お酒好き主婦のひとりごと

お酒好き主婦のひとりごと

2006/09/27
XML
カテゴリ: 日記
お久しぶりです・・・。
かなりサボっていましたが・・・
実は、ケガをしまして・・・・

やっと復活です!。

何があったのか・・・・
知っている人もいるかと思いますが、書きましょう!


え~~~・・・ことの始めは、9月9日(土)の出来事。

この日は、9回目の結婚記念日でした。
息子(4歳)が『みずぼうそう』になっていたが、熱も微熱、水泡もまだ少なく、機嫌もいいので、

食べに行った焼肉屋は、私が住んでいいる市以外に隣の市にもあり、今回は電車に乗って隣の市に行く事にした。

我が夫婦は2人共お酒が大好き。いつもはじゃんけんで『負けた方が運転手』を決めているのだが、
今回の移動手段は車ではなく『電車』。なので、どちらかが悔しい思いすることなく、飲み始めた。

やっぱり、最初はビールでしょ! ってなわけで・・・。

旦那はず~とビールを飲んでいたが、私は2杯目からチュウハイに変え・・・。
たぶん、旦那も私も4杯ずつは飲んだと思う。

そして、帰り道・・・。
「あの店に行ってみるか!」と旦那がいった。
そう・・・あの店とは、我が家の裏に最近オープンした小さな店。
以前は寿司屋だったのだが、移転しその後に和食屋さんとして違う人が始めた。
ご近所だし、もし気に入ればこれから飲みに行けばいいし・・・なんて感じで。


店に入ると、保育園でよく見かけ話した事もあるお母さんがいた。
どうやらその店は、そのお母さんの父が始めたという。
「ゆっくりしてってねぇ~」といってそのお母さんは帰っていった。

カウンター6・7席 座敷2席 という 小さなお店。
カウンターに男の人が2.3人いた。そして私たち夫婦もカウンターに座った。



(店の中の会話は方言&酔っぱらいですので、ご了承ください)

「あんた達は 家は どこだん?」と隣のおっちゃん言われ、
「すぐ、裏ですよ。○○さんの隣です」
「ほっかん、そりゃ~ 近くていいのん」
「でしょ~ 転がってでも帰れるからねぇ」
なんて会話をしていた。
近所の人ばかりで、議員さん(何の議員かは忘れた)やら、
小さいけど会社の社長さんやらという人たちだった。

旦那は生まれも育ちもこの町なので、おっちゃんたちと町内の話で盛り上がっていた。
私も時々会話に入りワイワイと楽しく話していた。

・・・気が付くとボトルは空になっていた。私は一切ボトルには触っていない。
なぜなら、私がボトルに触ると、どんどんアルコールが濃くってしまうからだ。
だから、この日は旦那に注いでもらっていた。・・・・でも空になった。
隣のおっちゃんが、「これ飲みな」といって自分のボトルを差し出してくれたが、
「いいですよ。 もう1本ボトル入れるから。」

ボトルをもう1本入れたかどうかは・・・・定かではない。

そう!      私の記憶はここまで♪


ここからは、旦那から聞いた話。 旦那も酔っ払いなので曖昧だが・・・・

やっぱり、もう1本ボトルを入れたかどうかは憶えていない。

はっきり、憶えているのは病院からだったという。(私も病院で処置中に気が付いた)

その前は・・・はっきりしない旦那の記憶。

23時ちょっと過ぎには店を出たらしい。

旦那は なにやら溝みたいなところにはまって寝返りが打てず気が付いた(らしい)
手を見ると血で手が真っ赤になっているので救急車を呼んだ(といっている)

携帯の通話記録を見ると、2時ちょっと過ぎに『119』に電話をしている。(らしい)

救急車が来て、たくさん人(救急隊)がいて、お店の大将が心配そうに見ていた。 という。

この店は、坂を利用していて、道から鉄板で出来た階段を上がって店に入り、
道からコンクリートの階段を下がるとちょっとして空間が出来ている。
道から下へは2メートルぐらい。

私は、・・・いや、私たちは酔って階段を踏み外し、約2メートル下へ転げ落ち、
そのまま寝てしまい、3時間ぐらい経ってしまった。  となる。
手が真っ赤になったのは、私が後頭部を強打し、切って血が出ていた。ということだった。

病院で、CTだかMRIだか検査をして、
後頭部の髪を剃られ、何針縫った。それ以外の手当はなし。
化膿止めだか、痛み止めだか薬をもらい、
病院からタクシーで帰ったのは3時過ぎ。そして布団に横になった。

10日(日)
いろんな所が、痛くて寝れやしない(自分が悪いのだが)。
旦那も脚を擦りむいたり、背中を強打していたらしく(擦り傷が出来ていた)「痛い!」と叫んでいた。
その上、みずぼうそうで機嫌の悪くなった息子と、やたら元気いっぱいの娘が帰って来た。
(もう最悪だった・・・自分が悪いんだけど!)
病院から戻ってそのまま寝てしまったので、娘が私の服を見て「ママ、服 真っ黒」というので、
脱いで見ると・・・確かにオレンジ色の服の背中が血液で真っ黒。
体中が痛くて立ち上がることが出来ず、座るのもやっと。
座っていても、痛いし疲れるので、座っていられない。
どうやら、全体的にみて左の方が痛い。・・・左手が痛いというより、しびれて使えない。

夕方に旦那が義母に報告しに行った。義母は・・・・
「はっ、そういえば2時ごろ救急車の音がしとったけど、てっきり裏のお婆さん達が
   またタクシー代わりに救急車を呼んだかと思ったら あんた達かん!!」  だって。

そして、旦那はお店にもお詫びしにいった。
お詫びしに行ったというより、ちゃんと支払いしたかどうか2人とも憶えていないので、確認しに行った。
といった方がいいだろう。

大将はとても心配していてくれたようで・・・・。
大将の証言によると、「奥さん(私)『営業中』って看板の下敷きになってたよ」だって
この看板、高さ120cm×幅50cm×厚み15cmぐらいで(測ったわけではないけど、)
『営業中』とピカピカ光る。見た目とても重そうな看板である。
(そんな看板が上に乗ってりゃ体も痛いはずだ。)
「また、改めて遊びにきます。」といって帰って来たようだ。

11日(月)

旦那は一旦仕事に行き、すぐ帰って来た。けが人の私とみずぼうそうの息子を病院に連れて行く為。
市民病院に10時半に行き、(診察してくれたのは1時半)帰ったのは、夕方の5時。
強打した頭の検査や動かない腕などの検査や点滴でかなりの時間がかかった。

このまま左腕が動かなくなった・・・と一瞬思ったが、
利き腕じゃないし、なんとかなるだろう。もし、障害者認定なんてなったら・・・
税金が少し安くなるなぁ~ とのんきな事を旦那と話していた。

頭にはネットをかぶり、首には固定する物を巻かれ、左腕には三角巾。
どこから見てもマヌケな図で家に帰った。
(実際、家に帰ったら義母は大笑いした・・・自分も鏡を見て大笑いした)


4日後にはシャワー、19日(火)には抜糸をした。

そして、先週(22日)まで、義母に食事の支度をしてもらい、他の事はリハビリを兼ねて
少しずつ こなしていった。
いまでも左肩は少々傷み、指先の痺れは残すところ親指だけとなったので、
親指のリハビリにスーパーマリオDSを頑張ってやっている。
(思うように動かないので、イライラするが)



こんな事があっても、お酒を辞めようと少しも思わなかった私は、抜糸2日後から
飲んでいる。まずは、ビール1缶から。
そして週末に缶ビール1、缶チュウハイ5 と調子に乗って飲んだら・・・
翌日、二日酔いになり、頭の傷口が痛かった。
傷口が痛む間は、階段を踏み外し、転落する恐れはなさそうだ。

















お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006/09/27 12:49:10 PM
コメント(1) | コメントを書く
[日記] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


ヽ(`Д´)ノ  
懲りずにまた飲み始めたのか!
もう一回落ちてこい!ヽ(`Д´)ノ (2006/09/27 10:58:38 PM)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: