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念風鬼9
そして目を閉じ祭壇に向かっていた光栄は目をさました。
ゆっくりと、体を中将へと向ける。
光栄の表情はにこやかだったがどことなく恐い…
その表情にビクリとと肩を震わした中将は横柄な態度を崩すまいとしたが、声が出てこない。
「今までのお話、全てお聞きになられましたでございましょう?」
あくまでも、声は穏やかだ。自分より位の高いものにたいする敬語で言う。
「藤原の大臣の息子で三十路すきに正樹どのを殺し位を昇級させた中将どの?」
ひと呼吸で業と長く付け加えた皮肉めいた名をいう。
「う…む……」
無礼者!何を根拠に!と叫びたかったが真実のためと光栄に逆らえない雰囲気に気おどされて低く唸るような返事しか出せなかった。
「依頼は果たしました…貴方様の悪行に恨みを抱き殺すために都中を恐怖に陥れ貴方様の命を狙おうとした鬼は払い終わりました」
「そ…そうか…良くやった…褒美をとらせるぞ…なんでも言うてたもれ!」
チクリチクリと嫌み混じりの言葉はこの際無視をしてさっさとこの場を立ち去りたい中将は横柄さだけは失わずにいう。
「それはありがとうございます…ですが、汚れた方に褒美をもらうの心地悪いというもの。」
「では!褒美などやらぬは無礼者!この私を誰だと思っているんだ!身分の低く位もない外法陰陽師めが!」
中将は光栄の無礼な様に怒り狂って怒鳴りだした。
そんな事は意に返さないような光栄。
都にいない陰陽師は外法(げほう)とつけられるのは当たり前のこと。
「外法はみとめますが、あなたは外道貴族というところでしょう?それに褒美はもらいますよ。あなたの汚れを落としてからね!」
光栄は中将が結界から出るより早く、札をつけた。
「何のまねだ!この札は!」
烏帽子につけられた札を剥がすより、はやくに他の呪をとなえる。
すると、暗い影が、中将の周りにあらわれた。
それは、目は暗く落ち窪んでいて頭には角をはえ、口は暗い空洞を思わせるが牙が鋭く生えている。
中将に恨みを抱く怨霊達だ。
「ひっっひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
中将は結界のなかで腰を抜かして蹴躓く。恐ろしさのあまり、立ち上がれない。
「おやぁ、あなたに恨みを抱くのは都にいる鬼たちだけでは無さそうですね?」
にこやかな表情は意地悪そうな、けれど怒りに満ちた目で見据える光栄に、中将は早く結界から這いつくばって抜け出そうとした。
「ああ~この結界内から出るとたちまち、怨霊にとり殺されてしまいますよ。」
「じゃぁ…どうすればいいのだ……?」
「さぁ…あなたの汚れたお心が改まるまで…でしょう。心が改まるのが先か、あなたが、狂われ、地位も名誉もなくなるのが先か、たのしみなところですねぇ…ふふふふふ」
「そ、そんなぁ~~~~!」
光栄は倒れたままの氷を抱きかかえ、さっさと部屋をでていく。
氷の意識は少し戻っていた。
(こいつ…北の方より末おそろしぃせいかくしてんじゃねーか……?)
と心の中でつぶやいたのだった。
「頼光、頼光、みてみて!光栄様からのお手紙!」
「なんて書いてあるんだ?」
日の暖かな昼下がり、高欄に腰をかけ、葛葉と頼光はおしゃべりをしている。
「中将は罪を認めて、貴族からはずされたんだって、その事はもう噂になってるけど、光栄様が吐かせたことっていうのは、伝わってないんだよね~。
陰陽師の術を使って脅したそうよ。陶然の報いよね!」
「ふーん…陰陽師って怒らせると恐いよな……」
頼光は光栄の懲らしめ方がなぜだか想像ができた。
「それと、もう一つ、宮姫からきたのよ。」
「宮姫って出家したんだよな?その後どうしてるんだ?」
「この文によると、姫は尼になって、正樹様を見られるように修行するんだって。それと、ありがとうって…」
「尼ってそんなことをするための修行場じゃないだろうに」
「ま、いいじゃない。好きな人を見るための努力は実を結ぶわよ」
「それにしても、今日は葛葉機嫌がいいな」
「そう?」
いつもは大人ぶって、渋々と遊ぶだけだが、今日は蹴鞠に、弓に、囲碁、いろんな遊びをしてくれる。
こういう日はとても良いことがあったりする時だ。
「うん、何かいいことあるのか?」
「わっかるー?」
ニコニコと満面の笑みを向け、幸せそうに両手を組みあわせる。
「だって、光栄様が明日かえってくるんだものーーーーきゃーーーー!」
嬉しさの余り葛葉は叫び声をたてる。
「げっ!きゃーじゃねぇよ!ぎゃーーーーーーー!だ!おれにとって!」
「なによ!頼光!一緒に喜びなさいよぉぉぉ!」
葛葉は頼光の両方の頬を無理矢理笑わせようとギュッ!と思いっきり抓りあげる。
「お取り込み中悪いけどね。2人とも…」
高欄に座る二人のあいだから、晴明が顔を挟むように割り込んできた。
「なーに?父様、『光栄様お帰りなさい宴会』についての御相談?」
『光栄様お帰りなさい宴会』というのはたった今考えた宴会だ。
「う~~~んその宴会なんだけど」
晴明は娘の会話にあわせる。だけど、表情が困った顔だ。
「『光栄様お帰りなさい宴会』を『お父様、葛葉ちゃん播磨にいってらっしゃい!』の宴会になりそうなんだよね」
一瞬意味が飲み込めなかった…
「は?『お父様、葛葉ちゃん播磨にいってらっしゃい!』ってどういうことかしら?」
にこやかなまま固まっている葛葉に、同じ表情をした晴明は分かりやすく言う。
「保憲様の代わりに、私が播磨の任地につくことになったんだ。一人で播磨にいくのは寂しいから、葛葉ちゃんも一緒につれていこうかな?って思って…」
葛葉の顔は見る見る怒り顔になる。
「ゼッッッッッタイ嫌!父様一人でいってきてよ!」
「父様寂しーよぉーー母さまは出産のため、つれていけないしー~葛葉がいないと寂しくて夜も眠れないし光栄に何かされていないとも限らないし」
「なにかされないように俺が守りますよ!父上さま!」
「なにかってなによ!まったく!」
葛葉は本気でおこる。その葛葉を宥めるため頭をなでる。
「ま、それは冗談だとしても
都の悪い風より、播磨の澄んだカゼを葛葉に知ってもらいたいのもあるのだけど…」
「…都の風が悪い風?」
「念風が吹き荒れる都より、播磨につれていきたいんだ…本当は…」
晴明は娘のことを思っていっている。
葛葉もそれに気付いたが、にっこりと笑って答える。
「あのね、そう言う、念とか廻ってっている都を守るために陰陽師や祈祷師や、僧侶がいるのよね。わたし、都でも清らかな風になるように祓える力をもっているんだから、自分なりに清らかにしていきたい…だめかな?」
まだ、何て言ったらいいのか分からないけど、自分なりの言葉を父に言う。
「おれも!その手伝いするから、葛葉を播磨につれていかないで下さい!」
頼光は冗談じゃなくて、真剣な表情で晴明にいう。
父は優しく微笑んだ。何もいわずに葛葉の頭を撫でる。頼光の頭も撫でる。
「こういういい子がいれば、都も健やかになるだろうね…」
健やかな、あたたかな風が、三人を吹き抜けていった。
それは、葛葉たちが浄化した風なのかもしれない…
念はけして消えないと言った。
けれど、いつかきっと…健やかな、清らかな風が吹くことだろう…
(おまけ)
「やっぱり葛葉ちゃんを連れていくーーーーー!」
ぎゅっと葛葉を抱きかかえ、いますぐ播磨の向かおうとする晴明。
「嫌だっていってるでしょがーーーー光栄様といたいのよ!」
「葛葉がいくなら俺もつれってって下さい!」
後ろになぞの宇宙人の姿が目を光らせながら、「身重でも私はあなたに付いていけるのに……なぜ一言も誘ってくれないのですか」
と夫に密かな怒りを抱く北の方であった…
都の昼下がりは今日も平和だった。
おわり。
あとがき
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