碧山窟

里山を買うまで(7)

まんまる。ふわふわ。


不動産屋で、私は、厳しく口を一文字にぐっと引き締めた老人と相対していました。
「山を買いたいっていうのは、あんたかよ!」
「はい、私です。よろしくお願いします。」
私は、頭を下げました。

土地の所有者は、全部で5人いました。
「そして、山で何するの?」
「珍しい蝶がいるので大切にしたいと思います」
「蝶って、あの、チョウチョの蝶かぁ。」
「はい。蝶です。」

*

私の母は、棒切れを拾うと、杖のかわりにして、山道を登りはじめました。
「あらぁ、エイザンスミレ。カタクリがいっぱい。
あらら。この葉シラネアオイだわ。これ、タラノメ。何百本あるのかしら。」
母は、俳句おばばなので、ちっと、植物には詳しいのです。

不動産屋の案内で、現地を見ることになりました。
第四のじいさんは、あちら、こちら、私の仲間たちにも、
「山が売りにでてるぞ~!」と宣伝していたのです。

一人の仲間の家では、「家族会議」を開いたそうです。
「山なんか買って、どーーすんのよぉ!」
剣もボロボロの会議だったようです。
そら、そうでしょう。
うちでも、会議になりましたよ。

*

「いいんでないのぉ~ 」と言ったのは、私の母でした。
若いころから、お金をためては、不動産を買っていたのです。
嫁に出るときには、畑を買って、実家においてきました。
「土地はいい。」
私が子供の頃からミミタコになっている言葉です。
妻もうれしそうにいいました。
「800坪ん。。8000坪の山ね。共有名義にするんでしょ。はっはっは。」
妻の実家も苦労して土地を手にいれていたのです。
登記ミスがあって、二度土地代を払ったそうです。

300万で8000坪。
家族は、すっかり、ウキウキしちゃいました。
私の病気も、長い冬を越えて、すこし、よくなってきたのです。
(家族に感謝)

*

「300万て聞いたんだけどねぇ。」
不動産屋は、境界線を教えながら、400万で価格提示してきました。
母は、しつこく、「300万だったんだけどねぇ。」と、値切りはじめました。

私は、不動産屋の足元のゴミを拾いました。
二種類のクスリです。
ネットで調べれば、この土地に出入りする人が、どんな病気かわかりますからネ。
それと、ユリ科でノビルを小さくしたような、不思議な植物をみつけました。
何だろう。。ポケットに入れました。

家に帰って調べましたよ。
クスリは高血圧と心臓病。
植物は、絶滅危惧種の「ヒメニラ」でした。

山をおりる帰り道、ひらひらっと黄色の蝶が飛んできました。
私は大声で叫びました「ヒメギフチョウだぁ!!」

まさか、ここで出会うとは。
別の生息地も知っていたのですが、そこは、マツノマダラカミキリの
ヘリコプターの薬剤散布で絶滅していたのです。

*

地権者の人たちは、不思議そうな顔をしました。
「チョウチョのために、山かうの?」
「はい。それだけでなくて、ヒメニラっていう、珍しい植物が生えてます。」
「んならわかった。はんこ押すぞ。」
元、農協の理事だった地権者の代表の人は私を見切ってくれたようです。
私って、正直だけがとりえですからね。

契約は取り交わされました。
その後、代表さんは、話をはじめました。

「実はな。あの家、ばあさんとその息子が二人で暮らしていてなぁ。。」
登記簿謄本から私が読み取ったシナリオ通りの話しが展開されました。
やはり、若さの勢いで、いろいろ手を出して失敗していたそうです。

「そして、山をどうするかで、みんなで大騒ぎになったんだ。
 産業廃棄物業者なんか来たら、とんでもないことになる。
 だから、オレが話しをまとめたのよ。隣の土地はオレのもんだから、
 あわせて売りに出せば、変な奴は追い払えるしなぁ。
 しかし、ちょうちょのために山を買うのか。世の中変わったもんだ。」

がははは。。と、総額320万円の売買契約書にサインして捺印してくれましたよ。

地権者の人たちが帰ったあと、不動産会社の社長はいいました。
「では、取引は現金で。」
「え。。振込みしますよ。」
「いや。現金にしてくださいよぉ。へへっ。」
ははぁ~ん。やるな。さすがに。ニタッと私も笑いました。
「んじゃ、現金で。」
「それと、もうひとつ。」
「あん。。」
「裏契約書作ったからそっちに署名捺印を。。」
「ダメ。」
「大規模土地保有税高くなりますから、準備しときました。」
「ダメ。おいら、そーゆーこと、できない性格なの。ダメっていったらダメっ。」
社長は、ニタニタっと笑っていいました。
「んじゃそういうことで。あと、登記が済んだらお知らせします。」

登記費用も含めて、仕上がり360万だっけ。
足りないお金は、母と妻が出してくれました。

*

「じーさん、山買ったぞ~。。」

第四のじぃさんは、にこにこしました。
だって、目の前の山で、山菜、キノコ、とりほうだいですからネ。
おまけに、景色も守れたし、地元の人たちにもはっきり言えますから。
「あの山は、オラの友だちが買ったんだ。」
奥さんも喜んだそうですよ。
持つべきものは友だってね。

*

それから、数日後、第四のじぃさんから突然連絡を受けました。
「カケルさんよぉ。変だぞ。」
「あん。。」
「カケルさんの山の木、切ってる人がいるみたいだぞ。」
私は、契約書を見直しました。
契約書に念のため、一行入れるように指定したのです。
「地上にあるもの地下にあるもの一切は乙の所有に帰属すること。」

侵入者が現れました。
そのとき、ふと、不動産屋が言った一言がよみがえりました。
「山の木は切らないでくださいね。」

まさか。。ウラかよ。



不動産取引には、くれぐれも注意しましょう。



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