迷鴎亭 ★BAKERY FESTE★

迷鴎亭 ★BAKERY FESTE★

2006.06.04
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1983年日本映画。主演は高倉健。
昭和33年の南極越冬隊と樺太犬タロ・ジロの話。
いろんな点でハンパな映画だが、そこがいいんじゃないかと思う。作り手はハンパに作ったつもりはないんだろうけど、出来がハンパなので、かえって観る者がいろいろ考える余地がある。

以下、全体にネタバレです。

私は犬を見たかっただけなので、その点ではいい映画だった。寒冷地に順応した逞しい樺太犬の映像をたっぷり見ることができた。

越冬隊(正確には越冬隊に仕事を引き継ぐはずだった準備隊)が帰途に着くとき、状況がせっぱつまっていて犬を鎖につないだまま置き去りにする結果になったいきさつが、整合性をもって描かれていたのはよかった。実際はどうだったのか・・・隊員たちは犬を連れていけないことが最初からわかっていて、放して置いてきたという話も聞いたことがあるような気がする。何か他の話とごっちゃになっている可能性もあるが。
事実はプロジェクトXを見ればわかるだろうから、あとで照合してみよう。映画はあくまでも実話を基にしたフィクションだから、物語中で納得のいく説明になっていればいいのだ。犬を連れていけないことは最後の最後までわからなかった、ということでOK。

健さんと渡瀬恒彦演じる越智隊員は、犬たち一頭一頭の写真つきプロフィールをまとめていた。越冬隊に引き継ぐためだった。そりを引く犬は、道や天候などの状況に応じてつなぐ順番を決めなければならない。とくにどの犬を先頭に立てるかは重要なことだ。映画でも困難な道を進むときは犬の順番を変えていた。そのために、それぞれの性格や能力を知ることは技術的に重要なことなのだが、このプロフィール作りは同時に、一頭一頭がかけがえのない個性を持った存在であるということ、隊員たちはそう思っていたということを、観客に印象づける役割を果たす。

置いていかれた犬たちの生活を描いているところは、どこが実話なんだよ!と怒る人もいるだろうけど、この映画の見ごたえの半分はそこなのだ。フィクションなんだからこのぐらいやっていいと思うし、私はその部分が好きだ。

最初に鎖を切ったのはだれだとか、どの犬がどんな状況で命を落としたとか、完全にフィクションである。しかし荒唐無稽でもないと思う。氷の割れ目から打ち上げられて死んだ魚を食べたり、集団でアザラシを襲ったり、トウゾクカモメまで捕まえていた。ペンギンならいくらでも捕まえられるだろうと思っていたら、意表をついてカモメを捕まえるのでびっくりした。
犬たちが集団生活をして生き延びていたという話に説得力があると思ったのは、最終的に生き残っていたタロとジロは子犬のときに南極に連れてこられた、まだ若い犬だったからだ。先輩犬たちに狩りを教わらなかったら、何ヶ月も生きていられなかっただろう。(ペンギンばっかり食っていたなら話は別だが。)
以前ドキュメンタリー番組で、タロとジロだけ生き残ったのは、彼らがまだ子どもで、住み慣れた基地から離れなかったためだと言っていた。事実はそうだったのかもしれないが、映画では先輩犬たちに自然の中で生きるすべを教わって逞しく成長していくタロとジロという筋でよかったと思う。
犬たちは、人間に捨てられても必死で生きていた、そして自然の力に飲み込まれていった、という話にすることは必要だったと思う。一頭一頭に名前があり、性格が描き分けられ、それぞれが尊厳をもって生きて死んでいったという描き方には共感できる(というか、そうでなければ映画にならない)。

さてそのころ、帰国した人間たちはどうしていたかというと、健さん演じる潮田隊員は、北大の職を辞して犬の飼い主たちに謝罪行脚に出ている。南極で生まれた子犬(すでに秋田犬ぐらいにでっかくなっている)を置き去りにした犬の飼い主にあげていたりする。いきなりそんなでかいものもらったって困るだろ、チビ犬あげなよ、と思ったが、あれでもまだ子犬なんだよね。。というのは余談だが。
もう気にしないでくださいと、でっかい子犬を受け取る人もいれば、代わりの犬なんかいらないと泣きながら付き返す姉妹(お姉ちゃんは荻野目慶子だ)もいる。しかしその少女はあとで、やっぱり犬を飼うことにしたと言いに来る。健さんはその子に、置き去りにするときに犬たちを殺してくればよかったと思っていたが、今は生き物の命をそんなふうに扱ってはいけないと思っていると話す。南極で生き抜いている犬たちを見たあとだから、このせりふにも共感できるのだが・・・いやまあいいよ・・・。

そんなこんなで、最後はご存知感動の再会。泣くほどではなかったけど、やっぱり感動した。
ところで、一匹も生き残ってなかったら、どうなっていたんだろう。タロとジロは、ある意味歴史を変えたよね。断言しますが、そう思わない人は想像力が足りないよ。

この映画を見た人のレビューは、「南極物語」で検索するといっぱい出てくる。批判的なのが多い。たしかに映画としては、実話という枠に寄りかかった破綻だらけの出来であるが、批判する人の論点はそこだけではないようだ。どう感じようと人の自由だが、私の感じ方を言えば、いっぱい死ぬからイヤだとか、動物愛護の観点からどうなんだとか、そういう意見は蹴っ飛ばしてやりたくなる。
実話なんだから、タロとジロ以外みんな死んじゃうのはしょうがないだろ。誰も見ていなかったその死に様を、がんばってフィクションで描いてくれた(そしてなかなか良い話にしてくれた)のは評価できるよ。死ぬ場面でほんとに殺しちゃったんじゃないかって・・・そりゃないだろう?!殺さずに撮れるものしか撮らなかったはずだ・・・私が甘いのか?
犬たちは、いろんな動物を殺して食べていたに違いない。ペンギンを殺して撮っちゃまずいが(だからペンギンを捕る場面はない。どう考えても一番手軽な獲物なのだが)、アザラシは殺すところまで撮ってないし、カモメだって本物じゃないだろう。なんで私がこんな言い訳しなきゃならないんだ。アホらし。「愛護」の問題じゃなくて、野生動物を勝手に殺しちゃいけないんだよ!シャチに勝手に犬を食わせたりしてもいけないの!



追記。
この映画に出てきた特定の観測隊員や犬たちのみならず、一般に南極観測や樺太犬について「事実」を知っている人にしてみれば、テキトーな感動モノなんか作りやがってという気持ちになるのだろうが、実話という枠組みがあることが、ともかくも大勢の人を感動させる映画になった要因だと思う。
100%フィクションだったら、死んでしまう犬と生き残る犬の比率は反対になっただろう。一頭一頭死んでいくさまを、昔の動物小説のように豊かでかつ強引な想像力で描いているところに、映像のウソっぽさを超えた尊厳が感じられるのに。(死ぬ場面の映像は実際ウソっぽい。やはり本当に殺さないように演技と映像処理で作ったからだろう。)
人間たちももっとわかりやすい情熱家や甘い愛情を振りまく人たちになっただろう。健さん演じる潮田のような、「最良かどうかわからないがこうすることしかできない」という頑固で悲痛な人物像は、いかにも健さんのはまり役だが、動物感動映画で完全に架空の人物として作り出すことができたかどうか、疑問である。

ケチをつけようと思えばキリがないが、要するに感動を狙った娯楽映画なのだし、その手の日本映画としてはいやらしいところが少ない作品だ。南極ロケがんばりました、というところもほほえましいし、とにかく犬を描くことに力を注いだのがよかったのだろう。犬、可愛いよ。自分の感想は結局そこに落ち着くのだった。





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Last updated  2006.06.05 18:24:10
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見に行ったなぁ・・・  
なごや さん
タイムリーにガキのころ見に行って「ドラえもん」の次にそれまで生きてきた短い人生で感動した作品だったなぁ・・・
ちょっと前に、アメリカでリメイクした作品はちゃぶ台をひっくり返したくなるくらいムカついた・・・
あんなの本当の「南極物語」じゃねぇ!!ってね・・・ (2006.06.05 13:52:03)

感動するよね  
なごやさん>
とにかく犬を見ればいいんですよ、犬を(^-^)
ディズニー版は、見る前から予測がつくわ・・・。でもDVD出たら見るけどね。
別物だと思って見ます・・・。 (2006.06.05 18:27:41)

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