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8.疑念
8th Section. 疑念
『─────今日夕方頃、東京都内にある××区の住宅地の路地で、女子高校生が変死体として発見されました。亡くなったのは、同じ都内の進学校・秋桜寺学園
(しゅうおうじがくえん)
高等部に通う1年生の………大橋麻子
(おおはし まこ)
さん、加藤玲奈
(かとう れいな)
さん、榊香苗
(さかき かなえ)
さん、鳥飼亜弥
(とりがい あや)
さん、弓沢花枝
(ゆみざわ はなえ)
さんの5人である事が分かっており、────』
テレビから流れた平淡口調の報告を聞いて、私は齧っていたチーズバーガーを思わず丸呑みしてしまった。
パンやチーズの張り付いたハンバーグ、レタスの塊が詰まって、喉に栓をされたように呼吸が止まる。
「ぅぐッ…!」
慌てて手元に置いていたアップルジュースを一気飲みして、塊を食道へと流し込み、どうにか難を逃れた。
目尻に浮かんだ涙を指先で払い、はあはあと荒い呼吸で酸素を貪った。
そして、店内に設置されたテレビに視線を向ける。
画面の中のキャスターは、たった今死にそうな思いをした私の事など全く気にせず(当たり前だ)“女子高校生変死体で見つかる”というゴシック文字の上で、滑らかな口調のまま手元の原稿を読み続けていた。
性に合わぬヘマをしたせいで一部聞き逃したが、重要な部分ではなかったようだ。
『────見つかった死体は、胸部・腹部・頚部・太股・掌など箇所はバラバラでしたが、何か太い棒状の物が体を貫通した痕があり、それらがそのまま致命傷に繋がり死に至らしめたものと考えられます。警察では、死んだ5人全員が同じ学校・学年であった事から、女子高生を標的とした変質者による殺人事件の可能性を前提として捜査をする方針で、5人の共通点や関連性・凶器の正体の解明を急いでいます』
嘘だろう、と思った。
信じられなかったし、信じたくもなかった。
だがこうして公共の前でのテレビにまで報道されているからには、これは変えようのない事実なのだと悟るしかなかった。
アナウンサーが報道の中で述べた単語……“秋桜寺学園”と“榊香苗”。
この2つが、今まで目の前のチーズバーガーを平らげる事だけに集中していた私の注意を逸らせた物だった。
この2つには、私にとってはもう違えようのない強すぎる因縁が絡んでいた。無視できる訳がなかった。
そして更に、アナウンサーは驚くべき事実を私の目前で告げた。
『また変死体の発見された現場では、被害者5人の同級生である川田吉子
(かわた よしこ)
さんが気絶しているのが見つかっています。外傷は特にありませんが現在は都内の病院で未だ意識不明のままで、警察では意識を取り戻し次第、事件について詳しく事情聴取をする事になっています』
冗談だろう、と思った。
5人も死んでいたにも関わらず、同じ場所で生きていた人間がいたというのだ。
“川田吉子”────
“榊香苗”程ではないが、この名前にも聞き覚えがあった。
……何なんだこれは?ただの偶然なのか?
そうこうしている内に、アナウンサーは別のニュースの報道へと切り換えてしまった。本当はもっと詳しい情報を知りたかったのに、マスコミはそう思い通りにはしてくれない。
小泉内閣がどうの、イラクとアメリカの戦争がどうの、私にとってはどうでもいい話ばかり取り上げている。こうして伝えられたこの『女子高生集団変死事件』も、ありふれたつまらないネタとして切り捨てられるのがオチだったのだろう。
多分、この事件に何らかの進展がない限りは、もう2度と無駄な報道に金を費やそうとはしない。
マスコミとはそういう奴らだ。
嘆息した。
そして、手の中に残っているハンバーガーを黙々と食べる。
あの砂浜の一軒家を出た私は、やっぱり行く宛てもなくぶらぶらとした。
太陽の沈んだ夕空はみるみるうちに闇を深めて、あっという間に夜となってしまった。今はもう8時半を回っている。
私は持っていた小遣いを使って、通りがけにあったファーストフード店で少し遅い夕食をとる事にした。最近はこんな物ぐらいしか食べていない。あとはコンビニ弁当とか。
お気に入りであるチーズバーガーとアップルジュースを頼み、少し長い時間待たされながら注文品の載せられたトレイを受け取り、会計をさっさと済ませた。
後ろに並んでいたOLらしき女性2人ほどが、私が会計を済ませたと見受けるなり、
「ぼさっと立ってないでよ、さっさと行きなさいよ。人の事を待たせてさ、生意気だよ、ガキ」
罵声を浴びせてきた。
別に好きで待たせたんじゃない。むしろ待たせる原因を作ったのはとろくさい店員の方だ。
私はトレイを持ったまま、OLの顔を見据えて、静かに言い返した。
「……人の世話を焼く前に、そのどぎつい化粧直したらどうですか?」
一応年上なので、敢えて丁寧語を使ってやった。思いっきり嫌味ったらしく。
向こうが唖然として、それから何かを言い返してくる前に空いているテーブルへ座った。
人の事をなめやがって。あんなのが“礼儀正しい社会人”だなんて、考えただけでも嫌気が差した。
OL達は、どうやら持ち帰りで食べる事にしたらしい。出入口に向かう時にちらりと視線が合ったが、すぐに顔を逸らされた。
嫌な事ばかりだ、と内心で悪態を吐きながらチーズバーガーの包み紙を開けて、中身にかぶりつき────店内に置かれたテレビのニュース番組が伝える報道が耳に入った。
空になった紙製のコップと丸めた包み紙をゴミ箱に放り込み、トレイをその上に載せた。
重いバッグを手に持ち直すと、さっさと店から出て行く。背後で「ありがとうございましたー」という店員の声が聞こえた。明るいだけで、愛想も何もない声だった。
歩道へ進むと、会社帰りらしい背広にネクタイの男と何度も擦れ違う。中には酔っぱらって、ネクタイを首ではなく頭に巻いてふらふらとしている危なげな奴もいた。
派手な服装でべたべたしている“バカップル”も通っている。
そんな奴の多くは、夜中に制服姿でさっさと歩く私の姿を見て、どこか怪訝そうな顔をしていた。
その度に向けられる視線が鬱陶しくてたまらない。
服に付いた埃は手で払えばすぐに落ちるが、纏わり付く視線は自分じゃどうしようもないのだ。
溜息が出る。…………これで何度目だ!
その時、ポケットに収まっていた携帯電話が、ぶーんぶーんと虫が飛び交うような低い振動音を奏でた。
「おっと」
突然伝わった小刻みな振動に少々びっくりしながらも、マナーモード設定中の携帯電話を慌てて取り出す。
開いた画面には、『受信メールが1件あります』と表示されていた。
それを確認した私は、丁度近くに置かれていたベンチへ小走りに駆け寄ってそこに腰掛けてから、メールを開いた。
『 送信者:PARAS 時刻:10/ 7 21:49 件名:無題
───────────────────────────
遅くなってごめん。検査、終わったよ。
*** END *** 』
短い内容に、私は溜息を吐いた。今までの憂鬱や不機嫌さを含んだ物とは違う、安堵の溜息だ。
キ─を素早く叩いて、新規メール作成の画面を出す。
『 件名:Re:無題
本文:
ご苦労様。随分長かったねえ、検査って結構大掛かりだっ
たの? 』
何気なく質問する。
『 まあね。色々と体をいじくり回されるんで、いい気分がし
ないよ。全く… 』
そう返答が来たので、これ以上検査の事は聞かない方がいいと思った。
『 大変だね。私もさ、今日また色々とあって気疲れしたよー 』
送信ボタンを押してから「しまった」と自らの失念に気付いた。ほどなくして携帯が震え、新しいメールを受信する。
『 また何かあったのか? 』
ほら聞かれた…。PARASの前でごまかしは通じないと思った私は、仕方なく今日の出来事を明かす事にした。
『 昼間にPARASとメールした時、こっちは雨降ってたん
だよね。それで雨宿りしてたんだけど、夕べ全然眠れなか
ったんでそのまま道端で爆睡しちゃって… そしたら、丁
度近くを通りかかった人がそのまま私の事を自分の家に運
んで行って、御親切にもベットの上に寝かせてくれたんだ
よ。で、起きてみてびっくり。その家の住人(複数だった
んだけど)の1人に、例のお説教の外国人サンがいたの。
とんでもない偶然だよね… 』
送信。…さっき店のテレビでやっていたニュースの事も書こうかと思ったが、これ以上文章が長ったらしくなるのは自分でも気に障ると感じて、やめておいた。
そうでなくても、この時点で長時間のボタン連打で既に利き手が痛くなっているのだ。あーやだやだ。
『 それで、また説教された? 』
普通だったら“道端で爆睡”という失態の部分に着目するものだが、PARASは違った。
気付いてはいると思う。でもわざとからかわずにいてくれる部分が、彼らしいと感じた。
『 うーん、説教っていうのかな……あれは…。ちょっと微妙
な内容だったかも 』
送信。返信メールを待機しながら、今日の出来事に思いを馳せる。
自分達を“家族”だとか言っていたあの外国人。名前は……確か、ジェロニモと言ったか。
昨晩“余計なお世話”を勝手に焼いてくれた時点で「あんな大人と馴れ合うもんか」と心に誓っていたのに、もう一度偶然の再会を果たした事で、その決意を一時的に揺るがされてしまった。
何かも知ったかぶったような顔で街をのし歩く、縁も所縁もない無関係な大人。
そんな奴の話に引き込まれたという事実が、私にとっては屈辱的だった。
もう、誰とも関わらないと決めていたのに。………何なんだあいつ。妙に馴れ馴れしかった。
最初に会った時から付いて回っていたあの妙な違和感も気になるけれど。
そう言えば、あの人以外にも外国人がいた。金髪の美人さんと、銀髪の険悪そうな顔の奴。
ちらっとだったけれど、リビングの方にも何人かいたような気がする。
一体何者だ?外見年齢的にも、集団留学生の可能性は限り無く0に近い。
何か目的があって、あんな所に滞在しているのは確かだろうが……その目的とは何だ?
いや、ひょっとして、あそこは違法滞在者がたむろして時間を楽しむ場所なのかも──────
考えていて、馬鹿馬鹿しくなってきた。
そんな1度2度しか会ってなくて話もまともにした事のない相手を勝手に詮索しても、どうしようもない。
取り留めのない妄想がぶくぶくと膨れ上がっていくだけだ。
携帯が震えた。
ボタンで画面操作しながら、PARASにしては珍しく返事が遅かったな、と感じる。
『 yen、駄目だ。そんな奴と関わり合ったりしちゃいけな
い。そんな奴と話したって、君はどんどん気分悪くするだ
けだ 』
ん?と怪訝に思った。
こんなに強い語調で訴えてくるPARASは非常に珍しい。だから、聞いた。
『 いや、分かってるけど……どしたの?なんか随分と断定的
な言い方だね 』
送信。今度の返事は1分もしない内に来た。うわ…早い、と思ったが、内容のとてつもない短さを目の当たりにすれば即座に納得出来た。
『 別にそんな事ない 』
かなり素っ気ない。…本当にどうしたんだろう?
少し黙考に浸って、ふとある事に気付き、また携帯のボタンを叩いた。
『 あ、ひょっとして、検査の後だったからあまり気分良くな
いの?……だったらそろそろ終わりにしようか?早いけど 』
送信。多分PARASは検査の事で気が立っているのだ。そっとした方がいいと思っての提案だった。
すると、
『 別にそんな事ない 気にしなくていい 』
………やっぱりそうか。
前のメールの文章をそのまま借用してくるなんて、PARASらしくない。ちょっと変だ。
………やっぱり、検査のすぐ後で機嫌が2割程削減されているのだ。
悟った私はメールを作成する。
『 いいよ、隠さなくたってさ。もうすぐ10時で結構遅くな
るしさ、私はそろそろ休むよ。だからPARASも、あま
り無理とかしないで自分の体大事にしなよ。ね 』
送信。強引だとは思うが、これでも一応PARASは病人なのだ。人の我が儘に付き合わせて無闇に夜更かしさせる訳にはいかない。
今度もまた少し時間が長かった。携帯が震える。
『 ………そう、か。そうだな、分かったよyen。なんか乱
暴な事言ってごめん。本当はもっと話したかったけど、君
の言葉に従う事にするよ 』
文面を見て、思わず笑みが零れた。
『 素直でよろしい(自分で笑) じゃ、とりあえず……また
今度ね。おやすみー (-_-)zz ☆彡 』
ささっとメールを書き、即送信。…………顔文字要らなかったかも。
『 おやすみ、yen。 』
返信メールを確認すると、またいつものように携帯をぱしんと畳んだ。
時計を見ると、10時過ぎていた。時間って経つの早いよなあ、と携帯をポケットにねじ込みながら今更どうでもいい事を思う。
「…おやすみ…とは言ったものの、どうしようかね…」
1人ごちた。
実の所、眠気は爪の先程にも湧いて来ないのだ。多分、昼間に人の家でぐうすか寝てベットを陣取ってしまったが故の結果なのだろう。後悔してもどうしようもない。
先刻まではちらほらと見られていた人通りも、時間が過ぎたらすっかりなくなってしまった。
しん、とした静謐が街に降りている。
街灯の薄黄色い光が、路上の一部を闇の最中で丸く浮き上がらせていた。
ぼろいベンチをぎしりと軋ませながら背もたれに寄り掛かり、濃紺に染まった夜空を見上げる。
月が輝いていた。上弦の月よりも、少し太った形をした白銀の月。
その周りには、無数の金剛石が満遍なく鏤められている。街灯がなかったら、もっと沢山見れただろう。
考えながら、ふと人差し指を空に向けて静かに伸ばしてみた。
「……………あれは、北斗七星」
柄杓型をした七つ星を順に指先で辿る。
「あれは、カシオペヤ」
今度はWの五つ星。
「…となると………北極星はあれか。こっちが北になるんだな」
少し掠れた蒼い光を発する小さな星を指差す。
「……あら、夏の大三角形見っけ。季節外れだけど」
光る塵の中でも左手側────つまり西の方に、少し明るめな星が3つ。
「あれが琴座のベガで、」
まず1つ。
「白鳥座のデネブ、」
2つ。
「…でもって鷲座のアルタイル」
3つ。
他の輝点を指そうとして、手を下ろした。
「……駄目だ、あと分からん」
星座版があったら便利なのだが。
……それより前々から疑問に思うのだが、星と星を無理矢理結び付けて作ったあの形のどこが鳥やら人やらに見えるというのだろう?いや、見えなくもないがかなりこじつけが多い気がするのだが。
しかも、実際にまじまじと観察した事はないが『髪の毛座』というのもあるらしい。…訳分からん。
退屈だ。どうやって時間を過ごしていようか。
ベンチに座ったまま、上半身を横に倒した。硬いプラスチック板に頬を擦り付ける。足も持ち上げて、ベンチの上に寝転がる形になった。
暫くそのままでいたら頭が痛くなってきたので、下に置いていたバックをベンチに載せて、枕代わりにする。
…少しましになった。でも退屈だ。
「……………羊が1匹羊が2匹羊が3匹羊が4匹羊が5匹羊が6匹羊がー……」
ぶつぶつと数えてみたが、阿呆らしくなったのでやめた。
羊の大群が頭の中をぐるぐる駆け回っても、眠れないものは眠れないのだ。少なくとも私の場合は。
PARASはどうしているのだろう。
冷たい無機質な病室の中で、1人白い布団の中で夜を過ごしているのだろうか。
………自分でメール打ち切っておいて、何考えてんだか。
自ら作った拳骨で軽く頭を小突いた。無責任にも程があると思った。
そしてふと、さっき仕舞ったばかりの携帯電話をもぞもぞとポケットから取り出した。
だが正確に言うと、目的はこれではない。その携帯電話に付けられたストラップの方だ。
と言っても、これも最初からストラップ用に作られた訳でも、手に入れた訳でもなかった。
ずっと昔にある人から両親の手を経由して、私の元に渡された物だった。
かれこれ6,7年は持っていたと思うが、それの鮮やかさは未だ変わりなかった。
明るい茶色の革紐が輪となり、そこには色とりどりのビーズがいくつも通されている。ビーズは最近店で見掛ける物よりも少々大きく、形もどこか凸凹として、無骨だった。多分手作りなのだろう。その中でも一際直径の大きな空色のビーズ──むしろ数珠玉と言った方が近いかも知れない──には、紐を通す為の横穴に対して垂直に、もう1つ縦穴が空けられていた。そこには鳥の羽根が何枚かぶら下がっている。全体的に白いが、焦茶色の模様も入っていた。片手で摘んで、その柔らかな羽毛の感触を確かめる。
─────そういえば。
視線を古臭いデザインをしたストラップ(もとい、アクセサリー)から外し、寝た格好のまま夜空を見上げた。…いや、正確に言うとその空に浮かぶ月を、だ。
それからもう一度ちらりと手元の羽根を見る。
そして、羽根を静かに顔の前へと持っていき、ふわふわした羽毛の細かい隙間ごしに月を見てみた。
「………はは、月がいっぱい光ってる」
見えた光景をそのまま言った。
随分前に見たテレビで紹介していた事を実践してみたのだ。
こういう羽根の隙間ごしに何らかの光源を見ようとすると、その光源が放つ光が羽毛にぶつかることで分散され、その分散した光が隙間から覗き込む人間の目に入る。
そうするとどうなるか。
分散した光をそのまま網膜上で実像として結ぶと、見ている光源が1つではなく5つ6つに分身したかのように映るのだ。
月という自然の光源に羽根をかざした私の目には、やはり分散した光で複数に増えた虚像の月が視界の中で円形に並び、それぞれ全く同じ輝きを放っている。
別にどうという事はなかった。
ただ、退屈を凌ぐ足しにはなった。
私はそうやってベンチの上で暫く遊び、時間を潰した。
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