きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

菅直人の悪辣発言など

2005/11/17

 5年前に出版された 『謀略の環― 山崎正友 の暗躍とそれに乗った人達』 (吉村元佑著)に、民主党が大敗した、今の政治状況を予見するような記述があったので、抜粋。
 特に悪質な菅直人の発言には注目。  “ 創価学会 が日本の政治を支配する” だと!?w
 戦前、戦後から、数十年にもわたり、良き市民たろうと心掛けてきた 創価学会 員を、 “何の根拠もない憶測” だけで一瞬で蹴落とす大馬鹿者。 こんな男が、時流に乗ることで “日本の野党第一党の党首” になったとは!
 どうせ、 「人権」 よりも何よりも 「党利党略」 しか考えてないのだろうが、そんな “必死過ぎる男” を 「総理」 させたいと思う者がいるとでも?
 もし、なにか問題があるなら、しっかりと根拠を出して、相応の手段で対処すればいい。 選挙前にだけ、 公明党 の票を削る目的だけで無責任な発言をし、純真な信仰者を踏みにじるような悪辣な真似はするなと言いたい!
 どれほど、人間として無神経な男か。

 さて、 「自自公」 路線が実際にスタートしてみると、その手垢の付いた手法(= 「四月会」 などの不当な学会弾圧)を、また、踏襲しようという人たちが現れるのだから、世の中は面白い。多分、また、選挙が近くなったらしく、議員さんの尻に火が付いた、というお知らせなのだろう。(略) 
「自自公」 が動き出した9月になって、民主党議員を主体とした 「宗教と政治を考える会」 なるものが発会した。名称は、立派である。しかし、本音は、 創価学会 を支持母体にする 公明党 の連立政権入りに反発する宗教団体との連携を深めようと、との腹と言われている。
 相も変わらず、学会批判を強めて、与党を分断しようという作戦の焼き直しに過ぎない。式に参加した来賓の顔ぶれから言っても、 「四月会」 で “死学会” の目的を果たせないでいる面々が、時流に合わせて、寄生する幹を増やそうとしていることが伺える。
 それにしても 「民主党」 に対するイメージは、既成政党のなかにあっても、なお清新、純粋という言葉で表現してもいい存在であった。その印象が、残念ながら、一気に崩れ始めている。
世間では、まだ、 “良識ある政治家” の一人で通用する菅直人代表(当時)の発言である。
「一つの宗派が一つの政党を丸ごと支援する形は支援というより、政党の人事まで事実上決定することになる可能性が大きい。一つの宗派が一つの政党を支配するのは日本の民主主義の本来の姿とは異なり、矛盾する」 ( 『共同通信ニュース』 平成11年8月25日配信)
 今までさんざん聞いてきた “ 創価学会 支配論” である。 憶測の域を出ない発言で、連立が日本支配の道を開くぞ、と危険信号のレッテルだけはしっかり貼っている。 言葉が政治家仕様になっているだけで、これまでの俗悪メディアの論調とどこがどう違うのか。

 今まで良い市民として生活してきた人を指して、 「あいつは将来、人を殺すかもしれない。今のうちに自由を制限するべきだ」 と言っているのと、どこがどう違うのか? 菅直人よ、 「人権」 って言葉、知ってるか?w
 当時は 「まだ、 “良識ある政治家” の一人で通用する菅直人」 も、そろそろ、通用しなくなってきてるw

 新しく民主党の顔となった鳩山由紀夫代表は、純粋培養を空想させるほど、理想に燃える政治家と映っていた。ところが、最近、この第一印象と現実が噛み合わなくて、少々、戸惑っている向きも少なくないという。
 三党連立政権樹立に当たって、これに批判的な 公明党 の若手国会議員が、自民党の野中広務官房長官(当時)から金が渡った、などと、彼が、週刊誌( 『週刊ポスト』 小学館)に語ったからである。これがまた、事実無根。結局、鳩山と小学館は 公明党 、野中幹事長代理の双方から名誉毀損で訴えられている(=賠償金を伴う和解で決着)。それに対する代表自身の対応で、もっと失望した人が多い。 
「私は聞いたことを言っただけだ。真実かどうか分からないと週刊ポストに言った。書く書かないは週刊ポストの判断だ」 ( 『読売新聞』 平成11年10月29日付)
 短いコメントだが、政治生命が風化してしまいかねないほどの拙劣な内容になっている。
 腹のすいたハイエナに、食うか食わないかは、ハイエナが判断することだ、と言って餌を投げ、問題が起これば、ハイエナのせいにして逃げる。同じ手法でマスコミを騒がせてきた無類の連中と、どこがどう違うのか。 野党第一党の代表として、どこに “良識” の欠片がある!
 正面から攻めても攻め切れないことは、今までの経過から身に染みているからこそ、やはり醜聞ネタで、というのでは、あまりにもその名声にそぐわない。やはり旧勢力の洞穴から抜けられそうにないらしい。
 それはそれとして、 「政治と宗教を考える会」 のメンバーの多くは、 公明党 議員とは、かつて新進党の同僚議員として、同じ釜の飯を食ってきた仲間である。昔になったとはいえ、細川内閣を共に支えてきた仲でもあった。また、あの “宗教法人法” の改悪が進められた時、共に抵抗した仲ではなかったか。
 それが、いざ、党の袂を分かってみると、 公明党 は 創価学会 に支配されている、であるとか、 “政教一致” だと攻撃材料にして、これまで使い古された便法で蒸し返す。 それこそが 「党利党略」 「派利派略」 の最たるものではないだろうか。
 議員たちに確たる心棒がなく、党利に流され、派利に溺れ、最後は、自分の選挙に少しでも有利たろうとして、かつての仲間の頬を張っても少しも恥じるところがない。第一、先の選挙の時には、学会員から推薦を受け、熱心な応援を得た議員も少なくない。しかも、その人柄に接し、共に手を携えるに足る人だ、と称賛されていた人も少なくないのに……。これには、あちこちで落胆の声が上がっている。
自分の保身にきゅうきゅうとし、状況が変化すれば、自動的に信念まで変換してしまう姿勢からは、 「国民のための政治」 など、到底、生まれようがない。 言葉ではしゃべれても、自分に不利な情勢ともなれば、最後は、 “自身” だけが大事なのだから。

 以前に、 創価学会 や 公明党 の支援を受けながら、 “政敵” になったとたん、 「政教一致で憲法違反」 などと中傷批判する “元同僚” (旧新進党)の 「民主党議員」 がいたという。 政治家の 「党利党略・私利私略」 には、愕然とさせられる……。
 しかし、この “保身” が、生き物の 「生存欲求」 に基づくものと考えれば、根は深い。
 結局、人を根底から良く変えるには、正しい信念、正しい信仰しかないのだろう。

 ともあれ、これからも旧勢力の象徴、 “砦” の住人たち、 「 山崎正友 」 や 「四月会」 などの暗躍がやむことはないだろう。むしろ袋小路に追い詰められた彼らが総連合し、反撃の機会を狙うのはこれから、という見方がないわけではない。 また、 公明党 の政権入りを “違憲” 呼ばわりする議員を抱える、自民党内部とて波乱含みでないはずがない。 そうなれば先行きが不透明にならざるを得なくなるだろうことは、今からでも十分、視野に入れておく必要がある。
 しかし、どう政局が揺らごうとも、また、政界再編の何幕目かの緞帳が上がろうと、上がるまいと、そう慌てることではない。
極悪と連帯したり、媚を売るような旧勢力は、到底、新世紀の主役たり得ない、とわきまえれば済むことである。 「国民のための政治」 という志を共にする人たちと、肩組み王道を闊歩すればいいことである。賢明な 「庶民」 はそれを望んでいる。

 まるで、今回の 「郵政造反騒動」 を予見するかのような記述。 9月の総選挙では、 「四月会系議員(亀井・平沼・綿貫・小林等々)」 を自民党から放逐できたのは、素晴らしい結果だった!w 
「棚からぼたもち」 を待つだけの民主党議員= 「旧勢力」 が大量落選したのも、まったく道理。
「保身」 で純粋な信仰者を攻撃する、こんな非道で愚かなヤツらはいない。


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