カガワちゃんの毎日。

カガワちゃんの毎日。

やさしい雨。



あの日も雨が降っていた。
どんな理由だったかは忘れたが、20歳だった私は
付き合っていた男と大ケンカの末、別れた。
その夜、早く寝ようと思う自分の心とは裏腹に
私の神経の何本かは異様に冴え続け、
明け方まで、何度か浅くまどろんだだけであった。
雨はずっと、やさしい音を私の枕辺にもたらし続けていた。
やがて窓の外が白み始め、新聞配達のオ-トバイの音を遠くに聞いたとき、
なぜだか、急に誰かの悲しみの気配を感じた。
それは道路脇の電話ボックスから、私の部屋の窓を見上げる男の哀しい目であった。
私は一気にカ-テンをあけ、窓から遠くの電話ボックスを見た。
雨にかすんで薄暗かったが、目を凝らすとそこに男の上半身の輪郭がぼんやりと映った。
私はパジャマ姿のまま部屋から飛び出し、傘もささずに電話ボックスへと走った。
私は、その男の姿しか見ていなかったので、水溜りで何度も転びそうになった。
電話ボックスの中にいたのは男ではなく、誰かと激しく言い争っている見知らぬ中年の男であった。
びしょぬれになったパジャマ姿の私を、どこかのノラ犬が不思議そうに見ていた。
私は時折立ち止まって、降りしきるやさしい雨を仰いでみたりしながら、
まるで充実した仕事を終えて家路をたどる人のようなすがすがしい目で部屋にもどると、そのままぐっすりと眠った。



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