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高齢者の多くは入院中、テレビも見ずに目を閉じて一日を過ごすことが多い。退屈な日々をすごしているんだろうか?弱っていく身体を思いつつ嘆いているのだろうか?などなどもう少し活動的に意欲的な終末を迎えられないものか?と独り悩んでいた。 今日退院まじかの患者と話をした、患者は「看護婦さんは、テレビでも見たら?というてくれるけれどわしはジッと目をつむって、10歳のころ、20歳の頃、とイロイロ思い出してはあの時悔しい思いをしたな。あの時はわしの方が悪かったな。と思い出していたら時間なんてアッと言うまですよ」 そうか 認知症の人たちも口にこそ出さないけれど、若い頃、中年の頃の体験を思い出して生きているんだ
June 28, 2006
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ある日の病棟で、ナース「もう!!、あの患者は!!何回言っても点滴を抜いてしまうんだから!!」私「でもね、あの患者認知症なんですよ」ナース「そんなこと判ってます!!」私「・・・・・」どっちが認知症なの?
June 24, 2006
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先日ある入院患者さんが寝たまま食事を食べているので ナース「どうしたの?」 患者 「起きられないんです。腰が痛くて、痛くて、辛いわー」 ナース「ほんとう、辛そう。病院へ行ったら?」 患者 「ここ病院やろ」 ナース「えっ!!そうやったんか?」 数日後患者は退院していきました。
June 23, 2006
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C型肝炎訴訟の判決がでました。 「中本裁判長は、原告のC型肝炎ウイルス(HCV)感染と血液製剤投与の因果関係を認めた。そして、青森県の産婦人科医での集団感染が発覚した87年4月時点で、フィブリノゲンがC型肝炎ウイルスに汚染されていることを認識しながら、国が承認取り消しなどの権限行使を怠ったのは違法と判断した。」87年以前に使用された患者は「負け」ました。「フィブリノゲン」にHCVが混入していることが判ったのが87年である、と裁判所は認めたのですが、ここに裁判の無力さがあります。原告は、「なぜ自分がHCVに罹患したのか?その原因が知りたいそして次のHCVを防いで欲しい」というのが願いでしょう。 87年以前になぜ判らなかったのか? この一点の解明はなされていませんし、87年以前に使用された患者は救われないのか? 国は恐らく「上告」するでしょう。上告することで何が得られるのでしょうか?国の体面でしょうか?しょせん国とはそういう存在だということが判ります。 87年以前の患者も含めて、救うとはどういうことをさすのでしょうか?今回87年以降の患者は勝ちましたが、救われたのでしょうか?金銭面はもちろんですが、患者にとっては「元の元気な体を返してほしい」ということでしょうが、現実は不可能です。では救うとは、どうすることでしょうか? そこを国と一緒に考えていくことが、薬害患者を救うことにつながるのではないでしょうか? 日本は『法治国家』であるから、裁判で解決ができるという考え方もあるでしょうが、しっくりこないし救われるでしょうか? 昔、ある元判事が「裁判をするのではなく、お互いが話し合って解決できるような仕組みを作りたいと」いわれ現在活躍されています。
June 22, 2006
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