in my heart of hearts

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Dec 29, 2010
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カテゴリ: カテゴリ未分類

誰の事もきっと

本当のところは よくわからないんだろうな と

思ったりする今日この頃

嫌いな人 苦手な人 苦手だけど嫌いじゃない人

好きな人 特別好きな人

昔好きだった人

昔好きだったけど今は大嫌いな人

なんだか難しい分類がどんどん増えてしまうし

そもそも分類するのは苦手だった気がします

部屋を片付けるのも苦手だし

きっと記憶とか感情とか 思い出の類も

片付けるのが苦手なんだろうと思う

白いものは白い箱に 黒いものは黒い箱に

そのどちらでもないものは どの箱に入れればいいのかわからないのに

どうしても白い箱か黒い箱のどちらかに入れなければならない というような

とてもストレスがたまる作業は

生きているとどうしても しなければならなくなる場面があるものだと

わかってはいるものの

だからと言って 簡単に割り切れるはずもなく

割り切った後も ある種の居心地の悪さが少なからず残ります。

あらゆる割り切りにくい事柄を 右へ左へ割り切らないと 

生きにくい時代なんだろうなと思いはするものの

私にはどうしてもついていけないみたいです。

たとえば自分の信じた道をまっすぐに進む人間がいるとして

まっすぐ進むには 山もあるし谷もあるだろうと思う

理想を持って突き進むのはかまわないと思うけど

そこでどうしても人を蹴落としたりだましたり利用したり

近道しようとしてよからぬ事をしたりして

だけど本人からしてみれば 理想があってまっすぐ進んでいるんだと

もしくはこういう守るべきものがあるんだから仕方ないじゃないか。

などと開き直った理論を展開するのですから呆気にとられてしまいます。

そういう人はきっと山も谷も 綺麗に整地して 部屋の中も片付け上手なのには違いないんでしょう。

なぜだかこれまで私のまわりにはそういう人との出会いがたくさんあって

そもそもあたしの人を見る観点が間違っていたのだと

そこは反省もするし、二度とそういう人とは関わりを持ちたくないし

そういう人を見ると 見ているだけで 気分が悪くなります。

例えるなら苦い水のような人たち です。

苦い水は複雑そうなよくわからない感じが

興味をそそるけど やっぱり苦い(不味い) ということみたいです。

甘い水はその香りだけで辟易してしまう・・・

珈琲のような味わい深い人ならばどうだろうか、

苦いだけではなくコクもあってバランス良くある人が 

どこかに居るんじゃないんだろうか と

淡い期待を持ったりもするけれど、

私はきっとそういう人には釣り合わないと思う。


出来る事なら単純に生きていたい。

結局は 普通の水がよかったね と

そういうことになるんだろうけど。

水にもいろいろあるから

たぶん水道水だと ダメなんだよね 笑






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Last updated  Dec 29, 2010 01:23:31 PM コメントを書く


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