていいました。
「何いってんのよ、誰もいないじゃん」
そういわれて、そっと顔を上げると、
そこにはただ夜の交差点が冷たく広がっているだけでした。
その日をかぎりに私はバイトを辞めました。
それから何年か経ち、私の勤めていたファーストフードのお店はなくなって、
いまは回転寿司の店に変わっています。
F市でいちばん事故の多いその交差点は相変わらず、事故が頻繁に起こり、
「交差点の工事の時に、人骨がたくさん出たのに、きちんと供養しなかったらしい」とか
「交差点の真ん中にはお地蔵様が埋められたままなんだ」
といった噂が流れるようになりました。
本当のことはわかりません。
けれども、クリスマスがここに近づくと、私はドア越しに見た、
あの三人の悲しげな顔をいまでも思い出すのです。

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