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2020年01月22日
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ちょっと考えてみますシリーズになるかなと思います。
 第一弾「自分勝手と個人の自由」
 自分勝手というのと個人の自由、どこが違うのかなと思うとたぶん「他人に迷惑をかけるかかけないか」が違いなのかもしれません。

 最近は自分勝手な出来事が本当に増えています。犯罪というのは究極の自分勝手ですが、それでなくても「モンスタークレイマー」とか「モンスターペアレント」とか、「いじめ」にしても犯罪にとても近い自分勝手だと思われます。
 けれどそれが「個人の自由」という一つの権利が声高に言われることで、周囲の他人や個々の他人に大きな迷惑を与えているにもかかわらず法的には取り締まれずにいるような感じです。

 自分勝手な人に接したときに「それはダメです。」と言えるかどうか。難しい問題です。日本が欧米に比べて、その「社会性」が成熟していない。いまだに幼稚な村社会的な部分が残っているのが問題なのかもしれません。
 個人個人を大切にするというのは「保護」するのではなくて「育成」する観点が必要なのではないかと思います。社会全体が個人に対して保護と育成をバランスよく与えていくことができるようにならないと社会は成熟していかないと思います。

 小学校のころに学校で学んだ「道徳」という時間には、そういう個人の保護と育成も含まれていたように思います。今も昔のような道徳というカリキュラムがあるのかどうか、教育というのは社会を良いものにしていくためには必須のものですが、そこが社会全体にどんな影響を与えていくのかしっかりと理解し進めている人がどれだけいるのか、最近は大いに疑問に感じています。





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最終更新日  2020年01月22日 06時42分11秒
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