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2007年04月07日
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フォークランド紛争について

 面積1万2千平方キロ、人口1,800人という小さな島、フォークランド。その領有権をアルゼンチンが主張し軍事占領を強行したのが1982年4月2日だった。物欲では男より女が強いと言われるが、サッチャー首相が美しい顔を引きつらせて怒った。

さっそく、大機動部隊を派遣し同島の奪還に全力を注ぐことになったのである。英国がフォークランドを失うことは、そこに埋蔵されている石油と、南極大陸に領有権を主張する足がかりをあきらめる、ということになる。

一方、調停に当たっていたアメリカ合衆国はどういう訳か4月30日、英国支持を発表した。1947年に調印された米州相互援助条約を完全に無視した訳である。米国資本と地主の保守勢力に対立するペロン派が、アルゼンチンの政権を握っていたためとはいえ、国家間の条約の無意味さが痛感される。

英国は4月26日、南ジョージャー島を奪回、5月20日、フォークランドに上陸、そしてついに6月14日、アルゼンチンは降伏となる。

しかし、8月24日の新聞を見てびっくり、英国はあの時、見せしめのために、工業都市ゴルドバを核攻撃する予定だったと言う。もし、あの紛争で英国が不利だったなら、あるいは・・・。何となく身の毛がよだつ。

何十万、いや何百万という罪なき人々が、大虐殺されるということを知っているのだろうか。話し合いがつかねばすぐ戦争、というのは高度な生き物のすることではないと思う。





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最終更新日  2007年04月07日 05時42分00秒 コメントを書く


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