太っ腹母ちゃんのボコボコ日記

太っ腹母ちゃんのボコボコ日記

gravity 5

暖かい場所


「席、空いてる?」
 ドアを開けて声を掛けてみる。
「座れるよ」
 おかみさんはそう言ってから、おや、という顔をした。
「今日は一人じゃないんだね」
 何か言いた気な顔つきだ。

 ここは失敗だったか?

 耀を振り返ると、
「美味しそうな匂いだね」
と、ニコニコしている。
「あ……、イタリアンとかの方が良かったかな」
「こんな小汚い店じゃ、彼女も連れて来られないって言うんだね」
 おかみさんの声が飛んで来た。
 耀が後ろからひょい、と出てきて、
「ううん。ステキなお店です。特に匂いが」
と言うと、おかみさんの目が細くなった。
「あら、ずい分と綺麗な彼女だねえ。しかも、とってもいい子だわ」
 その声に釣られて、常連客の視線も俺達に集中する。
「なんだよ、おっちゃんたち。見せモンじゃねえよ」
 思わず言うと、耀がクスクスと笑った。
 ギャラリーの間にざわめきが広がった。
 あいつになぁ、という声が聞こえる。

 うるせえな。自分でも思うよ。こんな可愛い子がって、言いたいんだろ。

 半ばおかみさんに引きずり込まれるように、カウンター席に着いた。
 耀は、カウンターに並んだ大鉢料理を珍しそうに眺めている。
 おかみさんが訊ねた。
「何からいく?」
「俺は、まずビール。それから、これと、これと……」
 いくつも大鉢を指すのを見て、
「そんなに食べるの?」
と、耀が聞いた。
「ん?」
 顔を見ると、目がまん丸になっている。
「だって、すっごく大きいよ。あんなに食べて大丈夫?」
 一瞬、店内がしーんとした。
「あんなにって、あれ全部、一人で食べると思ってんのか」
 俺が言った途端、後ろで爆笑が起こった。
「静ちゃん、説明してあげなよ」
 震える声でそう言うなり、おかみさんは奥に走り込んでしまった。貯蔵庫で大笑いしてるに違いない。

 耀はとまどった様子で、しきりに目をしばたいている。
 俺も笑い出しそうなのをこらえて、耀の頭をくしゃっとなでた。
「こういう店に来るの、初めてなんだよな」
 耀がこくり、とうなずく。
「鉢から一人分づつ取り分けるんだよ」
「そうなんだあ」
 大きな目をさらに見開いて、耀は嬉しそうに笑った。
「何だか、大家族って感じだね」

 家族、という言葉が、今は少し痛い。
 耀は母親と二人暮らしらしい。
 あまり家に帰りたがらないのは、よほどの確執があるのだろうか。
 それとも、そういう年頃か。

 ぼんやりと耀を見つめていると、おかみさんの声がした。
「あーあ、そんなに見とれちゃって。外野が呆れてるよ」
 はっとして顔を上げると、目の前に料理が並んでいた。
「彼女も。安心して注文してちょうだい」
「はい」
 明るく返事して、耀が料理を物色し始めた。

 ここに連れて来て正解だったかもしれない。

 屈託のない笑顔の耀を見て、そう思った。


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