2012.05.25
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怒らなくなったと云われます。


でも別に改心したわけでもなんでもなく

予想だにしなかった出来事に見舞われて

「怒る気力も無い」

「小さなことはどうでもよくなった」

それだけなのです。


昨年末、父が倒れて余命宣告を受けました。

その後、奇跡的に父は回復し、今はとりあえず定期的に

通院し、様子見ながらも普通の生活に戻ることができました。

そうしてそれが落ち着いたと思ったら裁判です。

まさか自分がそんな身に置かれるとは思ってもおらず、

眠れない・・食べれない・・そんな日々を過ごしています。

こうなった原因は全て自分にあり、後は時間の経過と裁きが

下るのを待つしか他ありません。


こうなってみて初めて追い詰められた人の気持ちになって

考えるようになりました。例えば最近で云うと生活保護云々

の芸能人とか諸々・・・

人は誰しもエゴイスティックな一面があるし弱い部分がある。

それは確かに良いことではないし、非難されるべきことかもしれません。

でももし、それが自分だったらどうなのか?

高収入が得られた時点で市役所に申告し、親に全額仕送りしよう

と思えただろうか?そこに人間の弱さや狡さがある。

今回のことはそういう抜け道を赦してきた法律上の誤を見直せば

いいのであって個人的に非難されるのは可哀想な気がします。

そんな芸能人や著名人、沢山居るのではないでしょうか。

一旦、矛先が向いてしまうとその人を立ち直れなくなるまで

容赦なく叩きのめすような今の風潮は嫌だな・・・と思います。


まぁ・・・自分が弱い立場に置かれることがあって

そんな風に思えるのかもしれませんけれど。



今は

誰に対しても怒りの感情が湧いてきません。

外出先で美味しそうにランチなどを楽しんでいる人たちが

幸せそうに見えます。







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Last updated  2012.05.26 01:50:25
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Re:最近(05/25)  
TORIDGE  さん
こんばんは。

裁判というのがどれほど大変なものなのか私には分かりませんが、意味合いとしては、当事者間で解決できないトラブルに対して、裁判所が間に入ることによって解決しようという「手続き」だと思います。
裁判の手続きに持ち込んだ方が原告、その相手が被告というのであって、第3者からみれば、どちらが被害者だとか、どちらが悪いとかいうものではないでしょう。
裁判を続けていけば、いずれ結果は出るでしょうし、その前に和解という形で決着をつけることも多いと聞きます。
何にしても答えがでますが、これもまたトラブルの解決としての答えであって、善悪を表すものではありません。
決して、被告が裁かれる場ではないと思います。

マスコミは、強いものに与して弱いものを叩きますし、これが変わることはないでしょう。
というよりも、マスコミに限らず世間一般(もちろん私も入ります)が、そうなのかもしれません。
(2012.05.26 02:38:53)

TORIDGEさま  
Artemis.  さん
こんばんは。

何だか..「被告」呼ばわりされることですっかり罪人のような感覚を
覚えてしまいますね。(苦笑)ただ思ったよりも速く裁判が進んでいるように
思います。まぁ私の場合は相手方の感情の縺れが一番の争点というか
問題であって他に争う事由が複数あるわけではないので。

ただ最低一度は相手方と顔を合わせることになるので今から憂鬱で仕方ないです。
お気遣いくださり、痛み入ります。ありがとうございます。
(2012.05.27 02:17:32)

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