妖精の館

妖精の館

龍の住む国-プロローグ-


 先代国王の死で始まった、皇家の兄弟達による骨肉の争い。それぞれが皆、名君となるべき素質を備えていたからこそ、起こったとも言える。
もっとも、真の名君が民を巻き込むような争いを起こすかどうかは別として…。
 ただ、このカルディネアの最北部とも言えるフェゼルシアを治める第一皇女フェルメリアは少し違う。『兄弟による共同統治』を唱えて、国の平穏化に勤めているという。
 まあ少し、自分たちに最も近い皇女に対する贔屓目が入ってることは否定できない。
 戦争の影響、といっても騎士でもない一般市民であるセレナ・サファールにとって、物価が高くなったり、村から出ることが不自由になったりといった些細な部分でしか実感することはできていない。
「ま、関係ない話ですね、今のところ」
 長い白銀の髪を結い上げ終わると、そう呟いて空色の瞳を窓の外に向ける。
 中性的で繊細な美貌、優しげに微笑を刻む口元。
 どこか、大人びた雰囲気を持つ15歳の少女。

 ガン、ガン、ガン、ガンッ!
 セレナが作法に則って、神龍への朝の祈りを捧げ終えたとき、部屋の窓を叩くすさまじい音がした。
「…ここって、二階でしたよね?」
 ここは、常に雪と氷に閉ざされた北の都市-の郊外。
 当然、窓もかなり丈夫に作られており、ちょっと、何かがぶつかったくらいでこんな大きな音は立たない。
 セレナの疑問は、もっともだったりした。
 気味が悪くはあったが、疑問をそのままにしておくのも気分が悪い。少し腰が引けながら厳重に閉じられた窓を開放する。
「よっ!」
 冷たい風と共に、そんな陽気な声が飛び込んできた。
「セシル…」
 窓の外にいた少年の声を聞いたとたんに、緊張が抜ける。
「なに、閉じこもってるんだよ。暗い奴だな!」
 よっこいせ、とかけ声と共に、梯子から部屋に上がり込みながら軽口を叩く。
 セレナと同じ、北の国独特の白い肌と、色素の薄い金髪。そして、青い瞳という点綴的なフェゼルシア人の美少年だ。
「玄関から入ってきて下さい…」
「だってよ、そんなコトしたら、おばさんに止めらっれだろ?」
 疲れた顔で、呟かれた要望に、軽く答えを返すセシル。
 相手は、その答えに、疲れた顔をして頭を抱え込んでしまったが…。
「何しに来たの?」
「ゴブリンの部族がこの街に迫ってるらしいんだよ。騎士団が討伐に派遣されるらしいってのを耳に挟んでな」
 陽気な表情を少し改めて、声を潜める。
 全然、深刻にきこえなかったりするけど…。
 もし本当なら、この街はとんでもない危機なのだけれど、声音にはわくわくするような響きが一番強かったりするし。
「それ、本当なんですかっ!?」
 こちらは、逆に本当に深刻そうなセレナの声。
「ホントだって。何なら、神殿に行ってみればいいだろ。
 もう来てっから」
「それは、耳に挟んだとは言いません!見てきたというんですっ!」
 悲鳴のような叫び声が辺りにこだまする。
 まあ、これが常識的な反応だろう。
「行きましょう!」
「唐突に何だよ。っていうか、どこに行くんだ?」
「神殿に決まってるでしょう!少しでも手伝わなくては…」
「俺らが行ったって、足手まといになるだけだっての。
 それより、戦闘の起こりそうな場所検討つけといたいたから見に行かねえか?」
 その方が、足手まといになるに決まっている。
 そう思ったかどうかは定かではないが、セシルをきっぱり無視して出かける支度を始める。
「行くか!」
 こっちもかってに相手も見に行くと思ったのか、窓を開けてたりするし。
「そっちじゃありません、玄関から出ます」
 そういって、がっしりと相手の襟首をつかんで引きずる。
「おばさんの説教受けたくねえよ~、こんな時に~」
「情けない声を出さないで下さい。私が説得します」
「ぜってえ、無理!」
 はっきり、きっぱり言い切る。
「します。今回のゴブリン達が帝国の分裂と全く関わりないと思ってるんですか?」
「違うのか?」
「彼らも敏感に感じてるんです。人間達の不安を。
 そして、今が好機だと思ったんでしょう」
「ゴブリンって、そんな知恵あるかぁ~」
「一般的なゴブリンには無いかもしれないけど、上位種で、魔法を使えるものや、知力、体力が優れたものなんかがいるんです。そういったものたちなら分かっても変では無いでしょう?」
「おまえって、そういうこと詳しいのな」
「邪悪なる魔物に関しては、僧侶として知っておくのは基本です!」
 ごちゃごちゃと言い合いながら、いつのまにか玄関先へ。
「んまぁ、リファール家のご子息が、何で我が家にいらっしゃるのかしら」
「うへぇ、やっぱ見つかっちまった」
 刺の含まれた甲高い声に、肩をすくめる。
「お母様、今、この町に向かっているゴブリンの部族についてご存知ですか」
「セレナ?いきなり何を・・・」
「ちんけな権力争い、身内割れをしてる場合ではないということです」
 苦笑とともに、一笑にされようとした言葉を、硬い表情でさえぎる。
 当然のように怒りの表情になる母の目を見つめながら、告げる。
「前から言おうと思ってました。
 どちらの家のほうが古いとか、神殿の長にふさわしいとか、そんなことで争って1、2を争う権力者が分裂していて、いいと思ってるんですか?
 私たちの名前を両家で交換しあって、一応の決着はついているはずです。
 お父様たちも仲良くやっていらっしゃいます。
 なぜ、お母様方だけそんな醜い意地の張り合いをなさってるんですか?
 このままでは、今度の戦争で二つの家は無くなり、別の人たちに取って代わられますよ」
 静かだが、強い怒りを含んだ声で、一気に言い切る。
「どこに行くの!」
「二人でいっしょに、お父様たちの手伝いをしに」
 二人で、ということを強調しながら、そっけなく言い切ってセシルを引きずって玄関から外に出る。
「あれって、説得って言うのか?」
 セレナの剣幕に圧倒されて、少し遠慮がちに口を開く。
「いいません。けれど、お母様にはあれぐらい言わないと分かってくれ無そうですから」
 予想に反して、返ってきた言葉はかなり穏やかなものだった。
「切れてたんじゃないのか」
「あれぐらいじゃ、ね。
 お母様にはいい薬だと思って、ちょっときつく言ってみただけです。
 それより、ゴブリンとの戦闘を見たいのなら、予想なんていう不確実な事をするより神殿に行って、お父様たちにそれとなく聞いたほうがいいと思いますよ」
 にっこり、と笑顔付きで不手際に突っ込む。
実は結構いい性格なのかもしれない…。


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