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なんと、前回の日記が11月15日、、、、、、、、。年も明けて、2ヶ月も更新していなかった。(冷や汗)忙しさにかまけて、このところブログ離れしてしまった。11月、12月は本当に忙しかったのだ。この間、たくさんの事があった。まとめて記録、、、、、、。11月22日(木)楽団の創立111周年記念コンサート開催 場所は、セントロのカテドラル(大聖堂)にて、 なんと、40人の警察官が立ち並ぶ中を入場、ちょっと感動。 演奏会も大成功だった。12月18日(火)クリスマスコンサート 4日前に会場が決まるという、ハラハラドキドキのコンサート、、、。 これまた、なんとか大成功に終わる。12月25日(火)妻がホンジュラスへやってくる。 28日から世界遺産の町Copanのマヤ遺跡へ旅行に行く、、。 あまりのおもしろさに、心わくわく状態。 素敵な旅行だった。1月3日(木) 妻が帰国する予定だったが、 天候不順の為飛行機が欠航、、、、、、、。 結局4日に無事離陸。1月18日(金) 国立劇場、改装記念コンサート出演。さて、これからが今日のテーマである。私のボランティアの仕事内容は、国立吹奏楽団の手助け、、、、、、。具体的にはレベルの向上なのだが、前任者の並々ならぬ努力で、堕落の一途を辿っていた楽団が、ホンジュラスのみんなに認められるまでに、成長してきたところへ、私が赴任してきたのだ。私の目標は、この楽団がホンジュラスの希望の星となることだ。さて、今年の初めに、団長のコンラド氏から、18日のコンサートへの出演依頼が来たと話してきた。最初は、ガリフナ出身の歌手アウレリオとの共演だった、、、。ところが、予算の関係で、我々だけの出演になったのだ。(演奏会3日前)しかし、私は前日まで、この演奏会が、テアトロ(国立劇場)の改装記念コンサートとは知らなかったのだ。(冷や汗)演奏会当日、招待客の顔ぶれを見てまたまた驚いたのだ。その顔ぶれは、文化スポーツ大臣、アメリカ大使、ドイツ大使、台湾大使他各国の大使等、、、、、。それから、この行事に招かれた、要人等、、、、、。そして、一般の観客。つまり、とても大きなイベントだったのだ。その大きな行事のメインイベントに、わが楽団のみが出演。なんと光栄な事である。この楽団の成長ぶりを紹介するには最高の場である。今日のプログラムはこれまでのコンサートで演奏してきた中から、出来の良い物を9曲選んでおいた。メインは「パイレーツ・オブ・カリビアン」終曲は「コパカバーナ」最初の曲は、2007年度吹奏楽コンクールの課題曲マーチ「ブルースカイ」最初の曲を演奏し終えた段階で、楽団はもう聴衆を虜にしていた。指揮をしていて、背中でその空気を感じる事が出来た。そして、最後の2曲。すべてを演奏し終えたときには、観客は総立ちになっていた。もちろん、各国の大使たちも、、、、。最後の文化スポーツ大臣のスピーチも楽団を絶賛していた。コンサート終了後に用意されていたカクテルパーティに顔を出すと、もうあちらこちらから、お礼の挨拶をもらった。特に嬉しかったのは、ドイツ大使がわざわざ私のところへきて、「感動しましたよ」と挨拶されたときだ。しかも、社交辞令の挨拶でなかったのがとても嬉しかった。これほどの光栄なことはない。この楽団が本当にホンジュラスの希望の星になったと、心の中で少し確信した。今日の新聞に、その模様が大きく報道されていた。もちろん、楽団の写真も、、、、、。(画像参照)
2008/01/22
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さてさて、ブログの更新がまたまた1ヶ月以来の更新になってしまった。(汗)この1ヶ月あまりで、1回の演奏会、キューバ、メキシコへの旅行、等々、いろんな事があったのだが、、、、、、、。更新をすっかりさぼってしまった。実は今日、日本で言うところの文化勲章授与式が、大統領官邸で行われた。 こちらでは、「2007、金の月桂樹賞」と言う。 この授与式に参加して、あらためて、もう少し日記の更新をして、ホンジュラスでの記録をしっかり残しておかないと、と思ってしまった次第だ。さて、その授与式だが、今年は11名の功労者及び団体に賞が授与された。 その中で、日本のJICAが表彰を受け、 所長、日本大使が授与式に招待をうけたが、実は私も招待状をいただいた。 もともと、楽団が表彰式で演奏をすることになっていたので、 仕事として参加する予定だったが、二重の招待となった。 この式典は、大統領を初め、文化大臣、その他各界の著名人を招いて行われ、たくさんの報道陣もあつまる、一大イベントだ。外国の団体も表彰されるのが特徴で、今年は、31年間のボランティア活動で、ホンジュラスに多大な貢献をしたと言うことでJICAが表彰を受けた。私もその一員で、私が指導をしている楽団が式典に参加していることもあり、 その指揮をすることもあって、式典の中で、 司会者からも、文化大臣からも、JICA所長からも、と3回も私の紹介があり、大統領を初め、皆さんに立って挨拶をした。 おかげで、TV局のインタビューに応じさせられやら、 何人かの方からお礼の挨拶をされるやらと、 なんだか、とても名誉ある一日だった。今日の式典の中で、3回も名前を呼ばれた人はそんなに多くなかったと思う。 最近は大統領官邸で働いている人にも顔を覚えていただき、 官邸に入るのも顔パスに近くなってきている。 最後に大統領、文化大臣、副大臣にきちんとお礼の挨拶をして帰ったが、 こんな経験が出来るのも、 JICAのおかげと、とても感謝している。 日本では絶対に経験出来るような事ではない。仕事がら、このような経験が出来ているのだが、本当にありがたいことだ。今日は特別に貴重な経験をさせてもらった。 ただ残念なことに、今日はカメラを忘れてしまったので、 画像がない。(涙)追記: 先日、同僚に詳しくこの賞の話を聞いてみたら、 金の月桂樹賞と言うのだそうだ、、、、。(汗) スペイン語は、まだまだである。 即刻、タイトルを書き直した。
2007/11/15
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韓国大使とホンジュラスに韓国大使館が出来た。今日はその記念レセプションの日。実は、2週間前にこのレセプションの招待状が届いたのだ。よくよく聞いてみると、今回招待を受けているのは、大臣クラスとホンジュラスの要人、各国の大使らしい、、、、、。日本人は大使とJICA事務所の所長と私の3人。な、なぜ私が~~~~~~?????と思いつつも、こんな機会は滅多にないので、出席をしてきた。しかも、金曜日に韓国大使館から出席の確認の電話が来たのだ。そこで、他に同僚の方が来られますか?と質問されたので、K氏とN氏を誘って3人で行きますと返事をした。さて、開始時間は7時。会場は、テグシガルパでは一番のホテル、コンチネンタルホテル。まだ足を踏み入れたことのないホテルだったので、興味津々。さて、やはり出席者は、副大統領、大臣、等々各界の著名人が200人程度。いろんな方々とお話が出来て、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。招待をしていただいた、韓国大使館のE氏に感謝したい。
2007/10/08
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さて、定期演奏会まであと1週間と迫ってきた。今の国立吹奏楽団の指導を受け継いで5回目の演奏会だ。このところ、出張演奏がたて続けにあり、あまり練習ができていない。あやうく今週は、練習日0日になるところだった。なんとか、1時間30分の練習をこなして、さあ、バスに乗り込んで、Caneの町へ演奏にというところで、コンサート会場から電話。今回は、いつも使っている国立劇場が修復の為に数ヶ月の休館にはいるため、中央アメリカ銀行の会場を借りることになっていたのだ。で、電話の内容は、、、、、、演奏会に予定していた10月11日に銀行関係のイベントが入ったので、使用できない。というもの、、、、。「え~~~~っ!!」団長共々開いた口がふさがらない状態に、、、、。1週間前に、それはないだろう、、、、、。ポスターも、招待状も、プログラムも出来ているというのに、、、、、。なぜそうなったのか質問をしても、使用できないの一言。これ以上文句を言ったところで、変更する気配がないので、他の会場を探すことに、、、、。と言っても、日本のように演奏会場がたくさんあるわけではない。困り果ててしまった。まあ、多少のハプニングには慣れてきたが、こんなことって、あり~~~~~~??*+`~`*}と叫びたくなる。仕方がないので、修復作業に入った国立劇場を使用させてもらえるように、文化省へお願いに、、、、、。で、なんとか使わせてもらえることになったのだが、どうも塗装工事が行われるらしく、それが内壁からか外壁からかがはっきりしていないらしい。内壁からだと、ペンキ塗り立ての会場にお客が入る事になる。演奏中、みんなシンナー中毒になるおそれが、、、、、。とにかく月曜日に工事責任者と話しをすることになっている。演奏会当日まで、何が起こるか、ものすごく不安であるが、なんだか最近その不安が楽しみになってきているようで、そちらの方が怖い、、、。
2007/10/05
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サンフェリペ病院でのコンサートさて、久々の日記更新である。前回の日記が8月6日、、、、、、、、(冷や汗)毎日毎日、本当に充実した日々を送らせてもらっている。時には楽譜の作成で徹夜をすることも度々、、、、。気がつくと、ここに来て今日で丁度1年が経った。速かった。本当に速かった。ウルグアイの時はもっと余裕がありブログの更新もほぼ2日に1回の割合で、行うことが出来たのだが、、、、。それでいて、とても充実感があった。今回は、その余裕もなく忙しい毎日を送っている。しかも、充実しきっていると言っても過言ではない。とにには1週間に4日間の出張演奏。この7月、8月、9月の土日はほとんどと言って良いほど、出張演奏に出かけていた。楽団も確実に上達してきている。文化省からも、しっかりと認められてきた。なんと言っても一般の人からの支持が多くなり、前回8月に行った定期演奏会では、会場が超満員になった。団員との意見の食い違いもあり、多少の衝突もあったが、今では、とても良い関係を築くことが出来ている。たくさんの友人が出来た。またその友人に助けられてきた。新聞にも、TVにも出させてもらった。町を歩くと、「マエストロ!!」と声が掛かるようになった。多くの人に支えられて、本当に毎日が充実していて楽しくてしょうがないのだ。なんとか健康も維持できている。あと1年、あと1年しかないと思うと、なんだか寂しさがわいてくるほどだ、、、。あと1年。また、毎日充実した楽しい日々を過ごしていこう。ブログの更新も、、、、。(汗)
2007/10/03
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久々の日記である。気がついたら、前回の日記から2ヶ月近く過ぎてしまった。(滝汗)さて、久々の日記の内容は、、、、、、。今日、3時から職業訓練校の存続を架けた調印式典が行われた。いや、行われる予定だった。わが楽団がその式典に呼ばれていて、国歌演奏と、1時間のレセプションでの演奏を行うことになっていた。午前中、早めに練習を終え、午後1時集合。ふと見ると、11時にもう迎えのバスが来ている。運転手が「メンバーはまだおりてこないのか」と私に質問。私「えっ、午後1時30分出発の予定だけど、、、」と答えると、バスはここに長時間駐車できないので、いったん戻っていった。そんなこんなで、午後2時、会場の職業訓練学校に到着。楽器の準備、設営を終えて、ふとプログラムを見ると、な、なんと開始時間が午後4時30分になっている。2時から来ている参加者もいる。今日の調印式典は、大企業のお偉いさん方と職業訓練学校関係者、大統領の約400人の式典だ。この学校は、大企業と政府の出資によって成り立っている学校なのだか、実際には、中小企業への人材育成がほとんどをしめていて、大企業よりクレームがついたのだ。そこで、この学校を存続させるために、大企業への人材育成のプログラムの開発等を含んだ新たな調印を、大企業、職業訓練校、政府(大統領)の間で取り交わされるというもの、、、。大型液晶モニターを8台も設置。TV局も4社以上、プレス関係者も多数。会場の椅子400席には、すべて白いカバーが掛けられ、鉄枠を組んだ照明設備、回転照明も設置。大がかりな設営がなされている。隣の会場(体育館のような施設)ではレセプションの準備万端さて、待つこと3時間。午後5時になって、大統領が来れないと言うことがわかり、この重要な式典は、即中止に、、、、、、。参加者はレセプション会場に移動し、乾杯もなく飲み食いが始まる。我々も急きょレセプション会場に移動して、約20分間の演奏。式典は、ただの軽食パーティと化してしまった。このようなことは、日常茶飯事のようで、参加者はもうすっかり慣れている様子。プレス関係者も引き上げるのが早かった。ま、今日は夜9時までかかるかなと思っていた仕事が、思わぬ展開に、夜7時には帰宅できた。しかし、日本ではちょっと考えられない話。「どんだけ~~~」と叫びたくなった。(爆)
2007/08/06
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今日はこの楽団を指導し始めて、3回目の演奏会である。昨年の11月8日、前回の3月18日。そして、今回は3ヶ月ぶりの演奏会である。前回の演奏会がなかなかで好評で、お客さんも400名近かった。本当は4月22日に行う予定だったが、前日に振った雨の影響で、テアトロが雨漏り、、、、。開場が使用不可能と言うことで、急遽中止になったのだ。これもまたホンジュラスの実情なのだが、、、。それもあって、先日、団長C氏と共に文化芸術スポーツ省の大臣に直接会って、テアトロ修復と建設の話をしてきたところだ。さて、今回の演奏会の目玉は、「パイレーツ・オブ・カリビアン」の演奏である。丁度今、3作目の公開中で、ホンジュラスの娯楽の上位を閉めている映画のことだけあって、みんなよく知っているのだ。さて、朝みんなが集合しているのに、トラックが来ない。団長が連絡をすると、な、なんと運転手が忘れていたのだ。(汗~~~~~~)待つこと1時間。なんとか、素早く楽器の移動がおわったので、20分遅れのリハーサル開始で済んだ。が~~~~~今度はメンバーが数人いない。しかも副団長がいない。40肩で病院通いをしているのだが、自分の楽団の演奏会にはかおを出さないと、、、、。とにかく責任感というものが備わっていない。(汗、汗、汗~~~~~~)なんとか予定通りにリハーサルを終えて、2時開場ところが、1時50分集合のはずのメンバーが2時を過ぎてもやってこない。またまた冷や汗ものである。もう、お客さんは来ているのに、、、、、、、。15分前にみんな集合。さて、お客さんの入りは、、、、、、。おお、満員御礼ではないか、、、。ありがたいことだ。演奏も無事終了。演奏終了と同時にたくさんの人がステージに上がってきた。いや、嬉しいのはいいが、セキュリティ上あまり良いものではない。今度は方法を少し考えないと、、、。それにしてもお客さんは大満足だったようだ。テレビ局のディレクターがやってきて、今度は是非、うちのTVで宣伝させてほしいとのこと。いや~~、ありがたいことだ。とにかく演奏会は大成功に終わった。みんなも大満足だったようだ。でも、でも、、、、、、、、演奏自体はまだまだなのだ、、、。団員の中の問題も山積みだ。次回は8月11日。少しずつ、少しずつ良くなっていってほしい。
2007/06/24
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今日、大統領官邸で、フランスとアルジェリアの大使の謁見セレモニーhがあった。昨日国歌の練習をしたのだが、フランスの国歌は有名な「ラ・マルセイエーズ」で、アルジェリアの国歌は、、、、、、???楽団が所有している楽譜は、かなり古い。しかも、10年前に来たハリケーン「ミッチ」のおかげで、ほとんどの楽譜が水に流されている。練習をしたが、、、、、、、、、ん???????変な曲だ。演奏が下手なのか、曲自体が変なのか、編曲が悪いのかが解らない。フランスの国歌はなんとか曲になっているので、演奏に問題はなさそうだ。仕方がないので、昨夜、編曲のし直し、、、、、。今はインターネットで、192の国と地域の国歌が無料でダウンロードできる。その、アルジェリアの国歌を聴くと、なんと格好よい曲ではないか、、、、、。なんとか明け方の4時の編曲終了。そのままパート譜もプリントアウトして、2時間の睡眠。おかげで、今日の演奏はGood。大使にも喜んでいただけただろう。(憶測)さて、今日は大統領官邸の中庭を見てきた。落ち着いた感じの庭で、手入れが良くなされている。他国に比べれば小さいが、なかなか趣がある建物だ。
2007/06/19
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まずは、昨日の金曜日。警察学校の31周年記念行事に参加してきた。かなりの大がかりなセレモニーで、たくさんお警察関係者が参列していた。警察の手配してくれたバスが遅れたため、楽団はぎりぎりに到着。まず、副主任のマルチネス氏が挨拶にやってきた。まだ若そうだが、出世頭のようで、胸の勲章の数が凄い。2年前に東京へ行って、3ヶ月のJICAの研修を受けたそうだ。日本が大好きな様子で、私には日本語で話かけてきた。さて、そうこうしている内に、プログラムが進み、打楽器は準備途中で、国歌演奏開始、、、、。(おいおい)要人の長いお話が終わると、警察隊による演技。40人の正装した部隊が行進を始めた。しかしこの行進がなかなか素敵な演技で、銃をくるくると回しながら、ウェーブの用に順番に回していく。そして最後は、空砲を一斉に撃ち、拍手喝采。いや~、なかなかすばらしい演技だった。セレモニーも無事に終わり、楽器を片付けているところへ、副主任ともう一人の上官がなにやら、小箱を持って私の所にやってきた。手に持っているのは、今日、功労者へ授与された記念品。それを私にもプレゼントしてくれたのだ。警察の情報カメラマンと共に授与セレモニーが始まった。なんだか恐縮してしまった。この記念品、なかなかの物で、警察学校の紋章入りの腕時計と計算機つき置き時計が二つ入っていた。とにかくマルチネス氏は日本が大好きのようだ。その後も、私は彼に付き添われ、団員とは別行動に、、、、。VIP扱いをされてしまった。そこで、すかさず、24日に行う演奏会の紹介をしたのだが、なんとバスを1台出して、50人で繰り出すとまでいってくれた。しかも、土曜日にやっている警察のTV番組で、紹介してくれることになったのだ。その番組はマルチネス氏が司会をしている番組で、その名も「法と秩序」である。土曜日、午後6時。団長のコンラド氏と共にチャンネル66へ、、、、。中では、マルチネス氏が待っていて、簡単な打ち合わせをしたあと、はい、本番。当然台本なし。かなり緊張してしまった。マルチネス氏がゆっくりと話してくれたのだが、聞き取るのに一苦労。とにかく冷や汗ものだった。なんとか、コンサートの宣伝をして無事終了。生出演は本当に緊張する。日本でも、二日間も警察にお世話になったことはなかった。
2007/06/16
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デング蚊さて、昨日の日記は久々に書いたので、日にちを間違えてしまった。このブログの日付は日本時間になっているので、私が書く時は、一日戻って書かなければならないのだ。昨日はそれをうっかり忘れてしまっていた。(汗)さて、今月の24日(日)に楽団の演奏会を控えていて、練習の回数もあとわずかになってしまった。来週の日曜日なのだが、それまでに政府関係の仕事が4日間も入っているので、実質あと4日の練習。これは困った、まだ70%も完成していない、、、。今日はしっかりと細かいところまで、と思い。じっくりと練習をしていると、10時15分前に作業員の2人がやってきて、「今から、蚊の駆除を行います」と言うのだ。おいおい聞いてないよ~~。せめて午後からにしてほしいのだが、そうも行かない。しかも明日は、仕事でみんなはここにいないのに、その間にやってほしいところなのだが、こんなことこそ融通が聞かない。従って、今日は10時に練習終了。って、ことはあと3日、、、、、。まあ、これもしかたないことだとして諦めよう、、、。と帰宅したとたん、土砂降りの雨。風も強く、これはトルメンタだ。窓は閉まっているのに、下のレールから雨が入ってきて、床は水浸し、、、、。新聞紙やタオルを詰めてもまだ入ってくる。そうこうしているうちに、停電だ。こうなると何も出来ない、、、。しかたがないので、昼寝をすることに、、、、。雨は2時間近く降ったようだ。近くの道路は斜面から落ちてきた20cm以上の石がごろごろしていた。やはり1箇所、道路がプールと化していた。聞くところによると、雹が降ったそうだ。突然の蚊の駆除も、万事塞翁が馬かもしれない、、、。さて、蚊の駆除。ここではとても大切なことなのだ。雨季の時期、デング蚊が大量発生するのだ。こちらではデンゲと言っているが、現に隊員が一人デングにかかって入院している。先日、練習中にかなり蚊に刺されてしまったのだが、よく見るとデング蚊ではないか、、、。虫除けスプレーを常備しておかないと、、、、。
2007/06/14
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へこんでも気にせず走っている車日本は梅雨に入ったところが多くなってきたようだが、 こちらも、今は雨季。 日本の梅雨に良く似ているが、一日中雨が降ると言うことはなく、 降っても、夕方から夜にかけて降る程度である。 日中は30度。 少し蒸し暑い。日本ほどでは無いので、とても過ごしやすい。 今は、夜の11時だが、さっきまでかなり強い雨が降っていた。 こちらは下水管が細いらしく、 雨が長時間つづくと、道路に雨水があふれ出して大変なことになる。 しかも坂の多いところなので、 鉄砲水の様な状態になり、 車は通行不可能になるところがある。 しかも、溝のないタイヤをはいている車ばかりなので、 怖いのなんの、、、。 今日も、ぶつかっている車を何台か見かけた。 ちょっとした衝突事故は日常茶飯事なのだ。 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と言うが、 ここでは、 「赤信号、車が来なけりゃ、渡るべし」だ。 青信号といって、無事に渡れるとは限らない。まず事故が起こったら、交差点のど真ん中であろうが、 警察が来るまでは、車は絶対に動かしてはいけない。 しかも、先に謝った方が負け、、。 まずはお互いに「どうしたんだ!!」から始まる。 道路はひどい渋滞状態におちいるのだが、おかまいなしである。 で、けたたましいクラクションの嵐。 これも、ここの風物詩だろうか、、、、。しかも、修理代のお金がもったいないので、みんなへこんだままで走っている。(画像)
2007/06/14
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生まれて初めて見たカリブ海いや~、このブログ、2ヶ月も放置状態にしてしまった。実は4月に一時帰国をしていたのだが、5月8日にここへ戻ってきたのはいいが、次の日から立て続けに泊まりがけの演奏出張が入り、時差ぼけと戦いながらのハードスケジュールだったのだ。気がつけば、もう6月。さて、頑張ってブログを再開しないと、、、、。5月の話になるが、テグシガルパから来たへ400km離れたところにある、La Ceibaという町で、毎年行われる、カーニバルに参加してきた。このカーニバルは中米で最大のカーニバルと言われている。パレードが中心のカーニバルだが、今年は35周年記念ということもあって、かなり本格的な舞台ができあがっていた。当日行われた、イベントの模様は、生中継で、全世界に放送されたようである。協力隊の若者がこのイベントに「ヨサコイソーラン節」で参加。なかなかの好評だった。自分も、日本から持ってきた浴衣でパレードに参加。数曲のラジオ局からインタビューを受けた。でも、正直何をしゃべったのか覚えていな。カーニバルも終わり。月曜日にお休みをもらっていたので、初めてのプライベート休暇を1日だけ楽しんだ。La ceibaの町からカリブ海沿いをさらに北へ行ったことろに、Telaという町がある。そのビーチ沿いのホテルに一泊した。部屋のテラスにハンモックがかかっているのを見て、このホテルに決めてしまったのだ。1泊50ドルもしたのだが、ビーチにも近く、最高の休暇を楽しめた。
2007/06/10
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さてさて、昨日からテグシガルパから200km北で離れた、Santa Barbaraという町へ演奏旅行に行くはずだったのだが、、、、、、。11時30分、Bandaのオフィスへ集合12時ちょい過ぎまでに昼食をすませて出発の準備。1時にエアコン付きのバスが来るということで、みんな楽器も階下へおろし、待つこと1時間。エアコン付きのバスが来た、、、、、、、?????えっ、ちょっと小さいような、、、。そうなのだ、定員24名のバス。我々は30名プラスたくさんの楽器。これは困った、、、、、。みんな集まって協議、、、。でも協議をしている暇はない。なんとか押し込めようということで、積み込み開始。楽器をすべて積み込み、今度は人間。座席の間に折りたたみの椅子を持ち込んで、なんとか30人座ることが出来た。1時間40分遅れで出発。町中の渋滞でなかなか進まず、20分後にやっと抜け出したと思ったら、ガソリンスタンドの前で、バスがストップ。全くエンジンがかからなくなってしまった。運転手にきくと、朝から調子がおかしかったようで、、、。かわりのバスを呼ぶことに、、、。エンジンが止まったことでエアコンもストップ。バスの中はサウナ状態に、、、。とりあえず外の日陰に避難。バスは道路に止まったままのため、後ろは渋滞状態になってしまった、とそのとき、ガシャーン。路線バスとタクシーが衝突事故を起こしてしまった。おかげで、渋滞状態から封鎖状態に、、、、、。とにかく道路からバスを移動させた方がよさそうで、団員がみんなでバスを押すことになった。(画像)でも、最後の一押しが出来ず、載せていた楽器を全部おろすことにした。そして、サイド挑戦。今度はなんとかうまく言ったが、かえのバスが来ないとのこと、、、。やむなく演奏旅行は中止。団員はタクシーと路線バスにてオフィスへ戻ることに、、、。楽器類は、団員の一人のお姉さんがトラックを持ってきてくれて移動した。このようなハプニングは日常茶飯事のことで、団員はみんな慣れたもの、、、。私もこれが3回目なので、動じなくなってしまった。さて、私が4月4日から日本へ一時帰国するので、みんなにお別れの挨拶をして帰宅。家に着いたら6時だった。演奏するより疲れた、、、、、。しかし、止まったのが近くで何よりだった。これが山の中だったらと思うと、、、、、ぞっとする。ラッキーとしか言いようがない。
2007/04/01
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久々の日記だ。演奏会終了後、とにかく忙しくて書く気にならなかった。(いかんいかん)さて、今日はテグシガルパから10kmくらい離れた、San jose de soro guaraという村のお祭りへ呼ばれて演奏に行ってきた。村の中心では人がたくさん集まってきていた。我々が演奏するところは、建物の軒下、、、テラス、、、、うむなんと言ったらよいのだろうか、、、。画像で理解してもらいたい。(汗)楽器を準備しているときから、もうみんな物珍しいのか、近くに寄ってきて、じろじろと眺めている。ここもかなり山の中にあるところで、道路は舗装していない。吹奏楽の演奏なんか初めて聴く人もいる。田舎の特徴だが、男たちは、みんなテンガロンハットをかぶっている。何となく西部劇に出てきそうな村だ。さて、ラテンの曲の中に、日本の歌、、、>+??「宇宙戦艦ヤマト」の演奏。これ、ホンジュラス人になかなか受けている。まあ、曲の感じが勇ましいし、、、。14曲を吹いて、コンサート終了。ここはシャイな人たちが多いのだが、大きな拍手。おきまりのティピコ(ホンジュラスの)お昼を頂いて、テグシガルパへ、、、、。田舎でのコンサートは本当に気持ちが良い。みんなラテンの曲を吹いても、ノリはあまり良くない、というか、本当にシャイでおとなしいのだ。今日はみんなお酒が入っているので、ちょっとは違っていたようだ、、。
2007/03/25
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国立吹奏楽団の指導に携わって、第2回目の演奏会を行った。ホンジュラス時間というのがあって、開演2時30分と言っても、お客さんがなかなか来なく、いつも2、30分遅れて始めるのが常になっているので、今回は、日本のシステムを取り入れて、ポスターやちらしに2時開場、2時30分開演という時間を書き入れた。で、今日は時間通りに開場、2時30分丁度に演奏を開始した。その時点でも観客数200人程度、ホンジュラス時間にしてはまずまずである。前回の定期演奏会が11月12日だったので、(クリスマスコンサートを除いて)4ヶ月ぶりのテアトロでの演奏会だった。今回はとにかくお客さんにたくさん来てもらおうと、宣伝に力を入れた。おかげで、前回の2倍近くの観客が集まった。ただ、開演前にたくさんのハプニング。まず、私自身、白のYシャツをアパートに忘れてしまった。しょうがないので、着ていた薄いブルーの半袖シャツのまま出演。ピッコロのタンポがはずれ、途中で使用するタイプライターを事務所に忘れるなどなど、ハプニング続き。でも、最近はハプニングには慣れっこになっており、トランキーロ(落ち着いて)の世界である。さて、演奏開始、、、、、、終わってみれば、拍手喝采。みんな大喜びの様子。たくさんの人が挨拶にやってきた。なんとサインを求めに来る人も、、、、、。最初の目的、「次回も是非来たい」思わせる演奏会にすること、、、、。達成できたのではないだろうか。演奏会終了後、練習場にてコーラ(ビールではない)で乾杯。このときに、日本語で「お疲れ様!!」とみんなで合唱。今日は心地よい気持ちで寝れそうだ。ただ、明日は、朝からホンジュラスで一番暑いところと言われる、Nacaome(ナカオメ)と言うところへ演奏に行くのだ。ばてないようにしないと、、、。
2007/03/18
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今日は、午後から楽団と一緒に大統領官邸へ、、、、、。各国の大使が交代の時期で、7カ国の新しい大使が大統領鑑定に、正式に挨拶をする恒例のセレモニーの日だった。ガテマラ、イタリア、ルーマニア、ジャマイカ、トルコ、オーストリア、インドネシアの7カ国。そのうち3カ国の大使が女性だった。各国の大使が大広間の玄関に並ぶと、その国の国歌を演奏する。ホンジュラスの軍隊の誘導の元に、大統領と大統領補佐官が座っている椅子の方へ移動。大統領の横に設けられたイスに座って、歓談。挨拶が終わると、誘導の元に玄関まで、、、。その時にホンジュラスの国歌演奏。この間約5分だ。これが7カ国続いた。ルーマニアの国歌がなかなか格好良い。オーストリアの国歌はかのモーツアルト作曲である。さてすべての国のご挨拶が終わり、団員が楽器を片付けているところへ、大統領が団員にお礼を言うために2階までわざわざ上がってきた。こんなことは今までになかったようだ。早口で質問をされたのと、緊張のあまり、スペイン語が全然理解できなかった。で、ちんぷんかんぷんな受け答えを、、、。(汗)せっかくなので、大統領とツーショットを撮らせていただいた。とにかく背の高い人で、私が子供のように見える。
2007/03/13
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プレゼントしてもらったTシャツさてさて、ウルグアイにいるときにも、悩まされたことがある。それは突然のキャンセル。日本では滅多にないことだが、中南米では日常茶飯事だ。特にホンジュラスは頻繁にある。今日も午後4時から市内のVilla Olimpica(スポーツ施設)で行われる催し物に、楽団が呼ばれていたのだが、2時30分に来るはずの車が来ない。依頼先に車の手配のことを問い合わせても、どこが車の手配をしたのかが解らない。そのうち、どうも車が準備出来なかったらしく、あえなくコンサートは中止。楽団は今日のコンサートの為に、練習時間を朝10時には終えて、再び午後2時に集まり、着替えて、重たい打楽器を4階から1階まで、階段で運んで、待つこと1時間30分。中止の話と同時に、また、4階まで運び上げた。このような移動の為の車が手配できないで、中止になったことは今までにも何回もある。今日のように当日のコンサート直前で中止になったのは、私がここに来て、これが2回目。もう楽団のみんなは慣れたもので、「中止だって」という言葉と同時に、「じゃあ、帰ろう」といともあっさりと受け入れて、さっと引き上げていった。私も慣れたもので、驚くこともなくなってしまった。ただ、今日は嬉しいこともあった。団員でトランペット吹きのA氏と用務員さんの娘のH女子から、Tシャツを頂いたのだ。実はT氏には昨日もコーヒーをごちそうになっている。二人とも、なぜプレゼントしてくれたのかは不明なのだが、、、、。しっかりお礼をいって頂いた。きっと、私がいつも同じ服を着ているからだろう。(汗)1枚は、ホンジュラスのマスコット、ヤモリの図柄。(スペイン語でゲコと言う)もう1枚は、「HONDURAS」の文字がプリントされている物。日本のTシャツと違い、丈が短い。でも、このTシャツ、2枚ともホンジュラス製である。
2007/03/09
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EL Paraisoの町の様子3月2日から4日まで、EL Paraiso(エル・パライソ)へ出張演奏に出かけてきた。今回は2泊3日の旅。エル・パライソは今回で2回目。楽団と一緒に、マイクロバスに揺られて2時間。音楽隊員が活躍している、Casa de Curutral(文化センター)へ到着。演奏は夕方の6時から始まった。というか、行ってみてびっくり。プログラムがいつの間にか7時になっているのだ。でも、団員は演奏終了後テグシまで帰らなければならないので、6時に演奏を開始したのだ。今回のコンサートはコーヒー祭りのイベントとしてのもの。公園の周りにはたくさんの屋台が建ち並び、にぎわっていた。コンサートは無事終了。今日もまた、たくさんの人から拍手とアンコールを頂き、満足の演奏だった。さて、団員は再びマイクロバスに乗ってテグシへ、、、。私と、ブラスアンサンブルのメンバーは、明晩もコンサートがあるので、ホテルの方へ移動。公園のすぐそばにあるホテルで、一晩中にぎやかで、途中目が覚めてしまった。さて、明くる日は、ピアノの調律を頼まれていたので、朝7時30分起床。古い古いピアノで、ここの教会に置かれている物。すべてが半音以上低い。9時調律開始。半分調律し終わったところで、前の音を確かめると、もうすでに半音近く下がっている。ピアノの調律も久しぶりだし、こんな調子だったので、調律をし終えたら、5時間経っていた。コンサートの6時までに間に合ってホッと一息。コンサートは無事終了。私もなかなかやるじゃあないか、、、。と自己満足。さて、私はSV仲間のK氏のオーボエとS隊員のピアノで、日本の歌を紹介。5曲足らずの演奏だったが、歌い終えると、な、なんとスタンディングオベーション。これには驚いたと同時に、ちょっと嬉しかった。S隊員は今月で任期を終え日本に帰国をする。たくさんの人から喜ばれ、素敵な仕事が出来たのではないだろうか。こころからお疲れ様と言いたい。もう1台、ピアノの調律をしないと行けないので、今月の終わりにもう一度来る予定だ、、、。
2007/03/04
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今日は、51回目の誕生日。このところ自分の誕生日は海外で迎えている。で、今日の仕事は朝から練習場の近くの健康管理センターで演奏会。医療関係のセミナーの中のプログラムとして、我々の演奏が組み込まれたのだ。さて、演奏開始と同時に、副団長のフーリアン氏がいきなり、「今日はS氏の誕生日なんです。」と会場のみんなに紹介、、、、。これにはちょっと驚いてしまった。しかも、団員がみんなでお祝いの曲を吹いてくれた。(残念ながら題名を聴くのを忘れた)コンサートも無事終了。練習場へ帰ってみると、ケーキが二つも用意されていて、みんなが私の誕生日パーティを開いてくれたのだ。一人のケーキカット、、、、。(笑)の後、みんなで美味しく頂いた。本当にありがたいことだ。実は、私もこっそりとみんなに抹茶ケーキを焼いて持ってきた。南米では誕生日の人がケーキをみんなにごちそうする週間がある。今年も素敵な誕生日を迎えることが出来た。
2007/02/27
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NECトレンドナビゲーターの小林克也さんウルグアイの時に、NHKの「地球ラジオ」に出演させてもらったことがあるが、今回、またまたラジオ出演することになった。日本時間の2月24日(土)朝9:30頃の出演で、今回は、なんと電話による生出演。ニッポン放送の小林克也の「NECトレンドナビゲーター」という番組で、ホンジュラスの情報を話すことになっている。小林克也さんと直接お話出来ると言うわけだ、、、、。(ワクワク)残念ながら、この放送は関東地域の人しか聴けないようだ。しかし、Webサイトで、放送終了後、1週間聞くことが出来るようだ。アドレスは、http://www.1242.com/ba-time/trend/もし暇な人がいたら、聞いてみてほしい。またまた公共の電波を使って、挨拶をさせてもらう。でも、今回は生放送なので、緊張している、、、、、、。(汗)
2007/02/23
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モヒカンガテグシガルパから北西へ120km位行ったところにある、Rosario(ロサリオ)というところのお祭りに楽団が呼ばれたので、朝から2時間30分バスに揺られて行ってきた。さて、この人口22000人と言われるRosarioという村(町なのかもしれない)、実は、団員のほとんどが始めて行くというところ。途中のComayagua(コマヤグア)までは舗装の大きな道だったが、ここを過ぎるととたんに、赤土の道路。しかも、山に登って行くは、行くは、、、、。たぶん雨が降ったら、通行出来なくなるのではと思われる。この先に本当に村はあるのだろうかと不安におなってくる。途中、十数頭の牛に行く手を阻まれたり、2m以上もある茎に花をつけたアロエのお化けの様な植物を見たり、、、今にも落ちそうな橋を渡ったりしながら、無事に山の斜面を切り開いたところにあるRosarioに到着。まさに天空の村だ。ここから見る山々の美しいこと、、、。なんだか秘境といった感じがする。かつてここは金、銀、オパールなどたくさん採れたところなのだそうだ。すべてスペイン人がかっさらっていった。と村の長老が話してくれた。さて、急な坂道を上ると、広場(中央公園)があり催し物が出来る建物、そして1539年に建てられたという古い教会があった。なんと2ヶ月前に、この教会の財産である、壁画と全身金箔が貼られたキリストの像が、何者かによって盗まれたようだ。よりにもよって教会の前には警察があるのだが、、、、。一千万円以上はするという代物らしい。村の人たちは、純朴そのもの、、、、。我々団員を含めて、みんなじろじろと珍しい物を見るように、眺められてしまった。広場には、手回しの回転ブランコ、手作りのルーレットらしきものなど、珍しい遊びの屋台が出ていた。到着そうそうお昼をごちそうになり、いよいよ我々の演奏会の始まり。祭りに来ていたほとんどの人たちが会場に集まってきた。子供たちは横壁に張られた金網にしがみついて聞いている。たぶん、吹奏楽の生演奏は初めて聴くのだろう。みんなの聞いているまなざしが真剣そのもの。最後は拍手喝采であった。その後広場で、なにかメキシコのマリアッチのような音楽が聞こえてきた。トランペット、サックス、ドラムの音楽に合わせて、顔に奇妙なお面をかぶり、色鮮やかな衣装を着けたひとたちが踊っている。モヒカンガというものらしい。祭りには欠かせないようだ。このモヒカンガが村を練り歩く。その後をみんながぞろぞろとついて行く。その光景は、日本では絶対に味わえない、何とも言えないラテンの臭いが漂う、不思議な風景だった。そして、その音楽が山にこだまする。今日は久々の曇り空だったが、思いもかけない貴重な光景を見ることができた。
2007/02/17
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首都テグシガルパから北東へ、バスで4時間30分。ホンジュラス第二の都市、サン・ペドロ・スーラからさらに30分、北東に行ったところに、Choloma(チョロマ)という街がある。とてもきれいな街で、ここで行われているお祭りのイベントとして、我が楽団が呼ばれたのだ。聞くところによると、楽団も初めてここへ来たそうだ。さて、ここに来るまでには一騒動があった。まず、今日の日程だ。今日は楽団は二つのイベントに参加したのだ。一つは、テグシガルパのスヤパ通りで行われた、大がかりなパレード。これは、第二弾の日記で書くことに、、、、。この行事が終わり、いったん事務所に戻り、Cholomaへ向けて出発、、、。と思いきや、バスが来ない。電話で問い合わせたところ、大型のバスなので、楽団の事務所の道には横付けできない、とのこと。そこまで、歩いて15分かかる。打楽器はどうするだ、、、、。急遽メンバーの一人がくるまを出してくれることになって、その車に楽器を押し込め、大型バスのところまで、、、、、、、、。さて、この大型バス。Cholomaの市役所の計らいで、ホンジュラスで一番良いバスを手配してくれたのだ。バスの下に楽器をすべて収納。リクライニングシートにビデオのサービス。楽団始まって以来(110年)の、最高のバスだそうだ。初めはすったもんだあったが、道中は快適そのもの、、、、いやいやここでも問題発生。エアコンが効き過ぎて寒いのなんの、、、、。後で運転手に確かめると、な、なんと17度の設定(汗)「25度で十分だよ」と言うと、「みんなそう思っているのか?」という返事、、、、。(____)とにかくエアコンをガンガンにかけるのが最大のサービスと思っているらしく、危うく、みんな風邪を引くところだった。とにかく7時前に到着。演奏会の時間は7時のはず、、、、、、、。って、会場には誰も来ていない、、、、、、。やはり、ホンジュラス時間だ。結局始まったのは8時30分。演奏会は、大成功。と言ってもお客は招待客だけしか入場させなかったようで、50人程度。その中には、ミスCholomaや街の有名人などなど、、、。でもみんなに大変喜ばれた。ホテルは、サン・ペドロ・スーラまで戻り、古いがとても雰囲気の良いグラン・ホテル・サン・ペドロに泊まった。さて、翌日(10日)朝食を近くの屋台でいただき、時間通りに楽器がおいてある昨日の会場へ、、、、。な、なんと、管理人がいなくて鍵がかかっているから楽器が出せない。なんとか連絡をとって、1時間後にようやく楽器を取り出すことができた。(フー)公園での演奏会は11時開始なのだが、公園に我々が到着したのが11時30分。さて、急いで準備をすると、前のプログラム、ロッテリア(くじ引き)が押していて、さらに待つこと30分。結局演奏開始は午後1時。(2時間の遅れ)野外コンサートのため、準備をした段階で、我々の周りには、たくさんの人が集まって来ていて、珍しそうに楽器を眺めている。たぶん吹奏楽の演奏を聴くのは初めてなのかもしれない。演奏会は大成功。みんな大喜びで、よかった、よかった。レストランで美味しいお昼をいただき、今度はエアコン21度(それでも21度)に設定された、快適なバスで、テグシまで戻ってきた。実に楽しい演奏旅行だった。
2007/02/11
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今日は朝5時起き。6時30分に楽団の事務所へ集合。「汚職をなくそう」のデモ行進への参加の為に、朝早くから集まったのだ。今日は、忙しくなる。8時から始まる、このパレードに参加し、11時の終了後、直ちにCholomaへ向けて出発しなければならないのだ、Cholomaの話は、別の日記に、、、、、。さて、パレードの出発地点へ到着すると、もうすでにたくさんお人が集まってきていた。すべて合わせると、3千人近くはいるようだ。沿道にもたくさんの人が集まっていた。軍隊、消防署、障害者等々のグループが参加。4、5kmの道のりのパレードだ。ゴールは自治大学。さて、わが楽団は、、、、、、、。予定変更で、行為心には参加せず、ゴールで待機することになった。再びバスでゴールまで移動。バンダにはステージが用意してあり、そこで、1曲だけ演奏。あとは、国歌を演奏して終わり。これから後の移動を考えると、ラッキーだった。でも終わったのが12時近く。簡単なお弁当をいただき、事務所へいったん戻る。続きは、http://plaza.rakuten.co.jp/makamakaojisan/diary/200702110000/
2007/02/10
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ホンジュラスはスープの国である。ウルグアイではスープを食べるとこがなかなか出来なかったが、ここ、ホンジュラスでは、スープが主流である。その中でも、「ソパ・デ・モンドンゴ」(モンドンゴのスープの意)が有名である。ホンジュラスの家庭料理である。レストランでも食べることが出来る。私がよく昼食を食べる食堂では月曜日がモンドンゴの日と決まっている。さて、このモンドンゴ、他の中米の国でもあるが、どんなスープかと言うと、日本で言えばモツ煮といったことろだろうか、、、、。ホンジュラスでは、豚の胃袋を使うのが主流である。中の具は、人参、トウモロコシ、Yuca(マンジョーカ)、バナナ、そして豚の胃袋。味付けは、塩とAchiote(アチオテ)=ベニノキという赤染料を使う。ホンジュラスのスープには必ずバナナが入っている。日本のバナナとは違う、まだ熟していない堅いものを使う。味は、芋のようである。日本と同じ甘いバナナも使用する。(時には皮付きのまま)画像のモンドンゴは、楽団の団長の家でいただいたもの。しっかりとアクと油をとってあり、あっさりとした味で、ものすごくおいしかった。味付けは各家庭によって違うそうで、トルティッヤ(トウモロコシの粉で作ったパン)と一緒にいただくと、最高である。ホンジュラス一のおすすめ料理だ。
2007/02/06
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さて、このところ日記を書くことを怠ってしまって、気がつけばもう1月も終わりになってしまった。最近これと言ったお休みがなく、土日も仕事と言った毎日を送っていたが、この土曜日から、急に下痢になってしまい、食欲が無くなってしまった。どうも、食べたものが悪かったようで、何かに当たったようだ。せっかく体重も元に戻りつつあったときなので、喜んでいたのだが、、、。とにかく食欲がなく何も食べる気がしないので、力が入らない。しかたなく、今日は仕事をお休みしてしまった。少し休養を取れ、というところだろうか、、、。2,3日すればまた元に戻るだろう。おとなしく休養することにする。久々の日記が、こんな内容とは、、、、。
2007/01/31
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ガリフナのタンボールホンジュラスの音楽に「ガリフナ」がある。アフリカから連れてこられたガリフナ族から伝わったものと聞いているが、まだその実態を良く知らない。そこで、今日から、その「ガリフナ」の太鼓を習い事にした。登録料100レンピーラ(650円)レッスン代1月300レンピーラ(2000円)。1週間3回(1回が2時間)受ける事が出来る。かなりの格安料金だ。さて、今まで太鼓のレッスンなんて受けたことがなかったので、 とても楽しみにしていた。 20代のバイロニ先生がタンボール(太鼓)を二つもって、屋上へ案内してくれた。 屋上に練習小屋が造ってあリ、そこでレッスンかなと思いきや、 なんとその小屋の陰で、青空レッスンだった。 今日は真っ青な空が広がった快晴だったので、 青空の下の太鼓、、。最高に気持ちが良かった。 さて、レッスンの開始。 レッスンは1対1の個人レッスン。 最初のレッスンは、 「パランダ」というリズム。 簡単なリズムだが、テンポを変えずに正確に10分間たたくのはかなり難しい。 最初は何回もNGを出してしまった。 今日のレッスンはこのリズムを、延々と間違えずにたたくこと。 本番だと、連続1時間は平気でたたくそうだ。 最初は大丈夫なのだが、 5分を過ぎてくると腕が疲れて、ふっと気を抜くとリズムが乱れてしまう。 で、何回もやり直し。 1時間30分のレッスンは本当に疲れた。 しかし、久しぶりにわくわくする楽しさだった。 本当は明日も行きたいのだが、用事があって行けない。 今度は来週かなあ。 これからが楽しみになった。
2007/01/09
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今日、ホンジュラスのコーヒーをいただいた。ホンジュラスはコーヒーでも有名なところだ。下のwebサイトを参照。http://www.royalcoffee-online.com/class%82S.html今日いただいたコーヒーは、ラ・パス県のマルカラと言うところのコーヒー。ホンジュラスではとても有名な産地だそうだ。挽きたてのコーヒーをいただいたので、バックパックに入れて持ち帰ったのだが、チャックを開けた瞬間、コーヒーの素敵な香りがフワッと広がり、もうたまらず、早速いただくことに、、、、。うむ、美味しい!!コーヒーの産地のコーヒーはあまり美味しくないとよく言うが、さすがに、コーヒー園から直にいただいた豆だけあって、本当に美味しかった。本当は生豆をいただこうと思っていたのだが、コーヒーミルがないのだ、、、。先日からあちらこちらを探しているのだが、どこにもない。コーヒーの国なのに、、、、???実は、良いコーヒー豆はすべて輸出される。残った豆は粒がバラバラなので、すでに引いた物が多く出回っているのだ。しかも、その方が安いらしい。そう言えば焙煎された豆を売っているお店を見たことがない。スーパーにあるのはすべて引いた物だ。コーヒーミルがないのも納得かも、、、。それにしても、、、、。私は、コーヒーは日本が一番美味しいと思っている。それは焙煎の技術が高いからだ。それに日本人は入れ方も凝るし、味にうるさい。チョコレートで有名なのがスイスで、カカオの原産地ガーナではないというのと同じだろう。でも、今日いただいたコーヒーは本当に美味しかった。これからしばらく、癒されそうだ。
2007/01/08
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2日から仕事始め。いつもの7時50分に契約をしているタクシーのフェルナンドが迎えにやってきた。ところが、声がガラガラである。どうも年末に引いた風邪をこじらせたようで、一昨日は40度近い熱が出たそうだ。無理をしなくても良かったのにと言ったら、稼がないとと言っていた。お医者に行かずに市販の安いのど薬だけで、治しているようだ。職場に行くと、出勤してきたのは12人。全メンバーの3分の1。この時期ばらばらに休暇を取るので、練習にならない。とりあえずアンサンブルの練習をしたが、今月は本格的な練習はできそうもない。しかも、ホルン吹きのウィルソンは、年末のナカタマル作りを手伝って、左親指の指先をばっくりと切ってしまったようだ。傷口を見せてもらったが、半分以上切れており、ぐじゃぐじゃにくっついていた。化膿しなければ良いのだが、、、。彼も、お医者に行くと高いので、自分で治しているようだが、、、。見たところ7針は縫わなければならないような傷口なのだが、、、。結局ホルンが持たないので、今日は見学をしていた。数日はだめだろう。今年の目標は、「健康第一」。これに決めた。
2007/01/02
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いよいよ2007年が幕を開けた。ホンジュラスで迎える新年だ。いままでに、他の国でお正月を迎えたのは、台湾で3回、アルゼンチンのイグアスで1回、ウルグアイで1回、そして、今回のホンジュラスで1回。6回も迎えたことになる。台湾の場合は、新正月よりも旧正月の方が重要で、旧正月が明けると同時に爆竹の嵐が始まる。これが朝まで続くのだ。寝られた物ではない。ビルの屋上から地上まで届くほどの爆竹をつり下げ、火をつけるのだから、その音たるやすさまじ物である。元旦の朝の道路は紙くずの山である。じゃ踊りもよく見かけた記憶がある。ウルグアイはこのブログにも書いているが、花火の祭典が始まる。これまた各ビルの屋上から打ち上げ花火を上げるものだから、これも華やかである。さて、ホンジュラスの新年は、至っておとなしいものだ、数年前に法律で打ち上げ花火が禁止になっているので、爆竹がところどころで鳴り響く程度だ、さすがに、元旦の午前中は車も人も全く姿を見せなかった。近くのモールが開いているとの情報に、2007年にちなんで、2回目の007を見に出かけた。初回の上映はなんと数人のお客さんしかいなかった。300人以上は入る劇場に数人で見る007、、、、。さて、午後3時に終わって外へ出てみると長蛇の行列が出来ていた。(笑)穏やかなお正月だった。
2007/01/01
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さて、2007年が始まった。昨年は、4月にウルグアイを離れ、10月に中米へ赴任と、あわただしい一年だった。こちらでの仕事はお休みが無く、年末は29日までしっかり仕事をしたし、年始は2日から仕事始めである。さて、ホンジュラスのクリスマスから年末に欠かせないのが、ナカタマルという食べ物。この時期に限らずいつでもあるのだが、この食べ物は、家庭の味が色濃くでる家庭料理の一つでもある。したがって、家族が一同に集まる、クリスマスから年末にかけては、各家庭で、このナカタマル作りが始まるようだ、トウモロコシの粉を水で溶いた物の中に、鶏肉や豚肉を入れて、バナナの皮で包み蒸したものだ。各家庭により味が違う。ちなみに、この画像のナカタマルは街角で売っていた物だが、一包み15レンピーラ(約100円弱)である。バナナの皮をはがすと、中から一見グロテスクなお持ちのような物が出てくる。日本で言えば、ちまきに似ているだろうか。さて、このナカタマルを買うときに、ちょっとした光景を目にしてしまった。私の前に、60歳代のおばあさんがナカタマル売りのお兄さんから、買うところだったのだが、大の上に並べてあったナカタマル以外のナカタマルをお願いしたらしく、お兄さんが下に置いたビニールから部wつの物を取り出そうとしていた。そのときである。そのおばあさん、お兄さんがちょっと下に目をやったすきに、台においてあったナカタマルを何食わぬ顔で一つ取り手提げ袋の中に入れてしまった。それをびっくりして見ていた私は、おばあさんにニコッとほほえまれてしまった。もうその時点で何も言えなかった。そのおばあさんは、お兄さんが探してくれた一つの代金だけ払って、人混み野中に消えていった。その巧妙な手口に、感心させられてしまった。さて2007年は、まだまだ私の知らない未知の世界に、誘われそうだ、、、、。
2007/01/01
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ピカチョから見たテグシガルパの町今日は久々のお休みとあって、かねてから行ってみたかった、ピカチョという、キリストの像がある高台へ行くことにした。アパートからタクシーで30分走った丘の上にある。町中からもすぐにわかるほどの、大きなキリストの像が建っている。10mは有にあるだろう。10年前にミッチというハリケーンはここを襲い、多大な被害を与えただけでなく、多くの人が亡くなった。当時、かなりの地域が水に埋もれたらしい。BANDAの楽器もすべて水に流されてしまった。それを痛んで、このキリストの像がたてられたようだ。以来、ここは観光名所になっている。このキリストの像から見下ろす景色は絶景である。テグシガルパとコマヤグエラ地区が一望できる。今日は天気も良く、最高の眺めだった。
2006/12/18
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CantaRanaの教会今日は、テグシガルパから25km近く離れた、Cantaranaという町へコンサートに行ってきた。会場は、3年前に出来たという、新しい教会である。木造作りのこの教会は、200人が入れるもので、天井が木の板の間まで、張りも出ており、とても感じの良い建物だ。神父さんの暖かいはからいで、祭壇をステージに使わせていただけた。少し早めに到着したので、ゆっくりと休むことが出来た。というか、実際は午後5時からだったように記憶しているが、4時から、フットボールのチャンピオンを決める大事な試合があり、コンサートは7時からはじめるのとに、、、。ところが7時前に食事をと言うことで、先に食事、結局始まったのは、8時前だった。全部で10曲の演奏だったが、会場がとにかく響いて、気持ちよかった。ちょっと吹きすぎたきらいもあるが、、、。とにかく、またまたみんなに喜んでもらえた。教会の中は満員御礼。入り口でも人が立って聞いていた。演奏終了後、また「Graciasありがとう」のお礼の言葉をたくさんお人からいただいた。ちなみに、CantaRanaとは蛙の歌という意味。きっと、昔は蛙の鳴き声が凄かったのだろう。テグシガルパ以外のちいさな町では、生演奏など聴く機会はほとんど無い。地方でのコンサートは行き帰りは大変だが、みんな期待をして待ってる事を思うと、この活動はもっと続けていかなければ、、、、。帰宅は夜中の11時30分。途中の道は、道路の半分が陥没しているところもあり、なかなか危険をとこなっているのだが、心地よい帰路であった。もう一つ、私が応援しているフットボールのチームが優勝したのである。帰路の車内は、ものすごい騒ぎであった。テグシガルパにはオリンピアとモタアグアの2つのチームがあり、サポーターの比はオリンピア70%、モタアグア30%である。わが楽団もモタアグアの応援者は数人。ちなみに、今日のバスの運転手はオリンピアの熱烈なファンで、帰路は無口だった。(汗)
2006/12/17
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今日は午後から快晴の良い天気、我々、国立吹奏楽団の野外コンサートの日である。前任者が始められた、この野外公園コンサート。貧しい人たちにも素敵な音楽をと、始められて2年続いているそうだ。今日も3時前から準備を始めると、もうお客さんが座席に場所を取り始めた。開演前には、黒山の人だかりが出来ていた。今日はクリスマスコンサート。前半はスウェアリンジェンやホルストといった吹奏楽のオリジナル曲。後半は、クリスマスソングオンリー。演奏会は大いに盛り上がり、大盛況のうちに終了。「アンコール」の声がいつまでも続いていた。観客に喜んでもらえるって本当に気持ちがよい。前で陣取って聞いていた、白髪交じりのおじいさんが顔をしわくちゃにして拍手をしていた。このコンサートは私の大好きなコンサートだ。これからもずっと続けていきたいコンサートだ。団の中ではいろいろなもめ事が多いが、もっと、一人一人が誇りを持ってほしいと思っている。
2006/12/15
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今日職場に着くと、団長「今日10:30から演奏を頼まれたので、行くよ」私 「え~、聞いてないよ!!」団長「そう、昨日の午後話がまとまったんだ。 連絡忘れてた。」私 「、、、、、、、。」 「今日は、黒服持ってきてないよ。」団長「僕のを貸すから、、、。」 でも問題が一つ。団長は私より二回りも大きい。私 「ちょっと大きいかと、、、。しかも白のワイシャツが無いし、、、、。」団長「そうだね、じゃ今日は僕が振るよ」私 「僕は荷物係をするよ」と話が成立。というか、このように突然仕事が入ってきたり、時間や場所が変更になったりは日常茶飯事で、私もすっかり同様しなくなってしまった。なるようにしかならない。あわててもしょうがないのだ。しかし、困ったことは、練習時間がまた奪われてしまったことだ。今週末が演奏会だというのに、、、、。曲はまだまだできあがっていない。心の中は少々焦り気味の私だったが、今日の演奏は、60歳以上の貧しい人たちのための催し物と聞いて、それは行かないと、と気持ちを切り替えた。毎年、セントロ・ナシオナル銀行が行っている行事だそうで、一人一人にいくらかのお金を配ったようだ。ホンジュラスでは、60歳以上の人の世代を、テルセロ・エダッ(第3世代)と言う。今日は朝から暑く半袖で過ごしたが、気持ちは少しさわやかになった。
2006/12/13
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5レンピーラの新札今日郵便曲にいって切手を買ってお金を払うと、5レンピーラの新札で10枚のおつりをくれた。10月にここに来て、わりと新札でおつりをもらうケースが多いように思う。新札が出回ると、景気が上向きになるとよく言われているが、本当に上向きになっているのだろうか。それにしても、10枚も新札でおつりが来たのには驚いた。最近は財布という物を持たず、裸銭で持ち歩いているので、折りたたむのをやめて、危ないが、折れないように鞄にしまってしまった。ちょっと貧乏性がでたようだ。あの、ぱりっとしたお札を見ると、どうも折り曲げるのに抵抗を感じてしまう。
2006/12/12
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ホンジュラスは11月からクリスマスツリーがお目見えしている。クリスマスグッズは10月の頭から売っているのだ。アパートの近くのショッピングモールにも、大きなクリスマスツリーがお目見えしている。ツリーの前にはサンタクロースが」座っていて、子供たちの人気者になっている。クリスマスは、この国も大きなイベントの一つで、保護者はクリスマスプレゼントの購入に押しかけている。このところ、テグシガルパにはアメリカ資本の大型店がOPENしているが、このクリスマスに合わせてのOPENのようだ。さて、クリスマスには花火が付きものだが、このテグシガルパでは、打ち上げ花火は禁止されている。以前は、たくさんお花火でにぎやかだったようだが、花火の事故が多く、子供たちの大けが耐えなかったため、市議会で禁止に踏み切ったようだ。先日田舎の方へ行ったときに、道ばたで、花火を売っていたのを見つけたバンダのメンバーが、あっ花火がある!!と行って、ずいぶんほしがっていた。みんな昔を懐かしんでいるようだった。
2006/12/10
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バスのドアの開閉レバー今日は、午後からValle de zamoranoというテグシガルパから先日行ったDanliへ行く、途中にある農業学校へ行ってきた。広大な敷地にある学校で、今日は、国際会議が行われるので国歌の演奏に行ってきたのだ。ウルグアイの国歌とセントロアメリカの国歌を演奏。このセントロアメリカの国歌は、ホンジュラスのフランシスコ・モラサンという人物が、中米は一つの国家になるべきだと、セントロアメリカの国歌を作らせたそうだ。さて、今日乗ったバスは、黄色に黒の横縞があるバスで、アメリカのスクールバスのお下がりだ。車体を塗るペンキ代が高いために、そのままの色で使っていると聞いている。そのドアの開閉の仕方がおもしろい。運転席の横に回転レバーがあり、それを回して開け閉めをするのだ。おもしろかったので、思わず1枚写真に撮った。
2006/12/06
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橋上のぬいぐるみ屋テグシガルパの隣にコマヤグエラという地域がある。職場から近いところにあって、橋を渡るとコマヤグエラ地区になるが、ここはもっとも危険なところである。日中は露店が所狭しと出ており、いつも人通りが多く活気に満ちている。ありとあらゆる物を売っている。中には、靴がバラバラに山積みして売っているお店もある。ところが、夜になると、ぱたりと人通りが無くなり、灯りもなく本当に怖い感じである。日中もスリ、ひったくりの絶えないところで、現地の人も、絶対に歩かないようにと言われているところだ。そのコマヤグエラに行く橋の上でも、いろいろな物を広げて売っている。ぬいぐるみ、帽子、Tシャツ、サンダル、CDの海賊版、それにパンツまで。でも、一昨日の近代モールとはうってかわって、なんとなく中米のホンジュラスらしい光景のような気がする。
2006/12/05
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卒業式の風景昨日、テグシガルパから東へ170km離れた、オランショ県にある、カタカマスというところへ行ってきた。職業訓練校の卒業式で演奏してきたのだが、全校生徒が2500人以上もいる大きな学校だ。今日は、262人の生徒の卒業式である。会場は、中庭で行われたが、この中庭には、大きな天井が取り付けられていて、素敵な作りである。このカタカマスというところは、非常に落ち着いた、静かな街で、きちんと舗装された主要幹線が街の中を通っている。今日は少し余裕を持って出てきたので、式が始まる4時まで2時間の余裕があった。この学校の卒業式は、かなり盛大なもので、今まで出席してきた卒業式の中では、かなり荘厳に行われた。ホンジュラスでは、成績優秀な生徒にメダルが渡されるのだが、卒業生の金賞に選ばれた生徒の名前が呼ばれると、そのクラスのみんなが、完成をあげて大きな拍手で祝うのだ。日本ではもうなくなってしまった賞である。素敵なことで、名誉あることとして、もう一度復活させても良いのでは、、、と思っている。今、日本では、また「いじめ」が取りだたされているが、もっと逞しい子供になってほしいものだ。大人がお膳立てをしすぎのようなきがするのだが、、、。自分で自分の身を守るしか生きるすべのないところの子は、本当に逞しい。日本は本当に平和ボケしているのだろう、、、。日本のニュースを聞くたびに、この国の子供たちの逞しさがうらやましく思えてくる。そのうち、ホンジュラスから日本へたくましく生きるための技術移転のボランティアが来るのも遠い話ではなさそうだ。
2006/12/03
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天井に荷物を乗せて走るバス27日(月)と28日(火)にかけて、テグシガルパの南、110kmにある、Choluteca県にあるOrocuinaという、カウンターパートナーのコンラド氏の生まれ故郷に演奏出張に行ってきた。27日の朝、テグシガルパは寒く、パーカーをしっかりと着込んで、バスに乗り込んだ。しかし、Orocuinaに着いたときは、半袖でないと暑くて大変なほどだった。たった110kmの差で、これだけの気温の差があるのだ。しかし、聞くところによると、今日は涼しいという話だった。夏には40度になるそうだ。さて、道中またまたハプニング。1時間くらい走ったところで、楽器を積んでいたワゴン車が故障。仕方ないので、替わりの車を呼ぶことに、、。待つこと2時間。トラックが到着。楽団の移動は、芸術スポーツ省の車を使っている。しかし、予算が無いため、車のメンテナンスをしていない。我々の乗っているマイクロバズもタイヤの溝はすり減ってまったく無い。いつパンクしても不思議ではない状態だ。楽器を詰め替えいざ出発。途中、砂利道に変わり、砂煙の中、結局到着したのは、テグシガルパを出発して6時間30分もたった夜8時に到着。演奏開始の時間は午後5時だったのだが、町の人は我々の到着をずっと待っていた。会場は、町役場の中庭に去年作られた野外ステージ。村の人がみんな集まっているのではと思われるほどの人だった。演奏終了10時30分。楽団の団長であり指揮者であるコンラド氏が故郷に錦を飾ることができたのだ。夜はコンラド氏の実家にお世話になったのだが、実家はPulperia(食料雑貨店)を経営していて、とても大きな家だ。コンラド氏の兄弟は13人。その中の出世頭である。庭の真ん中に大きなマンゴーの木がそびえ立っていて、それを取り得囲むように家が建てられている。それぞれの部屋は中にはに入り口があり、独特の作りになっている。軒にはハンモックがつるしてあり、しばらくそれに横にならせてもらったが、実に寝心地が良かった。翌朝、タマリートというトウモロコシの粉を練ってつくった、ちまきのようなものをいただいたが、これが実においしかった。これに肉が入ったり、ナッツが」はいったりしたものをバナナの葉でくるんだものが、ナカ・タマルというらしい。まえまえからこれを食べてみたいのだが、なかなかチャンスがないのだ。さて、町役場に行って朝食をいただく。朝食は、バナナの揚げたもの、チョリソ(ソーセージ)、スクランブルエッグ、フリホーレス(紫豆の煮た物)、クリームチーズ。そしてオレンジジュース。朝食後、フェリアを少し見て回る。クラリネットのオナンが空気銃ゲームをやろうと誘ってきたので、久しぶりにやってみた。日本ではコルクの玉だが、ここでは、5mmほどの鉄の玉を使う。5発撃って、10レンピーラ(約65円)。二人で5発当て、マグカップをGET。9時出発。みんな疲れてはいるものの、車中はにぎやかなのも、さすがにラテン系の人たちだ。感心してしまった。途中休憩の時に売り子から、フライドパパイヤやQuesadillaというクッキーなどを買って、食べている。とにかくみんなお菓子類が大好きだ。午後2時テグシガルパに到着。さすがに、疲れた。
2006/11/28
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我々を乗せて走ったボンネットバス首都テグシガルパの東96kmのところにあるDnali(ダンリ)という街に、高校の卒業式の演奏に行っていきた。エル・パライソ県にある小さな落ち着いた街で、途中標高2500m付近を通り、素敵な景色を眺めながら、到着、、、、。しかし、バズは、さしずめ50年前のバスってところだろうか、、。ボンネットバスで座席はボロボロ。「メジャーリーグ」に出てきたバスを思い出した。途中、エンジンが止まるし、真っ黒な煙ははくしで、、、。結構スリル満点の道中だった。普通の車なら、1時間30分と言うところだろうが、3時間かかって到着。もう日が暮れかけていた。セレモニーは夜の8時から始まった。ホンジュラスの高校は5年生で、日本で言う中高一環である。55名の卒業生だったが、式の最中、携帯のメールを打つ者ありで、どこの国も若者は同じなのかなと思ってしまった。さて、卒業式の中身は、、、。壇上には、校長先生、市議会議員、教育長など8人が座っている。保護者が後ろの席に座っていて、そこへ紺色の四角の帽子をかぶり紺色のマントを羽織った卒業生が入場。初めに、卒業生とその保護者の3人が壇上に上がり、卒業台帳に署名するところから始まる。これが一番大切な行事のようだ。写真撮影が行われたり、挨拶を交わしたりで、55組が終わるのに約1時間30分かかった。その間、楽団はずっとバックミュージックを吹き続けた。その後は、卒業証書の授与。これまた一人一人行われる。その次は、成績優秀な生徒の表彰。そのあと、最優秀卒業生の表彰。そして、我が楽団の演奏。大きな拍手をあびて終わったのが、11時30分。夕食も取る暇が無かったので、おなかはぺこぺこ。しかし夕食は付いていない。しかも、レストランなど開いていない。仕方がないので、ホットドッグの屋台を見つけて、みんなで押し寄せた。そこへ、卒業生の恰幅の良い保護者がやってきて、ホットドッグ代をおごるからと500レンピーラ(約3500円)を置いて行った。ホットドッグ約50個分。夕食はホットドッグ2個とコーラで終了。その屋台にストリートチルドレンが5人、お金をもらいにやってきていた。寒い通りの角で、みんなボロボロの毛布1枚で寝ている様子。みんなが食べた後のゴミ箱の中にあるホットドッグの包み紙を探して、こびりついているバンの残りかすを食べていた。あまりにも見ていられなくなり、思わず100レンピーラを彼らに握らせた。素敵な笑顔でお礼を言ってみんなのところへ走っていった。その笑顔が頭に焼き付いてしまった。何か心が痛んだ。
2006/11/25
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いや~、日記が久しぶりになってしまった。ウルグアイにいたときは、ずいぶんと頑張って書いていたのに、、、(汗)先週の土曜日あたりから、急に冷え込んできた。風も強くて、アパートの窓の立て付けが悪いのか、すごい音を立てている。テレビの音など聞こえないほどだ。しかも、寒い。実のところ、ホンジュラスは寒くないだろうと、高をくくってきたのが大きな間違いだった。寒いのだ。土曜日の朝など、あまりの寒さに目が覚めてしまった。しかも、長袖の服をあまり持ってきていない。というか、1、2枚程度なのだ。現地の人に聞くと、12月はもっと寒くなるそうだ。コートがいるよ。と言われて、今困っている。そう、持ってきていない。あわてて、土曜日に買いに行ってみたが、高い、、、。どうも、セントロあたりの服屋に行かないと、安く購入できないようだ。とにかくあり合わせのもので我慢。シャワーにお湯がでてくれて助かった。夕方、大家さんが、毛布を持ってきてくれた。ありがたい。今も、ゴーゴーと風が音を立てている。今晩も冷えそうだ。
2006/11/21
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ププサとオルチャータ教育大学の国際理解フェスタのアトラクションに呼ばれて、演奏してきた。そこで、お昼に出たのが、トルティッヤ デ チチャロン(豚肉の入ったナンのようなもの)の上に野菜の酢づけサラダのような物が乗った、ププサという、ホンジュラスの食べ物。メキシコ料理の影響を受けている。そして、飲み物はオルチャータ。米のとぎ汁にシナモン、ヘチマの種などが入った飲み物。スペインから来た飲み物だ。しかし、南米でとれるものが入り味も変化しているようだ。この味、気に入ってしまい。おかわりをもらった。ここでは飲み物はビニールの袋に入れてストローをさして飲む。一度手に持つと、置くことが出来ない。とにかく飲み続ける。二袋も一気に飲んでしまった。
2006/11/16
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バスの中ではしゃぐ陽気な団員と私今日はアパートの近くにある大学、UNIVARCIDAD AUTONOMA(自治大学)の学園祭に出演してきた。ホンジュラスの学校はこの時期から長期の休みに入る。その前に各大学では学園祭のようなものが行われる。そのイベントとして我がBANDAが出演することになったのだ。まずは国家の演奏。今日はトロンボーン奏者がお休みなので、指揮者のC氏がトロンボーンを吹くことになり、私が全曲を指揮することに、、、。従って、歌詞もまだ覚えていない国家を、初めて振ることになった。(汗)私の紹介も含めてBANDAの紹介が行われた後で、5曲のミニコンサートが始まった。演奏開始と同時にたくさんの学生たちが集まってきた。演奏終了後、大きな拍手。早速私のところに5人の学生がやってきて、質問の嵐。12月17日にクリスマスコンサートを開くので、是非聞きにおいでと宣伝しておいた。この質問攻め、なんだかとてもうれしかった。BANDAがますます有名になってほしいものだ。
2006/11/15
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今日は、私のデビュー演奏会。このバンダは前任者の努力で毎月演奏会を行っている。今回が17回目。そして、私が指導して初めて棒を振るコンサートだ。協力隊のS女子とSVのK氏にも出演していただき、午後2時30分の開演を待つ、、、、、が、、、、、、ホンジュラス時間、お客さんが2時30分からちらほらと来場。結局30分近く開演をのばして始まった。約1時間30分。なんとか無事に終了することが出来た。お客さんにも喜んでいただけたようだ。ラテン系の乗りは、本番に強いとはよく言ったものだ。舞台に強い。私も緊張することなく、本当にリラックスして、棒を振ることができた。舞台上でライトを浴びるのは久々だったが、やはりなかなか良いものである。次回に向けてまた頑張らねば、、、。
2006/11/12
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テレビの生出演で演奏するBANDAのメンバー明日のコンサートを控え、今日は、ケーブルテレビ局-Canal66に出演することになった。我がバンドのメンバーが出演依頼を受けて、金管5重奏を生出演で演奏することになったのだ。午後5時。BANDAのオフィスに集合。少し練習をして、いざテレビ局へ出発。カナル66はきれいなビルの地下に小さな撮影所を持っている。今日の司会は、カナル13の社長の息子らしく、ケーブルテレビ4社が動じ放送をするようだ。番組の名前は、Quorum(定足数の意味)。私は、引率と言うことで、ついて行ったのだが、、、。番組の途中で突然お呼びがかかり、不意打ちで生出演することに、、、、。司会者に何を質問するのかと聞いたにもかかわらず、「大丈夫」とだけ一言。挙げ句の果てに、質問内容が早口でわからない。どうも、この2年間で何をしたいのか?と聞いたようだ。あわてて答えるが、スペイン語がしどろもどろ、、、、。(汗)結局何をしゃべったのかわからないまま終了。なんともはや、一騒動のうちの、テレビ初生出演であった。
2006/11/11
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もぎたてもパパイヤを持ってテグシガルパから西へ約100kmのところにある、コマヤグアと言うところへ友人の車で行ってきた。日系のW氏の家を訪問してきたのだ。W氏は、50年前ドミニカに移住をされ、その後このホンジュラスに来られた方で、野菜等を作って輸出されている。今日はドミニカ人の奥様の手料理をいただいた。そのおいしさに思わずたくさんいただいてしまった。その後、ドミニカとホンジュラスを行き来されている、W氏の友人の日系のT氏が来られ、W氏やT氏の苦労話に聞き入ってしまった。せっかくなのでと、T氏がホンジュラス人と共同で作られたゴルフ場に案内してもらった。9ホールの素敵なゴルフ場で、その周りには、建て売りの素敵な住宅が建っている。ゴルフ場内には、パパイヤやブラックベリー、グアバなどの木が植えてあり、早速ブルーベりーやパパイヤをもいでいただいた。ウルグアイでも日系の方々にとても良くしていただいたが、ホンジュラスでも、W氏のお宅に時々おじゃまさせていただくことにした。
2006/11/05
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さて、引っ越しが予定より1週間のびて、やっと今日引っ越しをした。と言っても、午前9時の状態では、まだ水が出ず、掃除も出来ない状態だった。仕方がないので、もう3日ホテルに滞在しようかと、ホテルに交渉しに戻ったが、すでに満室。大家さん話で、午後4時には水が出るようになるから、と言うことで、とにかく今日から泊まることにした。掃除道具を買っていなかったので、午後から買い物に出かけてきた。待望の水が午後5時過ぎに出るようになり、そこから、掃除が始まった。アパートはワンベッドルームだが、リビングが広い。30畳はあるようだ。壁の片面がすべて窓で、壁も白く、東向きのため、本当に明るい。寝室もキングサイズのベッドが置いてあり、ちょっとリッチな気分を味わうことが出来る。大家さんは元台湾大使の奥様で、お母さんが日本人。そのためにとても日本人びいきなのだ。とても素敵な人で、とても親切だ。私も中国語の勉強になっている。さあ、これから2年間ココが生活の根拠地となる。健康第一で、頑張って行こう!!
2006/11/04
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タクシーから撮った雨の様子。(あまりわからない画像)さて、ホンジュラスは今雨期の終わり。10年前には、10月の末に、ハリケーンーミッチがやってきて、多大な被害をもたらしている。テグシガルパのセントロ地区は、かなりの家屋が水に浸かり、崖崩れもありと、多くの人の命が奪われたようだ。私が配属されている、国立吹奏楽団も、すべての楽器、楽譜、資料がすべて流されてなくなったそうだ。この楽団は、110年の歴史があるのだが、すべてを失ったそうである。世界銀行や、ユニセフの援助を受け、楽器の購入がなされ、現在の活動が行われているそうだ。さて、今日の午後、かなりの激しい雨がセントロ地区をおそった。ちょうど帰宅しようと、タクシーに乗ったところだったのだが、起伏の激しい地形のため、道路は川と化して、かなりの勢いで水が流れている。私の乗ったタクシーは、一時スリップして坂を上れなくなってしまった。危うく、事故になることであった。排水の施設がしっかりしていないため、雨水が道路にすべて流れ出してしまうのだ。この雨が長時間降り続くと、坂の下の家屋はあっという間に、浸水してしまいそうである。なんとか無事にホテルへ帰ってきたが、ホテルのある地区は、小雨だったようだ。
2006/11/02
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さて、今日から11月。日本は、だんだんと寒くなってくる頃だろう。ホンジュラスの首都テグシガルパは、標高が1000mちかくあり、起伏に富んだ土地で、坂が多い。このところ、日中は27度前後、夕方からは、雨が降りぐっと気温が下がる。そのためか、運転手のフェルナンドは、このところ風邪気味だ。最近は、通勤の途中で、彼から今日の一言と題して、スペイン語の教授を受けている。今日は、スラングで非常に下品な言葉、「Puta!!」(売女ーばいた)とか、前の車に書いてあった「QP2」の文字の意味。「Que pe dos」=「Que como esta?」「どう?」などなど、、、、。ところで、先日の映画の続きの話。火曜日、水曜日は、料金が半額になるそうだ。つまり、私も160円で見ることができる訳だが、「Tercero edad」(シニアの意)は、さらに半額の80円で見ることができるそうだ。実は、大統領の元夫人が、シニア料金も半額にしなさいといたためにそうなった。という話だ。この話をしてくれた、不動産屋の女将が、肘をたたいて、「tacan~a」(けち)と言っていた。どうも、「けち」と言うときには、肘をたたくようだ。
2006/11/01
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