明日は必ず晴れる♪

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まったく頭になかった事だったので愕然としました。(でも、今思い返すと、染色体の話をした時にチラッとダウン症の話も出ました。)21番目の2本ある染色体が突然変異により3本になったことや、合併症があるかもしれない事、それでも、きちんと早期の治療をしていけば元気になれる事、色々とお話いただきましたが、あんまり憶えていません。最後に「質問はありますか?」と言われ、無知だった私は[私の何がいけなかったんでしょうか?ダウン症は直らないんですよね?」と聞いてしましました。
診察が終わって、とにかく、病院を出るまでは、平常心でいようと必死でしたが、病院を出てからは辺り構わず、泣きながら姉に電話しました。姉は「大丈夫、大丈夫、せっかく生まれてくるんよ、元気出して、協力するから一緒に育てていこう」と言ってくれました。それでも私は、旦那や、兄弟が増える事をとても楽しみにしていた子供達に申し訳なく、ただ、自分を責めるばかりで、もう、この子と一緒に死んでしまおうと罰当たりな事を考えていました。
帰ってきて、様子のおかしい私に子供達はすごく気を使い、私の周りから離れませんでした。何となく、この非常事態に感づいていた長男が「とにかく、生まれてきてくれたら、何にも言う事ないよね、お母さん」と言ってくれ、その横で、次男も「僕たちのところに赤ちゃんできて、うれしいね、お母さん、だから泣いたらいけんよ」といわれました。ダウン症だったことを聞いて、かなりのショックを受けていた旦那も子供が言ってくれた言葉で、「みんなでスローな生活してみようか」と言ってくれました。話を聞いた私の兄たちも、すぐに遠方から駆けつけてくれ、「大変やったな、今はものすごく辛いだろうけど、一緒に頑張ろう、落ち込んだ後は前を向いていくしかないからな」と、皆に支えられました。それでも、数日間は泣いてばかりでしたが、時間が薬になりました。日が経てば笑ってるんですよね。それから立ち上がった後は、パソコンに向かい、ひたすら、ダウン症の子を授かった家族の方々の手記を読ませていただき、勇気をもらいました。36週をむかえ、皆に「頑張れよ!」と背中を押され、私は比較的元気に、病院に向かうことが出来ました。

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