おお様の耳ロバ

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硬化療法



なにせ、母と離れたのは、お泊り会の時のみなのだ。

次女の出産の時ですら、ずっと一緒だった。(一緒に泊れる病院を選んだ)

案の定、入院を告げると激しく泣き出した。


ただ、長女の目にも次女のあざはとっても痛々しかったのだろう。

最終的には

「ばあちゃんの家でお泊りして待ってる」と言ってくれた。


さて、硬化療法だ。

これは、余計にある血管の盛り上がっている所にエタノールというアルコールを注入して縮小させるというものらしい。

アルコールを注入するのだから、酔う状態になってしまうらしい。

手術のときの次女の月齢は10ヶ月。

ほんの少量しか注入することはできない。
酔っ払うし、全身麻酔だし。


入院すると、次女と同じ血管腫の子がわんさか入院していた。

この、手術は一度でおしまいということは、ほぼない。

みんな、何度も何度も入院している。
しかも、本当に遠くから来ている。


うちなんて、車で20分少々だ。

本当に恵まれている。


長女と同じ年の男の子は、右足のほとんどが血管腫だった。

本当に、何度も入退院し、エタノールも限界まで注入するので、毎度、術後は吐くらしい。

しかも、小学生になったら、入院は一人ですることになるのだとか。

うち長女なら、気が狂うだろう。


函館から来ている小学6年生の子もいた。

お母さんは敷地内にある家族用の宿舎に泊りこんでいた。

そして、毎回、入院の際には院内学級に編入するのだ。

この子は頭とうなじにとても大きな血管腫があった。

やはり、術後はかなり吐いていた。



手術の前には、色々、検査をした。

心電図や麻酔科の問診。

かなり、まどろっこしいスケジュールだった。

こんなもの、市内なんだから、外来で来て出来ないのかと言った。(できないらしい。祝日をはさんでたから、外泊したけど)


そうそう、手術の前日、病棟で水疱瘡の子が出た。

この子は口蓋劣で函館から来ていた子だった。

なんでも、この手術のために2週間前から極力外出を避け、この入院の為に病原菌に感染しないように、気を使っていたんだとか。

帰るときにはマジで涙を流していた。(そりゃそーだわ)


そんなこんなで、手術当日を迎えた。

うちの子はその日の手術の1番手だった。(一番チビだから)

手術当日の午前3時から、禁おっぱい。

看護士さんにお願いして、2時過ぎに起こしてもらって、おっぱいの飲みおさめをした。



がっ、次女は5時に目覚め、気を紛らすため、5時から8時までずっと、抱っこをするはめになった。



いよいよ、手術室から呼ばれた。

そのまま、抱っこをして、私が連れて行った。

そして、看護士に引き渡す。

看護士に抱っこされ、手術室に入っていく次女。

私を求めて泣く次女の声。



本当に胸が張り裂けそうだった。






1時間ほどして、呼ばれた。

また、手術室まで迎えに行き病室に帰ってきた。

麻酔から一度、目を覚ましたものの、抱っこするとまたすぐに寝てしまった。


ほんわか、湯上りのように暖かい次女の身体。

アルコールのせいなのだろうか。

足には点滴。

この点滴は、身体に回っているアルコールをおしっこで出すために、24時間していないといけないらしい。



この痛々しい姿を見て、


果たして、この手術をするという決断は、間違っていなかったのかと、ぐるぐる考えてしまう。


そもそも、次女の血管腫は自然に治る可能性はかなり高いらしい。

ただ、かなり、隆起しているので将来、皮膚がたるむ可能性もある。
皮膚がたるまないように早期にキレイになるようにと、今回の手術を受けることにした。

はやく、キレイにしてやりたいというのは、親の私のエゴではないのか?


そんなことを、思いながら、次女を抱っこして、ひとり、私は泣いていた。



仕事で来られない夫を少し恨んだ。










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