人生楽ありゃ苦もあるさ

人生楽ありゃ苦もあるさ

どうやってプロポーズされたかの話。


そしたら、彼が全て精神的にも、経済的にも全面サポートしなければいけないとかって面もでてくる。そういうのを含めて将来をかんがえるためにも、すぐに婚約ってわけじゃなく、慎重に遠距離で、お互いを見極めることをえらんだ。そうして、アメリカと日本を行ったり来たりする生活のなか、2000年12月、クリスマス休暇を彼のお家で家族と一緒にすごすために、アメリカへ渡った。私の予定は12/23から新年までの予定だった。
その頃には、お互いの結婚観、将来設計などを、半年くらいにわたって、話しあっていたので、だいたいの予感はあった。でも、いつ、プロポーズされるかってのは、わからなかった。12/30彼が、"クリスマス期間ってことで、
家族の時間だけど、今日は二人だけで夕食に行こう”といわれた。オハイオ
州のシンシナティーで、食事もおいしく雰囲気のよいレストランで、まず食事。でも、このころの私には、まだ”その日”がくるって予感はなかった。
もう少しあとで、彼が長い出航にでるあたりの4月くらいに、なるのかとくらいに考えてたの。そして、食事のあと、すぐちかくの、高層ビルの入ってる
バーへ移動。JAZZ CLUBだった。そこは、みんなドレスド アップしていくような場所でちょっと、気取ったかんじの場所。生バンド演奏で、
雰囲気も良い。そして、彼がついに、目の前に小さな箱をとりだした。
私は、”え?”っていったら、"あけてみて”ってそしたら、その小さな箱
の中には、プラチナ台のダイヤモンドが。私が、”これ、、、、”っていったら、彼が、”Will you marry me?"〔結婚してくれますか?)と。
もちろん、私は、"Yes, I will"と言ったわよ。小さい頃から、別に結婚とか、たいして、あこがれてたわけでもないけど、やっぱ、その瞬間はいいもんだった。その時、近くにいた人とか、気がついた人達が、、、、”おめでとーーー”と。私達にむかって乾杯してくれた。そのあとは、彼が"バンド”
の人にリクエストをお願いして、”Time goes by "をふたりで、スローダンス。そのあと、家に帰って、まず両親に報告。マムは、息子のプロポーズ作戦を半年前から知ってたらしく、”イエーーイ! うちの息子がついに、プロポーズしたわ!!”とおおはしゃぎ!ダッドも、’ドンペリ”で、乾杯してくれた。そして、忘れられない1日となった、、、。

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