Little Butterfly

Little Butterfly

天使が生まれた日。



「今すぐ帰ってきて。バッドニュースがある。」

大好きなフットボール観戦中にこんな電話をかけてくるなんて一大事に違いない。もしかして事故?強盗に入られた?銀行口座が空っぽになった?私はありとあらゆる事を考えながら、急いで家に帰った。

家に着いたらTはいなかった。どうやらTも出先から電話をかけていたようで、まだ帰り着いていなかった。私はソファに座って、ドキドキしながらTの帰りを待った。いつも何があってもあわてないTの声が、いつもと違ったように聞こえたのは気のせいじゃなかった。何か、本当に悪い事が起きたんだ…

しばらくしてTは帰ってきた。私が「どうしたの?」と聞いても、Tはしばらく黙ってリビングをうろうろした。そして、ソファに座って、私が近寄ったとたん、今までに聞いた事のないような声で私に言った。

“My mom is dead…”


私は目の前が真っ白になった。そして、そのままTに抱きついて泣いた。Tも泣いた。初めてTが泣くのを見た。

少し泣いた後、Tはいきなり立ち上がって言った。「こうしてはいられない。早くMomのところへ行かなくちゃ。お姉さんや妹のところへ行って、支えてあげなくちゃ。僕が泣いてたらいけないんだ。僕は強くしていなくちゃ。」

私たちはすぐに車に飛び乗って10時間かけてバージニア州へ駆けつけた。

Tは大のお母さんっ子。幼い頃に両親が離婚してからはお母さんに育てられ、お父さんはほとんど、Tの人生には関わらなかったらしい(そのお父さんも既に他界している)。毎週日曜日にはChurchから帰ってきたお母さんと欠かさずに電話で話し、将来は苦労をしたお母さんへ一軒家を買ってあげる事がTの目標だった。いつもTを温かい愛情で包んでいたお母さん。そんなお母さんはある日、突然の喘息発作で天国へ行ってしまったのだ。

バージニアに着くまでの10時間、Tはただひたすら運転して、私たちは殆ど会話を交わさなかった。私が運転を代わろうといっても、Tは運転をしていないと気がおかしくなると言って、一度も休憩せずに運転した。

私がTのお母さんに会えたのは一度だけ。ほんの数分の間だった。でも、初対面の私に力いっぱいのハグをしてくれたお母さんのぬくもりは今でもはっきり覚えている。私がお母さんと初めて会った日、お母さんとTと3人で記念写真を撮ったあの日、それがTがお母さんに会った最後の日になった。最後は私とTとお母さんの3人だった。

私が二度目にあったお母さんは青いドレスを着て棺おけの中で、初めて会ったときと同じ微笑を浮かべていた。お別れの時に、棺おけが閉められる直前、私はどうしてもお母さんにお礼が言いたかった。

「Tを産んでくれてありがとう。こんなに素敵な男性に育ててくれてありがとう。Tは私の人生に意味を与えてくれた人。だから、あなたが私の人生に意味をくれた。ほんとうにありがとう。」

私はこう言って、お母さんの冷たい頬にキスをした。


お母さんが亡くなって一年が過ぎた。この一年の間にTは一度だけ、突然泣いた。床に横になって、お母さんの好きだった曲を聴いていたとき、突然シクシクと泣き出した。私も一緒に泣いた。そしてTをいつまでもハグした。私にできることはただそれだけ。

いつもは元気な顔をしているT。でも、ふとした瞬間に、悲しい顔をする。涙は流してなくても、お母さんのことを考えて毎日心の中で泣いているT。私もお母さんの事を考えると悲しくてたまらない。一度きりしか会うことのできなかったお母さん。だけど、Tの悲しみを想像すると、私はもっと悲しくなる。Tはいつか私のお母さんが天国へ行き、私や私の妹が同じような気持ちになるという事を想像すると胸が張り裂けそうになると言った。

愛している人を失う辛さ。想像しただけでも涙が出るけど、実際に失うと一体どんな感情に襲われるんだろう…今の私には想像もできないし、考えたくもない悲しみ。

でも私は信じてる。お母さんのカラダはこの世から亡くなってしまったけれど、魂は今でもTのそばにいる。そしてTやTの兄弟をいつまでも見守ってくれている。お母さんはあの日、天使になったんだ。2003年10月11日土曜日はこの世に天使が一人生まれた日。

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