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空想世界と少しの現実
死の世界
「俺はセラでいいよ!君の事は何て呼べばいいかな?」俺の問い掛けに少しの間俯いて、
「ロンでいい。」
たった一言そっけない言葉で返事をする。やれやれ、このお嬢さんは余程聖職者が嫌いなのかね。十字架の入っているポケットにきつい視線を注ぎ、露骨に警戒心を露にしたままだ。
「君の存在は、他の人間には見えないんだろ?だけど誰かに気がついて欲しくて、街角に立ち始めた、当たっているでしょ!俺の勘!」(。-∀-) ニヒ♪すると彼女は、俺の顔を妖艶な瞳でじっと見つめ、
「その通りさ。もう自身の存在に気がつく人間など、この世にはいないのかと思っていた。誰にも気がついてもらえないのは、結構苦しいものだ。私は確かに、この空間に存在しているのに、空気のように見えない存在だからな」
静かな呟きだった。「でも何で存在が無いはずの君と、握手出来たのかな?」素朴な疑問を投げかける。
すると彼女は口元で微笑を浮かべて、
「私がお前に触れたいと望んだからだ。私の望みは全て現実になる。たとえば空間を飛び越えようと望むなら、四次元の世界にも飛べる。外国に行きたいと望むなら瞬時に飛べるのさ」
ヮ(゚д゚)ォ!「なんて便利な!人間は一緒に飛べないの?」
「飛べなくは無い。だけど肉体が引きちぎられるぞ。過去に一度共に飛ぶことを望んだ者がいて、手を繋いだまま一緒に飛んだら、大きな悲鳴と共に一瞬でその存在が無くなってしまった。私の手の中に残されていたのは、その人間の指四本だけだった。体中は、人間の返り血で真っ赤に染まっていたな。肉体のあるものと無いものとじゃ、負担も異なるのだろう。お前が死ぬかもしれないが、一緒に他の空間へ飛んでみるか?」
なんて子だろう!想像するだけでも恐ろしい事を、顔色ひとつ変えず淡々と話すっ!!((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル「いいえっ!!丁重にお断りしますっ!!まだ若いもん!死にたくねぇっ!!」
「なんだ、肝っ玉の小さい男だな。それでも聖職者か!生き方に迷う人間に対し説法をしたり、死者にアーメンと言ってきているんだろ!死に対する恐怖心など、かなぐり捨てないと、聖職者になどなれないと思うがな」
(>д<;) 仰る通りっ!!うへぇ、明らかに俺より小娘っていう姿なのにさ、言う言葉は的を得ていた。死の世界に、その身を置いているからなのだろうか??なんだか不思議な子だ。
「まあいい。セラ、お前はこの国から出た事が無いのか?」
唐突な問いかけに思わず「はぁっ!!」と素っ頓狂な声を上げる。
「以前、私と飛びたいと願った者は、他の国にも行った経験が無い人間だったからだ。だからお前もそうなのかと推測をした」
静かに語り掛ける様に話すロン。
「うん・・・そう。俺は生まれて此の方、一度も国を出た経験が無い。だから世界の広さを知らないのさ。もっと広い世界を見てみたいとの希望はあるんだけどな」正直な気持ちだった。何で俺、ロンにこんな話しているのかね・・・
「そうか・・・私も同じだった。狭い島国を飛び出して、広い世界を見たいと願い続けてきた。写真だけでしか見たことがない世界を、自身の眼で眺めてみたかった」
少し俯いて呟く彼女。何だかとても悲しそうに見えた。「ところでロン、君はどうして・・・その・・・魂が浮かばれないわけなのかな。失礼な質問だって解ってる。良かったら聞かせてくれない?俺、ロンの役に立つかもしれないし」
次第に彼女に小さな興味を抱き始めている。伏せた瞳が、真実を言い出すかどうか迷っていた。やがて深い溜息をついて瞬きを二、三度した後に静かに話し出した。
「私は東洋人だった。とある小さな島国港町が私の故郷だ」
「質素だけど、毎日を丁寧に生活をする、父と母の許に生まれ、16歳までそれはそれは、大切に育てられた。私は一人娘だったからな。私の時代は鎖国が解けたばかりでな、たくさんの外国の船が港を賑わし、見たことが無いような髪色の、背の高い外国の人間達が多く訪れていた。家業が機織だったからな、その光景が珍しいのか、たくさんの外国人が見に訪れる」
「最初は言葉も全く解らなかったが、次第に身振り手振りで、相手が何を聞きたいのか、理解できるようになっていったんだ。やがて私は自身の国ではなく、遠い外国に憧れを抱くようになっていった。海外に憧れを抱く私に、父も母も、この国以外に私の居場所はないと、毎晩のように説得をする。それでも一度抱いた想いは、そう簡単に消す事など出来なかった」
「私はある日、翌日朝に外国に出港する船の船長に、賄賂を握らせて、こっそりと船底に潜り込ませて貰った。無事に船は出港したんだが、途中に激しい大しけに見舞われて船は沈没。無論乗っていた私も、船もろとも大西洋に沈んだというわけだ」
「気がついたら、多くの魂と共に、大西洋の上空から沈んだ船を見下ろしていた。ひとつ、またひとつと他の魂は消えていくのに、私はいつまで経っても、消えることが出来ない。天に行きたいと望んでも、消えることが出来ないんだ。なぜだろうといろいろと思案するも、答えが解らない」
そこまで話し終えると、彼女は再び溜息をついた。
「ロンは後悔しているの?自身の選択した事に?」俺の問い掛けに首を左右に振り、無言のまま
そうじゃない
と動作で示す。
「ただ、解らない。どうして私の魂を天が救い上げてくれないのか。なぁ、セラヒン、教えてくれ!私を産み出してくれた、父と母を悲しませた罰なんだろうか?私は死後、魂は吸い寄せられるように、両親の許に戻っていたんだ。そうしたらいなくなった私を、父と母は半狂乱で探していた」
「手を差し伸べて肌に触れても、気がついてもらえない。父と母の温もりは、実体が無くなってもこの手に伝わるというのに。気がついてもらえない苦しさと、両親に対する申し訳なさで、実体がないのにも関わらず涙が流れている感覚なのさ。それは、両親が亡くなった今でも感じているんだ」
「私は、両親の言う通り島国で暮らしていれば、安寧な生活も、そして人を愛する喜びも体験出来たのかもしれない。だけど、自身が島国を出る決意をした時には、私に対する、両親の深い想いにも気がつかなかった。己の感情を優先してしまったが故に、産み出してくれた両親より、先に命を落とすという結末を生んだと考えている。セラヒン・・・天に行けないのは、両親を悲しませた私に、神が与えた罰なのだろうか?」
縋るような視線だ。「ロン、辛かっただろうね。自身を探し回るご両親の姿を見て、きっと君は心が引き裂かれるくらいの、激しい苦しみを味わったんだろう。子供は時に、親の選んだ物事に反発し、自身の可能性を求めて、大海原に出ようとするものなんだ。きっと船に乗る決意をした君も、そうだったのだと察するよ」
「ロンが世に留まる理由の一つは、両親に対する、君の後悔の感情じゃないだろうか。神はご両親に対し、ロンが深く懺悔をしていると、既に察しているはず。俺の考えだけど、君が天に召される為に考えられる行動は一つだけ。君自身が誰かを救わないと、神は天に行く事を許してはくれないだろうね」
「私が・・・誰かを救う・・・そんな難しいことが出来るのだろうか。実体の無い私に」
俯く彼女を見つめて、「でもやるしかないでしょ?君は本来、行くべき場所に逝かなくてはならないのだから。そしてまた新たな命を得てこの世界に誕生するんだ。生も死も、コインの表と裏のような、表裏一体の自然現象だからね。今生きている俺と、実体の無い君。同じ空間に本来はいないのだろうけど、神がきっと俺達を出逢わせたんだろう」
神が君を救ってやれって、俺に使命を下したんじゃないだろうか。伏せた瞳が悲しげに揺らぐ。可哀想に、この子はどれ程の長い時間を、孤独のままで耐えてきたのだろう。「ロン、君が触れたいと望むなら、いつでも触れればいい。君のその手を俺の温もりで温めてあげるから。凍えたままじゃ、心まで冷え切ってしまう」
「人はね、温もりに触れると元気をもらえるんだ。希望を分けてもらえるものなんだよ。俺、一応神父だしね、人に希望を与えたいと願う側でもあるからさ。少しでも君の役に立つならば、喜んで協力させてもらうよ!」
「セラヒン・・・」
縋るような視線を投げかけて、小さく消え入りそうな声で
「ありがとう・・・」
と呟いた。「心が少し楽になった?人間って人間でしか癒せない部分もあるんだよ。同様に救いを与えるのも人間だったりするんだ。じゃあ、まずは何から始めようか。そしてロン、君は誰かに入り込むことは出来るのかい?実体が無いとやはり不便かな?」
「私自身は全く不便じゃないぞ。食事も取らなくていいのだし。入るには、シンクロするくらい、波長が似た人物じゃないと入れない。第一、そこまで波長の似た人間などそうそういないのだし、今まで出会った事すらない」
「そうか。じゃ、暫くは今のままでいいかな。ロンと話している時、周りの人間には君の姿が見えないから、奇異に映るかなって考えたんだ。ついに、セラヒンが狂っちまったかなんて言われるのも癪だしね!」
「そうか・・・ならば早く、シンクロする人間を探さないといけないな」
呟く彼女を見つめて、「俺の事情だから君は気にしないでいいよ。小声で話せばいいのだから。さーて!ロンを天に返す為に、色々と勉強しないとね!図書館でも行くか!ついておいで!ロン!」声を掛けると、少し嬉しそうに笑って俺の手を握った。相変わらず冷たいけれど、自身の手の温もりで、孤独で冷え切った、小さな手を温めてやりたかった。16歳か・・・歳の離れた妹が出来たみたいだな。ふとそのように想った俺だった。
「なぁ、セラヒンは妻はいないのか?」
「いないよ。離婚したから」
「離縁しているのか・・・」
「離縁って、随分古風な言い方をするんだね」少し微笑んで彼女を見つめると、
「私の国は、離縁は一大事だからな。女人が殿方と離れて実家に戻ると、出戻りなんて言われるんだ。女にとっては屈辱的な言葉さ。結婚はしていないからな、ただ許婚はいた。好きでもなく会った事すらない相手と、添い遂げられたのだろうかと、考える時がある」
「ふーん・・・会った事も無い人間が許婚なんてどうよっ!!って感覚だよ!俺にとっては。もっとも恋愛で結ばれても、俺のように離婚する人間もいるけどな」苦笑すると、彼女は俺を見つめて薄く微笑みを浮かべた。
「セラ、殿方から見て私はどのように映るのだ?客観的に見てどうなのだろう?」
「気になるの?お年頃だもんね!」少し恥ずかしそうに俯く様子が、歳相応の態度でなんとも可愛らしい。
「そうだな、ロンはね、かなりの美人だよ。おそらく君の両親は、自慢の美人娘だと思っていただろうね」
「美人・・・なのか・・・」
「うん、大きな瞳と長い睫毛。東洋的な神秘的な魅力を漂わせてる。でも、ロンの髪、東洋人なのに何故金髪なんだろう?」
「知りたいか?セラ?」
「知りたいし興味があるよ!」正直に答えると、いたずらっぽくクスクスと笑い声を上げた。
「東洋人ではなく、外国の人間になりたかったからさ!自身の意思で、好みの色と髪形を願ったら今の姿になった。本来の髪色は、烏の濡れ羽色のように艶やかな黒髪だ。気が向いたらセラに見せてやろう。」
「そいつは嬉しいね!東洋人なんて会った事もないんだもの。烏の濡れ羽色なんて、さぞかし美しい黒髪なんだろうよ。君によく似合うだろうね」
素直な感想だったんだけど、ロンは顔を真っ赤にして、慌てたように俺の手を離した!「どっどうしたんだよっ!!」
「なっなんでもない・・・」
「褒めたから照れているのか?ロン、海外の男ってね、率直に意見を言うんだよ。美人には綺麗だねって言うし、感じたままを口に出す。無論例に漏れず俺もそう。君の事はまだよく知らないけれど、会った時に美人だって思った。男はね、神秘的な美人に弱いんだよ!」
「図書館に行く前に、自宅に寄って着替えていいかい?図書館といえども、可愛い女性をエスコートするんだから、仕事着のままで行きたくないからさ!」笑いかけると耳まで赤くして俯く。こりゃ相当な初心だね!っていうか、俺が相当おっさんっぽいっのか!!。゚(゚ノ∀`゚)゚。ァヒャヒャ
「セラ、褒め言葉って嬉しいが、やはり照れくさいものだ。島国の男たちは、女人を殿方より下だと見ていたからな。口説き落とすより、手篭めにしたほうが、早いなどと考える輩も多かったぞ。男というのは乱暴で粗雑で卑猥な印象しかない。」
*゚Д゚)*゚д゚)*゚Д゚)エエエエェェェ「そうなのっ!!そんな男ばかりじゃないぜっ!!言っておくが俺は紳士だからなっ!!ロンの国の野蛮人と一緒にしないでくれよっ!!」ヾ(;´Д`●)ノぁゎゎ
「ふーん・・・どうだかな。簡単には信用できん!第一、セラはどうも馴れ馴れしいっ!!」
「はっきり言いますね、君は。(>д<;) 馴れ馴れしいは心外だね~!君と仲良くなりたいから、色々話しているんでしょ?言葉はコミュニケーションなんだからね!あ、此処が俺んち!ボロアパートだけど、まあ住めば都というやつでさ、何とか暮らしていけてるよ!中へどうぞ、小さなLady!」
背中を軽く押すと、一瞬躊躇して視線を泳がせたロンは、
「こっ此処で待ってる」
小さく呟いて入り口で立ち止まる。「そう?じゃあ待ってて!すぐに着替えてくるよ!」男の家に上がり込むのにも抵抗があるんだろう!警戒心が強い子だね。でも、身持ちが固い子の方が男にとっては魅力的だ!ん?なんで俺こんなこと考えているのかね??彼女は実体が無いんだぞ!急いで着替えながら、頭の片隅で想う。
セラくらいの男性と接した経験の無い私は、背中を触れられる仕草でさえも身が竦むようだ。警戒心を解こうと、心を砕いてくれているのは十分に解るのだが、やはり異性の存在はそう簡単に慣れそうもなかった。それにまだ会ったばかりだ。彼を知っていくのに、じっくり時間を掛けていっても罰は当たらないだろう!アパートの入り口に佇んだまま考える。
子供でもない、でも大人でもない私。セラは、自身を救う存在になってくれるのだろうか。少なくとも今の自分には彼しかいないのだろう。「Seraphins・・・か・・・」口に出して呟いてみる。彼の名前はポルトガル語で天使。九天使の中の最上位、最高の愛の焔の所持者・・・
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