迷鴎亭 ★BAKERY FESTE★

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2010.07.28
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カテゴリ: 日記
BUNKAMURAミュージアムで「ブリューゲル版画の世界」を見た。

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ブリューゲル大好き。変な生き物がたくさん描いてある絵が好き。
変な生き物は、人間の理性の対極にある獣的なもの(劣った悪いものとされる)を表しているそうだ。聖人を誘惑するのも、そういう怪物の姿をしたものたちである。見れば見るほどキモ可愛くて楽しくなってしまうのだが、邪悪なものだと思わなければいけないらしい。
ヒエロニムス・ボスなどもそうだが、ああいうキモ可愛いものを描いているとき、画家はどんな気持ちなのだろう。楽しんじゃってるような気がするのは不謹慎?いや、絶対楽しんでると思うけど、現代人が同じものを描くときのようには楽しんでいないはずだ。昔の人の信仰の深さを侮ってはいけない。
その多重性がすばらしいのだ。文学作品でも、悪人ほど魅力的に描かれているし。近代小説で、悪の魅力を描くのが目的の場合は当然だが、本当に憎むべき悪人がカッコよくなってしまう(シェイクスピアのリチャード三世のように)場合もある。実際シェイクスピアは何をしようとしたのだろうと、不思議に思える。史実では他の王と比べて特別に悪い王でも悪い人間でもなかったと思われるリチャード三世を、稀代の真っ黒極悪人として生まれ変わらせたのはシェイクスピアである(まあとにかく、そういうことに貢献した作者たちの一人である)。リチャードの敵だった王の孫が現君主という状況において、カッコいい悪漢リチャードを描くことは意味がないというかむしろ危険だったはずである。だから史実を曲げてでも「鬼畜」リチャード三世を書いたのだが、なぜかその鬼畜は何百年もその命を輝かせ、観客や読者に愛されるヒーローになってしまった。
話が脱線したが、言いたいことは、創作者が「悪であると認識し、憎み、排除すべきもの」を描くとき、悪を憎む心が真摯であっても、表現行為そのものは楽しんでいるかもしれないし、なぜか邪悪さよりも愛嬌や魅力に満ちたものを創り出してしまうことがあるということだ。

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これはべつに邪悪な存在ではないが。「大魚は小魚を食う」という絵の端のほうに描かれた、人間のような脚を持った魚。
たぶん神様はこんな生き物を創造なさらなかっただろうし、あまり善なる存在にも見えないが、なんともいえず可愛いではないか。ちょいとつまんで持ち帰って、飼ってみたいではないか。エサは魚でいいんだよね?w
たとえば聖人を誘惑しようとする悪魔的なものたちも、この魚と同じようなノリの「へんないきもの」である。信心のない私なんかから見ると、まじめなんだかふざけてるんだかわからない。でも、きっとまじめなのだ。


マン・レイの未亡人ジュリエットが出演するドキュメンタリー(彼女が思い出話をするだけ)は感動的である。撮影場所は二人が住んでいた家というか部屋。





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Last updated  2010.07.29 18:46:40
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