妖精の館

妖精の館

-戦いの中で-   


「…そんな事だろうと、思ってました」
 セレナがいつも採集場所にしているあたり。
 そこに到着しての、セシルの第一声はそれだった。
 セレナはあまりに予想通りの台詞に頭痛すら覚えながら、何とか返事を返す。


「これが、このあたりで取れる、薬草、鉱物の表です」
「へー、色つきの絵まで描いてあるんだな!
 用意周到すぎるけどな」
「私も、元々それで勉強したんです。
 お守り代わりに、持ち歩いてます、いつも」
 意外と優しげに返された声に、ふと表から顔を上げると。
 いつもの仮面代わりの笑顔とは違った、懐るせかしげな笑みが刻まれていた。
 安心しているからだろう。
 自分の前では無防備な顔を見せるセレナを嬉しく思いつつも。
 つまりは、男として見られていないだけなのでは、と悲しくもなる。
 幼馴染は恋愛対象になりにくい、という研究もあることだし。
(うるせ~)
 とりあえず、地の文に突っ込みを入れ。
 自分の有益さを証明しようとするかのように、真剣に表とにらめっこを始める。
 それに対して、頭上を見上げていたセレナは、一本の木の近くにたどり着く。うっそうと生い茂る下草を掻き分け、何かの目印を探し出すと、小さく肯く。
「セシル!」
 似たような形の葉を、深刻そうな顔で、表の図と見比べている少年に向かって、呼びかける。
「因みに、右手に持っているものは、毒草で、左は良く似た得に効能の無いものです。袋に入れないで下さいね?」
 思わず、むかっ腹を立てて、毒草共々、握りつぶして見たりして。
 そんな、セシルを尻目に、セレナは身軽に見つけ出したかなり樹齢のあると思われる大木によじ登っていく。
「お、おいっ!」
 唐突な行動にあせりの声を上げる。
 そんなセシルを微かに振り返り、付いてこい、というような手振りをする。
 戸惑っている間に、すでに姿は生い茂った葉の中に見えなくなっている。
「くそっ、何なんだよ、全く」
 どうやら、さっき名前を呼んだのは、注意するためでなく、自分を呼んでいたのだと理解し、悪態をついてしまう。
 呼んで、相手を振り返ったら、予想通りのことをしていたので、つい、注意をしてしまったのだろうが、分かりずらい。
 というか、分からなかった。
 何を言おうとしたのか。
 酷く、らしくない行動ではあった。
 いつもなら、こっちを馬鹿だと思っているのではないか、と考えてしまうほど、しっかり確認を取るのだから。セレナは。
 用心深いとも、慎重とも、臆病とも解釈される。
 あせって、いる。
 そんな感じを受ける。
「くそっ」
 再び、悪態をついて、セシルは後を追い始める。
 繊細で、華奢な外見にそぐわず、実はかなり身軽なので、かなり先行されていると思われた。
 セレナの言葉を理解できず、離れてしまったことにたいする、自分に向けた悪態だった。今度は。
 セレナをあせらせるような何かがこの先にあるとすれば。
 危険が予想されるかも知れない。
 セシルも馬鹿ではなかった。
 このあたりも、十分戦闘地域に入ることを、理解していないわけではないのだ。
 もし、セレナに何かあったら。
 あせりが体を走り抜けるに任せ、必死に大木の先端を目指す。
 自分の近くで、守ると誓った少女に何かあったら、と考えただけで、自分への怒りで、頭が真っ白になる思いだった。
 そうして、やっとたどりついた場所では。
「やっと、来たんですか?」
 セレナがのんびりと、木になった果実を口に含んでいる姿だった。
(もし、腹が減って急いでいたとかだったら、ぶん殴る!)
 ここにたどり着くまでに感じていた焦燥感や、あせりを思って、怒りに涙したくなった。
 思わず、心の中で切れたものの…。
(出来ないし…)
 自分がセレナに手を上げることは出来ないのは、自分が一番良く分かっていた。
 ほれた相手、というのももちろんであったが。
 何より迫力負けしてしまうのだ(情けない)
 となると。
 心で涙する以外に、感情の持っていく場所は用意されてないのであった。
「ここから、そちらの側を眺めてみて下さい」
 自分の中の葛藤に、ボーゼンと立ち尽くすセシルを特に気に留めた様子も無く、果物を持った手で、一点を指差す。
「あ、ああ」
 何とか、立ち直ると。
 セレナの言葉に従って、視界を覆う葉の隙間から、下界を見下ろしてみる。
「騎士団っ!?ってことは、ここは…」
 周りを、ざっと見回す。
 そこは、確かに騎士団が向かった先。
 正確には、そこを見下ろす、高台の、更に突き出た大樹の中。
 騎士団だけではなく、ゴブリンの大群も見える。
 数からすれば、どう見ても騎士団のほうが劣勢だ。
 数だけでなく、一箇所とがって先行した一隊が、周りを囲まれ戦局も芳しいように見えない。
「おい、大丈夫なのか!」
 思わず近場に唯一いる人間、セレナにつかみかかってしまう。
 つかみ掛かられた方は、微かに閉口した顔をしながらも、素直にセシルが視線を向ける先を見やる。
「あれなら、大丈夫ですよ」
「どこが!」
「貴方は少し、体だけではなく頭も鍛えた方がいいのではありませんか?」
「こんな時に、嫌味言ってる場合か!」
「嫌味ではなく忠告ですよ。戦術も剣で一人立つためには重要なファクターですから。
 彼らは劣勢に追い込まれているのではありません。
 劣勢に追い込んでいるんです」
「劣勢に追い込む?」
「ええ、見ていれば分かりますよ」
 魔物達に囲まれて、絶対絶命のように見えた一隊は。
 魔物たちの死体を、その後に残しながら突っ切っていく。
 遠目でよく確認は出来なかったが、どうやら彼らが進軍している道は、少し坂になっており、その勢いを利用して進んでいるようだ。
 それだけでは無く、魔法、弓などの飛び道具を利用して相手をひるませたところに、確実に突っ込んでいる。
 頭上には、正規の団員ではないのだろう。
 竜に乗った者達が適切な指示と、援護射撃を行っている。
 ヒット&アウェイ。
 ひるませた所に突っ込み、多少の傷害を与えて、すぐに離脱する。
 それに怒り、又仲間の血に興奮した魔物たちは、導かれるように付いていく。
「敵を知り、己を知れば、百戦あやうべからず」
 そういって、腰につけた「竜の鈴」という魔よけを鳴らす。
「相手に対する知識があれば、作戦に幅が広がります。
 また、己の力を正確に把握することで、適切な身の振り方を決める事ができます。
 まあ、机上の理論ですけれど」
 最初の一隊に気を取られ、興奮した魔物たちは、それぞれの足の速さによって、丸まっていた集団を、細長い形にしてしまう。
 そこに、周囲の林に隠れていた部隊が、遠距離射撃を行う。
 そうして分断して、各個撃破していく。
 逃げていくものたちは、追うことはしない。
「おいっ、逃がしてるぞ!」
 楽しい餌狩だったはずが、思わず痛い目にあって逃げていく一部を指差し叫ぶのに。
「自身の力を知ることが、生き残る秘訣だといいます」
「どういう意味だ!」
「今回派遣された騎士団では、この数を全て相当することは、不可能ではないでしょうが、時間も忍耐も必要でしょう。
 ですから、『勝つ』ではなく『負けない』事を選んだのでしょうね」
「どっちも同じだろっ」
「いいえ、違います」
 憤るセシル相手に、感情を全く乱した様子を見せず、笑顔で根気良く説明する。
「これから、人間同士の戦が始まるのです。
 魔物たちが不用意に暴れ、国を乱すのは得策ではないでしょうが、それ以上に自国の戦力を落とすことの方が、痛手です」
「ですから、自軍の被害を最小限に抑え、その上で魔物たちの不用意な活発化を押さえるために、脅しの意味合い程度の痛手を与え、追い払う。
 完全な勝利ではありませんが、騎士団が魔物に勝利した、という印象を国民に与えますし、まともに一掃するより、労力も、被害も少ないでしょう」
「んな…」
「父様たちも、騎士団が、そして国がこういった判断を下すことは分かっていたでしょうね。
 ですがフェルメリア様ならば、確実に時間稼ぎはしてくださると踏んだのでしょう」
「魔物たちがなりを潜めてる間に、対抗手段を模索する、と」
「ええ、多分」
 真剣に頭を使い始めたセシルを、息子の成長を見守る母親の目で見ながら、セレナは微かに痛みを宿した瞳を戦場に向けた。
 誰であれ、傷ついたものを見捨てては置けないのが、セレナの性だった。
 近い未来に『守護聖女』の称号を持って呼ばれることになる少女の。
 それ故、その痛みは騎士たちにも、魔物たちにも向けられたいた。
 人間を襲う魔物たちとて、傷ついたものならば、全てが彼女の看るべき『患者』であったから。
「俺は、親父達の切り札、なのか?」
 セレナは自分の物思いを破ったその声に、一つ肯いていた。


「最近の父様達の行動を見るに付け、そうでしょうね」
 セシルには、才能があった。
 純粋に剣の、格闘の腕のみではなく。
 部隊を指揮したり、戦場の場を読む、という本来なら経験によって身に着けていくことを、本能で行う才能が。
 今までセシルが参加した小さな戦闘において、大人達に見せた才能だった。
 これに戦術の知識が加われば、またとない戦力の一つになることだろう。
 彼らの父親達は、彼に悟られないように、知識を埋め込もうとしていた。
 そして、今回の戦闘に参加させまいというセレナ意思に乗ったのも、貴重な戦力をまかり間違って失いたくない、という意識の現われ。
 本物の戦場を味あわせて見るのはどうか、という意見もあったようだが。
(俺は、騎士に。最強の剣士になりたかった。守るために)
 確かに、町を守ることは、セレナを守るという自分の誓いにも合致する。
 けれど…。
(何か、違う…)
 自分ががむしゃらに目指した剣士は。
 親の力の無いところで、自分の力を試したい、との思いも微かにあったことに、想いがいたる。
(選ばなきゃ、なんねーのか)
 戦いの中で。
 少年達は成長する。
 未来に向けて


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