僕等の世界

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第一章 5000円の男


「ちょっとこっち来いよ。」


昼休み、ベランダで弁当を食べていると数人のクラスメイトに呼ばれ、先程までバカ笑いしていた集団の中へと入り込む。
目の前の机の上には、一昨日配られたA4サイズのテキスト、テキスト・・・。誰一人として手を着けていない様子で、明らかにやり終わった自分のボロボロのテキストとは違うと判る。


「何。」
「俺らの宿題ちゃん。」
「来週の月曜に提出だからヨロシク♪」
「・・・。」


また、か。
バカだよな。
人に宿題押しつけるって事は自分はバカです、って言ってるようなモンだろ?大抵こうやって、他人に何かを押し付けて自分は楽をしようと考える奴の思考回路は同じ様なモンで、こうする事で自分は強い、秀でた人間なんだ、と思いこんでる。人間誰しもナルシシズムな部分は有るが、コイツ等はそうとは知らず生きている。これからもそうやって生きてくんだろう。これだから頭の回らない奴は嫌いだ。
全く、バカだ。


「あぁ・・・判った。」




俺は、バカだ。




食べかけの弁当を食べにまたベランダに出た。
ココの高校に入学してから4ヶ月。暖かかった日差しも、今では暑いと言う方が合っている。
風は心地良いくらい静かに耳を掠める。


「片瀬君。」


名前を呼ばれ振り向くと、其処にはクラスメイトの岸田梓が居た。
出席番号が前後で入学当時、一番最初に言葉を交わしたのが岸田だった。と言っても、名前を教え合っただけのこと。


「・・・何?」
「イヤならイヤってちゃんと言わなきゃ駄目だよ?」


眉間に皺を寄せ、多少憐れむような表情で斎に話し掛ける。

何だソレ。
同情?警告?
どっちにしろ、ホント・・・余計なお世話だ。


「・・・どうも。」


“どうも”
感謝とも、流したともとれる。どちらにしろ感情は籠もっていない。斎は広げていた弁当を片づけて、素っ気ない態度でその場を去った。


そろそろ次の授業が始まる時間。







ボーッとしていると授業はいつの間にか終わっていて、HRが始まる時間が近づいていた。


「オイ、お前が片瀬か?」


先程岸田に呼ばれた時よりも低い声で呼ばれた。其処には斎より体躯の良い、所謂スポーツマン的な男が斎を探るように立っていた。
この学校では、ネクタイの色で学年が判別出来るようになっている。1年は赤、2年は緑、3年は青。目の前に居る男は青のネクタイ。3年だ。


「そうですけど・・・何か?」
「少し良いか?」
「・・・少し?」
「いや、結構掛かるかもな。」
「・・・程々に。」
「放課後に、そうだな・・・図書室だ。」
「・・・あぁ、今日は閉まってるのか・・・気が向いたら。」


見ず知らずの男。
でも、一つだけ知っていること・・・。


『少し良いか?』
『少し?』
『いや、結構掛かるかもな。』
『・・・程々に。』


俗に言う「合い言葉」のようなモノ。

これを知っている奴は「ホモ」「淫乱女」「情報屋」くらい。


今声をかけてきた奴は恐らく「ホモ」。見たことのない顔だったから、きっと情報屋からでも買ったのだろう。情報と言っても簡単に言えば【俺の営業時間】の事。一応、時間帯は決まっている。つまり公にバレるとヤバイ事をしているから・・・。
時間帯は日によって違う。だから、合い言葉を知ってる奴でも情報屋から【営業時間】の情報をわざわざ買わなければならない。まぁ、情報屋がその情報をどうやって手に入れてるかなんて、俺にはどうでも良い事だから気にはしていない。極端に言うのも何だが、情報屋が情報を売るから俺は稼いでいられる。一応少しは感謝しているのだ。


HRが終わるとゆっくりと図書室に向かった。




「よぉ、気が向いたのか?」
「ハズレ、暇だから。」
「どっちでも良いけどな・・・ココ座れよ。」
「・・・。」


今日は下か・・・。

「喰」

俺はコイツを呑み込んでコイツは俺に吐き出す。
ただそれだけ。

『5000円の男』

俺はそう呼ばれてるらしい。由来は本番1回5000円という激安の価格かららしい。普通の売春してる女なら1・2万は軽く越える。
何故こんなにも安いのか?
理由は簡単だ。安ければ食い付いてくるバカは腐るほどいる。安過ぎもテクに自信が無いと思われ、逆に客足は途絶える。『5000円』これが丁度良い価格。
1度に多くの金を取るより、安くして多くの奴を相手にすればそれなりに貯まる。男でも女でもどっちでも良い。受けだろうが攻めだろうが構わない。


今は、金が要る。




           『___幻愛の世界へ逝こうじゃないか
               振り返っても現実は辛い
               イマ売って ミライ買って

               幻愛の世界へ逝こうじゃないか
               見下ろしても現実は辛い
               ミライ買って イマ売って___』




軋む冷たい長机の上、俺の頭の中で、売れない歌手の売れない曲が流れる。でも、嫌いじゃない。
サビのフレーズが何となく、俺と似てるから・・・。











事情が終わった図書室で一人、斎は腰の痛みが引くまで本を読んでいた。今日は定休日。誰も入ってくる気配は無い。




5/2 UP



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