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どっひゃ~と思ってしまった。 私の前回のブログのコメントの「ひまわり」さんは、実は夫だった。 せっかく頂いたコメント、私を「応援しています」と書いてあるけどでも夫が読んだら傷つくんじゃないか、そう思って削除しようかとも思ってしまった。これは、他の人にはわかってもらいにくいことだろうな・・と悩みう~ん、と考えて、コメントに返事も真剣に書いた。 そしたら、当の本人夫が書いたコメントだった。 夫は私がブログを書いているのは知っている私はそれを夫が読んでくれているのかは知らなかったけれど夫は私のブログを読んで、私が自分のことで悩んだり傷ついているのを止めて欲しいと思ったそうだ。だから、あのコメントを書いたのだと。 夫が一番腹を立てていたのは自分のせいで私が悲しんだり傷ついたりしていることだと言った。 夫にとっては、自分のせいで人が傷つくことが一番辛いことなのだ。 私が書くブログは私の目線だ私の想いが入ってる事実を書いているつもりでも、夫の目線からはそれは別のものに映るだろう。 人の心は分からない今日も新しい夫の一面を知った。 私は私の理解できる範囲でしかものごとを書けない。私は私の感じることしか書けない。 それぞれの世界、世界は一つだけじゃない でも自分が見える世界が自分にとっては全てそれしか見えない、それしかないと思ってる。 でもそうじゃない。この世界は不思議だ、未知で無限だ 心が軽くなっていることに気づく。
January 31, 2010
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夫は私が近寄るのを嫌がる話しはしてくれるけど、返答だけ、彼からは話しかけては来ない。「どうして僕を見てて分からないのかな、分かるわけないか、親でも分からなかったんだから」 ほっておいて欲しいその距離感が分からない 一緒に住んでいて、相手の心が見えないほど悲しいことはない肉体はこんな近くにあるのに、心は遠い そんなとき自分に言い聞かせる明るく、明るく、大丈夫、大丈夫 母の言葉を思い出す「泣いても一日、笑って過ごしても一日、同じ一日なら笑って過ごそう!朝はいつも自分に言っているの、さぁ今日も一日頑張るぞって」入院中の母の口癖だった。 その言葉の奥の気持ちを、今改めて想う。その言葉の奥に、母の泣き顔と、辛い気持ちが薄っすらと見える。 僕に近づいて欲しくないそう固い表情で言う夫の心の奥を想う。そういう夫に私はどうしたらいいのか、何もしないことしか出来ないのか、 夫にかける言葉が見つからない何を言っても軽い言葉にしかならないようで「ごめんなさい」言いかけてその言葉を飲み込む「そう言っても、またいつも同じことを繰り返すんだ」この言葉が鮮やかに蘇る。 言葉じゃなくて、毎日の生活の中で夫に伝えていくしかない。でもどうしたらいいのか、どう夫と接していいのか私のあり方が、これでいいのか、わからない。 寄り添う心があればいいそう想っている。 心の中には重い鉛が入っているようだ、でもこの辛さは自業自得、因果応報、私が変らなければ、変らない、また同じことを繰り返すだけもうこの連鎖を終りにしたいだから、どんなに辛くても、ここは乗り越えたい 明るく、明るく、明るくそう自分に言い聞かせている。
January 30, 2010
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サザンオールスターズの「いとしのエリー」「泣かしたこともある冷たくしてもなお、寄り添う気持ちがあればいいのさ」 この部分がとても好きだ。そして、これって真実だよなと思う。 昨日の夜、夫と少し話をしたあまり私と話したがらない夫に「じゃ、私が目の前からいなくなって欲しい?」と聞いた、もう自分でもどうしていいか分からない心境で。しばらく黙っていた夫は「そうして欲しいとは思わない」と静かに、でもはっきり言ってくれた。 うれしかった、大丈夫だ、と思った。そして私の中で流れてきた「いとしのエリー」のこの歌詞の部分 寄り添う気持ち でも夫に「もう僕のことであれこれ干渉して欲しくない不機嫌な顔で家にいて欲しくない」はっきりと言われた。 その通りでございます・・ で、気分を変えようとハローワークとは別の公共機関に求人を見に行った。ハローワークほどの混雑振りではないけれど、狭い部屋に人は多い。暖房の効いた部屋で多くの人に囲まれて求人を探していると息苦しくなった。 暑いし、空気はよどんでる。まさに老若男女様々な人たちこの独特の風情・・ 勤務地は家からなるべく近く勤務は平日3日ぐらいと条件をつけて探していると、求人自体がまずゼロに近い。 距離はともかく、パートとはいえ、ほとんどの企業が常勤を望んでいる。あかん・・・ それこそ、常勤でも何でもいいから働かせて下さいそういう意気込みでないと、求人なんて見つからない。この人の多さと求人の少なさに、本当に世の中不景気なんだ・・と思った。 今まで、5回転職をしてきたけれどこんな経験は初めてだ。 気分を切り替えるというか、どんより重い気分になって部屋を離れた。う~ん、とにかくまた気分を切り替えよう。 明るく、明るく、明るく 先ず、夫には干渉しないそれは、無関心になるということではなくて「夫をもっと信頼する」という意味に近いかなとは言っても、私のこの性格だから、何かは言ってしまうとは思うけどわきまえる心はきっちりと自分の中で根づかせたい。 あとは。家では明るくいること!これは自分のためにも! どうしようもなく落ち込むことはあると思うけど切り替えられることなら、トットト切り替えよう。 最低限「私は生かされている」こう思えれればどん底気分は避けられる 夫との関係はどうなっていくかは分からないけど二人に寄り添う気持ちがあれば大丈夫・・かな
January 29, 2010
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いつも思っていたことがある。 ふかふかの布団のような家庭毛布に包まるようにいつまでもそこにいたいと思うような家庭 私との生活が、夫にとってそうでありたいずっと思っていたのに 現実は、それからは程遠い出来ないから夢見てしまうのか もし私が真剣にそう願うなら私である限りその夢は実現しないかもしれない どうして私には出来ないんだろう 私だから出来ないのか、多分そうかも 生まれ変わりでもしない限りこの私の性格は変らないのかもしれない ふかふかの布団のような家庭夫にとって、私との生活がそうでありますようにと願っていたはずなのに 私には出来ていない
January 28, 2010
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今日は雨降り。普段は自転車通勤の夫、雨の日は、私が車で職場まで送り迎えをしていた。 昨日天気予報を見て、100パーセントの降水確率に「明日は車で送り迎えだね」と言うと「バスで行く、帰りもバスで帰る」と夫が言った。「私、送り迎えしたいのだけど、だめかな」「バスで行く、そうしたいから」 現在無職の私雨の日の夫の送り迎えと、休日出勤時のお弁当作りは、私のささやかな夫への感謝の気持ちを表す場だった。 私は夫の役に立っている私がこうすることで夫は喜んでくれるそう思うことによる自己満足を得たくて 夕食作りも、たまに買って帰るスイーツもそうだった。夫から必要とされることで自分の存在価値を満たそうとしていた。 もうお弁当も作らなくていいって、言われるかな・・ 私が夫に喜んでもらいたいとすることや夫のためになると思ってすることと 夫がして欲しいと思うことは違う。 このことは、母の時に嫌と言うほど学んだはずなのに。入院中に母が私にして欲しいことと私が母にしたいこと その区別がつかなくて、いつも私は母に自分の意見を押し付けていた母の声に耳を傾けてあげれなかった。母が亡くなってからそれでどれほど苦しんだか、泣いたか何度も何度も心の中で謝罪した「ごめんなさい、お母さん」この罪悪は一生消えないと思う、 そして、またそれを夫との関係でも繰り返している。 自分で自分にあきれる、母が亡くなってから参加した「傾聴」や心に関するセミナーで私が学んできたことは何のためなんだろう・・ 実際、身近な人との関係で活かすためじゃないのか?これじゃぁ、学問として頭の中にしまいこんでいるだけじゃないかそれとも人の性根というのは、死ぬまで変らないのだろうか・・・・ ・・私のことはともかく これからは、夫の声に耳を傾けよう送り迎えしなくていいそれが夫の望みなら、しない 「どうして、どうしてしなくていいの」ともう聞かない。 難しいことは分からないけどこれが私の出来る最初の一歩。
January 28, 2010
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夫は今日は休み昼は一緒に食べてくれた。メインは、ねぎとささ身が入ったおそば。 それから、午後は二人で美容院に出かけた。今日は晴れてて、暖かかった。 帰り自然食のお店で、私が今一番好きなワッフルを買う。夫に「食べる?」と聞いたら「うん」と言って、二つ買った。後は、きんかんとみかんも。それから夫は、コンビニで好きな飴をいくつか買った。 「夕食はどうする?」と聞いたら、もう今日は食べないと言う。私はお腹が空いたので、豆腐と豚肉の煮物と、お好み焼きを作って食べた。後で夫がお腹が空いたら食べてくれるといい、と思いながら多めに作る。 夫に「もう夕食は一緒に食べない」と言われたとき、ようやく気づいた。 自分が何をしているのか、何を望んでいるのか、過食するのを止めて欲しい、と望み過食を止めると、今度は拒食をするのは止めて欲しいと望む。 これって、何だろうって、思った。この私の願いって、何のためなんだろう ようやく、はっきり分かったことは「もうこんなことは止めよう、意味がない」 食事に関しては夫の自由に任せようと思った。 夫は夫で、自暴自棄で過食嘔吐をしているわけではない食べないわけではない。 それはわかる なぜ、今まで摂食障害だと私に言えなかったのかそれが、どうして言おうと思ったのか 私は優秀なカウンセラーでも、名医でもないけれど、 私は私の出来ることをしよう、 そしてそれは、夫にあれこれと食事のことを言うことではないと それだけは、ようやく分かった。一人の食事でも、夫がいてくれれば寂しくはない、美味しく楽しく食事が出来た。
January 27, 2010
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自分が取るに足りない人間で必要とされておらず自分でも自分が好きになれないとき ふと「死」を想う。 向こうからやってくる死には恐怖を感じて嫌でたまらないくせに自分が望む死には魅力を感じてしまう。 自分が望む死はこの辛さから逃れるためとその先に安らぎがあると、夢見てしまうからだ「もうなにもかも消してしまいたい、自分さえも自分がいなくなってしまえば、この苦しさから離れられる」だから死は この今の状態から逃れられる唯一の手段だと、それしか見えなくなってしまうから、望むだけで死そのものを望んでいるわけではない だから心のどこかで叫んでる「誰か助けて」 バルコニーからリビングに注ぐ太陽の光その日差しの中に身をさらしていたらゆるゆると気持ちがほぐれていくようだ。 真冬の太陽の光はなんて心地がいいんだろう そのぬくもりに身を浸していると、ただそれだけでいいような気がしてくる。それで、現実が何か変わるわけではないけれど 私の心は柔らかくほぐれてゆるんでいく死ぬのはやっぱり怖いなと思う。 夫とのことは大丈夫だと根拠もなくそう思えた。 何が大丈夫なんだろう・・私は夫の苦しみを正しく理解していないし、自分勝手な愛し方しか出来ない。 大丈夫って・・何がだろう夫が摂食障害だと知って、3年が経つ。この3年間に繰り返されてきた、今日のような日々。 それでも、私たちは、一緒に笑い合った日もあった。今まで、一緒に寄り添ってきた。別れようとしたことは一度もなかった。 その事実がそう私に思わせるのだろうか どうして大丈夫なんだろう 分からないけど つぶやいてみる「大丈夫」
January 26, 2010
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一緒に歩こうこのブログのタイトルって、夫との生活を綴りたくて書き始めたんだった。 私の中には、夫に過食嘔吐を止めて欲しいという気持ちがどうしてもある。摂食障害でない私には、夫の気持ちが理解しきれない。 だから、夫の様子がよくなると、つい「吐くために食べることはやめようね」「お菓子もあまり食べないようにしようね」などということを、しつこく言い出してしまう。 夫が過食嘔吐をしないようにしてみると言ったから、昨日の夕食は、ご飯二合と、味噌汁と鮭にした。 でも夫は帰ってくると「おにぎりを職場で食べたから家では食べない、もうこれからは家では食べないと思う」と言った。 「どうして家で食べないの?私がいるから一緒に食べたくないの?」「そう、あれこれ言われるのが嫌だから、それに過食嘔吐して欲しくないというのが君の望みなんでしょ、だったらもうしないからそれでいいでしょ」「私こんなの望んでない、だってこれって過食が拒食に変わっていくのと同じで、今度は一緒に食べて欲しいって望むようになるだけじゃない」「それじゃ、君の望みが高すぎるんじゃない」「・・一緒に普通に食事をしたいって、そんなに高望みなの・・」「普通に食事・・、普通って何?」 夫が出て行った台所で、一人食事をして鮭の身をつついていたら涙が溢れてきた鼻水も垂れて来た。 泣きながら、私なんで泣いているんだろう、ぼーとした頭で思う。そうだ・・「僕が過食嘔吐して食べなければ君は満足」「一緒に食べるのが嫌」この言葉で気づいたからだ。 私が良いと思ってしてることは、結局いつも、夫を苦しめることになっている。 いつも思う、どうして過食嘔吐を悪いと思ってしまうのか夫はもうそれを嫌がらずに自分の中で受け入れようとしている受け入れることで、いつか自然に治るのを待っている なのに、私はどうして「過食嘔吐」は夫の個性だと思い切れないのだろう。過食嘔吐も夫の一部だと、愛してあげれなかったのだろう。過食嘔吐を嫌う私は、夫を丸ごと受け入れてあげていない。 これって、愛って言える? 優秀なカウンセラーや名医なら治せるのか、どうするのか、教えて欲しい。私は何の術もない、カウンセラーでも名医でもないけれど、愛があれば、私でも夫の役に立つかもしれないなんて、一人思って、うぬぼれていた。 でも結局、いつもいつもいつも私の愛はこの程度 本当の愛ってこんなんじゃない 相手を傷つけてしまう行為は愛なんかじゃない傷つけたくない人なのに、傷つけてしまう。 夫の表情から笑顔が消えた。普通に会話をしてくれるけど、心は閉じている 夫の笑顔は、本当に素敵だ、無垢の子供のように笑う。もう一度その笑顔がみたい。「傷つけてごめんね」「もうその言葉何度も聞いたでも、いつもそう言っても同じことを繰り返すんだ」 薄っぺらな愛、口先だけの愛、奢り高ぶる、自己中心的な愛これは、相手に対する愛なんかじゃない、 本当の愛からは程遠い我欲我欲を捨てきれない私。 人を救えると思い込んでいる、傲慢な私、 それに気づき、ただ泣けてくる。 役には立てなくてもいいからせめて、夫を傷つけない人間にはなりたいどうか、なれますように
January 26, 2010
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雪の影響で、31日から映らなくなったBSが2日午後に回復した。 それで、午後7時からBSで放送された「マヤ暦の真実」を見た、1日と2日の二夜連続放送だったけど、1日は見れなかったので2日の分だけ。 感想は、見てよかったです。マヤ文明についてはもともと関心があって、このブログネームの「白い倍音の魔法使い」というのは、私の誕生日から導き出されたマヤKINがそうらしい、詳しいことはわからないけど、マヤKINは200以上あるから、星座占いより、血液型占いより、干支より、他人と被らないから気に入っている。 この番組は、2010年12月にマヤ暦が終わるとされていることをベースに作られていると思うけど、淡々とマヤについて放送されていたのがよかった。 特に、一番よかったのは最後の長老の話し「マヤ暦は確かに終わりを告げるときがありますが、その正確な時期は誰にも分かりません、2012年12月21日の朝を私たちはいつもと同じように迎えるでしょう。2012年のことをいろいろな人が解釈し騒いでいますが、どうかそういう話しに惑わされないで下さい、恐れないで下さい。マヤ暦が終わるとき何かは起こるでしょう、私はそれは差別のない世界、愛に溢れた世界になると信じています」というようなことを繰り返し話された。 さすがだなぁと思った、賢者とはこういう人を言うんだろうなと思った。 何千年もの間、語り継がれてきたマヤ暦確かにそれが終わる日は来るだろう、それは避けられないことだろうでもその日がいつかは、正確なことは誰にも分からないだからいたずらに騒ぐことなく、恐れることなく今、私たちが出来ることを精一杯行い私はその日を、希望を持って迎えたいそう長老は言われた。 ノストラダムスの2000年のときのようにいたずらに2012年を見世物小屋のように騒ぎ立てて欲しくない。どんな恐ろしいことが起こるかとシュミレーションしている。そういう番組って必ず出てくるこっちも怖いもの見たさで、覗いてしまう。 でも、そんなもんじゃないんだよと諭された気がした。 かと言って、2012年は違うんだ、何も起こらないんだ、あぁよかった、でもなくて いつかは人は死ぬんだよということと同じくらいの真摯さを持ったメッセージだったと思う。 見れてよかった。
January 4, 2010
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31日からお正月にかけて、雪が降り続いた。こんなに雪が降ったのって、何年ぶりだろう。 で、この雪のせいで2日の午前中までBSが全く映らなかった。恐らく、近くにある山のせいもあると思う。 で、とーーーーーーっても楽しみにしていた韓国版「花より男子」の一挙放送が2日分見れなかった・・・かなり、ショック 私としては、かなり珍しくはまっているドラマ見れなかったショックで、全巻買うと4万ぐらいするDVDを買おうか6000円ぐらいで買える「海外正規版」を買おうかと悩む。この海外正規版って、えらく安いけど、これってどうなの?詳しい人がいたら是非教えてください・・ それにしても、40代の私が少女マンガの王道をいく、このドラマにこんなにはまってしまうなんて・・・と自分でも不思議に思う。 それで、気づいた。母が大好きな映画はオードリヘップバーンの「ローマの休日」とジュリアロバーツの「プリティウーマン」だった。70過ぎの母に、好きな映画はと聞くと、いつも真っ先にあげる映画が「プリティーウーマン」だった。 人は、いくつになっても「夢を見る場所」が必要なんだと思う。現実の世界にきちんと向き合って生きていくためにも現実の世界が辛くて苦しいほど「夢の場所」は必要なのだと思う。 私は、アイドルに夢中になったり、冬ソナに夢中になる主婦の人の気持ちが今まで全くわからなかった、そんな人好きになっても仕方ないのに、現実逃避じゃないかと冷めた目で見ていた。 でも、今は、そういう人の気持ちがわかる気がする。社会人が萌える気持ち、バカ高いクラブに通う気持ち 冷静に考えると、相手はお金目当てだとわかってる、本気の恋愛なんかじゃないでも、通ってしまう。それを愚かだななんて、どうして言えるんだろう。 「夢を見る場所」これが単なる現実逃避の場所だとは思わない。そこには、いくつになっても失いたくないものが、きっとあるのだと思う。自分の中で大切にしておきたい、何かがあるのだと思う。 雪の影響で、見れなかった韓国版「花より男子」。 とりあえず、レンタルDVDは借りようと思う。今の私が夢見るところ。
January 3, 2010
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