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2006年01月13日
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 どこか遠くで、空に浮かぶ島が壊れながら墜ちていく……そんな幻視が見えた気がした。

「……泣いているの? ティア」

 後ろから声をかけられて、初めて―――自分が泣いていると言う事に気付いた。

「あれ……本当だ。おかしいね、私、ずっと泣いた事なんて無かったのに……」

 好きな人を諦める時でさえ、泣けなかったのに。

「何か悲しい事があったの? そんな顔してる」
「わからない。わからないのに……涙が止まらないの」

 嘘。わかってる。言ったって信じてもらえないだろうから言わないだけ。

 それだけで泣けるなら、あの時にも泣きなさいよ。私。

「泣きたい時は思いきり泣けばいいのよ。女の子はね、それで元気を取り戻すんだから」

 今が私の泣くべき時だったとしたら、随分と神様も意地悪なものだ。
 剣の次に人を元気付けるのが得意だというツンツン頭の剣士の言葉を思い出して、上がってくる嗚咽を噛み殺す。
 抑えきれない衝動がいつ収まったのか記憶に無いまま、世界が石鹸を入れた色水のように、さあっと白くなっていって―――



§



「はっ!?」

 がば、と跳ね起きた。

「…………」

 ぱちぱち、と暖炉で薪が爆ぜる音。
 何の事は無い、見慣れた我が家―――雑貨店のカウンターだった。



 腕が赤くなっていた。きっと頭が乗っていたところだろう。
 いつもの通り店番をしている途中、暖炉の暖かみにうとうとと居眠り……よくある光景だ。

「あれ……?」

 記憶が胡乱だった。私、店番なんてしてたっけ……?

「…………」


 エルシドの街の雑貨店の娘。
 小さい頃から一緒だったマキシムって男にふられて、傷心の旅で世界を回った後、最近帰ってきた。

 指折り『私』の構成要素を数えてみる。間違っていない。間違ってはいないけど……違和感は消えてくれなかった。

「何か、変……」

 それは、昨日の晩御飯何を食べたとか、今日朝から何をしたとか……そういう身近な記憶の足場がぽっかりと抜け落ちている事だった。
 ……寝惚けてるのかな。変な夢見ちゃったし。

「はぁ……」

 窓やドアのガラスから覗く外は、暖炉の暖気と外の冷気に挟まれて、うっすらと曇っている。
 ……てか、近頃暖炉なんて使った記憶も無いんだけど。何せ、季節は夏を過ぎて秋、まだ残暑が残ろうかという季節で―――

「よっ、ティア。変な顔してどうしたんだよ。居眠りでもしてたか?」
「―――っ!」

 思索が核心に触れようとしたところで、ガチャリ、とドアが開いた。そしてごく自然に入ってきた人影に、私は絶句する。
 それは、もうここになんて来る筈の無い人だったから。

「ま、マキシム……?」
「おいおい、マジで寝惚けてんのか?」

 今はもう遠い"あの頃"のような笑顔で、こちらの顔を覗き込んでくるマキシム。
 旅になんて出る前。世界を救う英雄なんて考えもしなかったあの頃。

「まぁさっさと引き取ってくれよ。今日は……ジェリー5匹とリザード2匹だ」
「え」

 セリフまであの頃のまま。そんな食材になるような雑魚モンスターの引き取り依頼なんて、まさにあの頃のマキシムの生活だ。とても世界を救った英雄とは思えない。
 ていうか、パーセライトでセレナさんと暮らしてるんじゃないの? なんでここに?

「……ティア? どうした? 本気でどっか悪いのか?」

 彼の顔が心配そうなものに変わる。それは、旅をしていく中で引き締まっていった英雄の、戦士の顔じゃなくて……私の好きな、ただのマキシムの顔だった。

 それは、先程中断された思索の結論と絡み合って、沸々と一つの疑念が湧きあがってくる。
 確信にも近い、けれど、信じられない出来事。

「ねえマキシム、一つ聞いていい?」
「な、何だよ、ティア」
「今日って、何年何月何日だっけ……?」
「へ……? 何だよそれ、今日は―――」

 マキシムが答えた日付は―――私の予想通り―――私の記憶の、二年前だった。








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最終更新日  2006年01月13日 23時20分19秒
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