1ヶ月児を何故こんなに痩せさせたか。2



 さて、次の日の夕方、私は震えながらマッサージの出来る助産院に電話をしていた。

「どんな状態ですか。」という問いかけに、「出ないんです。間違いなく出ていません。」

と言うのがやっとだった。

出ないから、ミルクというのがどうしても許せなくて、出ないなら、出るようにしよう、

とにかく、ミルク足すのはプロの人に見てもらってからでもいいのでは、と思ったから、

助産院に電話をし、何とか「言って」もらうつもりだった。



 朝から晩までで、オシッコを3回しかしていなかった。

 外に出ている間は泣かないので、買い物に連れて行き、機嫌を取っていたが、

家に戻るとまた、大泣きが続いていた。

涙の出ない大泣き…。

すでにアゴの肉は、無い。

夕方、ヘトヘトになった私に、主人がベビースケールを借りてきてくれ、早速50分飲ました。

『14cc』だった。

140ではない。14である。たちまち血の気が引くのが判る。

そして、その手で電話をした。

翌々日に予約が取れた。



 その晩、ぐずる息子に80ccのミルクを与えた。



 夕方が、一番母乳が出ない時間だということは、ネットや本などで知っていた。

だから、翌日の朝、5時間ほど熟睡した後の息子に、早速母乳を与えてみた。

今日はベビースケールが有る。

1時間半、吸わした。これだけ吸うと、少しはマシに出ているはずである。

絶対に飲んでいるはずである。

朝が一番母乳が出ると書いてあるから、昨日より出ている確信があった。

『36cc』だった。確かに昨日よりは出ているが、この少なさに目を疑った。

主人ももう何も言わない。見て見ぬ振りをしてくれている。

その後また、息子は眠りに付いた。



3時間寝た。

お乳の足りている赤ちゃんは、寝ないはずだ。

起きるとすぐ、1時間と40分かけて授乳をした。

『20cc』だった。



 何故、こんなに長い時間吸わせているのに飲んでないのか、判らなかった。

でも、夕べ80ccのミルクを足していたからか、オシッコは昼までに2回していた。

(この月齢では、80ccでも1回量の半分である。)

そして、3回目の授乳を、1時間かけた。

『18cc』だった。



 30分後、4回目の授乳で『42cc』飲んだ。

すでに夕方である。

一日の半分以上を費やして、一回量に足りない。

罪悪感を感じながら、ミルクを50cc足した。

母乳が出ない罪悪感ではなく、ミルクを足す罪悪感である。

この後、寝るまでに2回授乳をするも、『16cc』と『14cc』。

8時頃一度、50ccのミルクを足した。

ベビースケールが無ければ、ミルクは与えていなかっただろう。



 最後に、夜中の1時から3時まで飲ましたり居眠りしたりを続け、

ミルクを50cc足して、スケールではもう量らず、疲れて寝た。



 結局、24時間で母乳は146cc+夜中分、ミルク150ccで、

合計300ccほどの授乳量となり、与えなければならないとされる、

1kg.×150ccとは程遠い半分ほどの授乳になった。

ただしこれは、ミルクを3回足しての量である。

自己流の危険な行為が、毎日2週間も続いていたのである。

(1ヶ月健診で、3660gだったので、哺乳量は550cc必要。)

この時、児は3300gほどにまで落ち込んでいた。



 とりあえず、ミルクを3回足したことで、尿が一日6回、

それから、5日間ずっと出てなかったウンチがその日一日で、3回出た。

「母乳児は、吸収が良くほとんどカスにならないので、

便が3~4日出なくても心配ありません。」というどこかの育児本の言葉を、

良い方に捕らえ、ずっと目を背けて来たウンチの問題も、解決した。



 赤ちゃんの生命力を感じながら、ほっとするも、ミルクの罪悪感とこれからの不安で、

ストレスはピークに達していた。

 畳み掛けるように、

「この子が心配で夜も眠れない。」

「昔はお乳が出ない人は、必ずミルクを足していたのに、今は違うんだねー。」

「あまりに痩せすぎているから、早く小児科へ連れて行って。」

人々の心配の言葉が、私を追い詰めた。

その小児科で、ミルクを足してはいけないと言われているのに。



私は一体、悪いことをしているのだろうか。



 いよいよ助産院へ行く日が来た。

たまたまネットで調べ、本で調べ、前から気になっていた助産院だ。

家の近くだから、ここを選んだ。

マンションの一室。ドアを開けると病院でよく見かけるポスターを貼ったりしていた。

妊婦さんの写真。少しほっとした。

とても清潔そうな部屋だ。

助産婦さんは、ハキハキしていて優しかった。

赤ちゃんの扱いが、とてもうまい。

「ミルクを足そうか。…50ccを6回。」

そう言うと、何事も無いかのようにマッサージを続けた。

300ccも足していいの?

チラッと思うも、その時の私は、救われていた。

既にミルクに罪悪感は無く、プロの言葉に素直に従う気になっていた。

ミルクを足し、元の体重に戻してあげて、母乳が吸える「体」にしてあげなければならない。



私は、冷え性である。

子供の頃は、決して冷え性ではなかった。むしろ、暑い方だった。

座りっぱなしで、足先が冷えるのを我慢しながら、何年も仕事をしてきた。

特殊な運動を続けていて、無理なダイエットを幾度となくしてきた。

つまり、若い体を痛めつけてきたツケだ。今、そのツケが回ってきていた。

この赤ちゃんは、「飲みたいのに飲めない」のだ。

一生懸命吸い続けていても、飲めていないのだ。

それでも健気に吸い続けていた。

若い頃、無茶なダイエットで手足が痙攣した。

あの辛い体験を、この小さな赤ちゃんはたった1ヶ月半で経験したのだ。

しかも自分の意思に反して。



  なんと寂しい思いをさせてしまったのだろう。

  お腹が空いてたまらなかっただろうに、本当にごめんなさい。



これからは、ちゃんとお腹を満たしてあげることが出来るという安堵で、

はじめて「申し訳なかった」という気持ちになった。

今まで意地を張ってきたことが、この時周囲の人たちに、どんなに心配させていたか

やっと解った。

マッサージの最中、涙をこらえるのに必死で、笑いながらしゃべり、誤魔化した。

病院でのマッサージは痛かったので、恐怖心があったが、すぐに違うと感じた。

暖かく、気持ちの良いマッサージで、心までほぐされた。

赤ちゃんは、私のお腹の上に置かれたが、泣いていなかった。

途中で、母乳が飛んだ。感激し、希望となった。

飛んでいる母乳をすくって、赤ちゃんにあげたかった。


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