日台国際結婚  in横浜  withワンちゃん

日台国際結婚 in横浜 withワンちゃん

「台中への旅」 第6号




 出発!成田から台北へ!!

 今回の旅行は、いままでの旅行とは違っていました。気持ちから、なにからなにまで、なぜか余裕で、しかも落ち着いていて、ある種、ふるさとに帰るような気持ちで、台湾へと向かっていました。通関するときも、飛行機が飛び立つときも、いつもどおりだな、と思えるほど自分を客観的に見ている自分いるぐらいでした。上空はるか高く飛んでいるときも、「らおぽー」に近づいているといるという確かな感触さえ感じていました。それも、そのはず、今回は台湾へ、恋人としてじゃなく、miniの「らおこん」になって行くわけだから、感覚も違ったのです。
 出発日が、ボジョレーヌーボの解禁日であることを意識して、飛行機の中ではワインをいただき、もちろん、ワインは普通のテーブルワインに決まっていますが、ほろ酔い気分になって、台北国際空港に到着しました。到着しても、いつもと様子が違う。ohー、miniがいない。今日は、台北のバスの到着するところで待っているっていってたっけ! ちょっと、戸惑いつつ、大友バスのチケット売り場を探す。どきどきながら、台北までのバスのチケットを買って、フーワー(福華ホテル)、フーワーと叫んでいたら、係員の人に誘導されて、適当なバスに乗ることができました。そうなんです、今までバスで台北に一度もいったことがなかったんです。タクシーばかりで、バスははじめてだったのです。いまさらながら、気づいた次第でした。
 福華ホテルにつくと、愛しのminiがいました。1月ぶりの再会で、はじめは少し気はずかしいって感じがしたけど、歩いて喋っていると、また、いつもの調子にもどっていました。
 「なんか、会ってもどきどき感ってしないのようね!」
 「なんで?ひどいんじゃない?それって!」
 「違うのよ!どきどき感ていうよりjも、安心って、かんじなのよね」
 「そっか。安心か。それも、いいかな!」
 「ううんう! 恋人に戻った方が、いいんじゃない?別れて、ずっと恋人同士のほうが、どきどき感もあるし」
 「なに言ってんだよ。おかしんじゃない?なに、いいだすんでよ」
 「うそよ!冗談よ。冗談!」
 「あたりまえだ!」
(以上、甘い会話。)


 miniの家のリビングで

 miniの実家へいくと、いつもminiハハは、私に果物を出してくれます。今回は、柚子のでかいの。日本にはないビッグサイズ。ひとつひとつの粒も若干大きめ。味はそれほど甘くもなく酸味もなく、いいかんじ。季節によって、違う果物が出てくるので、なかなか楽しみなのです。今までにも、竜眼とか、スターフルーツなどなど、食べさせてもらいました。
 miniパパは、絵を描くのが趣味で、私がくると、自分の描いた絵を見せてくれます。miniパパの画風は、明らかに抽象画だと思うのだが、miniiパパは写実画だと言い張ります。miniパパには、miniパパの理論があるようなのです。特徴的なのは、プロセスで、はじめは写実画なのですが、それに重ね塗りをしていって、その過程で自分の思い浮かんだものを描き、さらに全体的な形も崩して描いていくものだから、プロセスの最後の方では、すでに写実の原型をとどめておらず、抽象画のようになっているのです。で、miniパパは言います。これは写実画だと。そして、この画法は、水彩画と油絵と水墨画がミックスされたものだと。すごい!私は、あっけにとられるだけです。絵自体も、かなり迫力があります。私はいい絵とは、微妙さを伝えるものだと思っていますが、そういう絵は、長い時間を見ていても飽きないものです。まさに、そんな感じです。
 そうして、いつも、こんなかんじでリビングで過ごすのですが、今回は、はじめて私の寝床となりました。私が寝るスペースがなくて、家のリビングに寝ることになったのです。そしてはじめての蚊帳体験となったのです。なかなか優雅で、いい気分でした。しかし、朝が大変でした。、やはりリビング、朝起きたらみんなが集まってくるのです。これはいかんと思い、すぐさま、飛び起きて着替えて、フトンをたたんで、蚊帳を外しました。いつも朝が弱めの私でしたが、ここでは、飛び起きるのです。当然、miniは違う部屋で爆睡。miniもかなりの朝弱タイプなのです。起こそうとすると手をはたかれ、起きるまで待っていました。朝ご飯は、近くの朝食屋ですませました。


 レンタカーで台中へドライブ

  今回の旅では、台中の親戚まわりをすることもひとつの目的でした。お兄さん夫婦にベイビーも加えて、総勢7名でワンボックスのレンタカーにのって出発したのです。高速道路で台北から南下して、途中、山の中へ入り、今では廃線となり観光地になっている台湾で標高の一番高い駅へ行きました。その周辺は客家料理が有名らしく数件の店が集まっていました。私には、客家料理と言われても、すべて台湾料理に見えてしまって、その違いはよく分かりませんでしたが、なんかの実が入っているものが、客家料理のようです。(あいまいですいません)
 台中周辺にはminiの親戚が多く住んでおり、4件くらい回ってきました。食事のときには、客家語で盛り上がっているときもあるようですが、お兄さんの奥さんはぼくに、「なに喋ってんだか、わかんない。わかんない!」って教えてくれて、ああ、ホントにいろいろな言語があるんだなと実感した瞬間でもありました。
 今回の台中の訪問時期と偶然にも重なったことから、miniのご両親は、知り合いの人と日本女性との結婚披露宴に出席することになっていて、私も少しだけ参加させていただきました。その方は、すでに日本に住まれてて、結婚後も日本に住まれるとのことでした。披露宴も200人くらいはいる賑やかなものでした。こんなところで台湾日本国際カップルに遭遇するとは、とてもうれしく思いました。出席されている年配の方は、日本語を話せる方も結構いらして、そのときは、非常におどろきました。また、初老の紳士が私に近づいてきて、「これ分かるか?」といって、スーツについているバッチを私に見せつけたのです!私は、なんだかさっぱりわからず、「なんですか?」と聞き返すと、「菊と桜の紋章じゃよ!(たしか?)」「えっ?いやっ、わかりません」と応えたら、たまりかねて「日本海軍のバッジじゃよ」。あ~あー、そうだったのか!わるいことしたなぁ~!と思ったんだけども、知らないものは知らない。明らかに知識不足なのだが、こればっかりは、勉強する機会もありませんでした。しょうがないいんです。すんませんという気持ちでした。
 日本語ということに関して、もうひとつ驚いたのは、miniパパの実家にいったときに、そこにも日本語を話せる方がいたのです。70歳くらいの女性で、日本語教室に通っているらしく、若干関西弁で、きっと教えている方が関西方面のかたなのでしょう。私も、祖父母が関西なので、そのイントネーションから懐かしさをかんじてしまいました。
 そうです。あと、miniの実家は、何年か前の集集大地震の傷跡が残っていたのです。煉瓦造りの家でしたが、明らかに一部分が崩れ落ちていたのです。そのほかの場所にも、集集大地震の傷跡が残るものが、ドライブしている最中に見受けられるものもあり、そのすさまじさをかんじられました。
 書いていると、だんだん思い出してくるのですが、今回、はじめて腐豆腐をたべました。屋台で。それがむちゃくちゃ、まずくて、好き嫌いがない私ですが、これだけは、耐えられずリタイア。横で見ていたお兄さんの奥さんは「絶対食べさせてみせる!」といっていたのを、あとからminiがらききました。この義理のお姉さんも、私に挑発的で「ちゃんと、北京語はなしなさいよ。」とか、今回、日本に帰るときには「私は日本語の勉強で、あなたは北京語の勉強をして、競争しましょう!」と言われ、かなりあおられています。なかなかいい関係を築いているといったとこrでしょうか。ははは。^^
 そんなこんなんで、今回の旅は、色々な人に合い、色々なものを見て、すっごく充実した旅となりました(2003.12.19)






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