前門の虎、後門の狼 <年子を抱えて>

前門の虎、後門の狼 <年子を抱えて>

記録は破られ、そこから進化する




 不安が的中した。やはり歴史は繰り返す。1985年のバース事件の二の舞である。川島コミッショナーは、「個人記録にかかわり、ファンから不評を買う試合が散見することについて」と題する声明文を発表した。9月30日、福岡ドームでの試合において、ダイエーが近鉄・ローズとの勝負を避けたことに不快感を示したもので、コミッショナーがこうしたケースで声明文を出すのは初めてである。

 ローズは、ダイエー・王監督が持つシーズン最多本塁打記録に並んでおり、新記録樹立が大いに注目されていた。

 ある程度の覚悟はしていたが、悔しくてたまらない。私でさえこんなに悔しいのだから、ローズ本人はどれだけ悔しかったことだろう。何も、ど真ん中に投げろと言っているわけではない。勝負してほしい、ただそれだけである。相手もプロなら、抑えてやる!という気迫を漲らせてほしかった。勝負の分かれ目で、時には敬遠が必要な場合もあるかもしれないが、1回表の先頭打者を敬遠するなんて、これまで見たことも聞いたこともない。

 タイトル争いがかかって四球合戦になることがある。決して美しいものではないが、百歩譲って理解できないこともない。タイトルは選手に箔がつくし、表彰式もあるし、年棒査定にもかなり影響する。監督としては是が非でも自軍の選手に獲らせたいという親心が沸くであろう。しかし、過去の記録を破らせないための敬遠とは…。

 若菜コーチが何を言ったか知らないが、監督が勝負せよと指示すれば、コーチは逆らえないはずである。真っ向勝負した結果打たれたなら、仕方のないことなのだ。若菜コーチが首謀者としても、王監督は現場責任者としてそれを止めることはできたはずである。マウンドへ行って、バッテリーを叱り飛ばすくらいしてほしかった。正々堂々とやれ、と監督に言われたら、意気に感じて力で抑えることができたかもしれないのに、なんとも後味が悪すぎる。

 抜かれたくないという気持ちは当然あるだろう。しかしそれは、ベストピッチングで仕留めるとか最高の配球を考えるなどの方法によって阻止されなければならない。昨年も、パ・リーグの盗塁王争いで、故意にボークを連発して盗塁できない状況にするという事件があった。まさに本末転倒である。野球そのものの魅力を根底から否定してまで守られる記録に、価値があるといえるのだろうか。

 今年ローズが56本打ったなら、来年以降誰かがそれを上回るような努力をすればよいではないか。そうすれば選手に新たなやる気と目標が生まれ、プロ野球全体のレベルも上がるだろう。

 私は特定球団のファンであると同時に、プロ野球が好きである。記録を作らせないための敬遠など見たくない。あんなスケールの小さい、姑息な泥試合はうんざりだ。球界を代表する大砲・中村紀洋は、「こんなんが日本の野球をダメにする」とコメントし、憤慨したという。この一言はすべてを物語っているだろう。

 近鉄は、ここ半月で、いかにプロ野球がすばらしいか、いかにパ・リーグがおもしろいかを我々ファンにまざまざと教えてくれた。そしてダイエーは、それを嘲笑うかのように、日本の野球がいかに醜くつまらないかを教えてくれた。たった1試合で!日本の野球をつまらなくしているのは、送りバントの多さや変化球の多さではない。あなたたちの情けなさである!近鉄が劇的な優勝を遂げ、パ・リーグが注目され、イチローに代わるスターが必要な時に、水をさすようなことをしないでいただきたい。

 ファンあってのプロ野球ということを、監督や選手は肝に銘じるべきである。ファンが球場へ足を運び、応援グッズを購入したり、テレビで観戦したり、スポーツ新聞を読んだり、その他さまざまな有形無形のファンのサポートによってプロ野球は成り立っているはずである。大勢のファンから非難される愚劣な行為に、一体どんな意味があるのか。

 ローズ敬遠事件の前日、私は千葉マリンスタジアムへ近鉄の応援に出かけた。そこで、予想外の光景が目にとびこんできた。1回表、ローズが打席に入ると、ライトスタンドにいるロッテファンが一斉に立ち上がり、ローズに敬意を表して応援を始めたのである。胸が熱くなった。そういえば、ローズが55号を放った試合では、レフトスタンドの西武ファンから惜しみない拍手と幾度ものローズコールが送られていた。

 ファンは、一般人には到底できない、これぞプロというプレーを見たいと望んでいる。30年もの永きにわたって破られることのなかった、世界の王の記録を超えるという歴史的瞬間を見たいのである。

 王監督が偉大なバッターであったことは誰もが知っている。敬遠せずに、結果ローズに打たれたとしても、王監督の記録が色褪せることはない。だからこそダイエーバッテリーには真っ向勝負で迎え撃ってほしかった。どんな結果になろうとも、そこから感動が生まれるのに…。

 最近、やたらメジャーかぶれしている輩が目につくが、日本の野球も捨てたものではない。近鉄はあれだけの感動を与えてくれたのだから。いずれにせよ、あと2試合残っている。ダイエー最終戦での間抜けな敬遠など何の意味もなかったというべく、夢の56号を是非達成してほしい。




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