ねことパンの日々

ねことパンの日々

冬の思い出、夏の贈り物


冬の思い出、夏の贈り物

先日、初めてシュークルート(仏語/キャベツの漬物)を漬けてみた。
太めの千切りにしたキャベツを塩でもみ、重しをして常温で乳酸発酵させる。冬場なら十日程度、夏なら二~三日で完了する。その後保存容器に入れ、冷蔵庫へ。約一か月は保存がきくそうである。ソーセージの付け合わせには欠かせない。
ヴィタミンCを豊富に含み、冬場に野菜が不足する欧州やロシアでは古くから食されていたそうで、日本の漬物もそうだが、やはり保存食なのだなあと、作りながら納得した次第である。

漬物の思い出といえば、子供の頃、冬の寒い朝に、外の物置小屋まで漬物を取りに走ったことである。
マイナス三十度近くまで気温が下がる真冬の午前七時頃、布団の中でもぞもぞと着替え、ストーブの前で固まっていた私たち子供に、母はよく漬物を取ってくる仕事を言いつけた。じゃんけんで負けた者が、大きな銀色のボウルを持ち、外の物置から言いつけられた分だけ漬物を取ってくるのだ。
川からもうもうと湯気が立ち、空気中の水分が凍ってきらきらと輝く中、上着も着ないで外に飛び出す。駆け足で物置小屋まで行き、引き戸を開けようとすると、取っ手の金属に手が貼り付いてしまう。慌てて引き剥がすと手の皮がむけてしまうので、はあはあと息を吐きかけ、取っ手を暖めながらゆっくりとはずす。そうやって扉を開け、物置の奥の、巨大な樽に漬け込まれた沢庵だの聖護院の味噌漬だのを、かじかむ手でひきずり出し、急いで家にとって返すのである。
かなり塩辛く漬けてあっても、そういう寒さの中に放置されているのだから、漬物の中の水分は凍ってしまう。だから、細胞壁が破壊されるとべちゃべちゃになってしまう白菜やキャベツなどは、冷蔵庫で漬けなければならない。北海道では凍らせないために冷蔵庫を使うとは、まさに真実なのである。
手を真っ赤にして取ってきた漬物たちは、すぐに朝の食卓に上った。沢庵の中に凍った水分がきらきらしていて、子供心にそれは楽しい食べ物だった。ぱりぱり、しゃりしゃりと、奇妙な音をたてながら囓った沢庵は、懐かしい味のひとつである。

また、夏になるとよく登場した、トマトの味噌漬も懐かしい。
ある炭坑街に住んでいた頃のこと、父が家の前で菜園を始めたが、そこは家の北側にあって、建物が陰になり日がよく当たらない場所があった。不運にしてそこに植えられてしまったトマトは、色づきが良くなく、甘みも少なかった。
そこで、母は青いトマトを味噌漬にした。色の濃い赤味噌で漬けるので、出来上がりは深い鼈甲色をしており、正直余り旨そうには見えなかった。父や母は喜んで食べていたが、味噌の塩辛さとトマトの強い酸味が、どうも合わないような気がして、箸が進まなかったのを憶えている。
これが旨いと感じるようになったのは、一人暮らしを始め、実家の味が恋しいと思うようになってからのこと。まことに、私の味覚とは、手前勝手なものである。

ところで、今私が一番楽しみにしている漬物は、夏野菜の浅漬である。
地物の胡瓜、茄子、トマト、茗荷、青紫蘇が出揃う季節、つまり夏の終わり頃にならないと、この漬物の本当の旨さは出ない。
胡瓜は賽の目に、茄子と茗荷は薄切りにし、それぞれ別々に塩もみする。これらを水分を絞って混ぜ合わせ、市販のめんつゆをひと垂らし、青唐辛子の酢漬けを二、三本ちぎって入れ、よく手で混ぜて半日ほど冷蔵庫で冷やす。食卓に出す一時間ほど前に、細く切った青紫蘇と、種を取って賽の目に切ったトマトをさっと混ぜる。
これは、東京農業大学の小泉武夫先生が、いつか雑誌のコラムで書いてらっしゃった、夏野菜の浅漬をアレンジしたものである。ひと口頬張ると、それぞれに違う食感が混ざり合い、夏野菜ならではの清々しい風味が広がる。本当に、どれもこれも清々しいのである。此程夏を感じさせる食べ物を私は知らない。酷く暑かった日に、陽の傾いた縁側で、これを肴に冷酒を飲るなぞは、至福のひと時であろうと想像するが、私の家には縁側が無いから、風情のないテーブルの上で我慢している。
小泉先生曰く「ボウルごと抱えて、独り占めしたい旨さ」だそうだ。私も全く同感である。尤も、本当に独り占めする勇気はないけれど。
胡瓜の淡緑、茗荷の赤褐色、茄子の濃紫、トマトの鮮烈な赤。
私にとっては、これらが夏の終わりを飾る色たちである。まさに夏の贈り物と呼ぶに相応しい。

取り留めも無く書いていて、はたと気が付いた。
シュークルートが出来上がったら、シュークルート・ガルニ(シュークルートを使った蒸し料理)を作ろう。それならば、旨いソーセージを探さねば。
いや、塩漬豚の方が良いかもしれない。では、散歩がてら、近くの肉屋まで旨い豚肉を買いに行くことにしよう。

どうやら、私の漬物の愉しみが、また一つ増えたようである。







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