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ミフリに正社員として新しいスタッフが入った。以前からの知り合いである。絨毯屋とは無関係の経歴だけど(そのほうがいいのである)、新聞記者と不動産業で培った営業力と地元での顔の広さに期待する。いままでやりたくてもスタッフ不足でできなかった、新業種がこれで展開できるかも・・・。クルマの運転もお手のもの。これで長距離ドライブ出張も問題なしである。彼のフォロー役のアルバイト君も一人。まだ10代の青年。サッカーの選手で、その練習がないときだけのお手伝い。彼ら以外に、日本語講座の生徒だった女性2人と男性1人が、それぞれ子供を連れて遊びにきて、我が家の息子もいて、今日は店の中が久しぶりに賑わった。サボり魔のミフリ社長も、これでしばらくは出勤しないといけない状態に追い込まれたなあ・・・と思いつつ・・・・。というわけで、今後はちゃんと店は開けますので(開けさせますので)、いつでもどうぞ~!!来月から市の日本語講座も始まる。予定はしていなかったのだけど、帰国中にスケジュールが組まれていて、なんだかまた私がやるみたいなんだけど、今度は週4日になるかもしれない・・・・。あたらしい生徒にはどんな人がいるのか、どんな顔ぶれになるのか。いろいろいいながらも、それも楽しみである。ちょっと涼しくなってきて(といっても今日は真夏なみに暑かったなあ・・・)、やる気と元気がでてきたミフリ社長である。
2007年09月30日
もう本放送も再放送も終わったからいいでしょう・・・・・。先日のTRTの取材・・・・4人の日本人大学生がアンタルヤの一般家庭でトルコ料理を習い、断食も体験したという話題。TRT2の番組内で約5分間のみだけど放送された。身内だけで大うけだったが、日本人大学生のNちゃんが卵を落として割ってしまったシーンまで流れて、そんな昔の話じゃないのに、すごく懐かしくなってしまった。とくにお家のお母さんは、画面に映し出されるたびに、一人ひとりの名前を呼んで、「もう日本へ行ってしまったんだね・・・」と涙ぐんだ。本放送のあった日に、4人は帰国の飛行機に乗っていた。日本へ帰る前に、お母さんに電話をしてきたそうで、トルコ語で「お母さん、私たちもうすぐ日本へ帰る飛行機に乗ります」ということを話したそうだ。たった8日間のホームステイだったけど、日本人大学生とトルコ人の年老いたお母さんとの不思議な交流と友情。人生は出会いと別れの繰り返しであるが、お互いにいい出会いになってくれていたらいいな、と思う。
2007年09月24日

これは「ナマズルック」。イスラムの1日5回のお祈りの際に、下に敷いて、この上でお祈りをしたのである。通常、ミフラップと呼ばれるメッカの方向を示すくぼみの形をかたどったモチーフが用いられ、ときにはモスクだったり、ランプなどを描き、モスクの内部を現したりもする。これは、若い夫婦が持ち込んだ絨毯である。ほとんど未使用で、生活費の捻出のために売りたいと言った。骨董ではないけど、モチーフのおもしろさと、状態の良さにひかれて買った。モスクを描いたであろうモチーフが上部にあり、下部に足の位置を示す円がふたつある。足の位置を示すモチーフというのはあるけど、足型にふたつの円というダイレクトなモチーフはかなり珍しい。毛足は長めで、グレーの部分は染めをしていないナチュラル・ウール。蛍光青の糸は、当時はやった化繊糸。そのギャップがいやみがなく、おもしろい。そして、このモチーフのすごさ。なんだか空中に浮かぶモスクみたいで、不思議な絵である。これを織った女性は独特な発想の持ち主だったのだろうと思う。
2007年09月21日
息子の長い長い夏休みがやっと終わる。9月17日から新学期が始まるのである。思えば6月15日から3か月間、いったいどうやって過ごしてきたのか、思い出せないぐらい、長い長い夏休みであった。トルコ人の友達の家に泊まったり、日本へ帰ったりして、過ぎたわけだけど、働く両親がいる家庭ではいったい子供の世話は誰がしているんだ、って思う。トルコだから祖父母、叔母、叔父、従兄弟、親戚、ご近所さん・・・・って誰か見てくれる人がいるってことなんだろうけど、日本みたいに格安で預かってくれるところってあるのかなあ・・・。さて新2年生は、担任が変わったため、新学期に入る前に2日間、午前中のみオリエンテーリングと称して、新しい先生との交流会が行われた。たしか、入学のさいに3年間は担任が変わらないという約束だったんだけど、1年生の2クラスの担任が夏休みに入って、急にどこか別の学校に引き抜かれて去ってしまった。PTAとしては最後まで知らされないで、夏休みに入ってから呼び出されて、先生が辞めてしまったから、新しい先生を探している・・・・と言われて、初めて知ったわけである。校長先生も変わったし、せっかく慣れた教科の先生たちもいなくなった人がいて、また1からやりなおしである。先生って、教育者という意識よりも、単なる職業なんだなって思ってしまった。子供のことを考える前に、どこの学校が条件がいいか、待遇がいいか・・・それで子供たちにあいさつもなしで去ってしまうわけである。まあ、それぞれの事情があるのだから仕方がないことだと譲るとしても、肝心なのは子供がどう感じているかで、これで傷つかないで、新しい担任の先生を好きになって、また学校生活を楽しんでくれることを願うばかり。今年の学費は10800YTL(約100万円)、これに教材費、制服費・・・・。まだまだ引退していられないのである。
2007年09月16日

先日の通信社のフセインの、日本人大学生のトルコ料理修行の取材記事を見たTRT(日本で言えばNHK)から、取材申し込みがあった。断食月の初日で、彼らも断食をしているので、イフタル・ソフラスの準備の様子、イフタルの様子、家族との交流の様子を取材していった。お腹がすいて、のどがかわいて、体力が落ちているなか、2時間以上にわたる、取材に協力っしてくれてありがとう。放送は数分なんだろうけど、取材ってその何十倍、何百倍の時間を費やす。お疲れ様でした。それにしてもアンネと通訳なしで会話している彼ら、すごい。
2007年09月14日

ミフリ社長が、日を早めて、あわててトルコへ戻ってきたのには実がワケがある。4人の大学生がアンタルヤの一般家庭にホームステイしながら、トルコ料理を習うことになっていて、その出迎えに間に合わせるためである。日本語講座の生徒の家庭に協力してもらい、4人のホームステイ先が決まったわけであるが、料理の先生はアンネ(お母さん)で、トルコ語オンリー。学生たちもトルコ語の本を片手に、アンネも言葉の通じない相手に、お互い最初は悪戦苦闘していたが、見る見る間に学生たちはトルコ語を覚え、家の人たちとなんとか会話を交わしているのである。いや、若い脳はすばらしい・・・って思ったわけであるが、私など1分前に覚えた単語、忘れているもんね。そして日本人とくれば、通信社のフセインである。さっそく取材に来て、何局かでニュースが流れ、翌日は全国紙、地方紙数紙に記事がデカデカと載った。今日、13日から断食月に入る。学生4人も、文化体験で断食を1日だけやる予定になっているようである。もちろん、途中でギブアップあり。どこまでがんばれるか・・・・。ちなみに、我が家は断食とは無縁である。
2007年09月13日
アンタルヤへ戻って、まだ時差ボケのミフリ社長・・・。夕食の後は、知らない間にそこらで寝ているし、朝は早起き。ところで飛行機に預けられる荷物の重量が、なんだか厳しくなっている・・という話をあちらこちらから聞いていたが、実際、厳しかった。知人の話では春に飛行機に乗った際、二人で48KGで、8KG分の料金を徴収されたとか。私もそうだけど、いつもなら27、28KG、つまり二人で55KGぐらいまで何も言われたことないんだけど・・・。で、トルコへ戻るときは預ける荷物をかなり調整した。息子と二人で45KGまで落とした。まさか一人あたり2.5KG程度じゃ、何も言われないだろうと思っていたのであるが・・・・。ところが成田で、「5KGオーバーですから、5KG分出してください」と言われて、ええーっ。2.5KGもダメなのか・・・と驚いてしまった。毎度使っている航空会社で知っている人がカウンターにいたので、5KGオーバーのまま預けることができたが、こりゃ、今後カバンを変えなきゃ・・・って思った。だってスーツケースって自身だけで6、7KGあるんだもん。どこかの国の人の荷物みたいにビニールシートみたいなカバンで布テープでグルグル巻きにするか・・・って。そして機内持ち込みのバックではもっと笑った。パソコンがあるので小型のスーツケースを持っていたのだが、「機内持ち込みの荷物は1つあたり5KGまでにしてください」と言われて、中身を別の袋に分散したのだが、出すものを出して最後にスーツケースの中にラップトップパソコン1台になった。それでも8KG・・・。許してもらえずどうしても5KGになるまで出せという。「もう出すものがないのですけど・・・」最後のパソコンが3KG、それも出してようやく5KGになったわけだけど、ちょっとまってカバンの中身はゼロ。私はトルコまでこの空のカバンを持っていくわけか・・・!?・・・・って空のカバンをトルコまで運んできたのである。機内持ち込みのカバンも布袋とか、ビニール袋にするしかない・・・って思ったわけである。イスタンブルからアンタルヤまでの飛行機では問題なく、「もっと預けてもいいわよ。わが社の飛行機はデカイから大丈夫よ!」などど、英語とトルコ語混じりで、お姉さんに言われただけである。
2007年09月13日
家にインターネットがないって、本当に不便。パソコンもって、マック通いで、ようやく連絡とれてます。・・・といっても毎日いけないし、短時間しかいられないので、メール読むだけでお返事かけなかったり、すみません。アンタルヤへ戻ったら、ゆっくり、じっくりお返事かかせていただきますので、それまでお許しくださいね~。さて、催事は終わりましたが、今回はいままでにない盛況ぶりでした。目標、日本在庫分、全処分という思い切った値段設定の影響は大きかったと思うけど、なによりも暑いなか、遠くからお越しいただいたみなさまに感謝、感謝です。次回は来年の夏。真夏にキリムっていうのは、暑いし、イメージわかないし、本来難しいのだけど、それしか日本へくるための休みがとれないので、その辺、ご了承ください。それにしても北関東の昼間は暑かった・・・・。アンタルヤといい勝負じゃないかって思ったわ・・・・。というわけで次回はアンタルヤから。それでは、また~!!
2007年09月02日
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