バハマ2001~悲劇はアレから始まった~


ダンナ:いや、バハマがいい 
  私:えっ!またですかい?でも、いいねぇ~

そんな訳で2年連続バハマ&ラスベガスに行くことになりました。

2001年9月7日すっかりおなじみになったアメリカン航空で今回は遅れることなく予定通り夜中の1時過ぎにバハマへ到着。
現地係員の人に2年連続で来たって言ったらビックリされました。
バハマは遠い上に一回行けば十分って思ってる人が多いらしく、リピーター、それも2年連続は珍しいとの事。
私たちはすごくいい所だから毎年来たい位だって話をしてるうちにホテルに到着。
今回もアトランティスのロイヤルタワー。前回とは逆のプール側の部屋。
でも真っ暗で何も見えない。夜中だから当たり前なんだけど。
プール2                                            《朝起きたらこんな景色でした♪》

翌日の朝、日本ではまず私より先に起きることのないダンナが、
私より早起きした上に朝ご飯まで買って来たではありませんか!
ホテルの1Fに朝だけパンを売っている所があり、毎日お世話になりました。
クロワッサン、マフィン、デニッシュがあり、一番のおすすめはクリームチーズのデニッシュです。
パン2つとコーヒー、紅茶で8ドルくらいでした。割と高い...。

去年はイルカと遊んだから今年はパワーボートアドベンチャーを申し込みました。
出発時に来てくれた女のガイドさんに後ろは濡れるって聞いたから一番前に乗り込んだ私達。
ボート

ビデオもスタンバイOK!だけどスタッフがビデオをよこせと言う。
濡れるからかなと思ってタオルでぐるぐる巻きにしたけど、どうしてもよこせと言う。しかも壊れるとかいってるぞ。
そこまで言うことは聞いたほうがいいなと思って渡したら、荷物入れに丁寧にしまってくれた。ダンナはビデオ撮影をしようと張り切っていたのにがっかり。
でも、その理由がすぐに理解できる事に...

ボートが動き、風が気持ちいいな~なんて思っているうちにスピードアップ!
波に乗りながらグングン進む。さすがパワーボート早い!でも船の先端は上下にガンガン揺れる!!両手でしっかりつかまっていないと落とされそうだし、うっかりしゃべったら舌を噛む...これじゃビデオ壊れるな。言うこと聞いて良かった。

神様、私はなにか悪いことをしたのでしょうか?人生を走馬灯のように思いだし、
ムチウチの恐怖を感じつつ悪夢の1時間を耐えて、イグアナだけが住む島へ到着しました。
ガイドさん、前がこんなにすごいって事も教えてよ~。
揺れるなら濡れたほうがマシだった。

ボートの音が聞こえるとブッシュの間からぞくぞくとイグアナ出現。
スタッフの人にブドウをもらい木の枝に刺すとすごい勢いで寄って来る。
何も持たずにこっちが近づくと逃げるくせに...餌付けされたイグアナ達。
私達がボートに乗り込むとまたブッシュの中へ帰っていきました。
すぐ次のボートが近づいて来るとあわててまた出てきました。現金なヤツら....
1日何回餌付けのボート来てるんだろう?
スタッフイグアナイグアナソロ

イグアナお見合い

                         《ダンナとイグちゃん》         


次はCANNEL KEYと言う無人島へ行きました。ここで昼食をとったりシュノーケルしたりします。エイとサメの餌付けが始まりました。エイは直接エサをあげれますが、サメは×です。でもすごい近くまでサメは寄ってきます。その後は外洋へシュノーケリングツアーです。みんなライフジャケットと足ヒレをつけて出発です。波の流れに逆らって泳ぐので、なかなか前に進みません。魚の群れの下にサメがいました。人を襲うことは無いそうですが、ちょっと怖い...結構な距離を泳いだので疲れました。でも海のキレイさはホテルの前のビーチとは比べものになりません。
その後昼食になりました。小さな小屋で作ったとは思えない料理の数々。ダンナはここの料理が一番おいしかったと言ってます。
小屋

最後に島内一周ツアーをしてボートは16時頃出発しました。帰りは一番後ろに座りました。上下の揺れは少なく、水はかかりましたが全然OK!行きも後ろに座れば良かった。
眺め

                    《無人島の小さい山の頂上からの景色》

わら製品を売っているストローマーケットが3日位前に火事になり全焼したらしく
その近辺は立ち入り禁止になってました。見るも無残な姿になってました。ここでの買い物も楽しみにしていたのにショックでした。ここはバハマでも1,2を争う観光名所なので国をあげて復興するそうです。その後どうなったんだろう...
客船
      《たまたま寄航していたディズニーの豪華客船》

バハマ最終日、朝早くから写真を撮ったり、プールで遊んだりして部屋へ戻りTVをつけると全部同じ映像が映ってました。飛行機がビルに突っ込んでいる...そのうちに崩れてしまいました。これってNYのWTC?飛行機は私達が乗ってきたアメリカン航空だ!TVにくぎ付けになってると、ツアーデスクからTEL。真実を知りました。と同時に明日の移動が出来ない事と、バハマに延泊する分は自費になる事を聞きました。

2ショット
                 《ちょうどこれを撮影してる頃NYでは...》

‘ラスベガスの滞在短くなっちゃう’なんて呑気な事をその時は言っていたのですが、私達の悲劇はこれを皮切りに始まったのです。

まず、実家の両親に電話をしなくちゃと思い部屋の電話から掛けたところ、4回かけて、1回だけつながり5分話をしただけなのですが、100ドル近くとられました。バハマから日本への電話はものすごく高いそうです。特にホテルは高く、つながらなくても回線使用料で何十ドルもとられてしまいます。

2日経ってもバハマの空港が閉鎖されていた為に、その次の日も移動できず、また延泊をしました。こうなるとラスベガスどころか日本に帰れるかどうかもあやしくなってきました。

日本に帰るチケットは2日後のシアトル発の便です。それまでにシアトルに行かないと、次はいつになるかわからない。

次の日にはバハマの空港もオープンして、少しずつ飛行機も飛び始めました。私達はマイアミ行きの最終便を手配してもらい空港へ行きました。かなり早い時間に空港に入り厳重なチェックを受けたにも関わらず、やはり飛行機は定刻通りには飛ばず、2時間位待たされてようやく搭乗することができました。その間一緒になった同じJTBのツアーの人達と仲良くなりみんなでお菓子を食べて空腹を満たしていました。
やっと搭乗し、プロペラも回ったのに機長の‘BAD NEWS’の一言が...
どうやらマイアミの空港に着陸を許可されなかったらしく、またもやホテルへ逆戻り。これは何故かアメリカン航空が保障してくれました。

こうなると次の日の朝1便に乗らないと予定通り日本に帰れない!!何とか朝1の便を手配してもらったにも関わらず3時間遅れで出発。マイアミからシアトルに行く飛行機には間に合わず、とりあえずダラスまで移動することになりました。
そこから先はどうなるかわかりません。

おまけに全部アメリカン航空だからバハマで日本までのチケットを発行してるので、日本以外でスーツケースは受け取れない。着のみ着のままで何日過ごさなくちゃいけないの?

マイアミの空港は人でごった返し、ただならぬ雰囲気でした。本当にいつ日本に帰れるんだろう?ダラス便は見るからにFBIってわかる人を4人乗せ4時間遅れで離陸しました。
乗っている飛行機はアメリカン航空。生きた心地はしませんでした。
それでもどうにか3時間後、無事ダラスへ到着しました。

ダラスへ着くと朗報がありました。明日のキャンセル待ちで日本に帰れるとの事。
その夜はバハマからずっと一緒に移動してきた8人で夕食を食べに行きました。同じ困難を乗り越えてきた仲間と何日ぶりかのまともな食事。それに明日帰れる安心感でとても楽しい食事になりました。

そして翌日無事に帰国する事が出来ました。

めったに出来ない経験でしたが、二度としたくない経験です。

いつも私はJTBを利用しているのですが、バハマにいた日本人の中で一番早く帰ってこれたのが私達でした。バハマ、マイアミ、ダラスの係員の方達は一生懸命に手配をしてくださいました。いざという時、やはりJTBは頼りになります。

スーツケースはマイアミで足止めを食らい、私達から遅れること2日無事に戻ってきました。あの混乱の中、良く戻ってこれたなと感心しています。

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