出産。



ナースコールを押しても返事は無かったので、向かいのベッドの人と話していた看護士さんに破水したことを伝えました。
パジャマやシーツがかなり濡れていたので、看護婦さんに着替えさせてもらってしばらくしたら陣痛が来ました。

陣痛は張り止めの点滴の量を増やして、濃度も上限ぎりぎりまで濃くなっていったけれど治まりませんでした。
痛みもどんどん強くなっていって、骨盤を万力で締め上げながら五寸釘を打ち込まれるような痛みが続きました。
看護士さんに呼吸法を教えてもらって、一晩中時計を握り締めていました。
痛みで目が覚めて時計を見るのと、痛みが治まると同時に気を失うのとを繰り返していましたが、時計を見るたびに2分ずつしか進んでなかったりしました。
この時、主に婦人科を診ている先生しかいなくて、担当の先生は朝9時になったら来ると言われたので、9時になるのがすごく待ち遠しかったです。

陣痛の間モニターを付けていましたが、一度に2人までしかチェック出来ないのでとても不安でした。


気が付くと朝になっていて、旦那や義母や実母が来ていました。
痛みを紛らわしたくて、いろんな話をしました。
しばらくすると担当の先生や看護士さんが来て、先生達の顔を見たとたん、涙が出ていました。
元々予定手術だった人の予定をずらしてもらって、手術することになりました。


手術室には、たくさんの人がいるようでした。誰がいるのかを見るまでの余裕はありませんでした。
今までの麻酔の状況を麻酔医に伝えていたので、今度はしっかり効かせてもらいました。
だんだんと陣痛が感じられなくなっていって、麻酔が効いているのが実感できました。麻酔は上限いっぱいまで使っていたようでした。

手術のことは、子供が無事に生まれるかどうかだけしか考えてなかったのであまり覚えていません。
手術が始まってすぐ、先生が軽く「ほいっ。ほいっ。」と言うのが聞こえて、子供が順番に取り出され、子猫の鳴くような声が聞こえてきました。
出生時刻は1分違いでした。
看護士さんが子供達を順番に見せてくれました。
必死に泣いているのを見て、自然に「あぁ、生きてる。」と声が出て、涙が溢れてきました。
1426g、1480g、1438gととても小さく、両手の上に乗ってしまうくらいでしたが、しっかりと泣いていました。
子供が小さいのですぐに連れて行かれ、切った所を縫ってもらって終わりました。
今回は麻酔がしっかりと効いていて、吐き気はあったけれど痛みは全くありませんでした。


術後は術後患者ばかりがいる部屋に移りました。
傷口の痛みと後陣痛でまっすぐ上を向いて寝れなくて、ベッドガードにしがみつくようにして寝返りを打っていたら、看護士さんに「それだけ動けるのはすごい。」と驚かれました。
工事の音が傷に響いて痛みが我慢できなかったので、痛み止めを何度もお願いしたけれど、時間が決まっているのでそれまでは我慢していました。
血圧が140~160くらいまで上がっていて、後から先生に「妊娠中毒症がでていたのかも。」と言われました。

産後3日目に、初めて子供に面会に行きました。
麻酔の影響で頭痛が酷かったので、看護士さんに車椅子を押してもらって行きました。
子供はNICUで保育器に入って並んでいました。
子供の体のあちこちには、チューブや電極がたくさん付いていました。
先生の説明では、手の甲から入れている点滴は胸のあたりまで針が通っているとのことでした。
改めて見るととても小さくて、指はマッチ棒くらい、手首は大人の男の人の親指くらいしかありませんでした。

産後4~5日くらいで病室を移りました。
産後鬱があったらしく、夜中中泣いている日もありました。
自分のせいで3つ子になってしまった、未熟児だから泣いても抱っこできない、直接母乳を飲ませられない、点滴や注射も何度もされて痛い目に合わせてしまっている。全部自分のせいだ。見るのが辛い、でも会いたい・・・。
授乳室でみんなが母乳を飲ませている中、1人だけ搾乳して帰ってきた後や、NICUに面会に行ってきた後は特にそんなことばかりが頭の中を回っていました。
周りの人が子供を抱いているのを見るのが辛くて、授乳室に行く時間をずらしたり病室で搾乳したりしていました。

点滴は1回は外れていたのですが、外して1~2日目くらいに先生が点滴台を持ってきて、「頭痛があるから点滴します。」ということで、また何日か点滴をすることになりました。
頭痛は、麻酔の影響で髄液が漏れているからなるのかもしれない、ということでした。
この頭痛は点滴を始めてからしばらくして治りました。

産後1週間で、10kg体重が落ちていました。


その後、しばらく搾乳して届けたり、NICUに面会に行ったりする日が続いて、11月15日に退院することになりました。
退院する日は、やっと家に帰れるという思いと、子供と離れたくないという思いで複雑でした。
荷物をまとめ、退院手続きをして、最後にもう一度子供に会いに行って、消灯直前に退院しました。

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