この話を思い出しました。

http://labaq.com/archives/51168465.html

山で何かあった時は、自分の事を最優先にすることが鉄則なのだそうですが(例えば、映画などで良くあるザイルにぶら下がっている二人のうち一人しか助からない場合、ザイルを切って一人を落とすことは互いに暗黙の了解があるそうです)、それでも彼女の為だけにもう一度山に登った彼には、それは余程忘れられない光景だったのでしょう。

人間不信気味な私ですが、こういう方の話を伺うと、人間も捨てたものではないよなと僅かな希望を感じます。 (2010年12月11日 13時11分45秒)

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2010年12月11日
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テレビの画面で栗城さんという若者が世界最高峰とも呼べる山の頂付近でインターネットを使って自身の登頂の様子を放送していました。

 その時、画面に遺体が・・・。本当に綺麗な青空と白い雪、凄まじい強風の中に横たわっている遺体には登山靴がしっかりと履かれていました。

 聞いたことがありました。エベレストなどの頂上付近で亡くなると、遺体を降ろしてくることは出来ずにそのまま放置されてしまうということ。だから、ヒマラヤの登山ルートには放置された遺体がゴロゴロしているということ。

 山で亡くなる。それは登山家としては本望なのかもしれません。一年中氷点下の世界で遺体を食い荒らす動物もいない世界でその身体は永久に同じ姿が残されていくわけです。

 その魂は山の神が引き取っていくのでしょうか?平地の何分の一しか酸素が無いような場所で、ただひたすらに頂上を目指す人の目に、その魂は何を語りかけてくるのでしょうか?

 火星には二万メートルを越える山があると聞いたことがあります。もし、人類が火星に移住するようなことがあったら、きっとその山にも登る人が出てくるのだろうなぁと思います。





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最終更新日  2010年12月11日 07時32分08秒
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大変な労力をかけてでも、そうした人  
Holly さん

Re:世界の屋根で(12/11)  
juki さん
へー、凄い。て、ゆうか、やっぱ人類は火星いくのかなあ?
楽しみだなー。

(2010年12月11日 13時54分30秒)

Re:大変な労力をかけてでも、そうした人(12/11)  
タオ5433  さん
Hollyさんへ
 山に登ると自分自身と向き合うことになりますね。そのときに「生きている自分」と「他者に生かされている自分」が判るような気がします。 (2010年12月12日 07時19分20秒)

Re[1]:世界の屋根で(12/11)  
タオ5433  さん
jukiさんへ
 火星。行くと思いますよ。と、その前に月に常駐基地を作るでしょうが・・・。 (2010年12月12日 07時20分28秒)

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