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颯HAYATE★我儘のべる
欲望と愛情の間で 11
司は牧野のマンションを後にし、迎えの車に乗り込み、寒々とした屋敷を目指していた。
使用人はいるが、孤独な空間だった。温かみの欠片もない家。そこに毎日帰るのだと思うと辛くて仕方がない。
姉貴もタマも屋敷にはいない。あの広大な屋敷にいるのは俺だけ―――俺にはもう何もない。
牧野を失えば俺には何もないのだと実感した。
屋敷に戻ると、F3がいた。
「よお、司。牧野には会えたか?」
招いたわけではないが、俺の行動を読んで首尾を伺いに来たのだろう。悠々とソファに座り、俺を手招きしている。
司は誘われるままにソファに腰をおろし、締めていたネクタイを緩めた。
「牧野は許してくれたか?」
「―――いや。」
「ま、予想がつく答えだな。」
総二郎が言う。類も前に同じようなことを言っていた。当然、あきらも同じ意見だろう。
『牧野が司を許すとは思えない』
この3人は正しかったというわけだ。それが証明されたからと言ってどうということはない。
俺だけが辛いだけのことだ―――。そして、それは自業自得だと言われるのだろう。
「やっぱり、俺が見た男は進だった。」
「そうか」
「―――バカだよな。弟に嫉妬して、牧野を傷つけたんだから。」
自分自身に呆れて、嘲笑しか出てこない。
「司、弟にも会ったの?」
俺の悔恨も無視し、類が訊ねてくる。
「ああ、マンションに同居しているらしい。俺が行ったときは進しかいなかったんだ。だから少し話をする時間があって、正直に話した。
牧野から俺がしたことは聞いていたみたいだったが、俺のバカさ加減を包み隠さず吐露してきた。」
「ふぅ~ん・・・で、弟は何て言っていたの?」
「弟は俺だけのせいじゃないって言ってくれた。牧野もあの契約に関しては断ることもできたはずだ、と。」
だからと言って、俺の罪が消えるわけじゃない。そもそも俺が愛人になることを断れない状態に追い込んだのだから。
「良かったね」
確かに弟だけにでも許されたことは最悪の状況の中で光明かもしれない。
「ああ。それだけでも良かったと思うべきだろうな。」
「あれ、やっぱり素直だね。司らしくないけど・・・成長の証?でも、これで反省もできないようじゃ人間として終わりだもんね。」
類の言葉にグッと詰まりながら、無言で頷いた。
高校生の頃からそうだった、牧野つくしが俺を成長させる―――。
かけがえのない女だ、俺にはどうしても必要な女だ。諦めることなどできるはずがない。
「このままでいいのか?」
進の言葉にビクッと肩があがる。何を言っているのかわかっていて、それを無視する。
「姉さん、誰にでも間違いはあるんじゃないの?」
進は自分の味方だと思っていた。会社を盾に自分を脅迫した道明寺は許すはずがないと思っていた。
「姉さん、道明寺さんも反省しているよ。それに姉さんにだって責任はあるよね、それは自分自身もわかっていることだろ?」
「―――誰も道明寺が悪いなんて言っていないじゃない。」
「道明寺さんから全部聞いた、道明寺さん側の視点からね。もちろん姉さんが既に話してくれたことも全部。」
ギクリとした。司が進に話したという事実はつくしを動揺させた。
「あのさ、確かに道明寺さんは間違っていることをしたし、バカなことをしたよ。だけど、それって嫉妬だったって言っていた。
それは彼がいまだに姉さんを好きだってことだよね?不倫なんて俺も考えられないけど、彼の結婚が愛情からじゃないことは俺でも知っている。
姉さんにとっては見たくもない、聞きたくもないニュースだっただろうけど、彼の結婚はすごい話題になったからね。
完全なる政略結婚・・・結婚してから愛情が生まれる夫婦もいると思うよ、だけど彼は違ったってことだろ?」
「じゃあ・・・」
つくしは怒りで手を震わせていた。じゃあ、自分はどうすればいいというのか。
「じゃあっ、私は離婚も成立していない彼と今まで通りの愛人関係を続ければいいって言うのっ!?」
進は姉の怒りに驚きながらも、冷静に答えた。
「違うよ。そんな関係を奨励するわけがないだろう? 俺が言いたいのは、彼が離婚したあとも罪悪感を抱えて生きていくつもりなのかってこと。
道明寺さんにも姉さんにも、そして彼の奥さんにも幸せになる権利ってあるんじゃないの?
道明寺さんの言うとおりなら、奥さんには結婚したい男性がいるってことだろ。でも姉さんと道明寺さんが罪悪感から幸せになれないなら、奥さんだって同じだと思う。」
奥さんが幸せじゃない?
「私が・・・私と道明寺が奥さんを不幸にしているんじゃないの?悲しませているんじゃないの?どういうことだろうと道明寺に奥さんがいる事実は消せないじゃない。」
「―――姉さん、道明寺さんに言って・・・奥さんと会ってみたらどう?会うことで何かが変わるんじゃないのかな。
俺の意見だけど、奥さんの彼って言うか、その男性も交えて4人で会ってみるといいと思うよ。」
道明寺以上に好きになれる男性はいなかった。別れてもずっと、道明寺のことが心から離れなかった。
こういうことになっても・・・きっと一生私の心を占めるのは道明寺司という男だろう。
「姉さん、まだ人生は長いんだよ。道明寺さんも奥さんも、ね。姉さんは自分を許せないんだろうけど、そうやって生きることは彼の奥さんも苦しめることになるかもしれない。」
そうなのだろうか。道明寺の言うとおり、奥さんに好きな男性がいようと関係ない、許せないと思ったけれど・・・それも間違いなのだろうか。
許さないことは自分だけでなく、幸せを掴もうとしている奥さんとその男性をも苦しめるのだろうか。
「―――わかった。アンタの言うとおりかもしれない。ウジウジ悩んで罪悪感に埋もれるよりも前向きに進むべきよね。
それにしても・・・進、アンタに説教される日がくるとは思ってもみなかったわ。」
「俺も姉さんにこういうことを言う日がくるとは思っていなかったよ。」
二人は顔を見合わせ、笑いだした。
「道明寺に・・・連絡してみる。そして、奥さんと会えるのなら、会ってみることにする。」
「そうだね。もしも道明寺さんの言ったことが嘘でも、責められることをしたのは事実なんだからさ、今後のためにも責められてこいよ。」
つくしは進の言葉に笑顔で頷いた。そのとおりだ、奥さんへの罪悪感に潰されて人生を送っても仕方がない。
自分で自分を責めてどうするのだ、私を責める人間は他でもない、私と道明寺が裏切った人、奥さんだ。
「社長、アポのないお客様なのですが・・・お通ししても?」
「あ?アポがないなら、聞く必要もねぇだろうが。使えねぇ奴だな。」
司は苛立ちから秘書へ八つ当たりしていた。昨日のつくしとの話以来、苛立ちが収まらない。
自分のしでかしたこととはいえ、牧野つくしを諦めきれない。だが、どうしたらいいのかもわからない。
「ですが・・・牧野様なんですが、お断りした方がよろしいですか?」
「ああっ!?誰だって同じだ。だいたい、この道明寺司様をアポなしで訪問しようとする方がおかしいだろうが!」
「―――わかりました。では、そのように言ってお断りしましょう。」
秘書はコメカミに青筋を浮かべつつも、秘書の鑑という対応で司に一礼し、退室しようとした。
「そうしろ」
司はイライラと手を振ったが、そこで一瞬我に帰った。
今、あの女は誰が来たと言った――?ちょっと待て!? 『牧野様なんですが、お断りした方がよろしいですか?』
先ほどの秘書の言葉が司の脳に浸透し、こだまする。牧野様なんですが―――牧野っ!?
「ちょっと待て!!!!!」
秘書はドアに手をかけて、まさに退室しようとしていた。
「今・・・誰が来たと言った?」
「―――牧野様です。T/S・Mデザインの牧野様です。」
「それを早く言えっ!今すぐここに通せ!早くしろ!」
秘書は大げさにため息をつき、肩をすくめた。
「私は先ほど、牧野様とお伝えしました。それをアポがないなら例外なく断れと言ったのは社長です。」
「―――う、うるさいっ!早く牧野をつれて来い。」
「はいはい、わかりましたよ。」
司よりもかなり年長の女性秘書は司の暴言・暴挙にも慣れたもので、軽くいなして、今度は礼儀もなく片手を振って出て行った。
司はその姿を見て軽く舌打ちしたものの、何も言わなかった。
そんなことよりも大事なことがある―――牧野が来た。昨日の今日で牧野が自分を訪ねるとは思ってもみなかった。
つくしは秘書の女性に案内され、社長室に入った。そこには昨日、自分が別れを告げた男がいる。
秘書は昔から道明寺に仕え、西田同様に牧野つくしという女性の存在を知っていた。だからこそ、牧野つくしの訪問をアポなしでも告げたのだ。
「牧野様をお連れしました。コーヒーをお持ちしますか?」
いつもなら何も言わずに持ってくる飲み物をあえて『持ってきますか?』と聞いたのは、深刻な話だと理解していたからだろう。
司は母親ほども違う女性秘書の配慮に感謝しながら、飲み物を断った。
二人で静かに話したかった。まさかつくしが自分を訪ねてくるなんて思ってもみなかったことだ。
何かが―――何かが起ころうとしている。そう思った。
秘書が退室すると、司は早速切り出した。彼女が何をしにきたのか、何を告げに来たのか。
「―――どうかしたのか?」
ただ、どう切り出したらいいのかわからなかったから、そう言った。
「何も。ただ、進に言われたの。このままでいいのか・・・って。」
「進?ああ、弟か。」
「そう、このままじゃ、私もアンタも、それにアンタの奥さんまで不幸なんじゃないかって。」
「そうか・・・そうかもしれないな。」
司はそう言うしかなかった。不幸という意味がわからなかったからだ。
自分は牧野に別れを告げられ、自業自得とはいえ確かに不幸といえるかもしれない。だが、牧野はどうだろう。
自分から別れを告げたのだ。俺がやり直したいと言っても無駄だったのだから・・・不幸?幸せになるために告げた言葉なのだろう?
それにあの女が不幸になるはずはない。ずっと愛していた、そして今も愛している男と結婚できるのだから。
そう思っていたが、つくしの言葉を否定すれば、すべてがそこで終わるような気がしていた。
「それで・・・その、進が言うには・・・道明寺の奥さんとその・・・男性を交えて4人で話してみたらどうかって・・・」
司はつくしの言葉に目を見開いた。4人で話す?どういう意味かまったくわからない。
「つまり、アンタが言ったんじゃない!奥さんはその男性を愛しているって!アンタと結婚する前から。だから・・・それが本当なら・・・」
本当なら・・・? 司は希望を感じていた。もしかしたら、彼女はやり直してくれるのかもしれない。
「本当だ。アイツにはずっと男がいる。結婚してからも続いているんだ。俺はどうでもよかったから、放っておいた。
俺も愛しているのはお前だし、アイツの想いも理解できた。だから好きなようにすればいいと思っていた。
もしもアイツにその男との子供ができても・・・俺は復讐心で自分の子供として育ててもいいとさえ思っていた。」
「復讐心?」
「まあ・・・俺の両親に対して、だな。両親というよりもお袋に対してという方が正しいが。牧野と無理やりに別れさせられたって思っていたからな。
だから結婚相手は誰でもよかった、でもそれでお袋を恨んでいたんだ。お袋の選んだ相手が不倫相手の子を産む。その子を道明寺の跡取りにしたら・・・ってな。」
つくしは絶句していた。まさか司が荒んでいたとは考えてもみなかった。辛いのは自分だけのような気がしていた。
「道明寺・・・」
「ま、アイツも多少の良識はあるみたいだな。避妊だけはちゃんとしていたようだから。」
司はそう言って苦笑した。
「俺も・・・聖人君子ってわけじゃないからな。女を知らないわけじゃない。アイツ以外の女と何度も寝た。」
誤解から処女を奪ってしまった俺が牧野に嘘をつくわけにはいかない。これからは誠実でありたい、そう思って真実を口にした。
牧野以外なら誰でも同じ、そう思って女性をまるで道具のように扱っていた部分がある。それを司は今、心から反省していた。
「それは・・・わかっているから。」
つくしは小さな声で答えた。司は何も言えなかった。
「―――アイツに・・・連絡してみる。今は離婚手続きしている最中だが、道明寺の屋敷にまだいるはずだ。あの男も一緒に日本に来させる・・・それでいいか?」
「私が・・・NYに行っても・・・」
「いや、お前がそこまでする必要はない。どうせ、アイツらも離婚が成立したら日本に戻ると思う。ちょうどいい機会だろう。」
司はそう言うと、つくしの肩に手を置こうとした・・・が、寸前で拳を握り、手を降ろした。
まだ、俺はコイツに触る資格がない―――。とにかく、牧野が望むようにして俺は審判を待つだけだ。
1週間後、4人はメイプルホテルに集まっていた。
最上階の最高級の部屋に唖然としながら、つくしは3人の前に座っていた。
「初めまして・・・あなたが牧野さんなのね?一応、まだ道明寺の妻ってことになっている綾乃です。」
最初に口を開いたのは司の奥さんだった。つくしは目を閉じ、責められいると感じて必死で言葉を紡ぎだした。
「―――はい。あの・・・このたびは私と道明寺のニュースでご迷惑を・・・」
つくしがそう言って謝罪を始めると彼女は驚いたように目を見開いた。
「彼から聞いてないの?私、あなたに謝られると困ってしまうわ。迷惑なんてかかっていないし、私たち夫婦は・・・はっきり言って全然夫婦とは言えないから。」
「言ったさ。言ったけど、信じないだけさ。お前を傷つけたと思っていて、謝罪をしたいらしい。」
「ああ、そうなの・・・。私たちを呼んだってことは私と彼の・・・ことは聞いたんでしょう?」
綾乃はそう言うと自分の横に座る男に視線を向けた。
「彼は以前、私の実家・・・神城家に仕えていた使用人の子なの。今は彼も自分で起業して小さいとはいえ会社社長ではあるんだけど。
あなたもわかると思うんだけど、私が彼と付き合っていることに私の両親はいい顔をしなかったわ。
だからちょうど、同じような境遇の道明寺家に縁談を持ちかけたのよ。私の実家も多少傾きかけていたんだけど、財閥としてのプライドを捨てきれなかったの。
道明寺家があなたと司さんを別れさせたいという気持ちは神城家にとって渡りに船だったの。神城は道明寺のお金、道明寺は神城の名が欲しかったのよね。
私も初めは逆らっていたんだけど、所詮はお嬢様育ちだから。生まれてからずっとお金のない生活をしたことがない私が、彼と結婚して切り詰めた生活なんてできるはずがない。
情けないわよね、打算的に結婚してしまったの。司さんの気持ちが私にないことも知っていたし、彼も私の気持ちを知っていた。
だから、とっても楽な気持ちで結婚したんだけど、それが誰かを傷つけるなんて考えもしなかった。私にとってとても良好な関係だったから。
でも司さんがあなたと再会したことで、その関係は壊れた。それに私も本当はもうこの生活を終わりにしたかったんだけど言えなかった。
神城から持ちかけた話だし、司さんもこの結婚には自分を犠牲にしているわけだから離婚したいなんて切り出せなかったの。
だって余りにも我儘すぎるでしょ。彼が独り立ちできたから、お金の心配がなくなりました。だから離婚してください、なんて。」
綾乃はまるで自分を嘲るように小さく鼻を鳴らした。
「本当に・・・別れたかったんですか?」
「そうよ。私がずっと愛しているのは彼なの。結局、私が選んだ行為・・・関係は彼をも傷つけていたんだと最近気がついたの。」
そう言って横に座る男に微笑みかけた。男も緊張しているようだが、微かに微笑み返した。
「牧野さん、俺は長岡修史といいます。俺が不甲斐なくて綾乃にも道明寺さんにも迷惑をおかけしました。
俺が彼女のとった解決方法に傷ついたのは事実です、でも仕方がないと思ったのも事実なんです。
しかし道明寺さんの気持ちが綾乃にないことを知って、このまま綾乃との関係を続けることに罪悪感がなくなってしまった。
だからこそ、俺は他の男性の妻となった綾乃と逢瀬を繰り返していました。あなたと私は同じ立場ということです。いや、私は道明寺さんを傷つけているなんて考えたこともありません。」
「当たり前だ。俺はソイツがしたことで傷ついたことなどないからな。そもそも何とも思っていない、どうでもいい奴が何をしようが気にするはずがないだろうが。」
司が堂々とそう言い切ると、修史は苦笑した。
「その通りよ。私たちは全員、あなたよりも傲慢な人間なのよ。自分のことばかり考えている人間なの。だから私はあなたと司さんのことを知っても何とも思わなかった。
いえ、むしろ喜んだわ。これできっと司さんの方から離婚したいって言うんじゃないかって。」
つくしは3人の話を呆然と聞いていた。なんという世界なのだろうと感じていた。
自分の中の常識がまったく通用しない世界のような気がした。
元は使用人の子という長岡でさえ、自分の気持ちしか考えていないというのだ。これではまるで・・・思い悩んでいる自分がバカのようではないか。
「びっくりしたでしょう?たぶん修史も使用人の子とはいえ、ずっと神城の屋敷で育ったものだから、神城の世界が常識になっているのよ。」
綾乃の問いにつくしは黙って頷くことしかできなかった。
「牧野、わかっただろう? コイツらに謝罪なんて必要ねぇんだよ。」
「そうね。私たちの方こそ、あなたを苦しめたのかもしれない。」
「な、牧野・・・」
つくしの頭の中に進の声がこだましていた。みんなが幸せになれる道があるのかもしれない。
「私は・・・道明寺から結婚を申し込まれましたが、断りました。」
つくしが切り出すと綾乃と長岡は驚いたように目を瞠った。
「え、でも司さんを愛しているんでしょ?もしかして・・・この数年の間に別の男性が?でも二人のことが話題になるくらいですもの。
あの、率直に言うと二人一緒にホテルから・・・ということは、そういう関係にあるってことでしょう?」
事情を知らない綾乃の戸惑いは当然のことかもしれない。司は眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げている。
「―――そういう関係だが、俺が強要した関係だ。」
不機嫌な口調で正直に話す司につくしは顔を伏せた。さすがに恥じ入ってしまう。恥と感じない道明寺がおかしいのだ、と心の中でつぶやいていた。
「「強要?」」
司の言葉に綾乃と長岡は声を揃えた。
司は苦虫を噛み潰したような顔をしていたものの、正直に全てを話した。そうすることがこれからの一歩に繋がると信じていたからだ。
牧野つくしと一緒に踏み出す大事な一歩に違いないと直感でそう感じていた。
「―――まさか、そんなことをしていたとは思ってもみなかったわ。」
「そ、そうだね・・・でも、そういうことをさせてしまったのも、俺たちのせいかもしれない。俺たちがもっと早く自分の気持ちと向き合っていれば・・・」
長岡は後悔したように項垂れていた。自分たちの行為が人を不幸にしていたかもしれないと思い立ったのだろう。
「そうね。私は結局、修史よりもお金を選んだわけだから。やってみないでお金のない生活が無理なんてわからないわよね。
私は挑戦することよりも楽な道を選んでしまったの。今ではそれが大きな間違いだったとわかっているけどね・・・」
「ああ、俺も自分を卑下せずに綾乃を取り返せばよかったんだ。駆け落ちでも何でもして死にもの狂いで頑張れば、今の地位もすぐに手にできたはずだ。」
二人は本当に自分達の過去を悔やんでいるようだった。つくしは何も言えず、ただ黙って聞いていた。
「過去なんて後悔することばかりだけどな、あの時ああしていれば、なんて今更考えても仕方がねぇ。
実際はそれを選ばなかったわけだから、自分の想像の世界でしかねぇからな。俺も最近、そんな世界に入りこんでいた。
だが、過去は変わらない、現在があるだけだ。だがな、未来はどうなるかわからないだろ。それなら未来は自分が最良と思う道を選ぶ。
二度と諦めるなんて真似はしねぇ。欲しいものはどんなことがあっても手に入れてみせる。二度と後悔なんてしたくねぇからな。」
司の力強い言葉につくしの心は大きく揺らいでいた。自分だって後悔はしたくない。
今までだって何度思っただろう。あの時―――
『別れたくない』となぜ叫ばなかったのか、なぜ物分りのいい女を演じたのだろう。
日本に戻ってからだって遅くなかったはずだ、NYまで追いかけていった強い気持ちが簡単になくなるはずはない。
もう一度、NYに行けばよかった。そして彼に言うべきだった、『道明寺を離さない』と―――
みっともないと思われても、泣いて縋って『別れたくない』と言えばよかったのだ。
「私も―――もう後悔したくない」
自然と口から洩れていた。今の正直な自分の気持ちだった。
「牧野―――」
そこから何かを感じとったのか、司は視線を向け、手を伸ばしてきた。
さりげなく肩を抱いて、守るかのように自分へと寄せる。感じることのできるつくしの暖かさに司は激しい喜びを感じていた。
「そうよ。私ももう後悔はしたくないし、間違った道は正したい。だからこそ、司さんとは離婚するの。」
「そうです。俺も・・・二度と綾乃を離さないつもりです。離婚しても女性はすぐに結婚できないが、一緒に暮らすことはできる。
牧野さん、あなたも自分の気持ちに正直にこれからの道を選んでください。俺たちのことは気にせずに。
俺も綾乃もこの離婚のおかげで幸せになれる。絶対に幸せになりますよ。でも司さんとあなたが不幸だったら、さすがに俺たちも気になりますよ。」
「―――」
「二人を気にしていたら、俺たちはきっとどこかが破綻すると思うんです。みんなで幸せになることが、ここにいる俺たち4人に必要なことじゃないかと思います。」
それは進が言ったことと同じこと。つくしが一人罪悪感に苦しむことで、幸せを掴もうとしている二人を苦しめる。
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