CAFECAFE大作戦 Page1


 ここで私の記憶は切れている。翌日同じ場所に行ってみたが、彼の姿はなく、近くの彼を知るという人物の話だと、老人は数カ月前に車にはねられ死んだらしい。しかも彼は耳が聞こえなかったという。じゃああの男はいったい誰だったのか。 そして何より私の頭にひっかかったのは、彼の言葉だった。「あらゆる音は原初的記憶に結びつく物質的現象を保存する」..音の本質..か...。 時計を見ると約束の時間まであと3分しかない。急いでバスル-ムから出ようとした時、私はうかつにも足元に石鹸があることに気がつかなかった...。

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 気象庁発表によると大陸で発生した低気圧は勢力を増し、現在東経124°北緯24°中心気圧960ヘクトパスカルの強さで西表島北東沖に停滞中とのこと。その影響で北から高気圧が張り出し、この日天候は4月上旬にもかかわらず、 7月下旬程の温度にもなり、日中は半袖で充分だった。  
 強い西日がフロントガラスに当たり、 油膜が,虹色の光彩を放つ。良く磨き込まれた58年式クリ-ム色のアマゾンはポッテリと何とも愛嬌がある。 「どうしたんですか。それじゃあ目立ちますよ。」RYUはお洒落にうるさく、この暑さにもかかわらず、キ-トンのス-ツを着込んでいる。「少しは心配してくれよ。それにこの暑さでス-ツは逆に目立つんじゃないか」私の鼻には大きな白い絆創膏が貼られている。ちなみに私の服装はジ-ンズに水色のTシャツだ。クリ-ム色のアマゾンは、おかしな二人を乗せゆっくりと動き始めた。やがて空は高く上昇を始め、海からの風は重みを含んでいった。


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サイドミラ-の中から、またあの男が見つめている。「どうしたんですか、ボ-っとして。」RYUは自称イタリア人だけあって、よく喋る。「でね。自分の影を踏めるかさんざんやった挙げ句、そいつはこの問題を科学的に解明しようとした訳ですよ。ま、言ってみれば影フリ-クっていうんですか?奴が言うにはですねえ。そもそも影というものは、地面に当たる光の粒子の数の差によってできるもので、正しくは、あれ何だったかなあ。そうそう、つまり影がそこにあるのではなく、周りがあって、影の部分だけ抜けている。うん、そうだ、影はあるけどそこには存在しない。あるけどない。じゃあ無い物を踏むっていうのはどういうことかと。はっきり言って付き合いきれませんでした........」  
 あと2ブロックも走れば例のカフェに着くだろう。黄色い光線は疼く鼻を容赦なく焦がし、走り去る風景の中、水溜まりに浮かんだあの男が醜く顔を歪ませる。 
「聞いてます?だからね、これは俺の想像なんですけど、その光の粒をですね、なんていうかこう固めてしまう接着剤みたいなのがあれば、そこに立っている人間はいなくなっても影は残るんじゃないかと...。だってそう思いません? そうすれば自分の影も踏めますよねぇ?凄い!これ学会で発表できないすかねぇ」 馬鹿か天才かと問われたら、後者かもしれない。こんなたわいもない事を真剣に考える想像力はどこから来るのか。肝心の接着剤を造ることができたら、間違いなくノーベル賞ものだろう。するとやはり馬鹿なのだろうか。 




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