嫌々だったら見舞わなきゃいいじゃない・・・って思うかも
しれませんが父も叔母のところに一人で見舞いに行くのが気が
進まないんだろうな、っていうのがよく分かるので私が
付き添っていきました。母はノータッチですよって。(苦笑)
叔母の状態は先日見舞ったときよりも随分といいようでした。
看護師さんに車椅子に乗せてもらって病院の談話室で話をする
ことが出来ました。叔父夫婦も来ていました。
病院に寄る前にコーヒー好きな叔母のためにセブンイレブンで
コーヒーを買って行きました。レジでお金を払ってドリップするやつです。
(あれって結構、本格的で美味しいですよね。)
叔母は久しぶりのコーヒータイムをとても喜んでいました。
病院にはあとひと月ほど入院することになりそうです。
病院を後にして叔父が「近くなので我が家に是非寄ってくれ」というので
叔父の家に立ち寄りました。
叔父の奥さんが2階に趣味のギャラリーを開いているこだわりのお宅です。
趣味のアトリエとはいえ、某新聞が取材にきたほどの腕前です。
1Fのリビングで父と叔父、叔父の奥さんと私・・・色んな話をしました。
先日のブログで父の姉(入院している叔母からすれば妹)がしたためた
60年前の遺書や写真が叔母の部屋から出てきたことを書きました。
(叔母が施設へと移るので住んでいたアパートを
引き払うときに叔父夫婦が見つけたのです。)
私の姉の知り合いにお寺さんのお嬢さんが居て、そこでお焚きあげを
してもらうために私が叔父からそれを預かっていくことになりました。
もちろん、写真も遺書も見るつもりはありません。
見たくありません。
叔父が一式が入った袋を持ってきました。
叔父は「兄貴、見るか?」とうちの父に尋ねました。
父は即座に「いや、見なくていい」と答えました。
すると叔父は「遺書とか写真はいいからこれだけ見て」
といって半紙に墨で書かれた書を広げました。
漢詩の一部でしょうか?半紙には漢字6文字が行書体で書かれていました。
左側には 中三 ○○ と名前が書かれていました。
妹が中学生のときにしたためた書を叔母が保管していたようです。
それは本当に美しい・・・心の綺麗な人がしたためた文字でした。
1枚の半紙から知的さをも感じさせる見事な書でした。
そして60年も経つのに半紙は変色もせず、角が折れることもなく
さっき書いたみたいに綺麗な状態で保管されていました。
叔母が大事に保管していたのでしょう。
リビングに沈黙の時間が流れました。
叔父はそれを大きめの茶封筒に入れて私に差し出しました。
叔父の家を後にし、地下鉄と電車を乗り継いで帰宅しました。
タイミングよく姉が来ていたので
「これ、例の・・・。お寺のお嬢さんに渡してね。くれぐれもよろしく伝えてね。」
と言って茶封筒を姉に渡しました。
すると数分も経たないうちにリビングのシーリングライトがフっ・・・
と消えました。
リビングの電気が消えることなんてないのであれ?と思いましたが
「おかしいわね。」と母がリモコンで電気を点けました。
それからまた数分して「パチッ」と廊下側の電気のスイッチを切る
音がしてまたもや電気が消えました。
姪が二人来ていたので「もう。なんで消すの?」といって私は
廊下に出ました。どちらかが間違って電気を消したと思ったのです。
姪っ子たちは「え?私たち、消してないよ。」と不思議顔。
私と姉は顔を見合わせましたが二人とも言葉を口に出来ずにいました。
私も姉も少し怖かったのです。
母は「私が嫁いでからきちんと供養して
いるんだから。気にしないのよ。」と言いました。
叔母が処分出来ずにいた60年分の思いは灰になり
そしてもうじき天へと昇るのだ。
怖がってごめんなさい。
もう一人の叔母が「お焚きあげしてくれるのね。ありがとう・・・」
というメッセージを送ってくれたのかな。
そう思っています。
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