まいかのあーだこーだ

まいかのあーだこーだ

2021.09.16
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金秋戦がはじまりました。

さすがに上級者どうしの争いとあって、
原句も、添削も、
なかなか通常のセオリーには収まらないですね…。



中田喜子。
しぶき上げ 復活の秋ひとりじめ


どうやら池江璃花子の話のようです。

「しぶき上げ」で水泳だと分かり、
「復活の秋」で闘病明けの秋の試合だと分かり、


その意味で、
言葉の経済効率はよいのかもしれませんが、
あえて意地悪な言い方をすれば、
すべてのフレーズが "コピーライト" っぽいとも感じます。

広告のコピーとか、
ニュース記事の見出し文句は、
まさに「言葉の経済効率」で勝負する世界だから、
ある意味で俳句に近い表現だとは思うけど、
やや誇張気味だし、既視感もあるし、安っぽくも感じる。

そういう言葉を俳句に用いるのは良し悪しだと思います。

前回も「句読点なき恋花火」という

わたしはあまり好きじゃありません。



ちなみに、わたしは、
上五の「しぶき上げ」だけで水泳とは判断できませんでした。

実際、ツイッターを見ていたら、

秋だから「雪しぶき」ではないにしても、
サーフィンの句だとか、漁師の句だとか、雨の高速道路の句だとか、
かなりの誤読の可能性があるのも欠点だと思います。



森口瑤子。
座り込む アンカーの目に秋夕焼
座り込むアンカー 秋夕焼くずる
(添削後a)
くずおれるアンカー 秋夕焼赫 あか (添削後b)

わたしは、
小学生のリレーではなく駅伝のアンカーだと思ったのですが、
そのうえでいえば、原句のほうが好きです。

目に映った秋夕焼の映像だけで、
走り終えた人物の様子が詩情をもって伝わってくるし、
あえて勝ち負けを明示する必要もないと思います。


なお、(添削後b)についていうと…

セオリーに従うならば、
「赤くない夕焼けがあるんなら持ってこいっ!!」
となるはずですが、
あえて韻を踏みつつ「赫」という字で強調することで、
そのセオリーを破っています。

それが妥当なのかどうか、わたしには判断がつきません。



岩永徹也。
軸足のギプスの寄せ書き 山粧ふ
軸足のギプスに金秋の寄せ書き
(添削後)

上五の「軸足」でスポーツ選手だということが分かる。
しかし、季語が山の情景なので、
病室ではなく、屋外の練習風景が見えてしまいました。
杖をついて練習を見学に来たのかしら?と。

添削後の句なら、
病室の窓越しに落ち葉が舞う様子も見えます。



春風亭昇吉。
負けても勝っても母秋刀魚焼く
試合如何に 子の好物の秋刀魚焼く
(添削後a)
勝敗如何に 子の好物の秋刀魚焼く (添削後b)
勝負如何に 子の好物の秋刀魚焼く (添削後c)

原句は、
切れ目なしの一行詩的なリズムが、
これといった詩情を伝えるでもなく、

あまりパッとしないと率直に感じました。



パックン。
天高し アーチ描くホットドッグ
天高し 売り子の放るホットドッグ
(添削後)

まず、リズムについてですが、
「中6下6」で17音に辻褄を合わせるよりも、
アーチを描くホットドッグ
と「中7下6」の字余りにするほうがマシだと思う。

内容的には、
球場でホットドッグを投げるという米国式の習慣を知らないので、
原句を読んだ瞬間、
ホームランを見ながらホットドッグを食べてるのかと思いました。

人によっては、野球のことすら連想できないかもしれません。

一般の日本の読者にとっては、
添削後のほうが状況は分かりやすいですが、
「アーチ」という言葉を省いた結果、
野球に結びつく要素はほぼ無くなったともいえる。



フジモン。
魚群探知機 朝寒のがなり声


本来は、
朝寒の魚群探知機 がなり声
とすれば、5・7・5の定型になるのですが、
時候の季語に具体性をもたせるために、
あえてこの語順にしたのは正しい、との評価でした。

なるほど。



立川志らく。
《首つりの家》には林檎は無いのか


季語の「林檎」を、
かなり象徴的な意味合いで使っていて、
しかも、その林檎すらも「無い」という句。

季語によって季節を描くというセオリーを完全に破っています。

良し悪しはともかく、かなり挑戦的な句でした。



三遊亭円楽。
病院の 脂の抜けた蒸し秋刀魚
病院や 脂の抜けた蒸し秋刀魚
(添削後)

これもセオリー破りです。
季語の「秋刀魚」を不味そうに否定的に描いています。
さしずめ「目黒の秋刀魚のほうが美味い!」ってところでしょうか(笑)。

先生の添削は面白いと思いました。

季語を強調するのではなく、
あえて「病院」のほうに切れ字をつけることで、
この《季語の否定》を逆説的に浮き上がらせています。



筒井真理子。
中心に記憶の螺旋 黒葡萄
黒葡萄に種 吾に記憶の螺旋
(添削後)

作者は山梨出身とのことで、
葡萄の記憶が刻みつけられているらしく、

その自分の「記憶」についてのイメージが、
葡萄の実の真ん中にある種子や、
そのDNAの螺旋形にまで重なったとのことです。

しかし、
それはあくまでも観念的なイメージに過ぎないし、
それ自体を句材にするのはハードルが高すぎると思いました。



パンサー向井。
秋刀魚の目 勧める母の目に力
秋刀魚の目 勧める母の目の静か
(添削後)

焼かれた秋刀魚の目玉の気味の悪さと、
それを「食べろ」という母の目の威圧感を、
子供が怯えつつ見比べている…というコミカルな状況。

しかし、いまひとつ、
その滑稽味を活かしきれていない気がする。

ためしに、
秋刀魚の目 それを食べろとお母 かあ の目
としてみました。




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最終更新日  2021.09.22 11:58:48


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