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朝6時。普段は昼近くまで寝ているミフリ社長ですが、約束があるときは人が変わります。・・・1分、いや5分ぐらいは遅れることがありますが、お許しを。さてクルマに最小限の荷物を積んでカレイチを出発です。途中で交代要員のドライバーを拾って、北上します。朝食はどこかガソリンスタンドに併設しているドライブインのレストランでスープでも飲みましょう。トルコのスープは食材の味がしておいしいのです。レンズ豆のスープ、チキンスープ、胃袋のスープ、羊の顔の肉のスープ・・・・。食べ放題のパンをつけながら食べればスープ1杯でお腹も満足してしまいます。道は1本で迷うことはありません。でも何もない荒野や山をひたすら走ります。町から町までの間は本当に何もありません。たまに羊飼いやアンタルヤ方面に多いヤギ飼いの群が横切ったり、いのししが顔を見せたり・・・・。ガソリンスタンドも数が少なく、ガソリンメーターに気をつけていないと、途中でガス欠になる・・なんてこともありえます。そんなことになったら、ガソリンスタンドのあるところまで歩いていって、ペットボトルにガソリンを入れて持ってかえるしか方法がありません。昼間ならまだしも、夜は怖いだけです。さてまっすぐ来た道を途中で村への横道へ入ります。ここは目的地へのショートカットの道。細くてすれ違いするのにギリギリの幅しかありません。でも対向車も少なく、100キロで飛ばせます。景色もよく、湖を牛の群や、羊飼いのフェルトのマントを来た羊飼いのおじさん、おにいさんの姿も見えます。山と湖をみながら行くと、途中で村が見えてきます。そろそろ休憩、アイスクリームでもジュースでも買いますか。バッカル(雑貨屋)によると、おじさんは最初びっくり、でも親切に応対してくれます。外国人が通るようなところではありませんので、日本人なのか、トルコに移民した中央アジア系なのか・・・・今晩の村中の話題になること間違いなしです。さらにすすみ、いくつかの村を通りすぎ、再び幹線道路に出ます。目的地はこの町から入る山奥の村ですが、この町で友人を訪ねてみることにします。ちょうどお腹もすいたことだし、昼食でもごちそうになりましょう。友人は突然の訪問にも笑顔で「よくきた、よくきた」と喜んでくれます。なかに迎え入れてくれ、まずは何を飲むか、お腹はすいていないか・・・と聞いてくれます。普段だったら遠慮して食べてきたと答える(!?)ミフリの社長ですが、今日は「お腹がすいてすいて、あなたにごちそうになろうと我慢してきたのよ」と返事します。近くのいきつけのレストランに誘ってくれます。トルコの東部の名物料理を出す店です。辛いもの好きな人にはアダナケバブ。鶏肉のピザ、ひき肉のピザ、チーズのピザ、羊肉、牛肉、鶏肉の串焼きなど。トルコの食卓は豊かです。テーブルをいっぱいにするように、無料の前菜やサラダなどがついてきます。もちろんパンやピデ(平たい焼きたてのパン)は食べ放題。最後は食べきれなくて残す結果になりますが、カラのお皿が並ぶのはあまり好まれることではありません。満足するまでごちそうしなかったということになるからです。食べ残してお腹がいっぱいなのに、さらに「デザートはどうか」「もう1杯コーラを飲め」と友人は言ってくれますが、もうどこにも入らないので断ります。また遊びにくることを告げて、村へ向かいます。友人は「今日、戻ってくるんだろ? 部屋と夕食を用意して待っているからな!」と手を振ります。村へは幹線道路を西にすすみ、途中からクルマ1台がやっと通れる細いダート道をすすみます。ここから50キロ、ダート道。砂ホコリをたてながら。ここは地形のせいでしょうか。険しい山間の村ではなく、ゆるやかな丘陵が続きます。でも標高は高いですよ。眼下には谷があり、下に川が流れています。何もない道が続きます。畑はあるけど家はない。本当にこの先、何かあるか不安になること、家がポツリポツリと見えてきます。道も道というよりは、クルマが通れそうなところを走っているだけです。1軒丘の上に大きな家が見てきました。道なき道をすすみ、辿り着くと、一家の主であるおじさんとおばさんが顔を覗かせました。「おーよくきたね」木陰のテーブルでチャイをごちそうになり、今日はまだ移動マーケットが来ていないのでタバコがないんだよ、というおばさんにタバコをすすめながら、まずは世間話を1時間。アンタルヤを出て約8時間。道もない、店もない、家屋は見えるところに5軒ほど。馬と羊の数の方が多い、世間から隔離された別世界に来ています。私たち。
2004年08月31日
昨日は時差ボケに加えて、慌ただし過ぎて何がなんだかわからない一日でしたね。今日は昨日、村の女性から教えてもらった織り機の縦糸はりの復習をします。ミフリのある商業ビル(ウズンチャルシュイシハヌという名称です)はカレイチの入り口、時計塔から徒歩30秒のところにあります。商業ビルと言っても、2階建ての建物が庭を囲んであるだけです。店子はミフリとチャイ屋とバック屋と絨毯屋の倉庫があるだけですので、広い面積を使い放題です。さてこのイシハヌの庭で木陰を探して、金属製の杭を打ち込みます。その前に織る予定のキリムのサイズを決めて、それに合わせて杭の幅、巻きつける縦糸の本数を割り出します。お手伝いはミフリ社長と誰か暇な人を見つけて。糸巻きはあなたの仕事、私は巻かれた糸の順番が変わらないように鎖編みをしていきます。秋といっても日差しはまだ強いアンタルヤ。帽子をかぶってください。そうそう忘れてはいけないのが軍手。糸をきつく引きますので、素手だと慣れないうちは手のひらが痛くなってしまうかもしれません。手のひらが厚いから大丈夫、というのであれば必要ないです。糸を巻き終わるまで、手を緩めることはできませんので、汗もかくし、体力勝負です。タオルを首に巻くのもお忘れなく。一度目は間違っても構いません。でも織り機にかけるのなら、間違ったらもう一度・・・・。何度かやると縦糸の巻き方のコツがつかめてきます。巻いた糸を地面の杭から鉄棒に移し、いよいよ織り機に組みます。こちらも何度かやればできるようになりますが、それまではミフリ社長がお手伝い。失敗をしては、組んだ糸をはずし、またかける・・・・そして覚えるのです。織り機に組めたら、休憩をしましょう。ミフリは2階にあり、テラスから庭が眺められます。普段は店の中ではなく、テラスに座ってお茶を飲んだり、ご飯を食べたり・・・。今日は何を食べましょう。今の店には台所がないので、出前をとりますが、カレイチは飲食に関してはあまり選択がありません。サンドイッチ、マカロニなどを出前してくれる軽食屋、店の前にある串焼き、スープなどがあるレストラン、道を挟んで向かいのアンタルヤでは有名なキョフテサンドイッチ屋・・・キョフテとはミニハンバーグみたいなもの、それを野菜たっぷりにパンに挟んで200円ぐらい。ちょっと歩けば、チキンのドネルサンド、コルボレイ、食欲のないときはポーチャなどを買いに行けます。近くのレストランやカフェから日替わり定食を200円ぐらいで注文してもいいですね。食事を終えたら、チャイタイム。下のチャイ屋から出前をとります。チャイとはトルコの紅茶。二段式ポットで濃く出して、お湯で割って、砂糖を入れて小さなグラスで飲みます。チャイのほかに、エルマチャイ(リンゴ)、オレンジ、キウィ、レモンチャイなどもあります。ハーブティー、アダチャイ、ケキッキチャイなども。これらのチャイは1杯25円ぐらい。ネスカフェ、トルココーヒー、冬場なら伸びるアイスの材料であるサーレップという植物の根から作ったミルキーな飲み物もあります。シナモンの香りがおいしさを増し、身体が温まるのです。チャイを飲んで、タバコを吸って、さあ、作業の続きをしましょう。織り機は希望により外、または室内におきます。外は新鮮な空気に触れながら気持ちよく作業ができますが、その分、見に来る人も多いです。「日本人がトルコのキリムを織っているぞ!」「いやいや日本のキリムに違いない」などどといいながら近寄ってきて、トルコ語で次々と質問攻めにされるかもしれません。うっとおしい反面、友達もできやすい・・・かも。いやいや短い期間なので、織りに集中したい。という人は室内がおすすめ。孤独に黙々と織れます。ミフリは織りはじめ、途中、途中、様子を見にきますが、ずっとそばについているわけではありません。わからないことがあったら、部屋から顔を出して合図を送ってください。手があいていたらすぐにいきます。とにかく織る、織る織る・・・・。疲れたら下からチャイを出前してもらい、休憩してもいいし、散歩に出かけて気分転換。夕方6時には昨日同様、眠気が襲ってくることでしょう。テイクアウトのサンドイッチでも買って、ホテルで休んでもいいし、元気だったらみんなで食堂に夕食へ。ミフリはミフリ社長が一人で切り盛りしている店ですが、なぜか毎日午後から夕方にかけて、遊びにくるトルコ人がいっぱいいます。新聞記者のフセイン、元ミフリスタッフのジェム、スーザン、スーザンの友人のヌルセル・・・その他、日課のように現れる人々・・・最初はいったいこの人たちは何者なのだろう・・・と戸惑うと思いますが、ただ遊びにくる人たちで、害はありません。建物の管理人の元軍人のおじちゃんも、普段は冗談好きないい人ですが、いざというときはホテルや要人のボディガードをやっていた経歴の持ち主でとても頼りになります。明日はちょっ遠出をします。出発は朝の6時、ホテルに迎えに行きますから、用意しておいてくださいね。それと何か必要なものがあれば、近くにスーパーがありますので、そこで買えます。歯磨き粉、シャンプー、洗剤、ティッシュ、靴下、下着・・・。ついでに両替所や銀行、郵便局などの場所も教えておきますので、スーパーまで一緒にいきますか・・・・。
2004年08月30日
興奮と時差でなかなか寝付かれなかったと思います。トルコと日本の時差はサマータイムで6時間、通常で7時間。日本の方が東にあるので、つまりトルコでの朝6時は日本での正午になるわけです。ということで、眠たいのだけど、なぜか朝早く起きてしまったことでしょう。朝6時・・・・夜の街カレイチは朝が遅いのです。お腹もすいたことでしょうが、ペンションのおばさんがやってくるのは8時ごろで、朝食もそれぐらいからです。やっと8時になって朝食。ペンションの庭でとります。メニューはトルコ式。オリーブ、白チーズ、トマト、きゅうり、バターと蜂蜜。パンは朝焼きたてのフランスパンみたいな形のトルコパン。飲み物はトルコの紅茶、チャイかネスカフェ。パンとチャイ、コーヒーは御代わりできます。朝食をとって、部屋に戻ってゆっくりしているところへ、ノックの音が・・・・。「おはようございまーす!」ミフリ社長の声です。まず打ち合わせ。トルコ滞在でどんなことをやりたいか、何を習いたいか、もちろん事前にメールでやりとりをしていますが、実際にどれだけのことができるのか、スケジュールは・・などを話し合います。トルコですから、全てが予定通りに進行することは難しいですが、おおまかな予定をたてます。キリムが織りたい。村の染色をやりたい。キリマンを覚えたい。絨毯を織りたい。村の女性と村でキリムを織りたい。村に滞在しながら絨毯を織りたい。ただひたすらキリムの知識を仕入れたい。トルコの絨毯、キリム問屋を回りたい。・・・・・・なんでもいいのです。やりたいことを考えてきてください。あとは日数によって、できることできないことがありますので、調整します。またお話して、こちらから滞在計画の提案をさせてもらうこともあります。基本的には、せっかくトルコまで来たのだから、村や地方の織りや染色の現場を見ていただきたいと思うのです。時間がない場合はミフリ社長が直接、キリム織り指導をします。店にも織り機がありますので、それで織っていただくことも可能です。・・・・そんなことをお話します。事前のメールで予定がだいたい決まっている場合は、さっそくそれに従いスケジュールをこなす準備をします。初日は村へ行き、現場を見ていただき、また店に来ていただき、明日からの予定を決めていきます。村へはクルマで約1時間。70世帯300人が住んでいます。その多くの家庭で絨毯織りをしていましたが、現在はコンスタントに織っている人はなく、娘の嫁入り道具のため、知り合いからオーダーが入ったときなどに織るぐらいです。今日は実際に絨毯を織っている女性の家を訪問します。織り機、糸、織り方などを見ていただき、希望があれば縦糸張りの実習を行います。昼食は家庭で出してくれる素朴な食事。テーブルではなく、床に布を広げ、その上に丸いお盆をおいて、それを取り囲むようにみなで座ります。庭でとれたトマト、レタス、自分でつけたオリーブ、自分で焼いたユフカという薄いパン・・・。お腹いっぱになっても「あれも食え、これも食え」とすすめられます。トルコでは遠慮は禁物。遠慮すると「おいしくなかった」と思われてしまいます。おいしいと感じたら、遠慮をしないでガツガツ食べてください。喜ばれます。40000枚の絨毯が日干しのために広げられている「絨毯畑」の見学、ローマ時代から近代まで時代の異なる遺跡が石の道を挟んで点々と続くアンティークロードなどを見に行ってもいいですね。村のカフェでたむろしているおじさんたちに「メルハバ!」なんて挨拶してみましょう。驚いた顔をして、一瞬遅れて笑顔で「ようこそ!」と挨拶を返してくれることでしょう。夕方6時ごろには眠気が・・・・。日本時間で深夜0時ですので自然なことです。ホテルに戻って、とりあえず眠ってください。ではまた明日・・・・。
2004年08月29日
成田からイスタンブルを経由してアンタルヤへ向かいます。イスタンブルまではマレーシア、アエロフロート、シンガポール、ウズベキスタン、KLM、アシアナ、エールフランスその他、各社が乗り入れしていますが、ここは一番簡単なトルコ航空を使います。成田から発つとイスタンブルには同日午後7:55に到着します。トランジットの案内に従い、トランジット出口へ行き、搭乗券を見せて上の階に上がります。そこは国際線の出発ロビーで、飲食店、免税店などがあります。さらにゲート方面にすすむと、椅子があり、場所を選べば空いていますので仮眠することもできます。アンタルヤ行きは国内線の客と同じ便に乗ることになります。ゲートは通常300番台で、エスカレーターで下の階に進みます。午後11:20ごろにゲートにバスが来るので、それに乗り、飛行機へ。トランジット客は後方から乗り、アンタルヤに着いたら後方から降ります。タラップを降りると、係りの人がトランジット客用の名簿を持って待っていますので、名前を確認してもらい、バスに乗り、建物へ向かいます。パスポート検査はアンタルヤで行います。稀に誤って国内線の出口に向かい、入国のスタンプなしのままの旅行者がいますので、くれぐれも出口はお間違いなく。日本からはトルコ航空でイスタンブル経由で同日(正確には翌日1:10ですが)アンタルヤ国際空港へ入れます。深夜の到着ですが、とくにシーズン中のアンタルヤ空港は明け方まで賑やかで、両替、タクシーなどにも困ることはありません。それでも不安な人は事前にミフリ社長にお迎え希望のメールを送っておいてください。荷物を受け取り、形だけの税関を抜け、まっすぐ進むとタクシーの声がかかります。カレイチへ向かう人は「カレイチ」とまず告げて乗ります。普通15分から20分ぐらいでカレイチの入り口で、「時計塔(サートクレシ)」のある「カレカプス(城塞門)」へ着きます。タクシー運賃は深夜帯割増で4000円~5000円。そこから予約してあるホテルやペンションの名前を告げたり、道を指示してください。運転手がわからない場合は、電話番号を提示して電話をかけてもらってもよいでしょう。とくにシーズン中のカレイチは不夜城ですので、遅くの到着でも心配はありません。またカレイチ内であれば、人気のあるいくつかのホテルをのぞけばは夏でも満室ということはありませんので、泊まるところが見つからない・・・という心配もありません。もちろん深夜の到着ですので、予約しておくにこしたことはないですが・・・・。ホテルに入ったらシャワーをあびて、お休みください。ミネラルウォーターはホテルの人に言えば持ってきてもらえます。空港では500mlが2ドル、街中やホテルでは20~30円ぐらいです。時差があってなかなか眠れないかもしれませんが、明日は朝から忙しいですよ。イイ ゲジェレル!(おやすみなさい)追記:トルコ航空以外の飛行機を利用してイスタンブルに入り、その後トルコ航空のアンタルヤ行きに乗る場合は、同日乗り換えでも入国スタンプはイスタンブルで押してもらいます。アンタルヤの到着もトランジットとしてではなく、普通の国内線の旅客と同じように国内線から出ます。イスタンブルーアンタルヤ間のトルコ航空のチケットは空港でも購入できます。ただし常に満席ですので、事前に予約したい場合はご相談ください。暗証番号で支払いなしでイスタンブルでチケットを受け取ることができます。日本で購入するより安いのではないかと思います。(現在片道約12000円です)
2004年08月28日
日本に滞在していると、トルコのことをすっかり忘れてしまう。トルコ病のときはトルコのトの字を見ただけで落ち着かなかったけど、最近は意識しているかのごとく、トルコに住んでいることすら頭になくなる。どうしてなんだろう・・・・。息子はもっと極端で面白い。日本語とトルコ語を使い分けるが、トルコにいようと日本にいようと、日本人と話すときは、私も含めて、トルコ語は絶対話さない。今日もうっかり「キタップ」なんてトルコ語の単語を使ったときも、「本って言ったんだよお!」と。日本でトルコ人やイラン人の知り合いがいるが、彼らと話すときは一瞬戸惑っている。「外国人だけど、日本語はなしている・・・どちらの言葉で話せばいいのだろう・・・・」ってなところだろう。話がそれたが、というわけでトルコにいないので、トルコでの商売ネタがない。そこでトルコへキリム織りなどを習いに来る人のために、どんなところでどんなことをするのかイメージトレーニングをしてもらおうと、勝手に決めたのである。アンタルヤ国際空港に着いたところから、アンタルヤ国際空港から日本へ向かうところまで。どんなことをするのか、どんなところへ行くのか。どんなことが簡単でどんなことが面倒なのか・・・・。秋バージョンで。
2004年08月27日
久しぶり・・・というか、人生初めてではないだろうか、専業主婦(というか、主婦の仕事をちゃんとこなしていないので、ただの暇人・・・!?)の生活というものを1日に数時間させていただいている。なかなかいいものであるが、かえって何をしていいのかわからなくて疲れる。こう書くと賛成意見と反対意見があると思うが、人というのはないものをねだるもの。私の場合、仕事仕事で生きてきたので、特に何もすることがないことにあこがれる。でも実はその反面何もしないで家にいるというのが落ち着かない。だからラクでいいのだけど、とにかく落ち着かない。怠けたいのは常だけど、仕事場で怠けるのがいいのであって、仕事は何もしなくていいから家にいろ! と言われたらたぶん我慢ができない。鹿沼の店にはほとんどいかない。夫の管理下にあるので、あまり邪魔してもいけないかと・・・。(本当は片付けの邪魔になるのでいづらい)用事があるときは店に行く。それ以外は何をしているのかというと、洗濯して干して、取り入れて、食器を洗って、掃除機をかけて、スーパーに買い物に行って・・・・。ただし半分以上は夫がやってくれるので、やらない日も多い。たまに家でテレビを観る。でもなんだか日本のテレビはつまらない・・・。というか、日本のテレビ事情がわからないので、私だけがつまらないのかも。俳優も知らない、歌手も知らない、古いタレントならわかる。私が知っているジャニーズはスマップが最後である。かれこれ10年以上も日本のテレビをまともに観ていないのだもの、仕方がない。カラオケに行こう、って言ったって、歌えるのはアニメソングと80年代アイドルぐらい・・・。恥ずかしくて人と行けないのである。かといって一人で行くほど度胸もないので、結局行かない。トルコじゃできないのだから、たまには家でごろごろしてたら? って夫に言われる。それもいいけど、どうも家にいると、落ちつかない。用事を無理矢理つくって外にでる。家で居場所のない旦那さんみたいだけど、これもクセになってしまっているのだから仕方がない。あとはお買い物・・・。お買い物っていったって、鹿沼だもん、福田屋とイトーヨーカドーと、どこにでもあるチェーン店ばかり。私の買い物は、日本での生活のためではなく、トルコに持って帰るもの中心・・・。それもそんなに必要なものがあるわけじゃないので、毎日行く必要もないのである。・・・というわけで暇です。
2004年08月25日
今年の桜の季節に日本に戻ってきたときも、なぜか那須に通う日々だったけど、今回も鹿沼に戻って1週間のうち、4日間が那須通いになってしまった。つまり那須に行っているか、鹿沼のイトーヨーカドーで涼んでいるか・・・どちらかである。今日は家具店の「火を楽しむ会」で、焚き火をしながらジャズの演奏、オークションなどが行われていた。そのそばでデッキマーケットというのが行われていて、10店ほどが出店していた。それに参加したわけだけど、今日の那須は雨が降りそうで降らない、涼しい天気で、1日座っていても苦痛ではなかった。気持ちよい風が吹き、キリムの上でついついお昼寝をしたくなる陽気・・・寝そうになるのをグッと我慢しながら暗くなるまで過ごした。那須への道は慣れたもので、往復約160キロ。時間にして往復3時間ぐらいの道のりである。夜は道路がすいているのでもう少し早くなる。一人ならもっともっと早くなる。出店している人たちと話をしているうちに、20年ほど前に中東からヨーロッパに石油関係の仕事で駐在していたことがあるという人に出会った。私がトルコに住んでいると知って、話が弾んだ。うらやましがってくれたけど、私にしたら20年も前の中東を知っているというのはうらやましいを通り越して憧れである。10年前のトルコと今のトルコの差ですら、私には大き過ぎてなんだかつらい。夫に言わせると15年前のトルコも違うという。はっきり言って昔のトルコがいいと思っている。でもそれは私の勝手な考えだというのもよくわかっている。住んでいる人にとっては近代化されていくことが望みであり、そういう生活を求めるのは当然のことである。その生活を手に入れるためにお金が大切なものになっていることも・・・。私だって日本の伝統文化を守るために、とか理由をつけられて便利な生活をさせてもらえなかったらいやだもんね。なんだかわからない内容になったけど、疲れすぎて、言いたいことをわかりやすくまとめるほど脳ミソが働かないので、今日はここまで。
2004年08月21日
いざり~さん、たまゆらさん、ジミーさん、キタノウミさんありがとうございます!!まずは書いていただいたことを理解して、実践してみます。それでまだわからないことがあったら(たぶんあると思います)また質問させていただいてもいいでしょうか?サイズを小さくするという意味すらわかっていませんが、とりあえずやってみます。画像がみなさんのように掲載できるようになったらいいなあ・・と思っています。本当にありがごうございます!!それにしてもみなさん、いろいろご存知なのですね。世の中についていけない自分を再度確認いたしました。
2004年08月19日
先日、komomoさんに教えてもらったにもかかわらず、まだできないでいるミフリ社長です。本当にパソコンもインターネットも使いこなせないでいます。みなさん画像を載せていらっしゃるので、ご存知ってことですよね。楽天の画像倉庫を使おうとすると、サイズが大きくて使えません。どうぞ幼稚園児に教えると思ってお願いいたします!!(えッ!?いまどきの幼稚園児はもっと理解しているって!?)
2004年08月17日
塩原のフリマは早々に引き上げて、次回は今週の土曜日8月21日に再び行くことになりました。今度はフリマではなく、デッキマーケットという名称だそうです。デッキ部分で販売をするからかな?21日はお祭りの日で、場所を提供してくれる家具店オリバー関谷店でも夕方4時からいろいろイベントを用意しているようです。千葉の友人でやはりキリム絨毯販売をしている女性と一緒に、キリムとトルコ小物の販売をします。小物は処分のつもりで出しますので、大安売りします。陶器、雑貨アクセサリー、ガラスビーズ、革紐などを処分価格で・・・。那須近辺の方、または那須方面に遊びにいらっしゃる方、ミフリの社長がお待ちしております。場所は西那須野近く、関谷北というセブンイレブンがある交差点からすぐ。オリバーという輸入家具店、まきストーブ販売をしている店の敷地内です。すっかり宣伝になってしまいましたが、実はミフリ社長は仕事目的ではなく、那須に通ってドライブとピクニックしているだけという話です。でもデッキに敷き詰めたキリムの上で、おいしい空気を吸って、寝転がっているだけでも、気分がとてもいいのですよ。この時期、ウールは暑くて・・・なんて言わずに屋外でキリムの上でお昼寝を試してみてください・・・な。
2004年08月16日
暑い暑い・・・と思っていたのですが、昨日今日の栃木は雨天気で寒いぐらい。那須のフリマも雨なので休止かなあ・・・と昼を目指してのんびりとドライブ。半そででいったら、なんだか涼しくて、というか寒くて、ぶるぶる。クルマもエアコンを暖房にしてしまったのは私だけでしょうか・・・・?また暑さが戻るらしいですけど、そういえば日本じゃ、お盆が過ぎれば海にくらげが出るようになって、泳がなくなるのだったけ・・・って思い出しました。アンタルヤは10月まで海水浴のシーズンです。寒くなって、アンタルヤが恋しくなってしまいました。
2004年08月15日
相模原方面にキャンプに行ってきました。こんな行事に参加できるのも、本当に何年ぶりかのこと。それでも週末の那須塩原のフリーマーケット(?って実態わかっていないで参加するのですが・・・)の準備を何もしていないので、値札つけとか商品選びとかを考えはじめると、眠れなくなってしまいます。キャンプ場は道志村の、川べりで、今回はテントはやめてバンガローを借りました。バンガローと言ってもなんだか2部屋もあって広々。中にトイレも洗面所もあるのでラクでした。明日は鹿沼に戻ります。鹿沼店「アクチェ」はどうなっていることでしょうか?週末14日から16日のフリーマーケットは、那須では有名な輸入家具店オリバーの塩原店(関谷店)の方です。こちらは人通りもなく、寂しいですが、場所だけは広いそうなのでキリムを敷いてピクニック気分で3日間、出店する予定です。時間は10時から15時ぐらいだそうです。どうぞ那須方面で「オリバーの関谷店」と聞いて、遊びにいらしてください。お待ちしております!
2004年08月11日
帰国しましたが、実家でのんびり中。本当は急いで帰って、鹿沼店アクチェの手伝いをしないといけないのだけど、たまには夫一人で頑張ってもらいましょう・・・と、息子と夏休みを過ごしています。週末には(お盆のころ)那須の家具屋さんの3日間にわたるフリーマーケット(?)に出店するかもしれないので、それまでサボらせてもらおうと決めているのです。・・・というわけで、鹿沼店は営業中。ミフリ社長の夫はどんな人か興味がある方は、遊びにいってみてください。那須方面に遊びにこられる方は14日から16日に塩原の輸入家具・雑貨屋さんにいますので、ミフリ社長を見かけたらぜひ声をかけてください。ではよい休暇を!
2004年08月09日
ソウル経由で日本に戻ってきた。今回は昨年のアシアナ航空1年オープンチケットの復路が残っていたので、それを使っての帰国。アシアナのイスタンブル-成田はソウル経由で、イスタンブル-ソウル間はトルコ航空との共同運航便。しかもお客は見事に韓国人ばかりなのに、スチュワーデスはトルコ人オンリー。トルコ航空は、ANAだっけ?JALだっけ?の日本の航空会社との共同運航便では日本人スチュワーデスが必ず乗務しているし、トルコ航空にも日本人スチュワーデスがいるのに、ソウル便には韓国語ができる乗務員がいないのである。お客は韓国人のツアー客がほとんどで、あとは個人旅行客。数えられるぐらいのトルコ人客。見た目や服装、持ち物では日本人か韓国人が以前ほど区別がつきづらくなっているので、ソウルに着くまで日本人が何名いたかわからなかったが、乗っていたのは私と息子を含め4人。あとは韓国人、韓国人、韓国人・・・であった。これはおもしろいことになるぞ・・・・と、思っていた。英語がわからない韓国のおじちゃん、おばちゃん。英語が通じなくて切れる(だろう)トルコ人スチュワーデス。日本人客も海外に出て、結構恥ずかしい部分があるのだろうけど、韓国の人はパワーが違う。まず満席で伸びて寝るところがないとわかると、座席の足元に(しかも他人の席でもお構いなし)枕をおいて寝る。人が映画を見ているとわかっているのに、通路に立ちはだかり動かない。スチュワーデスが「ワインのキャップは開けてお渡しします」と言っているのに、「キャップを開けないままくれ!」といい続ける。お土産にするつもりである、きっと。「お飲み物は何になさいますか?」とスチュワーデスが何度も聞いているのに、それには答えず「マカロニ」の御代わりを主張し続ける。しかもまだ食事は終わっていないのに・・・。(お代わりをするのは構わないのだけど・・)これはトルコ人の性格からして、絶対切れる!と思っていたら、案の定、スチュワーデスの一人が大声を張り上げた。「誰か英語のできる人はいないの!!」食事のときに「肉かマカロニか?」と聞いているのに、それが見事に通じないのである。日本人だって同じようなことはあるし、私だって初めて海外に出たときは緊張したものである。でも英語に自信がないからこそ、予習をした。飛行機で食事のときは何を聞かれて、どう答えるか・・・など。英語がわからなくても食事のワゴンを持ってきたら、どちらにするか聞いているのだろう・・・と想像して適当に返事ができる。ところがおじさんおばさんはそれすら想像することはなく、ポカン。としているのである。だから1メートルすすむのに、すごく時間がかかるのである。お腹が空いていて食事を楽しみにしていた私も、あまりにも遅いのでイライラしたほどである。私の比じゃないほど、気の短いトルコ人女性には厳しい現実。ワインの赤か白か、その返答を得るためにも時間がかかる。スチュワーデスが私がトルコ語を話せるのをわかって「お願いだから助けて。通訳してちょうだい」と言うのだが、私は日本語ならわかるけど韓国語はわからんぞ!通路を挟んで隣のおじちゃんが肉かマカロニかのスチュワーデスの問いに、ポカンとしているので「現物みせたら!?」と私は自分のマカロニを見せて、「これか? これじゃないのか?」と手振り身振り。おじちゃんわかってくれて「これじゃないの」と肉を選んだ。そうだよ、ワインだって「レッド? オア ホワイト?」なんて聞いてないで、両方手にとって指さしして選んでもらえばいいんだよ。ああ、でも見事だった。トルコ人スチュワーデスと英語の通じない韓国人のお客さんとの戦い。お客が「紅茶をくれ」(と言ったのだと思う)に対して、スチュワーデスが「アイスクリーム!? そんなものはないわよ!」と声を荒げた。最後は紅茶を欲しいのだとわかって、無事にすんだけど、こうなるのはどうせ毎度のことなのだろう。韓国語がわかる乗務員を乗せたらいいのに・・・・。トルコ旅行をする韓国人は日本人と同じぐらい増えている。なのに、共同運航便に、韓国人の乗務員、または韓国語を話せる乗務員を乗せないのか、そっちの方が不思議である。といいうわけで、トルコ人vs韓国人のバトルは韓国人の勝ち!ところで乗り換えで寄港したソウルの空港。トルコでは気が強い、主張しすぎ・・・とあまり評判のよくない韓国人であるが、やはりアジア人種は物腰が柔らかく、いいなと思った。トルコ人はアジア人種からみたら、やはりヨーロッパ人である。個人的な差もあるが、とくに警察、空港関係は威圧的で印象があまりよくなかったりする。それに比べて韓国の空港関係者はモノの言いかたも、案内の仕方もすごくやさしかった。いろいろ言われている韓国人の性格だけど、ソウルではトルコから来るとアジアに戻ってきたんだな・・・とホッとする。それに英語で話してもほとんどの場所で日本語表記があるし、日本語で返事がくる。英語会話を忘れてしまった日本人としてはラクチンな寄港地である。アエロフロートで先に帰国した夫は、イスタンブルからの飛行機の遅れで、モスクワで1泊するハメになった。しかもホテルの用意もなく、交渉しても「明日の朝になれば返事ができる」という、わけのわからない返事で、結局24時間、モスクワの空港内で放っておかれたらしい。私が息子連れでアエロに乗らなくて良かった・・って思ったばかり。普段はトルコ航空で成田直行を使う私であるが、韓国人のおかげで、ソウル経由でのイスタンブル往復も私のお気に入り航路のひとつになっているのである。
2004年08月08日
6月12日の日記より村の草木染めの話続きトルコの村の伝統的な草木染めを習う、その2日目。8時にカレイチのミフリの前に集合。今日もクルマ2台。保育園が休みなのでうちのおっちゃんと息子も同行する。家にいるよりは村の空気でも吸った方が健康にいい・・・。アイシェの家に着くと、まず朝食前にまず鍋から糸をあげる。今回は濃い黄色を染めた。山で摘んだトルコ語ではスットレーン、エゼンテレという2種の植物を混ぜ、ミョーバンを媒染とした。鍋に糸とそれらの材料が全部入っている。そこから糸だけ取り出し、絞って干す。干し終わったところで朝食。アイシェ手作りのオリーブ、村のタマゴ、白チーズ、ユフカ、チャイ、トマト・・・。黄色はこれで完了であるが、この黄色を元に濃緑も染める。今回はこの作業は省略するが、まず木を燃やした灰をお湯にといた溶液に糸をつける。これは青をかけるのでそれ用の媒染液になる。その間に作業のために必要なものを集めに行く。炎天下、つるはしを持ち、村を歩く、途中、ウルバダという植物の根をとり、食事で使ったレモンの皮を乾燥させ、インディゴのカメを見て、これらの作業行程を説明する。緑に染める作業はさらに2日かかる。ウルバダの液とレモンの皮を砕いたものはインディゴを発酵させたカメに混ぜるのである。深く濃い黄色に染まった糸が軒下に下がる。日本では草木染めというと淡い色をイメージする人が多いが、トルコのそれは全く違う。草木染めは原色を中心に、はっきりした色がちゃんと出ているものが良いとされる。日本の淡い色の糸を持ってきたら、「これは染め方が悪い例ね」なんて言われてしまいそう。でもまあ良さはそれぞれ・・・・。午後の早い時間で終わったので、アイシェ一家に別れを告げ、ドゥデンの滝で遅い昼食をとることにした。ここでは淡水魚をグリルにしてくれる。味の濃いトルコ料理に飽きたころに食べると日本人にはさっぱりしてうまい。それにこの滝から続く川は水量が多く、レストランのある川に向かって階段を下ったとたん、その一体がまるでクーラーが効いているかのように涼しい。40度を超えているアンタルヤでは食欲がわかないが、これだけ涼しいと食う気になる。Kちゃん、Mちゃん、Rちゃんは持参のしょうゆをたらして満腹。大食いの社長は本当は2匹食べたかったなあ・・・と思いながら腹6分目。息子は自分の魚だけでは満足せず、父親の魚も全て食べ、おかげでうちのおっちゃんは魚の皮だけ食べてごちそうさま。
2004年08月06日
2004年6月11日の日記より~トルコの伝統的な草木染めの話帰国間近のKちゃん、Mちゃんにとっては最後のイベントになる草木染め講習。しかもよくある工房の草木染めではなく、もう滅多に見ることのできない、村の女性による伝統的な方法によるもの。今回は植物採集から一緒にすることにしていた。朝8時に店の前に集合。kちゃん、Mちゃん、Rちゃん、植物に関するある研究をしている日本人留学生のCさん、Cさんのお知り合いで、現在アンタルヤに滞在中のFさん、運転手としてうちの社長とアドナン。7名になったので2台のクルマに分乗して村へ。起きたばかりのアイシェと朝食を一緒にし、いざ山へ向かって行進。山の上ではなく、村に迫る山のすその方。黄色を染めるために2種の植物を採集する。青虫はいるわ、蛇はいるわ、植物の1つは乳白の液がでるものでしかも毒があるので、採集には要注意。5キロの糸を染めるのに、約20キロ分を袋につめる。糸を洗剤で洗い、ドラム缶の半分ぐらいの大きさの鍋に糸、植物と3層にし、間には媒染剤であるミョーバンをそのまま振り掛ける。材料から色をとって漉して、ミョーバン液につけて染液につける・・・の間違いではなく、みんな一緒に放り込む。日本で染色をきちんとやっている人にとっては信じられない光景であろう。でもこれでいいのだ。もちろんアイシェに何グラムかなんて聞いたってわかりはしない。彼女の計測は片手に何つ、これぐらいで何回とか言ったものだから、メモをとる方はそれを頭に入れておかなければならないのである。お湯を少しつづ入れながら、外に組んだカマドに鍋をくべる。ここまできたらあとは最低7、8時間火が消えないように、煮続ければいいだけである。7、8時間も待てないので作業はアイシェ一家に任せることにする。初日はここまで。昼食を食べ、絨毯織りを少し習い、夕方の4時には撤収。暑いなかの作業で全員がぐったりしたが、一番疲れたのはやはりアイシェであろう。夜番で休暇中の旦那さんと、来週の入試に向けて勉強中の娘のブルチュまで手伝ってくれた。本当にご苦労さま。明日は鍋から糸を取り出すところから。
2004年08月05日
http://www.mihri.org/sushi.html朝、漁師さんから連絡が入る。10キロのマグロがとれたけど・・・。・・・ということで急遽、今日の昼飯はマグロ寿司と刺身になった。魚はマグロとひとくくりで呼ばれているけど、魚に詳しくない私が見たところ目がまん丸で「メバチ」に似ている。しかも10キロぐらいだからまだ若いのかな?肉は前回試したマグロより白っぽく肉も柔らかい。筋も少なかった。さて寿司を食う人は、私と中華レストランの中国人3人とオーナーのトルコ人女性、友人のトルコ人の若い男性2人。マグロを中華レストランの中国人がさばき、私が酢飯を作り、握った。中国も刺身は食べるので寿司もあるのかと思ったのだけど、酢飯に砂糖を入れるのをすごく不思議ががっていた。それでもアンタルヤの寿司レストランではトルコ人寿司職人が砂糖をすごくたくさん入れるらしく、それよりはマトモな味だとほめられた(ほめられたのか・・・!?)。私がわさびと刺身用醤油を持っていたので、それで食らう。中国人3人は寿司より刺身。私は20個は食べた。トルコ人女性は生は苦手と、寿司を電子レンジでチン。それはそれでうまかったけど・・・。そして一番食べたのはトルコ人男性2人で、少なく見ても30~40個寿司を食べ、刺身も平らげた。しかも箸で・・・・。このマグロ10キロで7人で食って約5000円。トルコでは高い買い物だけど、それでもみんなが満足して、さらに肉が残っているのだから安いものである。ちなみにアンタルヤのホテルにある寿司レストランで1人前約6500円だそう。日本に帰っても、最近じゃ、寿司だ、豚肉だ、って日本食にこだわらなくなったけど、こうして寿司パーティをやってみると、なかなか楽しい。秋になると魚も手に入りやすくなるらしいので、寿司の握り方でも勉強してくるか・・・! って気になったもの。こうして日本人絨毯屋の一日は寿司で始まり寿司で終わった。充実した一日だった・・・・って・・・・また今日も仕事していない・・ってば!
2004年08月03日
画像の載せ方がわかりませんので、このアドレスにアクセスしてみてください。http://www.mihri.org/halitarlasi.html
2004年08月02日
トルコのテレビはあまり見ないなどと、いつかの日記で吠えていたかもしれませんが、本当は我が家は朝から晩までテレビつけっぱなし。ただし私か夫が家にいるときに限りますが。今では入手困難になったインターナショナルシステムのビデオデッキで日本でも見ることができるように録画なんかもしていたりします。でも最近のドラマとかバラエティとか歌番組はちゃんと見たことがありません。見るのは・・・・というか大好きなのがトルコの古い映画。すでに見たことがない作品はないだろう、ってぐらい見ています。しかも何度でも見るからストーリーは覚えてしまっています。これだけ見ていてトルコ人からも驚かれるぐらい内容も知っているのに、いまだに役者の名前を一人として知らないのです。役者の名前はうちのおっちゃんがよく知っているから、私は覚えなくてもいいや。と思ってしまって、本当に一人も知りません。でも区別化をはかるために、それぞれに勝手にアダナをつけて呼んでいます。だから人に講釈たれることはできないのです。つまり役者に興味がないのです。映画は見ます。そのわけは映画の小道具や背景に出てくるトルコの手工芸品に興味があるからです。現在のトルコで、いくら村に行ったところで昔ながらの生活を見ることはない、と言ってもいいでしょう。ところが映画は1960年代に撮ったらしいものが多いですから、そこには今では見ることのできない、村の風景、道具や衣装の着方、食事風景、地方の習慣などを見ることができるのです。「ああ、あのキリム欲しいなあ」「このパーツはこういう風に使うのか」などど思いながら見ています。映画ですから完璧とはいえなくても、当時はまだロケできる風景や実際の村や遊牧民の生活があったわけですから、かなり参考になります。最近はトルコで「伝統的な生活」を描いた連ドラなどがあって、評判ですが、確かにイメージ的には「トルコの伝統的な」と言うような衣装や大道具、小道具をそろえていますが、事実とは違いすぎて参考になりません。トルコのアナトリアでウズベキスタンのスザー二があったり、村の人の衣装がトゥルクメニスタンのものだったり、衣装が東西入り混じっていたり、時代交渉がめちゃくちゃな日本の時代劇を見ているようなものです。これは現在のトルコで手に入る民族的なものはだいたいが中央アジアから来ているもので、撮影の衣装、小道具、大道具は選びようがないのか、またはそれがどこのものか知らないか・・・という感じなのでしょう。うちの店にも撮影用に探しに来ることがありますが、トルコのアナトリアの時代もので馬の背中に置く装飾が欲しいというので「ない」と言ったのですが、スタッフの女性がウズベキスタンのラクダの装飾を見つけて「これがいいわ!」。「でもそれウズベキスタンのですよ。しかも馬じゃなくてラクダ用の」と言って販売を断ったことがあります。本人たちが納得しているのだから売ればよかったのかもしれませんが、そういうことには頑固です。話は違いますが、トルコ石は輸入品なのに、日本からのツアー団体客に「トルコで取れたと説明してくれ」と、通訳で手伝いに行っていた某5つ星ホテルの宝石屋で言われました。シルクロード交易でトルコに集められて売られたからトルコ石と呼ばれいるとなぜ本当のこと言ってはいけないのでしょう。それにトルコ石はトルコ産でないことは、日本のガイドブックにも書いてあります。そういう商品は今のトルコにもとても多いです。グランドバザールの商品のなかでトルコ産はいったいどれだけあるでしょうか?30%・・? 40%・・・・?でも誤解しないでください。批判しているのではなく、もともとトルコは歴史的にもそういう位置にあったのですから、グランドバザールだってしかり。堂々と本当のことを言って売ったらいいと思うんです。イスタンブルには観光で来やすいけど、中央アジアやアゼルバイジャン、グルジア、イランなどには行けない人もいるのですから。
2004年08月01日
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