行こか戻ろかイギリス生活

行こか戻ろかイギリス生活

Eva La Yerbabuena



ロンドン・フラメンコフェスティバルも佳境を迎え、今日はいよいよエバ・ジェルバブエナの登場だ。スペイン・グラナダオフィスの同僚に「エバって知ってる?」と聞いてみたところ、「違うよ、エバ・ラ・ジェルバブエナだろ?」と発音を直された後、エバはアルハンブラ宮殿の裏手のアルバイシン地区の出身だと教えてくれた。数年前、まだフラメンコを始める前にスペインに観光旅行に行った事があるが、そういえば、「洞窟の中のフラメンコ」とかいうオプショナルツアーに乗っかってアルバイシン地区に行った事を思い出した。その後、翌日自分達だけでもう一度その辺りを歩き回ったが、真っ白い壁が続く綺麗な町並みだった事を覚えている。

時間ギリギリに会場に入ると、舞台には白い椅子が置いてあり既に白い衣装のダンサーだかモデルが座っている。幕が上がり、白い椅子の上に相変わらず誰かが座っている。(実はこれがエバだったらしい。気付かなかった)。で、オペラ歌手の歌にあわせて5人の女性ダンサーと4人の男性ダンサーが出てきて踊り始めた。女性ダンサーの中の一人がずば抜けて上手いなあと思って観ていると、それがエバだった。サラの時のように、しばらくして特別扱いで出てくるのかと思っていたので、不覚にも気付くのが遅れてしまった。ああ、間抜けだった。

ショーは、どうやら最初みんなのリーダー格として活躍していた人物が、段々皆に疎まれ、最後には誰からも相手にされず孤独な立場に追い込まれるというストーリ-で進んでいく。エバは、踊りだけでなく女優のように演技をしていて、途中で「ノーッ!!」と叫ぶ場面も。苦境のなかで踊るシーンでは、苦悩を表現してわざと力を抜いて苦しそうな様子を表現したりと、完璧なテクニックの持ち主ならではの技も。

物語が進んでいくうち、完璧な孤独という設定の中で、ソレア(だと思う)を一曲フルに踊ってくれて嬉しかった。
作りはコンテンポラリーで、オペラ歌手を投入したりとそれらしい構成だが、振りはとってもフラメンコ。腰の切れといい、柔らかい腕の動きといい、さすがエバ先生。素晴らしいの一言だった。劇場ではなく、タブラオのような狭い空間でエバの伝統的なフラメンコを観たいと切に思ったが、これはもうかなわない夢かも。エバはとても背が低いが、最後に挨拶をするときなど、もう、ものすごい貫禄。サラ同様、女王の風格に憧れる。

この日は特別に舞台の後で、エバにインタビューをするフォーラムが企画されていて、私は友人と残ってかぶりつきに陣取った。通訳の人と司会者と一緒に出てきたエバはすっかり私服に着替え、ロンドンをウロウロしているスペイン人留学生のような印象。顔もしゃべる声もかわいくて、とっても普通だった。

司会者や観客からの質問は、コンテンポラリーフラメンコと伝統的フラメンコの違いや、伝統的フラメンコが廃れていくのではないかという危惧はあるか等、昨今のフラメンコの傾向に関する質問が中心だったと思う。それに対してエバは、「自分の中にはコンテンポラリーと伝統的フラメンコという区別はない。自分が感じる事を踊りで表現するのみ」というような事を答えていた。後、フラメンコが一つの芸術として尊敬される事を望んでいると言っていた。ただ、このようにフラメンコがポピュラーになっていく事について、「たくさんの人がフラメンコの研究をしていて知識として広がっていくのみで、人々がフラメンコを感じ、知ろうとしない事があれば、それがフラメンコにとっては一番危険な事だ」と言っていた。うーん、フラメンコ練習生としては、フラメンコをもっと知りたいと常に思っている訳だが、確かに研究家やツウと呼ばれる人達の知識に頼ってしまうのも事実。そうしないと入り口さえも見つからないからだ。

後、「その顔の表現はフラメンコの一部か」という質問には、「最初ダンスを始めた頃、母親からエバはなんてターンが下手なのと言われた(それから苦しそう顔になった)」というような冗談も出たが、「歌やギターを聞いているうちに内側に起こってきた感情が自然に表情に出る」と説明していた。
私の斜め後ろに座っていたおばさんが「で、いったい今日はどんなストーリーだったの?」と誰も聞きたくても聞けなかった質問をした。それに対しては「カルメンとか(後5人くらい例を挙げていたが覚えていない)、昔から、人の反感をかうような女性の事がいつも頭にあった。で、そういう女性達が心の底にもつ情熱を表現したかった」と言う事だった。うむ、人から嫌われるという事もエネルギーなのだ。

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