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先日、仕事帰りにいつもと違うスーパーに寄ったら、ぶりの卵が一腹399円でした。で、それが売れ残ったらしく半額になっていました。 一腹ということは2本、けっこう大ぶりな卵です。それが199円ですから、1本は100円足らず、安いですよねえ。生たらこはたまにお魚売り場で見るし、鯛の卵なんかも買ったことがあるけれど、ぶりの卵は初めてでしたので、その場でスマホでレシピを調べてみたら、他の魚卵と同様煮付けにするようです。今が旬で美味しい書いてあるし、煮付けなら簡単!と思って、4パック残っていたのを全部買うことにしました。 実は生たらこの煮付けが大好きなので、いわゆる大人買いです。生の魚卵はきっと足が速いでしょうから、火を通すにしても新鮮なうちにお料理したほうがいいだろうと思い、夕食後、お尻が椅子に張り付かないうちに台所に立ちました。せっかくお安く手に入れたのに、無駄にしてしまったらもったいないですものね。ところが、ぶり卵さん、一筋縄では行きませんでした。生たらこも鯛の子もサッと水洗いして、薄皮をささっとお掃除するだけで調理できたので、甘く見ていました。もしかしたら全部がそうというわけではなくて、偶々わたしが買ったのがそうだっただけと言う可能性も高いですが(何しろ残り物ですから)、少しだけマシなのが1パックはあったものの残りの3パックは、どれも縦横無尽に血管が走っていたのです。ほとんどが1mmあるかないかの細さとはいえ中に血が残っていて、そのまま煮たら流石に変な匂いや味がするかもしれないと思い、薄皮を剥いてから剥がせる血管は外し、剥がせないのは爪楊枝で破って血を洗い流しました。それがもう、手間がかかるのなんの。 4腹8本の卵を綺麗にして、何度か水を替えて血を洗い流し、1.5〜2cmの輪切りにしました。 安いからと欲張って大量購入したのでなかなか大変でしたが、ここまで来ればもうこっちのもの、あとは超簡単です。 一度茹でこぼしてから生姜を入れ、調味料を加えて20分ほど煮て、あとは冷ますだけです。 シチューパンいっぱいできました。 おいしい。なかなか上手く出来ました。臭い対策に生姜を多めに入れようかと思ったけれど、生姜が多すぎると今度はそちらが強くなりすぎるかもと思い直して普通の量にしたのですが、匂いも味も大丈夫だったのでホッとしました。生たらこより卵の粒が小さくて柔らかく、上品な感じ。 こんなにたくさんあると、夫が喜んでバクバク食べてしまいそうなので、今回いつもより砂糖も醤油も控えて薄味にしましたから、上品なのはそのせいもあるかしら? 出汁など何も使わず、酒、醤油、味醂、砂糖だけで、とても深みのある良い味に仕上がっています。 息子のところにも少しお裾分けしました。 魚卵が4パックだから、消費税込みでも鍋一杯845円くらい?あとは生姜と調味料と燃料費。やっぱりお安くできましたね。満足、満足。
2025.04.30
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北区散策の日記、長引いていますが、これで最終回にできそうです。古河庭園から飛鳥山公園を訪ねる予定でしたが、予定が変わったので何社か神社をお詣りできましたので、アップさせて戴きますね。御朱印も戴いたのでご紹介します。最初は、こちら。駒込駅前にある、主祭神が大黒さま、大己貴命(おおむなちのみこと)という大國(だいこく)神社さんです。駒込駅を出たら正面の打ち出の小槌が目に入り、なんだろう?と道を渡って行ってみると神社さん。ビルに囲まれ、こぢんまりとした神社さんですが、11代将軍徳川家斉が参詣したことから「出世大国」とも呼ばれています。明治時代にこの地に移ってきて以来地元で親しまれているそうです。小槌とうさぎの図柄の可愛い御朱印をいただきました。大國神社を出て旧古河庭園に入園し、洋館のガイドツアー、庭園散策をして過ごし、ランチをいただいてお店を出たらもう15時近かったので、予定していた飛鳥山公園は後日に改めて訪問することにして、そこからはnaominさんがわたしの趣味の神社仏閣詣りと御朱印拝受に付き合ってくださったのです。ランチのお店を出て王子駅方面に向かって歩いて行くと道の反対側に七社神社(ななしゃじんじゃ)の表示があるのをnaominさんが発見。大通りから一本裏に入った小道の正面に鳥居が立ち、その奥に拝殿が見えていました。鳥居をくぐると右に手水舎、左にはなんと能舞台です!御本殿にお詣りして、脇の社務所で御朱印をいただきました。こちらは伊邪那岐命、伊邪那美命をご祭神とし、安産、子育てにご利益があるとされています。こちらは拝殿前の狛犬さん。オスとメス、どちらも子犬を抱いているのが全国的にも大変珍しいと、社務所の女性が教えてくださいました。しおりにもなっていて、御朱印をいただいた時に社務所でいただきました。御朱印はこちら。右下のスタンプは渋沢栄一ですって。こちらの拝殿は神仏分離で現在の位置に遷移された折に渋沢や古河邸の主人・古河虎之助などの寄付で建立されたそうで、拝殿の社額は渋沢の揮毫とのこと。境内には立派な銀杏の御神木があり、末社の脇では夏みかんを採っている方たちがいらっしゃいました。すごく大きな実がお供えしてあって、収穫の様子を見ていたわたしたちにも切った実をお裾分けしてくださいました。境内には温かな気が静かに漂っているような、そんなお宮でした。お参りも済ませ王子駅に向かいます。駅の近くには王子神社があり、落語にも出てくる「王子の玉子焼き」の扇屋さんがあります。お土産に玉子焼きを買って、王子神社にお詣りして帰るつもりだったのに、ここでわたしの"地図を読む機能"が故障してしまい、扇屋さんを探して王子駅周辺を無駄に歩き回るという、とんでもない失敗をしでかしました。玉子焼きも買えず、ぐるぐるとたくさん歩かせてしまい、naominさん、本当にごめんなさい。でも、可愛いワンちゃんを散歩させていた方にnaominさんが道を聞いてくださって、王子神社には何とかたどり着けました。こちらはかなり大きな神社さんで東京十社の一つだそうです。御祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱で、総称して「王子大神」と呼ぶことから、この神社が王子神社という社名になったそうで、王子という地名もこの王子大神が起源とされているそうです。こちらが御朱印。パワーに溢れていますね。御朱印にも記されている通り、ご神徳は開運、災よけで、三代将軍家光の乳母春日局が幼い家光の無事な成長を願ってこちらに参詣し、願いが叶ったことから子育て大願も御利益の一つとされたそうです。他にも、珍しい毛髪に御利益のある末社や、神木の大銀杏、境内のすぐ下を流れる音無川と音無親水公園など、見どころもたくさんあるので、次に訪れた時にまたゆっくり参拝したいと思います。今回の北区散策のレポートはこれで終わります。長いことお付き合いいただきありがとうございました。お疲れ様でした。
2025.04.29
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肉吸いというのは肉うどんのうどん抜きのことだと、ブロ友のTabitotetsukitiさんにブログで教えて戴きました。東京風のうどんや蕎麦だとお汁だけをそのまま戴こうということにはあまりならないと思いますが、関西風なら清し汁がわりにというリクエストがあっても不思議ではない気がしますね。ていうか、美味しそうですよね。大阪では肉吸いで有名なお店もあるそうです。本場の肉吸い、一度いただいてみたいです。てなことを考えていて、ふと思い出したことがありました。50年ほど前、わたしが丸の内のOLさん🤭だった頃のオハナシです。勤務地は、東京駅から歩いて数分という、丸の内の中心に近いビルでしたが、わたしの勤務先は大きな会社ではなくてそのビルのフロアを借りていました。地下2階(だったかな?)にそのビルの大部分を占める大会社の社員食堂があって、そこは別の会社の社員も利用が可能でした。でも、席数はそれなりに多かったものの、そのビルで働く人の方が多く、お昼休みはいつも満席。社食でお昼を食べようと思ってもほぼ無理で、大体はお弁当を持ってくるか、買うか、お店でランチを食べるかしていて、わたしの課の女性たちはほとんどお弁当持参でした。それでも、たまに午前中の仕事が早く片付いた人がいると、お弁当仲間に希望をとって、地下の社食に、あるものを買いに行ってくれることがありました。あるもの、それがラーでした。ラー、なんだかお分かりになりますか?ヒントは「肉吸いから連想したモノ」です。答えはラーメンの麺抜き、メンなしだからラーです。お弁当の時はお茶は淹れますが、スープや汁物はないのが普通でしたから、ラーメン丼になみなみと入ったスープをみんなで湯呑みに注ぎ分けていただくのが、とても美味しく、嬉しかったのを思い出します。とは言え、社食はいつも混んでいてカウンター前には長い列ができていたので、お昼休みが始まる前に地下まで行ける人がいなければ、ラーも買えませんでした。 でも、今思うと、あれ、けっこう人気メニューだったのかもしれません。厨房のおばちゃんに「ラーひとつ!大盛りで!!」っていうと、ちゃんと丼に汁だけよそってくれましたから。丸の内のビル群もほとんどすべて建て替えられて、今ではそのビルもオフィスビルというよりショッピングビルのように見えるので、きっと地下に社食なんてなくて、きっとラーを買いにくる社員もいないのでしょう。「今は昔」のオハナシでした。
2025.04.28
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実は、2月末に台湾に行き、帰ってきてから、左膝と右股関節の調子が良くありません。日常生活では特に階段を上るのがきついです。荷物があると膝が痛むし、重いとたまにふらつくこともあったり、ちょっと危険です。股関節の方は大体は違和感くらいの感じですが、なんでもない時にふと痛みを感じることがあったりします。先週の北区散策のようにゆっくりなら、そこそこ長い距離も歩けるのですが、そもそも速く歩けません。去年のベトナム旅行は現地ツアーに参加することが多くて移動もバスや船でしたが、今回の台湾はツアーをほとんど利用せず、公共交通と自分たちの足で観光することが多かったのです。その長い距離を毎日歩くにはわたしにはペースが速すぎたようです。同じ歳の仲間たちとの旅行だったのですけど、男女混合で体格差つまり歩幅の差も大きかったので、いつものペースより速く歩かないと追い付けないのです。元々良くない膝と股関節がオーバーペースのダメージから回復していないのに、翌日も頑張ってしまった4日間でした。その無理が今出てきているのかもしれません。帰国後、気をつけて、しっかりケアもして、良くなったと思っていましたが、やはり、まだふとした拍子に痛みや軋み?が出てきます。ということで、昨日は整体にいきました。帰国後2ヶ月で3回目の施術で、これは通常のペースです。A先生、季節の変わり目とか、年齢とか、要因は色々考えられるので、あちこち良く診てみましょうとのことそういえば、最近、左の二の腕とか、左腰の後ろとか、いつも特に痛まないような部位に不調を感じることが何度かありました。首、肩の張りがいつもより酷いようだともおっしゃって、足の指の骨とか、踵とか、後頭部とか、思いもよらないところを探っては押して、の、1時間、いつものことながら特に良くなったり変わったりした感覚もなく終了でした。少なくとも1日2日は経たないと良くなったのか効かなかったのかはわかりません。そういうものだと思っているので、構わないのですが。♪あれは3年前♪なんて歌の文句ではありませんが、3年ほど前、右股関節が激しく痛んで、立つのはもちろん、寝ても座ってもいられないくらい酷かった時、整形外科を受診すると変形性股関節症との診断で、もっと重症になれば手術が視野に入ってはくるものの、そこまで酷くない今は、治療法も予防法もないときっぱり言われ、医師の唯一のアドバイスは「痛い時は痛み止めを服用してください。」でした。その時、わたしが考えたのは、股関節が痛み出す前の生活に戻るには、体のバランスを痛み出す前の状態に戻すしかないということでした。そのためにできることが西洋医学にはないというのなら、東洋医学に頼ろうと思いました。でも、その時は頼る先生がいらっしゃらない状況でした。長年お世話になっていた野口整体の先生が引退されたので、別の先生を探しているところだったのです。痛む脚で家から通えることを条件にインターネットで探して見つけたのがA先生の治療室でした。有名な治療室というわけではなく、先生もカリスマ整体師とかではありません。でも、ホームページに書かれている治療法や考え方を読んで、この先生に診ていただきたいと思い、週に一度、週末ごとに治療室に通いました。今から思えばちょっと不思議ですが、きっと治ると思ったような気がします。数ヶ月で普通の生活ができるようになり、今は年に一度か二度、かなり強行軍の一人旅もできる程になりましたので、わたしの選択は間違っていなかったのでしょう。今回は、旅行で無理をしたこと、季節や年齢からくる不調といくつかの原因が絡み合って、危うく保っていた体のバランスが大きく崩れ、自力で戻せなくなっている状態なのだと思います。昨日の施術で良くならなかったら次からはもう少し頻度を多くしようかと考えています。生活の中で自分でも注意したり、ケアしたりしながらも、もう少し今のような生活を続けたいですから。そして、同期生たちとの旅行は、今回の台湾を最後に、次回は参加しないことに決めました。歩くペースを変えるって難しいと思ったのです。帰国して2ヶ月、いろいろ試してみましたが、わたしがペースを速くするのは、ほんの数時間ならともかく、一日中とか、まして数日間に亘っては無理とわかりました。逆に速い人がゆっくりのペースに合わせるのもきっとすごいストレスです。歩くことってほとんどの人が無意識にしていることですから、2-3人とかの少人数だったり、日頃よく一緒に行動していてお互いのペースがわかっている人たちならさほどストレスなく合わせられるかもしれませんが、知り合い程度の間柄だったり、人数が多かったりしたら、何日もは難しいと思います。この歳になって周りに気を遣いながら旅をするのも勿体無いです。気楽な一人旅がわたしはまだ出来るので、これからはそちらを楽しめたらそれで十分かなと思います。
2025.04.27
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ブログの不具合でお休みや別のことを書いたりした日があったので、まだ先週のことを書いています。急がないと!古河庭園を後にして、次の目的はランチです。本来の次なる目的は飛鳥山公園でしたが、二人ともお腹が空いちゃったので、先ずは腹ごしらえ、ということでお店を探しながら歩きます。と、naominさんが何やら見つけてくれました。素晴らしく情緒たっぷりな木立の中の参道とその奥に佇む由緒ありげな神社さん。平塚神社という幟が見えます。立派な神輿蔵もあり、社務所には御朱印の文字も見えましたが、お昼時のためインターフォンに応答がなくて、御朱印はいただけませんでした。さて、お店探し続行。しばらく道なりに歩くと、地下鉄南北線の西ヶ原駅の入り口が見えてきました。そして、ありました!ランチをいただけそうなお店!!榎本ハンバーグ研究所という変わった名前のハンバーグ屋さん。 満席らしく、お店の前の歩道に女性が二人立っていらして、席が空くのをお待ちでした。 わたしたちも後ろに並ぶことにして、2度目の来店だという前の方にお話を伺ったり、ショウウィンドウがわりの立て看板を見て何を食べようかと考えたりしていました。 タイミングが悪かったようで、出てくる方は全然いらっしゃらなくて、お席に案内されたのは随分時間が経ってからでした。 わたしは立て看板の下の方に大きく載せてあった「初代シルバーグ」をお願いしました。もちろん冷たいビールも忘れません。 お料理は待つほどもなく提供されました。丼ご飯の上に具と煮卵、そして大きなハンバーグが載っている、その傍らには大きなお椀にたっぷりのお汁、お盆の上には大ぶりのスプーン、そしてお箸という、なんとも見慣れないビジュアルのハンバーグセットでした。 上のコラージュの一番上の写真です。 一緒に手渡された戴き方の手引きに従って食べ進めます。 まずお箸でハンバーグを小さく切り、何回かに分けて具やご飯と一緒にお汁に入れます。お椀の中の和風スープはカツオの出汁がきいていて、良いお味です。 久しぶりのハンバーグでしたが、和風スープのおかげであっさり美味しく戴けました。 コーヒーとケーキもいただいて、ラストオーダーですなんて言われてお店を出ました。 飛鳥山公園に向かって歩き始めましたが、古河庭園でもハンバーグ研究所でも時間を使ってしまったので、今から飛鳥山公園を楽しむのは無理じゃない?そうね、無理そうね。ということで意見が一致し、飛鳥山公園は次回の北区ぶらぶら散歩のターゲットに変更することになりました。 何しろ、飛鳥山公園、地図を見ただけで疲れてしまうくらい広いです。 そして、このあたりは10000円札の肖像になった渋沢栄一のゆかりの土地で、公園内には青淵文庫、晩香櫨といった渋沢関連の施設や建築物があり、飛鳥山博物館や紙の博物館もあり、少し離れて渋沢栄一邸や庭園もあって、1日掛けても回りきれないかもしれません。 飛鳥山公園は後日のお楽しみとして、このあとはnaominさんがわたしの趣味に付き合ってくださって、神社を参拝しに行きました。 というわけで、北区のお散歩、まだ続きます。
2025.04.26
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ゴールデンウィーク開始前日、納品や出荷はないし、今日もわたしは出社してるのですが、朝から電話もかかって来ないし、メールもほとんどなし(詐欺メールは相変わらず賑やかですが)。暇なので、今日もお昼は外に食べに行きました。外出ついでに郵便局で払い込みをしながら、久しぶりに親水緑道を少し歩いてみました。もう、春というより初夏でした。今日のお気に入り、ベストショットはこれです。山は写っていないけど、山の中の川みたいでしょ?なんのことはない、mamatam社のそばの水路なんですけどね。今の家に引っ越してくる前はこの水路沿いの緑道が通勤路で、以前からのブロ友さんには少し懐かしいような景色かもしれません。写真をご覧いただいてお分かりになるように、水路沿いの「道」なのですが、手入れも良くて自然がとても豊かに見えます。この緑道沿いには何軒かいつも季節のお花を見事に咲かせていらっしゃるお宅があります。こちらもその一軒で、ここは玄関先の狭い空きスペースですが藤とサクラソウ、クレマチスがどれも見事なお花をつけています。そして、西洋オダマキの鉢植えが数鉢、どれも色といい姿といい素晴らしかったです。こちらは、右側の車道と左側の水路/緑道とを区切っているツツジの植え込み。ツツジはこの区の区花なので、あちこちで見られます。今が花の盛りですね。街中のオアシスという感じではないですか?時間ができたらまたお散歩に来ようと思います。ちなみに今日のお昼はこれでした。五目ラーメン。近所のフツーの町中華のお店のフツーの塩五目そばでした。家族経営の、結構古いお店ですが、家族みなさん元気が良く、仲も良さそうで、以前から本当にいい感じのお店なのです。今日は厨房を含め て娘さんとかお嫁さんとからしい若いお姉さんばかりでした。ごお客さんもお馴染みさんが多いようで、カウンターの中と客席とのやりとりも賑やか。その賑やかさがとっても良い加減なのです。なんか、お腹もいい感じにいっぱい、胸もいい感じにいっぱいでした。そうそう!ハナシは変わりますが、昨日のヒトツバタゴ。 ふろう閑人さん、この木は別名なんじゃもんじゃですから、ご明答でしたよ! で、そのヒトツバタゴという名前、どこで区切るのだろうと、実は前から不思議でした。 ヒト・ツバ・タゴ?ヒトツ・バタゴ?などと考えていましたが、正解は、ヒトツ・バ・タゴだそう。 漢字で書くと「一つ葉田子」。タゴ(田子)はトネリコのことで、トネリコに似た木で葉っぱが一枚(=単葉←トネリコは複葉)なので、そう呼ばれるのだそうです。 役に立たない豆知識でした。
2025.04.25
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ブログの不具合でお休みや別のことを書いたりした日があったので、まだ先週のことを書いています。急がないと!古河庭園を後にして、次の目的はランチです。本来の次なる目的は飛鳥山公園でしたが、二人ともお腹が空いちゃったので、先ずは腹ごしらえ、ということでお店を探しながら歩きます。と、naominさんが何やら見つけてくれました。素晴らしく情緒たっぷりな木立の中の参道とその奥に佇む由緒ありげな神社さん。平塚神社という幟が見えます。立派な神輿蔵もあり、社務所には御朱印の文字も見えましたが、お昼時のためインターフォンに応答がなくて、御朱印はいただけませんでした。さて、お店探し続行。しばらく道なりに歩くと、地下鉄南北線の西ヶ原駅の入り口が見えてきました。そして、ありました!ランチを戴けそうなお店が。榎本ハンバーグ研究所という変わった名前のハンバーグ屋さん。満席らしく、お店の前の歩道に女性が二人立っていらして、席が空くのをお待ちでした。わたしたちも後ろに並ぶことにして、2度目の来店だという前の方にお話を伺ったり、ショウウィンドウがわりの立て看板を見て何を食べようかと考えたりしていました。タイミングが悪かったようで、出てくる方は全然いらっしゃらなくて、お席に案内されたのは随分時間が経ってからでした。わたしは立て看板の下の方に大きく載せてあった「初代シルバーグ」をお願いしました。もちろん冷たいビールも忘れません。お料理は待つほどもなく提供されました。丼ご飯の上に具と煮卵、そして大きなハンバーグが載っている、その傍らには大きなお椀にたっぷりのお汁、お盆の上には大ぶりのスプーン、そしてお箸という、なんとも見慣れないビジュアルのハンバーグセットでした。上のコラージュの一番上の写真です。 一緒に手渡された戴き方の手引きに従って食べ進めます。まずお箸でハンバーグを小さく切り、何回かに分けて具やご飯と一緒にお汁に入れます。お椀の中の和風スープはカツオの出汁がきいていて、良いお味です。久しぶりのハンバーグでしたが、和風スープのおかげであっさり美味しく戴けました。コーヒーとケーキもいただいて、ラストオーダーですなんて言われてお店を出ました。飛鳥山公園に向かって歩き始めましたが、古河庭園でもハンバーグ研究所でも時間を使ってしまったので、今から飛鳥山公園を楽しむのは無理じゃない?そうね、無理そうね。ということで意見が一致し、飛鳥山公園は次回の北区ぶらぶら散歩のターゲットに変更することになりました。何しろ、飛鳥山公園、地図を見ただけで疲れてしまうくらい広いです。そして、このあたりは10000円札の肖像になった渋沢栄一のゆかりの土地で、公園内には青淵文庫、晩香櫨といった渋沢関連の施設や建築物があり、飛鳥山博物館や紙の博物館もあり、少し離れて渋沢栄一邸や庭園もあって、1日掛けても回りきれないかもしれません。飛鳥山公園は後日のお楽しみとして、このあとはnaominさんがわたしの趣味に付き合ってくださって、神社を参拝しに行きました。というわけで、北区のお散歩、まだ続きます。
2025.04.24
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今日は昨日と打って変わった良い天気。気温もちょうど良くて、お昼に外に出たらとってもいい気持ちでした。お昼ご飯は近所のトンカツ屋さんの週替わり定食です。ヒレカツとチキンカツのトマトソース。ヒレカツは安定の美味しさだし、チキンカツも美味しかったです。何度も書いているけれど、ここはご飯がとってもおいしいです。以前はここでお米も買っていたのですけど、去年、お米不足が言われ出した頃から、時々していたお米の店頭販売をしなくなってしまって、今は我が家は夫がゴルフの帰りに買ってくる千葉県産の多古米を食べています。お米の先行きについては専門家もあまりしっかりとは見極めがつけられないみたいで、もう一度仁多米を食べられる日が来るのかどうか、気になります。お昼を食べての帰り道、ふとよこをみると、脇道の奥の方に真っ白いモワーっとしたお花を咲かせた木が2本見えました。季節柄、白いハナミズキかしらと思ったんですが、木の形もお花の感じも違うみたいなので、近くまで行って見てみたら、やっぱり!!花水木じゃないわ。これって、ヒトツバタゴ?何か札があるようなので木の前に回って確かめたら、名札がついてました。間違い無いですね、ヒトツバタゴ、別名ナンジャモンジャノキです。この子たち、すごく大きくなるんだけど、大丈夫かしら?しっかり大きく育ててもらってね。ご近所の方、よろしくお願いします。
2025.04.24
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お題には関係ないのですが、楽天ブログ、夜遅い時間は調子が悪いみたいです。一昨々日も昨日も夜遅い時間にアクセスしたせいか、写真を一枚アップした後、お馴染みのコメントが出て、先に進まなくなりました。今日も遅めですが、さて、どうかな?では、行ってみますね。旧古河邸のガイドツアーがおわったら、喫茶室(旧応接室か旧ダイニングルーム)でお茶とお菓子?それともアイスクリーム?とnaominさんとお話ししていましたが、ツアーが予定より少し長引いて、もうそろそろお昼ご飯を食べないと!という時間になってしまっていたので、今回は諦めることにしました。午後は飛鳥山公園を中心に何社か神社参りも、のつもりでいたのに、まだ庭園も見ていないのです。なんと言ってもこちらは「古河庭園」なのですから、お庭を外すなんて、ありえません。では、そのお庭です。まずはお屋敷のすぐ下のローズガーデンから。ジョサイア・コンドルがデザインしたというローズガーデン、まだお花のシーズンには間があるようで、蕾が膨らんでいる様子もありません。記念に買った絵葉書が薔薇のシーズンの素晴らしさを伝えていましたので、お見せしますね。これです。絵葉書を写したので色も鮮明さもイマイチですが、雰囲気は伝わったでしょうか。この方向から見ると、一階の右手は応接室、左手はメインダイニングで、2階は右は居間の窓、真ん中が廊下と窓の外のテラスで左は主寝室の窓です。 2階の吹き抜けの上にもう一層屋根裏があるといわれたのがこの写真だとよくわかりますね。ここから、洋のローズガーデンと日本庭園の和の世界とをふんわりと繋ぐ躑躅の植え込みを通り過ぎて日本庭園入って行きます。この庭は名人といわれた七代目小川治兵衛を京都から呼び寄せて作庭にあたらせたものだとか。美しく手入れされた木々の間に趣のある立派な灯籠が何基も立てられています。さらに進むとまるで深山幽谷に入っていくみたいな立派な木立。その緑の中でも特に目を惹かれたのが、楓の新緑でした。お花はそろそろ終わりかけ、実はまだできていないタイミングでしたが、美しい緑を満喫しました。この素晴らしいお庭を見下ろす、最高な立地のマンション!ズルいよねえ。池の周りでは、歳を経た木たちが芸術的な枝ぶりを競い合っています。庭師さんの腕の見せ所、ですね。この近辺で、お庭のガイドツアーをされている方たちとすれ違いました。ガイドは半纏を羽織った庭師さんでした。次回はわたしたちも、あれ!とnaominさんと小さな声で約束しました。庭園にはお茶室の他にこんな建物もありました。残念ながら内部の見学はできませんでした。お庭の散策はここで終了。四阿で持参のお茶とお菓子を摘んで休憩し、次なる目標に向かって古河庭園を後にしました。駒込からのそぞろ歩き、まだ続きます。呆れずにお付き合いくださいね。
2025.04.23
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1階の見学を終えて、立派な階段をのぼり2階に移動します。大谷美術館の建物の中で、この階段の手すりは唯一見学者が触れていいものだそうなので、遠慮なく掴まらせてもらいました。つやつや、ピカピカで、ツルツルです。この階段は、段差が少なく踏み込みが広くてとても上り下りがしやすいです。当時の小柄な日本人、特に着物や長いドレスを着た女性にとても優しい階段だと感じました。あんな階段なら億劫にならずに1階と2階を行き来できそうです。 ここで案内役の職員さんが交代。2階は、古河虎之助氏が家族と共に暮らすための、いわばプライベートな空間です。 階段を上り切ると、そこは広い廊下というか小さなホールというか、そんな空間になっていて(一番下の写真)、 天井には明かり取りの窓があり、柔らかな光が差し込んでいます。その窓は直接外に繋がる天窓ではなく、その上にもう一層屋根裏部屋があってその屋根にも天窓があるという造りになっているそうです。外の光は入るけれど酷暑、極寒の季節でも、室温には影響しない工夫なのだろうと思います。階段と言い、この天窓と言い、住み心地が設計の重要なポイントであることが伝わってきます。ジョサイア・コンドルの想いをこの館が語っているようで、感動してしまいました。 さて、廊下はいくつかの重厚なドアにぐるりと取り囲まれていますが、このドアの中には驚くような世界が広がっていました。まず左手前のドアの中は畳敷きの、ほんのりお線香の香りが漂う仏間でした(中段の右側の写真)。ドアを開けると板敷の狭い空間の奥に襖があり、襖を開けると3畳の前室と5畳の仏間という作りになっていて、入り口の重厚なドアから奥の仏間まで、違和感なく自然に洋が和へと繋がっています。前室と奥の間を、不思議な形のアーチが区切っていますが、禅寺の花頭窓を大変気に入ったコンドルのデザインだそうです。次のドアの中は小ぢんまりしたゲストルームで、ここは洋室でした。左側の3番目、一番奥のお部屋は客間、一番上の写真です。ドアを開けるとやはり板敷の廊下と襖があり、大変凝った造りの二間続きの和室で、立派な床間や違棚が設えられ、ここにはまたに、コンドルが抱えていた当時最高レベルの職人の技が遺憾なく発揮されていました。このように、左側にはプライベートな中でも公的な意味を持つ部屋が並びますが、右側にはまさにプライベートな部分を包み込む部屋が続いています。まず一番奥のドアは、この中も和室で、家族が過ごす居間になっていました。中段右の写真です。客間より一段格式の低い和室の設計になっていますが、1階の応接室の真上にあたる南東の角部屋で、一日中心地よく過ごせる部屋になっており、鴨居には蚊帳を吊るためのフックなども設置されて、お屋敷の中では生活感を感じるお部屋でした。東向きの、お庭を見下ろすテラスに面した廊下の内側には虎之助氏の奥様と子どもさんの部屋があり、その奥に主寝室と更衣室がありました。主寝室のみが洋室で、更衣室も和室になっていました。主寝室の壁紙は、2階のもう一つの洋室であるゲストルームと色違いで、おしゃれ!と思いましたが、残念ながらどちらも写真がギャラリーにありませんでした。そして最後は浴室とトイレです。こちらが浴室。トイレは水洗トイレで、浴室は日本式の浴槽のついたお風呂でした。どちらも壊れて、壁や床に貼られたタイルの傷みも激しかったので修理をする計画だったそうですが、タイルの貼り方一つにも難しい技法が使われていて、現代の技術では再現不能とわかり、応急処置だけ施し、現在は立ち入り禁止にしているそうです。また、お風呂は、コンドル氏は当初西洋式のバスタブを設置するつもりだったそうですが、虎之助氏の、首までつかりたいとの要望で、和式の浴槽に変更されたとのことでした。 2階のドアの中はすべて一般の見学者は入室禁止で、ガイドツアー参加者のみ見学可でした。コンドル氏は1877年に24歳で御雇外国人として来日し、1920年に亡くなるまで、50年近く日本で暮らし、鹿鳴館やニコライ堂などの他、多くの私邸の建設にも携わりました。しかし、この旧古河邸のように現存する建物は少なく、しかもこの建物は1917年(大正6年)竣工と最晩年の作であることから研究資料としても非常に貴重な物である上に、先のタイルの例でも言える通り、もし壊れたり傷がついた場合に現代の技術では修復できない可能性も高いのです。浴室のタイルだけではなく、すべての部屋のすべての調度が非常に貴重で、また高度な技術で仕上げられているので、修理が困難あるいは不可能だったりするため、持ち物をぶつけたり押し付けたりしないように、傷もつけないようにと、ガイドツアー中も何度も注意を促されました。文化財保護という観点からも、どんなに大事にしても、しすぎることはないのだと強く感じました。 そしてもう一つ、この日、お雇い外国人なるものについても認識を新たにしました。当時未開の地だった日本にやってきた「お雇い外国人」たちは、素人ではないにしても、その分野で一流とは言えない人たちだったのではないかと、わたしは考えていました。けれど、コンドル氏は来日前に若手の登竜門と言われるコンテストで賞を取っており、イギリスでも将来を嘱望されていたそうで、もしイギリスに留まっていても一定の成果を挙げ評価されていただろうと言われているそうです。 そんな若者が日本にやって来たのは、以前から日本や日本文化に興味があってぜひ日本に行きたいという思いがあったからで、実際に、コンドル氏は本当に日本と日本文化を愛し、24歳で来日してから亡くなるまで日本に住み、日本人の女性と結婚して、茶道、花道などにも親しみ、日本文化や風習への造詣、理解も深かったのだそうです。それは、この、最晩年の作品である旧古河邸を拝見して、はっきりわかりました。 少なくともコンドル氏に関しては、わたしが思っていた一種の出稼ぎというのは全く見当違いでした。やはりよく調べもせずに勝手に思い込むのは、ダメですね。
2025.04.21
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すったもんだの挙句、自分でも何をしたかよくわかりませんが、写真がアップできましたので、昨日のお出かけの日記をアップします。昨日は各地で真夏日や夏日を記録し、東京も最高気温28℃を記録する夏日になる中、ブロ友のnaominさんとお出かけしました。naominさんとは10時にJR山手線の駒込駅で待ち合わでしたが、ホームでばったり出会し、そのまま出発。改札口を出たところで、正面に神社さんを発見、早速寄り道すると大國神社さんでした。お参りすると御朱印もいただけて、幸先の良いスタートでした。御朱印や神社のことははこの後まとめてご紹介します。⛩️を出て道なりに歩くと旧古河庭園の入り口です。ここはバラ園と日本庭園の両方が楽しめるお庭、そして現在は大谷美術館と呼ばれる旧古河男爵邸がお目当てです。都立の庭園なので、入園料は大人150円ですが、65歳以上は何と70円。ありがたや。ということで70円払って入園。前夜、邸宅内部のガイドツアーがあることをネットで発見したので、当日参加が可能か入り口で尋ねましたら、電話で問い合わせてくださって大丈夫とのことでしたので、邸宅の開館を待って入場、ツアーに申し込みました。入館料は別途400円、ガイドツアーは所要時間約1時間で400円でした。木々に囲まれた素晴らしい邸宅、雰囲気伝わってます?元は明治の元勲陸奥宗光の邸宅があった場所ですが、次男の潤吉氏が古河市兵衛氏の養子になったことで、古河家が所有することになったそうです。現在の古河庭園、大谷美術館は、古河家の三代目当主古河虎之助氏(潤吉氏の子息)男爵位に就く時に、爵位に相応しい邸宅をと周辺の土地を買い足して1万坪の広さとし、ジョサイア・コンドル氏にこの邸宅と洋式庭園の設計を依頼し、また日本庭園の作庭を京都の造園家七代目小川治兵衛氏に依頼して創り上げられたそうです。大谷美術館(旧古河邸)の開館までお庭をさっと眺めます。ローズガーデンのバラたちもツツジも咲き始めすらまだまだですが、モッコウバラが盛りでした。白もあったんですけど、写し忘れました。ローズガーデンと奥の日本庭園を丸く刈り込まれたツツジが繋いでいます。館の中に入ってツアー開始まで30分ほど公的な要素の強いスペースである1階を見てまわりました。1階は全ての入館者が見学できるスペースです。館内は撮影禁止なので、写真は全て大谷美術館のホームページから拝借しました。まず正面の玄関から入り、振り向くと入り口には古河家の家紋のあしらわれたステンドグラス。玄関ホールの左側一番手前は撞球室(ビリヤード室)で、当時の大変重いビリヤード台を設置するために床下にも天井にも特別な設えがあったそうで、絨毯にうっすら見える四角い切り込みもその名残りだそうです。この部屋の窓の外にはサンルームと呼ばれる部屋があり、床はタイル敷きで、壁についた蛇口は噴水だそうです。玄関ホール右の端には階段。ここから2階に上がると、そこはツアー参加者のみ見学できるプライベートスペースです。写真ではわかりにくいですが、この踊り場の正面のガラスもステンドグラスでした。一階にはまだお部屋があります。ビリヤード室の隣には書斎、その隣に一階で最も日当たりと眺めの良い応接室と続きます。応接室は今は喫茶室になっていて、見学者がお茶やスイーツを楽しむことができます。応接室はバラの壁紙が貼られ、壁や天井の漆喰には職人が一つ一つ描いた漆喰の薔薇が飾られています。お庭の見える廊下を隔てて小食堂(ブレックファストルーム)とメインダイニングがあります。こちらはメインダイニングです。天井や壁の漆喰飾りは、薔薇ではなく、様々なフルーツの意匠でした。この館の壁はどのお部屋も60cmもあったそうで、そのおかげで関東大震災でも被害がほとんどなくて、屋敷と庭園全体を救護所として被災者に開放したそうです。虎之助一家はその後新宿区若松町に新しい屋敷を建ててそちらに移り、ここに住んだのは10年足らず、その後は古河財閥の迎賓館として利用されたそうです。戦後は英国大使館に接収されて駐在武官の独身寮とされ、接収解除後は返還されたものの古河家が経済的に困窮して、ホテルニューオータニの創業者である大谷米次郎氏に購入を依頼したけれど、委譲は親戚関係しか許可されないということで、叶いませんでした。後に、国、都、古河家、大谷家で協議し、所有権は国、都が借り受けて一般公開すること、修復、管理は都の助成を得て大谷財団(大谷美術館)が行うことになりました。修復工事は昭和58年から63年の6年間かけて行われましたが、約30年もの間放置されていたため庭も屋敷も荒れ果てて、近隣の住民からはお化け屋敷と言われていたと言います。動物や人が土足で入り込み、焚き火をした形跡まであったそうで、壁紙や敷物は汚れ、腐敗して色も素材もわからない状態、ガラスは破られ、シャンデリアなども落ちて、復旧は本当に大変な作業だったようです。それでも、シャンデリアやブラケットなどは倉庫に残された予備の品物が見つかり、建築当時のものが使えているところもあるそうです。長くなりましたので、今日はここで一区切りにします。続いてお話は2階に移ります。naominさんとわたしが、古くて豪華な洋館という以上の感銘を受けたのがその2階部分です。明日、写真が問題なく入ってくれますように!皆様もどうか祈ってくださいね。
2025.04.20
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昨日はブロ友のnaominさんとお出かけして、とても楽しく過ごしました。今朝、naominさんは早速その様子を写真入りでブログアップしてくださいました。わたしも書き始めたのですが、2枚目の写真をアップしようとして、位置を間違え一旦削除して挿入したい場所に載せようとしたら、見覚えのあるコメント「予期せぬエラーが発生しまして。もう一度やり直してください。」が出て、写真がアップできなくなりました。前回同様キャッシュクリアーをかけましたが、今回は解決せず、半日以上経っても同じ状態です。だいたいわたしのスマホ、交換してもらったばかり出羽使い始めて1ヶ月も経っていないので、履歴もデータもそんなに溜まっているはずないのに、どういうことなのでしょうね?昨日、今日と更新できないので、とりあえずご挨拶だけしておきます。文章だけは入力してあるので、また画像挿入にトライして、できたらアップします。
2025.04.20
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先日のこと、就業時間が過ぎた頃に、ある方の奥様から電話が入りました。ある方というのはmamatam社の主要な仕入れ先の技術者さんで、少し前に定年を迎えられた方です。夫が会社員時代から親しくさせていただいており、mamatam社もとってもお世話になっています。その方のお仕事はすごく特殊で、お勤め先からもお取引先からも大変に信頼され、頼りにされていました。社内に同じお仕事をしている方はおらず、というより、他にはできる方がいないといわれていて、その方が定年になって、お勤め先の会社はもちろん関係先が全て頭を抱えているだろうと誰もが考えていました。そのお仕事は、難しいだけでなく激務だし責任も重くて、定年後に嘱託で担当するような業務ではないとわかっていたからです。一旦退職し、独立起業して業務を請け負う形で仕事を続けるらしいとの噂も聞こえていましたが、はっきりしたアナウンスはないままでした。三月末にその方から、出張先からの電話で、ある部品をすぐに出荷して欲しいと依頼されました。(mamatam社、というより夫が、サラリーマン時代の勤務先との繋がりで、そんな仕事もしているのです。)発注書が未着でしたが、品物は発送し、納品書を作成してその月の売掛金に計上しました。請求書を発送した時点でも発注書が未着でしたからゴタゴタするだろうとは思いましたが、確信犯です。案の定、後日経理部から苦情が来ましたが、出荷は済んでいますので、社内でご検討いただき、改めてご連絡戴くようにとお願いしました。そうしたら、ご本人から請求書は自分個人宛に出して欲しいと連絡がきました。詳しいことはわかりませんが、これからは個人としてもお仕事をなさるのだと思いました。それで、先の請求書を分割してそれぞれに送り直すと、その数時間後に奥様から電話があったのです。電話の内容は、事務的なことや支払いのことに関する質問でした。お電話をしながら自分自身の18年前のことを脳裏に思い浮かべていました。我が夫も、定年後は嘱託として前の会社に勤めるといっていたのを突然翻して会社を設立し、mamatam社を始めた、定年起業者でした。わたしはといえば、それまで20年以上も専業主婦だったのに、夫の定年の翌日から否応なしに事務員さんに転職でした。その日電話をくださった奥様と全く同じ境遇です。なので彼女の電話の内容に心当たりがありすぎて、何がどうわからないのかが手に取るようにわかりました。今回の取引の処理について細かく説明し、後でわからなくなることもあると思うので、いつでもお電話くださいと言いました。時間が取れればお会いして、もっと細かくお教えしたいのですが、お住まいが遠いこともあって今すぐには、その時間はとても取れません。何かの折に時間が取れたら是非お会いしてお話ししましょうと言い合って電話を切りました。ホント、他人事とは思えなかったのです。あれから何と19年です。「思へば遠く来たもんだ」と詩ったのは中原中也だったかしら。うろ覚えながら思へば遠く来たもんだこの先まだまだどこまでか生きてゆくのだらうけれどこんな一節が浮かびました。多分あちこち間違ってますが。。。なんだか今のわたしの気持ちにぴったりでした。
2025.04.18
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コーヒーが好きで、毎朝、日によっては昼間も夜も淹れて飲むことがある我が家。買ってまだ数年の電動ミルで挽いた粉が、いやに細かいことにふと気づきました。挽き方の目盛は使い始めた時から粗めの中挽きのままにしてあって変えてないのに。まるで細挽きみたいにすごく細かくなるので、目盛りを回して一番粗い方に変えてみたら?、粒の大きさは全く全然ちっとも変わりません。どうやら壊れたようです。多分使いすぎで、カッターが劣化したのですね。ということで新しいミルを探すことにしました。今まで使っていたミルは、部品を取り外せない構造でホッパーやカッターがお掃除できませんでしたので、挽いた粉が少しずつ残って酸化するのも美味しくなくなった原因だったのでしょう。なので、今回は外してお掃除のできる部品が多いものを選びました。電動コーヒーミル コニカル式 電動 コーヒーミル コーヒーミル 電動 コーン式 コーヒーグラインダー ミルグラインダー スリム 電動ミル コーヒー粉砕機 珈琲ミル 12杯分 コーヒー豆 細挽粗挽き 51粒度調節これです。これは上部のホッパーがはずせるし、ホッパーの下のカッターも持ち上げて外すことができて付属のブラシでカッターのお掃除ができます。思ったより高くて悩みましたが、この時は2500円のクーポンがついて約20%引き、1万円を切りましたので、思い切りました。すぐにとどいてつかいはじめると、わずか数年の間の進化にびっくり。まず、音が静か。そして速い(弾き終わるまでの時間が短い)。思ったより少し細かいけれど、中細挽きくらいの大きさに挽けた粉をコーヒーメーカーにセットしてお水を入れ、スイッチオン。コーヒーができたので飲んでみて。。。びっくり!美味しいのです。我が家のコーヒーの豆は、ここ十年以上、もうずっと同じお店で買っていて、いつも同じ種類の豆を買うわけではないのですが、どの豆を選んだ時もそれなりに美味しいコーヒーが出来ます。だから、びっくり!ってなるほど味が変わった(美味しくなった)ことに驚いてしまいました。その理由は、やはりミルを変えたからとしか考えられませんよね。その朝も同じ豆でコーヒーを淹れたのですもの。ミルを変えたら味が変わるなんて全く予想していませんでしたから、味に、だけでなく、そのことにもびっくりでした。このミル、豆を挽くのがとにかく静かで素早いので、豆にかかる物理的なストレスが前のミルに比べて少ないだろうというのは想像できますよね。きっと原因はその辺りだろうと思います。コーヒーは、豆をカリカリと挽く、昔ながらのあのミルで挽いた豆で淹れるのが一番美味しいのじゃないかと漠然と考えていましたが、もしかしたら最近の電動ミルは、そのカリカリ挽く手動のミルにかなり近づいているのかもしれませんね。
2025.04.16
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仲良しのブロ友さん、naomin0203さんをお出かけにお誘いしました。行きたい場所があってのお誘いではなかったので、どこに行きましょうか?となって、わたしは北区の王子近辺のお散歩を提案しました。目玉は旧古河庭園と飛鳥山公園で、近くには由緒ある神社や「王子の玉子焼き」で有名な扇屋さんなどもあります。付け焼き刃のようなそんなお誘いに、naominさん、快く乗ってくださって、そこにしましょうということになりました。お出かけの日は今度の土曜日19日で、それはだいぶ前に決まっていたのに、今日、ようやく待ち合わせの場所と時間を旧古河庭園の最寄駅の一つ、京浜東北線の上中里駅で10時と決めました。わたしが住んでいるのは東京の東の端、手を延ばせば千葉県に触れるような場所なので、待ち合わせをした東京北部のもうすぐ埼玉県というその辺りは、地理も地名も馴染みがなく、土地勘もほとんどありません。行き方と出発時間を調べておこうとスマホに打ち込むと、19日10時到着で検索しているのに、結果は「18日23時31分発19日0時31分着」で、何をしても変わりません。一体どうなってるの?もしかして、知らないと思って馬鹿にしてる?まさか、からかわれてるんじゃないわよねえ?検索アプリが不具合?壊れた?などなど思っていたら、息子が、そういえば友達が20日に出かけようと思ってたのに京浜東北線が運休で困るとか言ってたなあと言います。20日じゃなくて19日よ?と言いながら調べてみたら、4月19日(土)終日、20(日)は12時頃まで、JR山手線 上野~大崎駅間、京浜東北・根岸線 東十条~品川駅間が運休となります。 という記事が、↓下の路線図付きで出てきました。よく見ると、運休する路線は山手線外回りと京浜東北線で、山手線内回りは本数は減るようですが全線運行でした。古河庭園は、山手線の駒込駅からでもアクセスできます。駒込なら、わたしは秋葉原から山手線内回りで行かれるし、naominさんは外回りですが、新宿からなので動いています。それなら19日の予定は変更しないで済みそう。とりあえず一安心です。それにしても東京の主要地域を並行して走る2路線を同時にI日半もストップさせるなんて、聞いたこともありません。ホントにびっくりです。一体どんな工事をするんでしょうねえ。
2025.04.16
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和歌山県の岸本知事が亡くなりましたね。 知事公邸の室内で倒れているのを発見され、救急搬送されたけれどそのまま亡くなられたようで、ニュースでは死因は敗血症性ショックだとのこと。 先日亀有に行ったことを書きましたが、実はI月に敗血症で亡くなった友人のお仏壇にお線香をあげさせていただきに伺ったのです。 その彼のケースと今回の岸本知事の状況がとてもよく似ていて、驚きました。 岸本氏は、直前に万博の開場イベントに出席されていたそうで、体調が良くないように見えたとおっしゃる方もいらしたものの、ひどく具合が悪いと言うほどではなかったようです。わたしの友人も、その日は体調には特に問題はなかったようで、午前中はジムに行ったそうです。夕方もプールに行き、プールで体調が悪くなって早く上がったのだけれど、その1時間ほど後に倒れて、その時にはすでに意識障害もおこしていたそうでした。彼は大学の同級生で、ここ十年ほど、年に何度か数人で集まってお酒を飲みながらおしゃべりをする仲間のひとりでした。 持病をお持ちではあったものの、とてもお元気で、健康対策として毎日のようにジムやプールに通われていましたから、こんなに早くお別れすることになるなんて、誰一人思ってもいませんでした。 そんな彼でしたが、プールの更衣室で倒れ、すぐに救急車で病院に搬送されたけれど、意識が戻ることはないまま、1ヶ月ほど後に息を引き取られたと奥様からお聞きしました。 医師から、死因は敗血症と告げられたそうです。 敗血症って大腸菌などの細菌が体内で繁殖し、体の組織や内臓に障害が起きる病気と聞いていて、わたし、そんなに怖い病気ではないと思っていました。ところが、実は救急疾患なのですって。組織障害や臓器障害をきたすので、集中治療室(ICU)での全身管理や治療が必要で、ショックや著しい臓器障害により死に至る場合もあるって。。。びっくりでした。侮れないとかそんなレベルではない!ですよねえ。うちの夫も年末に「脾膿瘍」という感染症で、入院して手術する羽目になったのでしたが、救命率5割といわれたその病気も、原因菌は虫歯由来だったんですって。夫の虫歯の菌と脾臓の菌が同定されたのだそうです。あまりの意外さ、可笑しな軽さに驚くやら腹が立つやらでしたが、歳をとるということは、体の抵抗力、免疫力が落ちてきて、今までだったら軽く撃退できていたフツーの細菌にも、こちらが軽く打ち負かされることになるんだということを思い知りました。 やはり、免疫力、抵抗力といった体の力って大切です。そのメカニズムがきちんと働いてさえいれば、友人も夫も、そもそも病気になったりしなかったでしょう。きっと若くて体力も免疫力も満タンだったら、大腸菌とか虫歯菌くらいならきっちり撃退して、きっと敗血症にも脾膿瘍にもならなかったのですよね。歳をとるってそういうことなのかって、改めて思いました。誰もが生まれて初めて歳をとるのだし、老人になることは誰にとっても未経験の事態です。親や祖父母をはじめ、老人はたくさん見ているから知っているような気になっていたけれど、この状態を経験するのは実は初めてだということ、ウッカリしていましたね。自分の身体が変わってきていることをキッチリ自覚しないといけませんね。だからと言って、アレが怖い、コレが心配、身体も昔と違うしとかって、後ろばかり向いて暮らすのでは、せっかく生きているのに楽しくありません。一度きりの老人生活、上手に楽しく送りたいです。スローガンは「賢く、しぶとく、たくましく」かしらね?ふふふ、頑張ろうっと!
2025.04.15
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昨日アップできなかった豆ご飯の写真です。ここまで作って、お茶碗によそって、お鍋に蓋をしてわたしは出かけました。これでお米2合分です。ちなみに昨日も載せましたがお豆はこれ。4色の煎り大豆です。綺麗なマルチカラーの色付き豆ご飯になる予定でしたが、炊くと色が抜けちゃいました。残念!
2025.04.14
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今日は月例のお墓参りと会食の日でした。いつもと違うのは、金沢に住む友人がお孫さんの小学校入学のお祝いで東京に来たついでに、わたしたちにも会いにきてくれて、人数が一人増えたことでした。メンバーが一人増えただけなのにすごくお話が弾んで、いつもよりI時間半も長居してしまいました。わたしが留守をするので、今夜の夫の夕飯に豆ご飯、豆腐と長ネギの味噌汁、金目鯛の干物を用意していきました。豆ご飯は、最近常備している煎り豆を炊き込んだご飯です。年末から1ヶ月入院した夫の退院後の食事は糖分&塩分注意。なのに、体調が戻ってきたら食欲も戻って、手術前と同じくらいの量を食べるようになって、しかも甘いものも塩辛いものも好きで、濃い味付けが好きという嗜好も相変わらず。塩分も糖分も超豊富です。そこで、糖分塩分カロリー対策のために最近テーブルに常備することにしたのが味付けなしの煎り豆です。4色の大豆のミックス、もちろん自然の色です。でも、4種類の味はそこまで違わないようです。詰まるところ、どれも大豆ですからね。今朝ブロ友のkororinさんの日記を読んでいたら、豆ご飯がアップされていて美味しそうだったので、わたしもこの煎り豆を使って豆ご飯を炊いてみることにしました。kororinさんが使われたのは煎り豆ではありませんでしたが。で炊き上がったのは残念ながら写真がアップできなくなりました。いよいよわたしもブログが書けなくなったみたい。キャッシュクリアはしたのですけど、「予期せぬエラー発生」の不具合は直りません。次はこれでネットにアップはできるのか、ですね。試して見ますので、もしアップできたら、中途半端な日記をアップすることになりますけど、ごめんなさい。では、いきますよ。あら、アップは出来ましたね。画像のアップだけがダメみたい。とりあえずアップは出来ちゃったので、変な日記ですが、このまま上げさせていただきますね。明日にでも写真を付け加えられるといいのですけれど。
2025.04.13
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一昨年の7月に生まれた孫はもう直ぐ1歳9か月になります。出産前から産休、育休でお休みしていたお嫁ちゃんもそろそろ現場復帰を考えて、この4月の保育園入園を目指して「保活」なるものをしていたそうで、4月1日からこども園に通い始めたとのこと。4月10日に入園式があり、ジジババも出席可というので、お嫁ちゃんのお母様と二人で参加してきました。このところの寒さのおかげで桜がここまで持ち堪えてくれました。葉もまだあまり出ていなくて、とても綺麗でした。一歳児二歳児合わせて20人余りの新入園児たちは思いの外おとなしく式に参加していました。これは新入園児紹介の場面。名前を呼ばれ、パパに抱っこされて立ち上がったところです。何をしているのか、本人はわかっていませんが。30分ほどで式は終わり、そのあと、お決まりの園庭での写真撮影でした。孫は、なぜか写真撮影の間だけ大号泣でした。なので、この後、桜の綺麗な広場で泣いていない写真を撮りました。翌日も孫は元気に機嫌よく登園し、おやつも給食も完食だったそうです。
2025.04.12
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4月6日、先週の日曜日に、用事があって、葛飾区の亀有に行きました。亀有と聞いても、都民でも「??」となる方が多いのじゃないかと思いますが、「葛飾区亀有公園前派出所」、「両津勘吉」と並べたら、「!!」となるのではないでしょうか。友人ご夫妻と亀有駅前に1時という約束でしたが、我が家からは行きにくい場所で、間に合うように出かけたら、30分以上早く着いてしまいました。それで、亀有香取神社にお詣りして、それから駅に行くことにしました。神社は亀有駅のすぐ近くなのです。神社入り口の鳥居です。狛犬ならぬ狛亀さんがお出迎えしてくれました。ここは、足の神様、勝負の神様ということで、スポーツや勝負事をされる方の参拝が多いそうです。ご本殿です。こちらにはちゃんと狛犬さんがおいででした。わたしも最近脚に問題を感じることが多いので、ご利益をいただけるようにしっかりお参りしました。お参りが済んだら、御朱印をいただきに。こちらで申し込みます。今回はこちらの神社のご朱印帳もいただきました。上の2枚が御朱印帳の表紙(左)と裏表紙(右)、下の左は書き置きで春の特別御朱印、右下が通常の御朱印です。葛飾公園前派出所の柄の御朱印もあったのですが、そちらは書き置きだったので一枚拝受して、待ち合わせした友人にプレゼントしました。友人、奥様ともども、御朱印にも漫画にも興味はなさそうでしたが、日付と地名が入っているのでいい記念になると喜んでくれました。御朱印の趣旨からは大いに外れているとは思いますが、神様、きっと笑って見ていてくださると思います。おまけの一枚。神社近くのお宅のお庭に咲いていた、多分ハナモモ?お天気が悪くて、背景の空は曇っていましたが、お花はとても綺麗でした。
2025.04.08
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