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2006年01月17日
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「ナワロア、って……」
「聞いた事あるでしょう?」

 お店にポーションを納めに来た薬師のおばさんは、そんな話を切り出してきた。

「滅多に見れない幻の魚って聞いてます」
「ええ、それが水揚げされたらしいわよ。あそこの漁師のおじさん」

 記憶にある会話だった。
 あの時は、マキシムに食べさせてあげようかな、と張り切って話を聞いたものだったけど、一度食べた身としては……。

「そうなんですか……」

「実は、一度食べた事があるんですよ……凄く、不味いんです。それ」
「へええ、そうだったの。何で不味いのに幻の魚なんでしょうねー」
「そこまでは……不味くて誰も食べなくなったから幻になったんじゃないか、と話してましたけどね」
「そう聞くとどれだけ不味いのか興味が出てきたわね。私も食べてみようかしら」
「お勧めはしませんよ」
「うふふ、覚悟しておくわ。じゃあね」
「はい。またお願いします」

 手を振って、おばさんを見送る。

「ふぅ」

 ナワロア、かぁ。季節的にそろそろかな、と思っていたら、もう今日なのね。
 私の記憶通りだとしたら、これをマキシムと一緒に食べた直後あたりだ。

 虫の知らせのようなものが、マキシムの旅立ちを強く訴えていたのを覚えている。

「どうしよう、かな」

 まだ結論は出していない。この記憶を持って、私はどうするのか。
 タイムリミットは、今日の夕食後まで。それを越えたら……たぶん、私の記憶通りに事は進んでしまう。―――マキシムが、また、行ってしまう。

「…………」





         §



「じゃーん! 幻の魚、『ナワロア』のパイ包み焼きでーす」

 でん。とテーブルに巨大な料理皿を置く。

「へー、これが!? 噂は聞いてたけど見るのは初めてだ!」

 記憶と寸分違わず驚きに目を見張るマキシム。
 結局、ここまでは"以前"と同じ行動をトレースしている。何せ、何か一つボタンをかけ違っただけで、人間全てが滅んでしまうかもしれないのだから、出来る限りは同じ状況に近付けたい。

 ……もっとも、私のいちばんしたい事をしちゃっただけで滅びの道に一直線かもしれない、ってのが、一番の悩みどころなんだけど。

「……さ、召し上がれ」
「どれ、それじゃ一口」

 ぱくり、とお腹の辺りの身を摘んで口に入れると、そのまま表情が固まった。
 結果はわかりきってるけど、一応聞いてみる。

「どう? おいしい?」
「……うーん……なんつーか……うん」

 レモンを最初からきつめにしておいたので、反応も少しだけマシになっていた。

「ティアも食ってみろよ」
「……実は、味見してわかってたりして」
「なんだよ、そうなのか」
「最初はもっと不味かったのよ。臭み消しのレモンをいっぱい入れてようやくそんな感じなの」
「『幻の魚』って味じゃないよな……」
「ほんとねぇ」
「……ん。でも食べ慣れてくると変にクセになってくるかも」
「珍味って感じ?」
「そうそう。おお、いけるいける」
「ほんと。不思議ね」

 ……記憶にはあったけど、ホントに美味しく感じてくるから不思議だ。
 そのうち、ぺろりと皿の上のものは平らげられてしまった。

「はー、食った食った」

 ぽんぽんとお腹に手を当てて満足げな表情を浮かべるマキシム。
 その表情を見て、満ち足りた感情が浮かんでくる私も……ダメなんだろうな。

「お茶入れてくるわ」
「ありがとう、ティア」

 湯飲みを差し出すと、律儀に御礼を言ってずずず、とすする。

「…………」
「…………」

 以前に交わした会話のように振舞える心地では無かった。ので、食卓には沈黙が舞い降りていた。

「……なあ、ティア」
「えっ?」

 記憶に無い会話に、少し驚く。
 私から話さなければ向こうから話し掛けてくるのは至極自然な事だと言い聞かせて、気を取り直した。

「なあに? マキシム」
「…………」

 声を掛けておきながら、じっと黙りこくっている。
 その視線は、私の後ろにある窓を飛び越えて、外の景色も飛び越えて、遠い世界を覗き込んでいる―――そんな感じがした。

「……いや、うん。ごちそうさま。おいしかったよ。このお礼はそのうちにな」

 ……記憶と同じ言葉。ざあっと、マキシムが急に遠ざかっていく感覚。
 それが、違う言葉を紡がせた。運命を狂わせる言葉。

「……そのお礼、ね。今すぐ、貰いたいな」
「……ティア?」
「マキシム。今日、泊まっていかない?」
「…………」

 いくら鈍くても、これの意味がわからない程じゃないと思いたい。

「…………」
「だめ、かな」
「…………ああ。ダメだな」

 しばらくの沈黙の後、マキシムはふいと顔を背けながら、そう言った。

「……そっか」

 ……やっぱ、私が何をやっても変わらないのか、な。
 もう、誰だか何だか知らないけど、何で私なんか戻したのよ。私にまた好きな人が別の人を選ぶ様を見せ付けたいの? ふざけんじゃないわよもう……っ!

 ぐぐ、とそんな感情がせり上がってきた時。

「だって……それじゃ、俺がお礼を貰っちまうだろ。ティアへのお礼になってない」
「え」
「……お、おい。そんな泣きそうな顔するなって。ごめんな。誤解させるような事言っちまって」
「え、え」

 それは、こっちの意図を正確に掴んだ反応であり過ぎて……逆に、呆気に取られた。

「まきし、む……?」
「お礼として、じゃないなら……喜んでお誘いに乗らせてもらう、よ」

 照れたように鼻を掻いている。

「マキシム、昔……『簡単に泣くな』って言ってくれたよね」
「え? あ、ああ、うん」
「私、あれから頑張って、泣かないようにしてきたんだ……でも、今は……守れそうに無いの……」
「ティ、ティア」

 こっちに戻ってくる瞬間の記憶。どうしようもなく涙が溢れた感覚が蘇ってきて、私はその場で泣き崩れた。
 そっと、包み込まれるような温もり。ずっとずっと想っていた好きな人の胸で、私は溢れる感情を止める事が出来なかった……。








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最終更新日  2006年01月17日 23時28分29秒 コメントを書く


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