旅の途次~ちょっといい景に逢っていきませんか?~

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●あの味


~伊勢湾一周“台風”ツアー~

第六話 噂の「あの味」「あの鉄道」

 鳥羽の港から駅までは、だいたい歩いて5・6分くらいといったところ。近鉄と同じ駅舎で、結構ご立派。構内コンコースはいわゆる観光色丸出しの、土産物屋と雑貨屋が立ち並ぶミニチュアディズニーランド状態(あのアミューズメントパークは、どこをどう見ても出銭《デゼニ》ーランドだよなぁ)で、見てても面白くない。おかげで文字数を徒に割く必要がないので非常にありがたい。すぐに通りすぎて列車に乗ろう……と思っていたら、JRの改札は昭和の忘れ形見みたいな古ぼけたイメージ。もとよりジジイのこのオレにとっては落ち着くことこの上ない。駅はこうでなくっちゃね。
 「何か昔って感じですね、いいなぁ。」
 なんだ、君もジジイだったのか。
 「はは、勘弁してくださいよ」
 似たようなもんだろ、それでいいじゃないか。ジジイ二人ってことで。
 「ぇえ~~~? そんなぁ~」
 とかなんとか。
 列車は10:31発の快速“みえ8号”。広いホームに、真新しいとはいえたった3両のDCがぽつんと停まっている。その向こうには山吹色と濃紺に塗り分けられた近鉄特急が6両の長大(に見える)編成で発車を待っていた。行先が同じでもえらい違いだ。お役所と民間企業の差ってヤツかね。
 「さぁ、どうでしょう?」
 あ、そうか。キミは近鉄とチョット関わりがあるんだったな。この回しモノめ。JRなんか目じゃねぇゼ、とでも言いたいのか、コラ。
 「なに言ってるんですか。そんなわけありませんよ。現にこうしてJR乗ってるし。」
 あ、そうね。だけど納得いかねぇじゃねぇの。
 「賢島まで伸びてるせいじゃありませんか。」
 おぉ! なぁるほど……って、バカみたいな会話。
 参宮線は、いわゆる『お伊勢参り』客のために、明治26年12月31日に参宮鉄道として開業した、関西でも最古と呼べる路線のひとつ。とはいえ開業当初は途中駅の宮川までで、全通したのは明治30年11月11日のこと。お伊勢様詣での入り口となった終着駅は山田駅といい、現在の伊勢市駅(昭和34年7月15日駅名変更)である。ちなみに鳥羽までの延伸開業は明治40年に国鉄に買収されてから4年後の明治44年7月21日となる。ついでにもうひとつ付け加えておくと、日本で最初に御召列車が仕立てられたとき、その行先がこの伊勢だったと記憶している。裏づける資料が見つからず、あくまで記憶の域を出ないのだが、明治天皇の頃だったと思う。
 閑話休題、乗車した列車は思いのほか綺麗で、さすがは新型といったところだ。JR東海はいつもながらいい仕事をしてくれる。どうだ、まいったか、民間鉄道のスパイめ、恐れ入り給え。
 「へぇ~、結構いい車両ですねぇ。クロスシートだし、座り心地もいいや。」
 どぉだ、まいったか。しかも聞いて驚け、見て驚け。転換クロス【※1】だぞ!
 「やだなぁ、そんなところでマニアックな言動に走らなくてもいいじゃありませんか。」
 あ、そう? でぇもいい車両じゃな~いの。乗りやすい車両は新型でも好きだぞ。
 「そうですね。それは同感です。」
 だろう……って、いつのまに同調してるんだ、俺ぁ?
 そのうちに列車は動き出し、左手に伊勢湾を望みつつ、結構な速さで北へとひた走る。伊勢・志摩方面の観光客は、大概近鉄へとハシリがちではあるのだが、なかなかどうして、快適で速いじゃないの。何が悪いのかねぇ。
 「高いんでしょ。」
 あ、そ。一言で片付けてやんの。それでもさ、JRだってバカじゃないんだからさ、フリーキップとかで少しは努力してるんでないの?
 「どうでしょうねぇ。」
 やっぱり回しモノは回しモノだ。偏見かな? いーよーだ。オイラはJRフリークでずっと通すもんね。
 さて、そんなこんなで10:46、列車は伊勢市へ滑り込む。かつての修学旅行のメッカ、伊勢神宮の入り口の駅だ。特別列車がいくつも仕立てられ、全国各地、津々浦々から観光客が訪れた駅は、その盛況ぶりもどこへやら、すっかり閑散としており、乗車してくる客はそこそこ多いながらもどことなく寂しさを漂わせていた。なにかの本で『ただ徒に長いだけのホームに入ってくるのは一両ないし二両のすすけて古ぼけたディーゼルカーばかり。乗る客も降りる客もまばらで……』なんてフレーズがあったが、確かにそんなイメージがある。
 ともあれ、なんのかんのといいながら座席も7~8割が埋まり、そこそこ賑やかになってきたと思ったら、10:59の多気に停まって次はもう松阪。もう降りるんかい。
 「早いですねぇ。」
 べつにこの列車に別れを告げるのは惜しくはないけどね。それより腹減ったよ。
 「そうですよね。朝のパン以来ですもんね。」
 そうだった。昼時より1時間も早いわりにはやけに腹が減るなと思っていたら、朝飯が武豊線の車内で食った菓子パン半分コだけだった。なにより今回の旅のハイライト、松阪牛肉の昼メシだ! 店が込む前にさっさと済ませちまおうや。
 「そうですね。行きましょうか。」
 よっしゃ。どこに行く?
 「どこか知りませんか?」
 !! またかよ。そりゃ確かに昔、ここで一週間ほど泊まり込んでバイトしたことあったよ。けど、かれこれ10年も前の話だぜ。覚えちゃいないよ、って言うか、松阪牛なんて、高くてとても食えるもんじゃないってイメージがあったから見向きもしなかったよ。
 「じゃ、町に出てみましょうか。何か見つかるでしょ。」
 うぬ、コヤツ、素直すぎるぞ。これじゃどっちがツアコンだかわからぬではないか。イカンな、ココはひとつ、自分の役割っつーモンをはっきりさせておかなくては……って、おい! 先に立ってどんどん行くんじゃない! 待ってくれって、やっぱりツアコン様はネモ先生なのね。
 ……正直驚いた。10年前と町並みがほとんど変わっていない。変わったのは駅前の整備工事が終わって綺麗になっていることと、道往く人の服装、それに車のデザインだけ。何か懐かしい。そのうち昔泊まり込んだ宿の前を通った。そこはそれこそ何十年も前から変わっていませんよ、とでも言いたそうな佇まいを見せ、実に味わい深い姿を見せてくれていた。
 一件の料理屋で足を止める。小綺麗な店の構えと清潔そうなショーウィンドーに惹かれた。ネモ、ここにしないか、って、なんで先に進んでるのよ。
 「そこはいかにも観光客目当てって感じじゃないですか。」
 ……!! 確かに。い、いかん。社会人になってすっかり俗世間に毒されてしまった。こんなところで無駄金を使ってはいけないんだった。ビンボー旅行の鉄則を忘れるとは、ワガママ野郎合格……じゃない、鉄ヤロー失格……どっちをとるべきか……。
 「こういういかにも……って感じの所はどうですか?」
 と言いつつやってきたのはいわゆる下町の安メシ屋といった感じの、ちょっとホコリ被った古食堂だった。げ、一人できたら絶対素通りしそうなタイプの店。ま、まぁ、いいんでないの?
 「じゃ、ここに決めましょう。」
 おいおい、喜々として入っていくよ。こいつの職業って、旅行屋じゃなくて実は土方かなんかだったりしないか? まぁいいや。せっかくだからおつきあいしましょ。これくらいはあわせてやらんと、キップ持ってるのはヤツだからね。ヘソでも曲げられた日にゃあ、家に帰れなくなっちまう。食い物の恨みは恐ろしいってやつだ、クワバラクワバラ。
 店に入るとだれもいない。おぉい、大丈夫?
 「すいませーん、こんにちわー」
 さわやかなやつだ。お、出てきたぞ。無愛想なオバハンやのう。ここに座ればいいのね。あ、そう。肉丼? 牛丼でなくて? 似たようなもん? じゃあそれでいいや。
 「並と上ですって。どうします?」
 そりゃおまえ、ここまでわざわざメシ食いにきて“並”で帰るわけにはイカンだろう。俺はワガママ野郎なんだぞ、どうだ、まいったか。
 「やぱりそうですよね~。おばちゃーん、上ふたつー!」
 果たして、出てきた肉丼はホントにうまかった。いわゆるフツーの牛丼なのだが、味がなんとなく違う。ような気がする。たぶん違うんじゃないかと……。とにかく美味しかったの!! 適度な厚さにスライスされた牛肉とタマネギのバランスが程よく、甘辛いタレが上手に肉の旨みを引き出している。お新香と味噌汁が付いてこれで900円。大満足である。
 「ごちそーさま、またきますねー!」
 ウソつけよ、おい。まぁでも確かにそう言いたくなるのはわかるぞ。

 ★第七話へ続く★
 ★第五話へ戻る★

注
※1転換クロス……座席の形態のこと。クロスとはクロスシートの略で、向かい合わせの座席という意味。転換とは文字通り前後を逆さまにすることで、背もたれの横に付いている取っ手を向かい合わせ側に引っ張ると背もたれだけが反対に動いて座席の向きが逆向きになるというシステム。

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