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軍豆日誌 3
――― 副官の教訓3
『けじめをつけさせるのに、手段は選ばず行使する』
~*~*~*
1度、その手の譲歩をしてしまうと、次には逆手に取られて要求のハードルが高くなるものだ。駄目なものは駄目と、毅然とした態度や対応も、やはり大切なのだと近頃しみじみ思うことが続いている。
ソファでぐったりと伸びているエドワードの視線の先には、鼻歌でも歌いそうな様子でロイが書類を捌いている。
――― こんなんじゃ、身体がもたない・・・。
次第にエスカレートするロイの要求に応えていては、とてもじゃないがまともに職務を遂行する事さえ出来なくなる。
もう気分は男娼だ。
緊急の案件が飛び込む度に、ロイが要求することに応える破目に陥っている。最後のラインだけはとそこだけは譲らずに来ていたのに、とうとう今日は・・・・・。
痛む腰を擦りながら、エドワードは何とかへばりついていたソファから苦労して起き上がる。
「無理をしなくていいぞ? 仕上げたら出しておくから」
無理をさせた自覚があるなら、何故止めておこうと思わないんだ、この野郎は!! そう怒鳴ってやりたいのだが、・・・その体力も惜しい。
これで家に帰ったら帰ったで、邪険に扱うと翌日に響く。お蔭で職場でも家でも、エドワードが休まる時が無いのだ。
疲れた身体に鞭打って、隣の部屋へと帰ると、皆が談笑しながら話し掛けてくる。
「おっ、飛び込んだ案件は片付いたのか?」
エドワードに代わってからというもの、業務が滞るということがなくなり、皆も確信を持って聞いてくる。
(俺の身体の犠牲と引き替えに)と愚痴の1つも零したい処だが、さすがそこまでプライドを捨てたくは無い。
「ああ、まぁ何とか・・・」
言葉を濁しながら伝えると、明るい笑顔で頷いてくれる。
「良かったな。エドになってから、俺らも安心して仕事に取り組めるぜ」
以前はやれ探索だ、分担だと走り回されたが、今はそんなことも無く、各々が自分の仕事に打ち込めるようになった。
これもエドワード様様だと、他意の無いメンバーは素直に喜んで見せてくる。
エドワードの業務はいつの間にか、全員に振り分けられ無くなっていた。代わりにロイのお世話係のようなポジションに変わって来ている。
それでもロイの仕事を捌く速度が上がっているお蔭で、誰も不都合等と思っていない。
こんなことで、本当に良いのだろうか・・・・・。
鬱屈とした思いは溜る一方だ。
鬱々としている最中に電話が鳴る。ハボックが手を伸ばし受話器を取って応対してくれている。
二言三言話している表情も明るいから、事件などでは無いのだろうと、ほっと安堵を浮かべていると。
「なぁ、今日着いた書類に変更が出たんだってさ。悪いけど、その点を修正してやり直してくれって」
信頼しきっているハボックの表情には、微塵も出来ないなどと疑いは浮かんでいない。
エドワードは両頬に手を当てて、口を0の字にして叫び声を上げそうになっていると云うのに・・・。
さらさらと変更箇所を数点書き上げた紙を、エドワードに手渡してくる。ごくりと唾を飲み込んでそれを受け取ると、悲壮な顔を隠しつつ、やっとさっき出てきたばかりの扉をノックする。
「やあ、ようこそ」 満面の笑みで迎えてくるロイの表情が、…痛かった。
:::
懐かしいその人に会った時、エドワードは不覚にも涙を零しそうになった。わいわいがやがやと騒がしい中、エドワードのその様子で一瞬に何かを察したのか、ホークアイはエドワードを誘って、隅の人気のない席へと歩いて行く。
「エドワード君、随分無理をしているんじゃなくて?」
大きくなったお腹に手を当てるようにして座るホークアイに心配を掛けるのは心苦しいと思いながらも、エドワードは項垂れるようにして隣に座り込む。
「いいのよ? 何でも話して頂戴。一人で抱え込んでは駄目よ? 困ったことがあるのなら、二人で話し合って解決策を考えましょ?」
母になるホークアイは、以前のような冷徹な雰囲気が無くなり、今のエドワードには慈母溢れる女神に見える。
男の沽券に関わる事だから、出来るだけ話したくは無かったのだが、もう今はそんな事に拘っている場合ではない。
増長しているロイにあのまま好き放題させていては、その内執務室にベッドを入れて、そこをエドワードのデスクにし兼ねない勢いなのだ。
もう自分の職務が副官なのか、玩具なのか区別がつき難い。
ポツポツと語り出す内に、溜め込んでいた不満が一挙にせり上がって来る。表情を固くして聞いてくれているホークアイに、エドワードは洗いざらい今までの経緯を吐き出したのだった。
翌日、性懲りもなく飛び込んでくる案件を、いつものようにロイの執務室に届ける。最近ではエドワードが書類を手に入れば、襟元を外して上着を脱ぐ用意まで始めるのだ。
「――― と云う事で、出来れば本日中に返答を欲しいそうです」
「本日中ね・・・」
既に時刻は夕方に近いと云うのに、どこの部署か知らないが、相変わらず自分の都合しか考えない者ばかりだ。
「では宜しくお願いします。出来上がりましたら、呼んで頂ければ取りに窺いますので」
「・・・・・え?」
さっさと踵を返すエドワードに、ロイの方が呆気に取られる。
「ま、待ちたまえ! 至急必要なのだろ?」
背後からの声に、エドワードはくるりと踵を返して笑顔で答える。
「そのようですが、何か?」
開き直ったとでも思ったのだろう、ロイは挑発的な笑みを浮かべて受け取った書類の束をはためかす。
「欲しいんじゃないのかい?」
「勿論、必要です」
「なら・・・・・判っているだろ?」
襟元に指を差し込んで、仄めかしてくる相手に、エドワードはつかつかと近づいて行って机に手を付いて身を乗り出すと。
「いいぜ、やりたくなきゃやらなくても? その代わり、仕上げないんなら、俺もやらせないから」
にやりと笑いながら、そうはっきりと返しロイの顔を青褪めさせたのだった。
その後、残業して仕上げたロイが、渋い顔でエドワードに書類を渡して来た。それを受け取って確認すると。
「間違いなくお預かり致しました。
さぁ、これ出したら一緒に帰ろうぜ?」
そう誘ってやれば、大喜びで尻尾を振っているのが視える様子で、ロイは嬉々として頷いたのだった。
『飴と鞭』は正しく使ってこそ、最大の効果を発揮するのだ。
:::
「エドワード君、まずはあなたの弱腰を正さないと。期日を守る事は大切だわ。けど、何が最優先かによって結構融通がきくものなのよ?
それに困るのは本人なのだから、ほおっておけばいいのよ。
1度痛い目に合わせた方が、本人の為。エドワード君が肩代わりする必要も無ければ、スケープゴートになる必要なんて、どこにもないわ。まずはきっぱりと断わって、互いの立ち位置を整えましょ」
ホークアイにそう諭され、エドワードは自分の浅はかさを深く反省した。恋人としての思いやりが足りなかったからと、職務中に置き換えて応えるなど、そこからして履き違えていたのだ。
それに――― 融通を利かせれるなど、思いもしなかった・・・・・。
「・・・大体、そんなに急な案件や至急の議案が、度々舞い込んでくるのもおかしいわ。確認してみた事は有るかしら?」
確かにイレギュラーで飛び込んで来ることも有るが、それは大抵事件が発生しての余波でなのだと。
疑惑を持ち始めると、次々に疑わしい点が出てくる。
最も多く事案を回して来ていた部署に、初めて理由を問い質してみる。
『よぉ、エドワード、久しぶりだな!』
朗らかな声はロイの古くからの親友のものだ。
『どうだ、訓練は上手く進んでるか? ちゃんと期日に返って来てるから、感心してたんだぜ』
そのヒューズの言葉に、疑惑が明らかにされて行く。
ルーティーンで仕事をこなしてばかりいると、イレギュラーな対応に弱くなるとの事で、エドワードの為にとロイが組んだカリキュラムだった・・・らしい。
腸が煮えくり返りそうな怒りを込み上げさせつつも、思考をフル回転で働かせる。ロイにしてみれば、副官業務を修得させる一環に少しばかり自分に良い目を味わえるように加味した程度なのだろう。
発端は多分・・・・・、エドワードがこちらに配属された頃から、仕事に気を取られすぎて構わなかった事に発しているのだ。
――― 『痛い目を見る』と喚いていた通りに実行したと。
干し続けた事を、ずっと根に持っていたんだろう。
さてどうしてやろうかと考え、最も効果が有ってダメージを与えられるものを思考してみる。
1つ思いついた事ににやりと笑うと、実行の機会を狙うのだった。
パワハラ作戦が上手く行かないと判ったロイの次の手は、オーソドックスな手だ。俗にセクハラと呼ばれる類のことを、こまめにエドワードに仕掛けてくる。
資料の整理をしていると背後から尻たぶを掴んできたり、二人っきりになるとやたらと接近しては、べたべたと身体に触ってきたり。
1度彼の頭の中を覗いてみたいもんだと、呆れるほど懲りずにしつこい。
その日も残業に付き合っているエドワードに資料の説明をさせながら、ソファに並んで座ってはしきりと身体に手を回してくる。
暫く我慢していたエドワードが、そんなロイをじろりと睨み。
「閣下、ちゃんと聞いて頂けてるのですか?」
ドスの利いた声で叱れば、「ああ、まぁ」と気のない返答が返って来た。
よくよく注意してみれば、ロイがこうやって仕掛けてくる時の内容は、至急と銘打っていても内容は然程重要でないものだと云うことが、エドワードにも何となく判ってきた。
今もエドワードのシャツの裾から手を差し込んで、首筋に熱心に口付けている。
「なぁエドワード・・・・・一休みしないか?」
熱い息を吐き出して、そんな事を耳に吹き込んでくる上司の態度に、エドワードはにっこりと笑って差し込んでシャツの下で蠢いている腕をむんずと掴んだ。
ソファに膝を付いて立ち上がると、ロイの肩を押さえ付けるようにして被さっていく。積極的なエドワードのそんな行動に、ロイは嬉しそうに腰に手を回してくるのだ。
顔を近づけて吐息が混ざるほどの近さで、エドワードは囁いた。
「ロイ・・・・・。今度、職場でこんな真似してみろ ――― 浮気するぞ?」
にっこりと笑ってそう脅し文句を吐き出すと、さっさと身体を離して向かい側に座り直す。ロイはと見てみれば、エドワードの腰を抱こうとしていた腕もそのままに固まっている。
「おら、無能! さっさと意識戻して仕事を片付けろ。仕事も出来ないような奴が、お触りさせてもらえると思うなよ」
パンパンと机の上を書類の束で叩くと、ほれっと突き出して渡す。
「1時間後に取りに来る。それまでに終ってなかったら、俺は先に大尉たちと飯食べに帰るからな」
そう宣告して執務室を出て、自分の業務に戻ったのだった。
「――――― 手強く成り過ぎた・・・」
残されたロイはそう嘆くと、悄然と独り仕事に取り掛かったのだった。
エドワードが副官に着いたのをこれ幸いと、日頃の不満を解消して来たのに、そんな薔薇色の時間もそろそろ終りを告げているようだ。
エドワードの成長振りを喜ぶべきか、今後のことを恐々と嘆きべきなのか、心中は複雑だった。
――― 副官の教訓3
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