11.悪夢

 11th Section. 悪夢

午前6時頃。登校時間から数えて約2時間半も前の時刻。
「……………ん?」
兵頭直哉 (ひょうどう なおや) は不審げに眉根を寄せた。
長方形の画面を光らせている仕事用のパソコン。表示されたメールボックスに『新着メッセージ1件』という無味乾燥な一文があった。

体育教師を務めている彼は、別に日直と定められている訳でもないのに、体育館脇の体育準備室で1年の殆どを過ごしている。
住む家はある。だが、その錆びれた扉に鍵を差し込む気には到底なれなかった。
理由は単純だ。どうせ誰もいないから。
今年度、3回目の“年男”を経験する事になる兵頭は6年前に一度結婚し、4年前に離婚した。
その間に息子を1人作ってもいた。離婚した当時はまだよちよち歩きもままならない状態だった。
満ち足りた世界だと思っていた。
妻は優秀な看護婦だったが、寿退社をして、他よりも少し要領がいいくらいの専業主婦となった。
兵頭も、大都会である東京都内に建立された有名進学校の教師として採用され、有頂天だった。
終わりは突然やって来た。
兵頭が仕事から帰って来るなり、妻は自分の署名と捺印の済んだ薄っぺらな離婚届を、夕食代わりに目前へずいと突き出した。
兵頭は食卓の上に置かれた離婚届と妻の顔を見比べて、目を瞬かせた。
妻の表情は強い怒りに歪められていた。
兵頭はしばし考え込み………末にこう言い放った。
「…冗談が過ぎるぞ……悪いな、おれ今日はもう疲れてるんだ。寝かせてくれ」
そのままのそのそと椅子から立ち上がり、自室へと退散して行った。
単なる悪戯の類だと思った。
理由は、その日の日付けが『四月馬鹿』と呼ばれる特別な物であったからだ。
思い起こせば、最近あまり構ってやれなかったな。仕事にばっかり行ってたし。
頭の中でそう考え、兵頭はベッドに崩れ落ち、眠った。
明朝に、台所に立つ妻が「昨日はがっかりしたわ。全然引っ掛かってくれないんですもの」と笑いかけながら、偽の離婚届をひらひらとさせている姿を期待して。
夜が過ぎ、寝癖を頭に残したまま起きた兵頭は、食卓の上に残された書き置きに目を見張った。

 あなたとはもう決裂です
 これ以上やっていけません
 離婚届は市役所に出してきます
 息子は私が預かります
 さようなら

─────冗談……ではなかったのか。
そう悟った瞬間、兵頭は慌てて電話の受話器を取っていた。電話帳を引っ張り出して、彼女の実家の連絡先を探す。
番号を押すと、妻の父親…兵頭にとっての義父が電話口に出た。
妻がそっちにいないかと訊ねる。
「ええ、いますよ。それが何か?」
代わってくれないかと頼む。
「……娘はそちらと話したくないと言ってましてね…」
じゃあ離婚の理由だけでも聞かせてくれ、と食い下がった。
「なんだ、あんた気付かなかったのかね。娘は大分前から考えていたんですよ。やりたかった仕事も辞めて、自分はいたって“夫に従順な大人しい人妻”を続けて、子供も生まれたっていうのに、あんたはちっとも応えてくれない。仕事ばかりやっていて、自分の方を振り向いてくれない。それが嫌になった。だから離婚しようと思った。………質問には答えましたよ。私もあんたとはあまり話したくないんでね。もう切りますよ」
素っ気ない応対。問答はぶつりと打ち切られた。
それから何がどうなってこういう状態になったのか、兵頭はよく思い出せない。
近い内に会いに行かなければと考えていたが、仕事に押し流されて気付いたら何年も経っていた。
ただ未だに分からない事がある。
どうして離婚されたのだろう?
別に自分は「従順な妻になってくれ」なんて頼んだ覚えはない。本人が勝手にやっていただけだ。
自分だって別に面倒臭かったから、構わずにいたのではない。忙しかったからだ。
大体、自分が働かなければ家自体が支えられない。自分は自分なりに家族のために尽くしていたのだ。
なのに妻はそれを「家族よりも仕事を優先した」と決め付けた。揚句の果てには、いきなり言葉もなしに離婚届を突き付けた。
誰もいない家に帰るのが、徐々に苦痛に思えてきた。だから、仕事場である校舎を出なくなった。
そうして、体育教師が集まって成績評価を行なうこの体育準備室が、兵頭にとっての家同然になった。
古びたソファで睡眠を取り、事務机の上で変わり映えのないコンビニ弁当やインスタント食品を口に運んでいる。
惨めに感じた。だが、今更どうしようもなかった。
激流の唸る川に一度巻き込まれてしまえば、もうそこから這い出す事は出来ないのだ。ただ水底に沈んで溺れぬよう、流れに身を任せながら手足をばたつかせ、水圧に抗うだけ。
何とかしよう、とも思わなくなった。
毎日毎日、変わり映えのない毎日を過ごし続けていた。
そしてこの日も同じだったが、少し事情が違っていた。
ソファでいつものように眠っていると、いきなり事務机の内線電話が高らかに鳴り響いたのだ。
迷惑な事に、時間帯は深夜5時頃。
なんでこんな時に……と悪態を尽きながらも、兵頭は受話器を取った。電話をしてきたのは、教頭だった。
「すぐに会議室へ来て欲しい」
学校で寝泊まりしているのをいい事に、呼び出されてしまった訳だ。
兵頭は歩きがてら絶えない欠伸を連発しながら、教頭がこれから自分に語るであろう用件の内容を、3分の1くらいが寝惚けた状態の緩慢な思考回路で予想を付けていた。
多分…昨日の夜のニュースで聞いた、例の『女子高校生変死事件』絡みだ。
あれを知った時は、目玉が飛び出る程に驚いた。幸か不幸か、死んだ女子高生達の中の数人が、兵頭の受け持つクラスの一員だったのだ。
しかも、今現在意識不明と言われる川田吉子は、同じクラスの学級委員を務めていた。
とんでもない事になったとは思うが、後々になってから「自分には関係ない」と割り切っていた。
どうせ、街中をうろついている変質者の気紛れに違いない。自分は何も知らないのだから。
ニュースでも軽く流していたし、マスコミの心配もしなくていいだろう。
…まあ、会議の話題に昇る可能性は大有りだが。
その話題が、会議ではなくわざわざ深夜に呼び出してまで持ち出されるのだろうか。
兵頭は疑念を抱いたが、結論が出る前に会議室へ到着した。
室内に置かれた長テーブルに座っていたのは、呼び出した本人である教頭と生徒指導、学年主任の3人。
予想外の“お偉方”の陳列に少し驚いたが、努めて平静を装って向かいのテーブルに腰掛ける。
そしていきなり、教頭が本題から切り出した。
「……さっき警察から連絡があった……例の変死事件で保護された、兵頭先生の所の川田吉子が…病院から失踪したそうだ」
一瞬耳を疑った。冗談だろうと言いそうになって、相手3人の顔が極めて真摯な事に気付く。
「警察も捜索を開始したらしいが、まだ見つかっていない」
教頭が続けると、学年主任が大袈裟に溜息を吐いた。
「厄介な事になりましたねえ……ただの変質者絡みのありふれた殺人事件かと鵜呑みにしていたら、この様ですよ。これじゃ、ただ事じゃ済まされそうにありません。マスコミの警戒が必要となりそうです」
確かにそうだった。
病院からの失踪が川田本人の意思か、もしくは何者かによる誘拐かは定かでないが、いずれにせよ『変死事件の生存者が行方不明』という異例なネタに、外来語で“虫けら”と俗称される彼らが飛びつく可能性は大いに考えられる。
朝日に照らされた青銅の柵の校門前を、カメラを構えた大勢の“虫けら”達が埋め尽くす様子が脳裏にありありと浮かび上がった。
「…とにかく……兵頭先生。そういう訳ですので…今後何らかの形で事が収まるまでは、絶対に校外へ出ないように気を付けて下さい。この連絡事項は、明朝の会議でも職員全員に伝えます。いいですね?」
念を押す学年主任の言に反論をする事情もないので、兵頭は素直に受け入れた。
その後、同じマスコミ対策についての簡単な打ち合わせを受け、元の居場所へと帰されたのだ。
時間の流れというものは存外に早く、呼び出されてから既に1時間が経過していた。
会議室を出てから、復活した眠気にまたあふあふと欠伸を連発し出しながら、体育準備室へと戻ってきた。
がらがらとその引き戸を開けて、中に視線をやり──────
事務机の上で、不精から電源を着けっ放しにしていたパソコンの画面が、光っている事に気付いた。

「……………」
兵頭は引き戸を後ろ手で閉めながら、眉根を寄せた。
近頃特にこれと言ってメールをやり取りする相手はいなかった。
パソコンを置いているのはあくまで書類作成や生徒の成績管理の為であって、メールはそのおまけのような物だったのだ。
だとしたら、またつまらない商売宣伝の迷惑メールだろうか。
そういえば最近ウィルスメールが流行ってるとかなんとか、噂が立っていたような。
「……………」
どちらにしても、一応内容確認はした方がいいと判断した。
事務イスを引き寄せて腰掛け、マウスに手を載せた。
『新着メッセージ1件』と表示されたエラーの『OK』ボタンをクリックする。
そして、メールボックスに表示された新着メッセージをダブルクリックして、開いた。
内容は真っ白だった。
「……………」
眉を顰めて、送信元の方へ視線を流す。そこにあった無機質なアルファベットや記号の羅列は、兵頭には覚えのない物だった。件名も真っ白。
悪戯かと思い、不機嫌に鼻を鳴らす。
そのままメールボックスを閉じようとして、ふと気付いた。
件名も本文も真っ白。だがそのメールには唯一、添付ファイルが送付されていた。
「……………」
マウスを動かし、それを開こうとして────止める。
兵頭の脳裏に、例のウィルスメールの噂の事が再び過った。ひょっとしたら、本当にそのウィルスメールかもしれない。
不用意に開いて、パソコンに入れている生徒の成績情報を滅茶苦茶にされたらたまらない。
最近、やはり不精でバックアップを取るのも少し怠けていたから、その間の空白部分は相当な量になる。
止めよう。このまま無視して、削除するのが一番無難だ。
兵頭は決めた。
─────それと同時に、背後の引き戸が開け放たれる音が響き渡った。
「!」
がらがら、びしゃん!という突然の物音に、兵頭は座ったままびくりと硬直する。
思わず呼吸をするのも忘れてしまった。
数瞬後に「誰だ?」という疑問が湧き上がり、腰掛けたままの事務イスを軋ませながら、体の向きを一気に180度回転させる。
そして、驚愕した。
「…………おま…え……」
掠れた声が、喉から漏れる。
開放された体育準備室の入り口には、一人の少女が立っていた。
薄青色の、病院検査用のそれを思わせる薄い布地の服に、乱れた短髪が流れていた。顔や両手足を覆う肌は異様に生白く、見ているだけで寒気が走る。
早朝の閉め切った部屋は薄暗かったが、兵頭には目の前の少女が何者であるかが瞬時に理解出来た。
「……お前………川田、か…?」
恐る恐る、口にする。
少女はそれに呼応するように、俯けていた顔を少し持ち上げた。両目は何故か、閉じられていた。
普段目にする姿とは似ても似つかなかったが、それは間違いなく、兵頭が担任を勤める高等部1年G組の学級委員・川田吉子以外の何者でもなかった。
信じられなかった。
つい先刻、行方をくらましたという彼女が自分の目の前で佇んでいるのだ。
しかも……収容されていた病院からそのまま直行してきたと考えても、異論のない格好で。
「………………」
沈黙が、漂う。
予想をことごとく裏切った展開に、兵頭の思考は全くと言っていい程機能を果たさなかった。
ただ咄嗟の判断で、兵頭は座っていたイスからそろりと立ち上がった。ぎし、と軋む音。
「……川田」
動揺している自分自身を抑えながら、兵頭は呼び掛けた。
川田吉子は、応えなかった。
兵頭は少しずつ、彼女の方へと近付く。
「…川田……あのな、さっき…お前…病院からいなくなったって連絡があったんだ…。無事…だったんだな」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
何があったかは分からないが、とりあえず彼女を保護しておくのが優先だ。
「とりあえず……良かった。…そんな格好で、冷えるだろ……?そこにある毛布…使うといい」
彼女の傍らに置かれたソファの方を指差す。だが、彼女は見向きもしなかった。
流石に兵頭も、不審に思い始める。
「…おい……川田…?大丈夫か?…聞いてるのか?」
反応がない。どうしたのだろう。彼女自身も色々な事があった所為で、混乱しているのだろうか。
「おい……?」
再度呼び掛けながら、肩に触れようと手を伸ばした。
─────その刹那、左足に衝撃が走った。
「……っ!?」
たまらず、かくんとその場にくずおれる。
足に力が入らなかった。何故か、感覚が麻痺したような気がする。
「う……っ?」
呻きながらその左足に目をやり─────息を呑み込んだ。
左足の臑の辺りを、白い触手のような物が貫いていた。
それは兵頭の履いていたジャージズボンの布地を破り、長年の運動で筋肉の増えた足をことごとく串刺しにして、反対側から顔を出し、伸びていた。
触手を伸ばされている先を、目で辿る。辿っていくと、目の前の少女の服の裾に到達した。
薄青色の布地の下から、白い触手が蛇のように伸びていた。
信じられない光景だった。
悪夢に違いないと、兵頭は思った。
だが足を突き刺した白い触手が僅かに蠢動した瞬間、強烈な激痛が現実感と共に神経を伝い、脳に到達した。

「───────ひっ……ぐ、ぎっ……ぃやぁああああああぁぁああああああっ………!」

恐ろしい悲鳴が喉から溢れ出した。
直後に凄まじい力でポロシャツの襟元を引っ張り上げられ、その悲鳴はすぐに途切れざるを得なくなる。
「ぎ……ぐ、がっ……!」
床に転がる形になっていた兵頭は無理矢理立たされ、問答無用で元の事務イスの上へと乱暴に放り出された。
「ひ……………っ!」
同時に、目の前に立つ少女の顔を再度目にし、鳥肌が一気にぞわ立った。
閉じられていた少女の目が大きく見開かれている。そうして露になった二つの眼孔の中に、目玉は存在していなかった。
代わりに毛細血管を思わせる細い触手──恐らくは、兵頭の足を貫いているのと同じ物──が、複雑にうじゃうじゃと絡まり合いながら、みっちりとそこに詰まっていたのだ。
明らかに、人ではなかった。
人であり得るはずがなかった。
そこで初めて、兵頭は目の前にいる少女に対しての恐怖を意識した。
激痛と新たに生まれた恐怖で混乱しながらも、必死になってもう一度声を出そうともがく。
だが先刻襟元を引っ張り上げられた際にそのまま首を鷲掴みにされ、声帯の機能は殆ど押さえられてしまっていた。声を出したくても、ただ無駄な努力と化していく。
「…うぐっ……ああ…が、あ、ぐ…っ」
声を出せないのならと、必死になって手足をばたつかせた。
接着剤を使ったかのように自らの頸部へしっかりと密着している少女の掌を剥がそうとしたが、どうにもならず、その年齢からは想像出来ないほどの力で、ぎりぎりと兵頭の気道を絞め付ける。
「ぐ……がぐっ、あっ………あぁっ…!」
このままでは、死ぬ。
理屈も、何故自分がこんな目に遭っているかという理由も、既に無関係だった。
ただ兵頭の中にある人間としての本能がひたすらに警鐘を鳴らしている。
兵頭は足の激痛を無視して、とにかく暴れ続けた。少しでも抗わない限り、この状況から逃れられない事は目に見えていたからだ。
暴れた拍子に、少女が首を絞め付けている方の片腕を叩いた。片足を、脇腹を蹴った。振り回した手の指先が、少女の顔に触れた。
だが少女は、何もしなかった。
ただ目の前にいる兵頭の首を絞め、その体を事務イスの上に押さえ込んでいる。
見られれば即座に人間でないと分かるその目を、兵頭に見せつけるように大きく開いている。
その異常さに気付く事なく、兵頭はひたすらに暴れた。
滅茶苦茶に手足を振り回した。
─────そして、その拍子に片肘が背後の事務机の上にあったマウスに当たり、そのまま画面上のカーソルを移動させ、しかもそこにあったアイコンをダブルクリックまでしてしまっていた事に気付かなかった。
ぱち、ぱちん。
クリックの音が鳴り、カーソルで選択された受信メールの添付ファイルが展開される。
途端に、ぶん…という低い音を立てて、画面が暗転した。
頭のすぐ後ろで響いたその音に、兵頭は暴れるのを反射的に止める。
…ぶん………ぶん………ぶん………
パソコンが発するには不釣り合いで、規則的な機械の駆動音。
首を掴まれている所為で、兵頭は頭を動かしてそちらを見る事が出来なかった。
だが………気配が、空気が、兵頭に教えていた。
見る事の出来ない背後で、何かが起こっている。
「……………」
背筋が粟立つ。
目の前にいる“人であり得ない”少女に対する恐怖と、たった今湧き出た“目に見えない漠然とした”恐怖が複雑に入り混じる。
……ぶん………ぶん………ぶん……
規則的な駆動音。
──────やめろ。
兵頭は心の中で叫んだ。
口も動かしたが、例によって声は出せない。
─────やめろ。お前は、何をする気だ。
精一杯に叫ぶ。ただ、心の中だけで。
………ぶん……ぶん……ぶぅん……ぶぅん…
駆動音の調子が変わったように感じたのは、気のせいではなかった。
それと同時に、目の前の少女が口元を歪に引き攣らせ、嗤った。
「──────!」
ぞっとするような嗤いだった。
表面上だけで形作られた、中身のない空虚な嗤い。だが、人間のそれ以上におどろおどろしく不気味な嗤い。
いつの間にか、駆動音が途切れていた。
何も起こらない。
首を掴まれたまま、兵頭は自分が『杞国の憂』になっていたのかと考える。
─────それは、次の瞬間に起こった。
びしり。
硝子の割れるような音がした。それも、例のパソコンがある方から。
びし、びし、びし、びし、
亀裂音が、断続的に鳴る。
一度収まりかけた恐怖が一気に再発した。
びしっ!
一層大きく、亀裂音が上がる。
そして──────数瞬後。

兵頭の背後で、画面のプラスチックカバーに無数の亀裂を走らせていたパソコンが、一気に砕け散った。

「────────!」
耳元で高らかに響く凄まじい破壊音。
状況を把握しようと思考回路が働く前に、砕け散ったパソコンから次々に伸びた数十本もの図太いコードが、生き物のように蠢きながら兵頭の体に殺到した。
「があっ…!」
コードは兵頭の顔に、肩に、腕に、胸に、腹に、足に、瞬く間に取り付いていく。
首を押さえられ、片足の機能を封じられていた兵頭の体は、完全に拘束された。
コードは自ら動き、ロープのようにしてその体をぐるぐると縛り上げる。
少女が嗤う中で、兵頭はコードに巻き付かれた塊と化していく。
「あがぁあああああああぁぁあああ────────っ!」
顔に取り付いていたコード達は、呻く兵頭の口を割って、大きく開かせる。兵頭は閉じようと抵抗したが、顎だけの力ではどうにもならなかった。
コードは躊躇いもなく、開放された人間の口腔の奥へ先端を差し込んでいく。
「ごっ──────」
喉に太い物がぶすぶすと入り込む感覚と沸き上がった嘔吐感で、兵頭はコードに取り付かれる中で涙目になった。
全身から嫌な汗がどっと噴き出す。
────────誰か!
兵頭は叫んだ。
─────助けてくれ。誰か……!
声にならない声で、叫んだ。
だが現実は無慈悲で、喉から気管・食道に入り込んだ無数のコード達は、そのまま奥へ奥へと侵入していく。
体の中で自分でない物がごそごそと蠢く感覚に、兵頭は自分が男である事も忘れてぼろぼろと泣いた。
だが、慟哭も上げられない。
汗と、開けっ放しにさせられた口から流れ出る唾液が兵頭の服を汚す。
そんな姿を見たまま、少女は嗤っている。壊れたように、笑みを浮かべ続けている。
コードが入り込む。
胃に達する。
そして、その胃の壁に先端を触れさせ、ずぶりと突き破った。

────体の奥から迸った新たな激痛に、兵頭は漸く気絶する事が出来た。


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