14.保護

 14th Section. 保護

午前のワイドショーが公開した情報をきっかけに、00ナンバーサイボーグ達は行動を開始した。
────秋桜寺学園に通う女生徒数人の変死。
────同じ現場に生き残っていた唯一の関係者の失踪。
────そして、その失踪した生徒の担任も行方不明に。
連続で発生した不審事………明らかにただ事ではなかった。今、この街に何かが起こっている。
それが宿敵である『黒い幽霊団』絡みなのか、全くの無関係なのかは判断もつかないが、それでも彼らは動かずにはいられなかった。
かつてはこの日本で学生時代を過ごしていたジョーによって、前日ギルモア邸に来ていた少女が、その不審事の中心に立つ秋学の生徒である事が判明した。彼女を疑うようで悪いかもしれないが、それらを単なる偶然として片付けるのは無理な話だった。
「彼女をもう一度ここに連れて来よう。何か分かるかもしれない」
その提案は採用され、00ナンバー達はそれぞれ手分けをして街を巡り、だらしない茶色の制服姿にスポーツバッグを抱えた女子高生を探す事となった。
例の事件によるマスコミの対応に追われて、秋学内は職員も生徒も騒然としているらしい。
「多分、街中に行っても秋学の生徒はそんなに通っていないんじゃないかな。普通こういう事態になったら、教師とかがマスコミのガードをするのに学校の周りを固めるものだと思うんだ。……あそこは『有名校』だから、尚更だね。
そうしたら、生徒も中から抜け出そうと思ってもうまくいかない。それで用心して、不本意でも校内にとどまってしまう。だから、街に出ている生徒はかなり数が絞られてくるはずだ。だからあの子も街中ではかえって目立って…見つけやすくなる」
解散前のジョーの助言を、外国からの訪問者であるメンバーはしっかりと頭に叩き込んでいた。
「それぞれで探索中に何かあったら必ず連絡するように。不必要かもしれないけど、念のためにスーパーガンも持っていてくれ」
そうして彼らは探索開始。
しかし、茶色の制服姿の女子高生などどこにも見当たらなかった。
探索が午後にまで及び、日が赤らんで夕暮れが訪れてもなお、彼らは少女を見つけられなかった。
ジェット曰く「あの子に気がある」らしい……が、実際それを否定しているジェロニモは、ピュンマと2人で行動していた。
だがやはり目的は達成出来ず、半分諦めかけた────その時だった。

「…誰だ………誰だよ、あんた達はっ…!川田吉子と兵頭はどこ行った!?」

偶然通りかかっていた人気のない公園の中、少し遠くから聞こえた声とその科白に含まれていた固有名詞に、2人の耳はぴくりと反応した。
川田吉子──今回の変死事件においての重要参考人。
兵頭────殺された女子高生の内数人がいたクラスの担任教師。
そして、今朝未明行方をくらました失踪者達。
ワイドショーの報道から拾っていた情報の一部と、2人の耳に入った固有名詞が合致した。
同時に、その固有名詞を口にしたと思われる人間の声にも……覚えがあった。
ジェロニモとピュンマはその場から走り出し、その声が聞こえた方へと向かった。
たどり着いた先で2人が見たのは、腕や肩から何本もの触手を生やして佇んだ、行方不明者2人の姿をした『何者か』と、その触手に捕われて中空に持ち上げられた小豆色のジャージ姿の少女。
服装が全く違っていたので、最初は分からなかった。だが、そのジャージ姿の少女は紛れもなく………一昨日ジェロニモが不良から助け、昨日ジョー達がギルモア邸へと連れ込んだ、例の女子高生本人だった。
何が起こっているのかと目に入った光景から察する前に、触手に拘束された少女の顔が苦痛に歪んだ。
即座に、いけない、と思った。
助けなければならない、と思った。
ピュンマが懐に仕舞っていたスーパーガンを取り出し、脇のジェロニモに目配せをする。2人の目が合い、互いに無言で頷く。
戦闘を介して行動を共にしてきた────00ナンバー・サイボーグであるからこそ出来る、ひどく簡単な打ち合せ。
ピュンマが008として少女を捕らえる触手を狙って熱線を撃ったのと、ジェロニモが005としてその少女が持ち上げられた真下の位置に向かって駆けたのは、全く同時の出来事だった。
005が落下する少女を無事に受け止めたのを確認してから、008は脳内通信の回線を開き、伝えた。

『みんな、彼女が見つかった。妙な奴に襲われていて、僕達だけじゃ間に合いそうにない。場所を言うからすぐに来てくれ……!』

そして───────


「────おい!」
突然ぐらりとよろめいた少女の姿に、ジェットが思わず叫んでいた。だがその声は届かなかったらしく、少女は芝生の上へもろに突っ伏する。
00ナンバー達は少女の元へ駆け戻った。真っ先に彼女の体を起こしたのはジェロニモだ。
「……しっかりしろ、大丈夫か」
肩を揺すりながら声を掛けても、少女は目を閉じたまま反応しない。傍にいたフランソワーズが不意に告げた。
「……心配ないわ…気絶してるだけ。怪我もしてない」
直後、数人が吐き出した安堵の溜め息の音が見事に重なった。
「そうか……」
ジェロニモも安心したように声を漏らす。
「多分精神的に混乱して、それに耐えられなかったんだ。目の前で一度にあれだけ……現実離れした場面を、見たんだからね」
そう分析したのはピュンマだった。『現実離れした』という言葉を発した時、彼の眉間に浅く皺が刻まれたのを誰もが見ていた。
そこへ張々湖が率直に質問してくる。
「……混乱言うても、ワテらにはあんまりそういうふうには見えなかたアルよ?割と落ち着いてたみたいだったネ」
「外から見たらそうでも、内面までは覗けないだろう。普段からポーカーフェイスで、それが定着してたって事もある」
「我輩も同感だな」
アルベルトの指摘に、グレートが片手を軽く上げて意思表示する。
「それよりも─────これからどうする?」
徐々に脱線してきた雑談を聞き、辟易の色が僅かに浮かんだ表情で防護服姿のジョーが本題をすぱんと投げかけた。……優柔不断でも、やるべき時にはちゃんとやるらしい。
8人の間に、しばしの沈黙が流れる。そこへフランソワーズが最初に口を開いた。
「……この子は…さっきも言ったけど、一応無事よ。でもやっぱり、私達の所に連れて行った方がいいと思う……」
気絶した少女の顔をちらりと見やる。
「さっき逃げた、あれ………ひょっとしたら仲間がいるかもしれないわ。またこの子を狙うことだって考えられるし、私達の所にいてもらうのが得策じゃないかしら」
「…って言うか、オレらの所に連れてくるのが元々の目的だろ。ちょうどいいじゃねえか」
ジェットが腕組みしながらそう口を挟んだ。
「他の皆も、それでいいかい?」
ジェットとフランソワーズの意見を聞き、ジョーが残りのメンバーに問いかけた。
返ってきたのは、沈黙。
異論なし、という事らしい。
「それにしても──────」
仲間の反応を見受けてから、不意に視線を動かし、遠くを眺めるジョー。その動作に「なんだ?」と数人が怪訝そうな表情を浮かべる。
「………それにしても、派手にやったね……004」
どこか呆れたような声色。
全員が彼の見詰める先へと同様に視線を向け、それぞれで何とも形容し難い顔を作った。
彼らが見ているのは、アルベルトが膝から放ったミサイルでクレーター状に抉れてしまった公園の地面。
お陰で例の妙な敵の1人を潰して攻防を終える事は出来たし、正当防衛と言えばその通りでもある………のだが。
やっぱり、『公共の敷地』を破壊するのは避けておきたい所だった。
「……俺だって好きでやったんじゃない」
と、実行犯がぼそりと言い訳する。
「納得出来ないでもないけど………見つかったら騒ぎになるよね、これは」
クセの強い茶色の髪を掻きながら困惑した様子のジョーに、数人がうんうんと頷いていた。
「…今夜のニュースが楽しみだな」
明らかなからかいの色を含んだ笑みを浮かべるジェット。
「やれやれ、最近のマスコミさん方は忙しいですなあ。ははは」
と、楽天的に言うのはグレート。
「………………」
冷ややかな目付きで黙殺し、右手の銃口を2人に向けるアルベルト。
「だああっ!わ、分かった分かった悪かったって!」
「な、じょ、冗談を真に受けるとはこの先やっていけないぞアルベルト!」
「………ミニコントなんかやってる場合じゃないとのコトよ、そこの人達」
血相を変えて後退する情けない連中を呆れた顔で見、忠告を差し入れる張々湖。
傍で残り数人が、はあ……と溜め息を吐いた。
「しかし……賢いというか、狡猾と言うか、適いそうにないな。このお嬢さんには」
構えていた右手を下ろして、アルベルトが呟く。その視線の先には、ジェロニモの腕に抱えられた少女の姿。
「あの目立つ制服を脱いで、比較的地味なジャージに着替えていたとは………道理でどこを歩き回っても見つからなかった訳だ。まるで、俺達が制服を目印に探しているのを読んでいたみたいだな」
勿論そんな事はないだろうが、と後に付け足す。
確かにその通りだった。
こうして見てみると、昨日までの茶色の制服姿と今日の小豆色のジャージ姿…服装を変えただけでも、少女の印象は大分変わってくる。
昨日会った時の“印象”を頼りにしていても、彼女を見つけるのは容易い事ではなかったのだ。ひょっとしたら、この中のメンバーで何も知らないままに小豆色のジャージを着た女子高生と擦れ違った人間もいるかもしれない。
ジェロニモとピュンマが少女の元へたどり着けたのは、単に偶然が重なったが故の幸運の一つに過ぎなかった。
下手してこの公園すらも素通りして他の場所にいたら、この少女に会う事も、彼女を助ける事も現実とならずに終わっていたに違いない。
「それよりも、一番重要なのは………さっきの奴らだ」
言葉を発しながら、アルベルトのすぐ横をピュンマが険しい顔のまま歩いて行く。
彼はクレーター状の爆発の後の所へ寄り、不意にその場でしゃがみ込んだ。
「皆は後から来たから見てなかっただろうけどね────さっきの奴らは、例の行方不明になった女生徒と教師の姿をしていたんだ」
「………何だって?!」
少し遅れてから、ジョーが驚愕の声を上げる。ジェロニモを除く他の面々も顔色を変えた。
ピュンマから通信を受けてここへ駆け付けた時、すでにあの敵達は自らの頭部すらも犠牲にして、大量の触手を放出させていた。だから彼らはあの敵達の顔を拝む事が出来なかったのだ。
だがそう言われてから考えてみると、あの敵達の体に残っていた衣服は、ワイドショーで公開されていた『行方不明者の失踪時の服装』に一部合致していたような気もした。
「奴らが故意に、例の行方不明者の姿を真似してやっていたのか……あるいは、その行方不明者自体が、奴らだったのか。考えられる可能性は2つ。────でも、分からないのはそれだけじゃない」
しゃがみ込んだピュンマは爆炎で所々炭化した地表の上できょろきょろと視線を動かす。
やがて目的の物を見つけると、それを素手ではなく、懐から取り出したハンカチを使って摘まみ上げた。
「奴らが、何者なのか。それと、どうして彼女を狙ったのか」
独り言のように言い続けながらピュンマは立ち上がり、そのハンカチの布地の上に載せた物を見せる。
それは、痙攣したミミズのようにぐねぐねと体をうねらせた形のまま動かない、先刻の触手の小さな残骸だった。
「……これで何か分かるかもしれない。持って行って、ギルモア博士に調べてもらおう」
彼はそう締め括り、触手の残骸をハンカチで包み込んで、また懐に納める。
「あとは……気が付いてから、彼女に色々聞かなくちゃならない。僕達の事も話しておくべきだろうね」
導き出された結論に、しん、と全員が沈黙した。
それぞれが考えた事は、無論それぞれで異なる。だが1つだけ共通している感情があった。
恐れ、だった。
既に自分達が“一般人と違う”事は理解しているはずだ。それでも、たとえ『黒い幽霊団』に施術されたが故の不本意な結果だと説明して、彼女がそれを素直に受け止めてくれるだろうか。
────人間ではない。
その決定的な相違点を苗床にして、彼女の中に自分達に対する畏怖が植え付けられるのではないか。
自分達に怯えて、彼女は一体どんな顔をするだろうか。
彼女はあの敵達を『ばけもの』と言っていた。ならば、サイボーグである自分達の事は何て言うのだろう?
そんな恐れが、00ナンバーサイボーグ達の中に巣食っていた。
沈黙の中で、おもむろにジョーが頭を左右に振った。
「…そろそろ戻ろう。他の人間が来てこれを見つける前に、退散しないとまずい。ジェロニモ、彼女を運ぶのを頼んでもいいかな」
沈んだ空気を払いのけるように、彼はそう提起した。少し早口に聞こえたのは、気のせいではなかっただろう。
話を振られたジェロニモはそれを気付いていながらも、あえて何も言わずに頷いた。気絶している少女を腕に抱え直す。
そして彼らは、歩き出した。
その中で1人だけ、途中で立ち止まった人物がいた。彼はふと顔を上げ、頭上に広がる空を眺める。
ここへ駆け付けた時には赤々と世界を照らしていた日は地平線の下へ沈み、空から黄昏の色はすっかり退いてしまっていた。
ただそこにあるのは濃紺の色と、ちらちらと輝き始めた星の光だけ。
彼は、すっ…とその双眸を細めた。

「………厄介な事になりそうだな」

アルベルトは自分にだけ聞こえる声で、呟いた。


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