いけない理由



もし、どちらかの願いが必ずかなうとして「宝くじ3億円」と「いますぐ死ぬこと」が並べられていたら、迷わず「死」を選ぶ。

「生きる」理由には、失いたくないもの=生きがいか、誰かに必要とされること=幸せが必要だと思うが、私にはそのどちらも無い。

そんな私にも「自ら死んではいけない理由」があることに気付いた。

それは「母」の存在である。

母は終戦の年北海道で生まれた。
生まれたその日が戦争から病気で送り返されてきた父親の命日だった。

戦争が終わり母と母の姉と祖母で、死んだ父親の家で暮らして居たのだが、貧困の最中母の姉は結核にかかり帰らぬ人となり、母と祖母は家を出された。

父親を戦争で失ったのであれば出るはずの手当ても、後に全滅してしまった戦地から送り返された矢先の病死で、貰えるはずもなく、母一人子一人で祖母の実家のある地方に戻ってきた。

生活の術を無くした祖母は連れ子のある男性と結婚し、母を養女に出した。
母は小学校、中学校をその家で暮らし就職をした。
就職をしてすぐにその稼ぎ目当てに祖母の再婚相手に引き取られた。
父と結婚し、姉を生み、私を生み。

繰返す手術と度重なる入院。父方の親族に口汚く攻撃される母。
母に幸せは訪れたことがあるのだろうか?

最後の自殺未遂をした翌日に病院で看病に泣きつかれた母の、顔に刻まれた深い皺を見た時に、こんな自分を悲観して死のうと思い続けるよりも、こんな自分を育てるために苦労をし続けた母の幸せを何故願わなかったのだろうと。

姉は早くに結婚することができたが、子供はつくらないらしい。
私はその相手すら見つからない。
せめて子供をつくることさえ出来たら、母にも未知なるものへの夢を与えることができたのかも知れない。

こんなにまで苦労した母に幸せの一つも与えられない。
ならば、自分の命を悲観して捨ててしまうよりは、その要らない命で母を守っていこうと。
そして死んではいけない理由ができた。


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