オバマ大統領の件の演説は、今年の4月5日にチェコの首都プラハで行われた。核兵器の廃絶に向けての行動決意を示すと共に、化石燃料依存からの脱却なども語られた。その一部に以下の表現がある。 Just as we stood for freedom in the 20th century, we must stand together for the right of people everywhere to live free from fear in the 21st century. (Applause.) And as nuclear power –- as a nuclear power, as the only nuclear power to have used a nuclear weapon, the United States has a moral responsibility to act.
We cannot succeed in this endeavor alone, but we can lead it, we can start it. これは中々感動的な表現で力強い。特に赤字でハイライトした部分では、「唯一の核兵器を使用した国として米国には道義的な責任がある」と明言している。
しかし、日本の政治家ならこういう時どうか? 先ずは、具体的な事は何も言わないだろう。「両国間に不幸な時代があった」とか「大変な迷惑をかけた」などと言うだろう。 又、「極めて遺憾に思います」などと言って「謝罪」の意味だとするだろう。この点オバマさんの演説に注意して欲しい。彼は「moral responsibility to act
」と言っているのだ。抽象的な責任を感じるだけではなく、「実際に行動しなければならない。その責任が合衆国にはあるのだ。」と言い切る。この点わが国のリーダー達とはエライ違いだ。 オバマさんは同じ演説の中で、「Words must mean something」とも言っている。その通り! 「遺憾に思います」などと言えば、「So what?」と言われるだろう。我々自身も「遺憾」という熟語を日本の政治家の口から聞けば、「私自身には悪いところは無いのですよ。でも残念だとは思いますし、何とかしなければなりませんなぁ。」と翻訳して聞くようになってしまっている。
「核兵器は一朝一夕に廃絶できるものではない。世界には志を異にする国、ルールに従わない国やテロリストなどの勢力がある。核物質や核兵器そのものの闇市場も存在する。現実がそうある以上、わが国も安全保障上、それに対抗する手段を持たなければならない。つまり、わが国も核の傘を通じて、アメリカとの同盟関係を維持する必要が現実としてある。しかし、その間でも我々は世界唯一の被爆国として、あくまでも核廃絶に向けて努力し、行動しなければならない。そして自民党は具体的に・・・」くらいの事はおっしゃっていただきたかった。(別にこれは僕自身の意見ではありません。自民党だったらこう言うべきだろうと思うのです。) 実際オバマさんのプラハ演説の中でも、こういう主旨の発言がある。だけど彼は「We can change it!」、「We can do it!」というのだ。