雨の日は音楽を

雨の日は音楽を

2022年01月28日
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カテゴリ: 歌曲
​  ヴィルヘルム・ミュラーの詩の後半を知って、​第13曲目を作曲し始めたシューベルトはこの13曲目から16曲目まで調性は、ハ短調で統一していることに注目したい。何故だろう?

ドイツ語のタイトルは "Die Post" 「郵便」であるが、ピアノ伴奏の右手3小節目から8小節目までの、郵便馬車が鳴らしたであろう郵便ラッパのメロディーに近いものが提示されているので、筆者は「郵便馬車」が到着した一種の期待感を表すものと考えているので、敢えて「馬車」を追加している。

 若者がたどり着いた町に郵便馬車がやってきた。行く先を知るものの居ない旅の空の身の上に、手紙が来るはずもないのだが、郵便ラッパの音で、若者の心は沸き立つ。歌い出しの9小節目から25小節目までは、何となく嬉しく心が躍る若者の心境が表現できよう。

 さすがシューベルトだなぁと筆者が一番感心したのは、歌もピアノも音を出さない、26小節目の一小節の無音部である。ここで若者は我に返る。そうだ私の心よ。君に手紙が来るわけもないのに、何でそんなに嬉しがるのか。この無情な寂しさに思い至ったことを、この無音部は示している。若者が自分の心に "du" "dich" 「君」で呼びかけているので、ちょっと詩のイメージはぶれてしまう(私の心よ、と自分の中から取り出してしまうと、残って呼びかけているのは身体かな?)伴奏も無音部の後ではピアニシモになっていて、落胆していることが明確となる。次第に第2連の繰り返しの中で、クレシェンドしてゆき、連の最後の "mein Herz"の絶叫のあとの繰り返しの"mein Herz"は、伴奏がピアノ指定になっているのに、注意すべきだと筆者は考えている。ピアノの"mein Herz"は、出血しそうな??自分の心を労る複雑な心境を表現しているのではないだろうか。筆者は、最後のピアノの"mein"は、さりげなく装飾音符であるかのように歌うことにしている。心がこわれそうだもの。

 第3連になると、郵便馬車の出発した町が、あの女の棲む町だと考えて、「恋人」がどうしているのかと、改めて愛して「いた」女、金持ちの嫁になる、若者の心を踏みにじった女を"Liebchen"「恋人」と呼ぶ。もう一度あって、元気だった?今どうしてる?と声を掛けたい、会いたい!若者の心は張り裂けんばかり。最後の"mein Herz"の繰り返しは、若者は自分の恋心に同調して、ピアノのフォルテピアノに合わせて、力強く終わりたいものだ。

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Last updated  2022年01月28日 21時35分07秒
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