Romantic catミナちゃんの日記
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やしきたかじんさんが亡くなりましたね。関西のテレビ界屈指の人気者で知らない人はいないですよね。シンガーソングライターとしても数々の名曲を残して。僕がミナミの水商売の店で働いていた時もカラオケでこの人の歌をきかない日はなかったですね。歌詞やメロディーが、飲み屋の男性客やそこで働く水商売の女性にぴったりなんでしょうね。僕が最初やしきたかじんを知ったのは70年代後半です。桂三枝が司会するヤンタン土曜日に素人の歌の審査員で出てたのを覚えています。その頃はラジオにちょこちょこ出てまだヒットに恵まれてなくてなかったですね。シングル「ながばなし」とかリリースしてました。鶴瓶と新野新がやってた「ぬかるみの世界」なんかで流れてましたね。今、訃報のニュースをみていると東京が嫌い、という話が出ていますね。僕が一番記憶に残ってるのは83年頃、島田紳助がKBS京都でやってた「ハイヤング京都」にたかじんさんがゲストに出てきた時に披露していた話です。たかじんさんが歌手でデビューして間もない頃はじめて東京に行った時右も左もわからなくて目的地にいくために駅からタクシーを拾ったそうです。すると運転手が「近距離じゃねえか」と無礼で馬鹿にした態度をとったそうでお金を払うときも「釣り銭がない」と言われたそうです。たかじんさんは東京とはこんなところなのかと気後れしてしまい終止「すいません」と謝って降りたそうです。しかし乙女座で傷つきやすいたかじんさん。徐々に怒りがこみ上げてきて革の上下の服を買い、サングラスをかけ一週間、同じところで、同じ運転手を探したそうでとうとうその車を見つけて乗り込み「○○にいけ!」と前回と同じ目的地を告げ後部座席からすごみ続けた。そして目的地に着いてすべて小銭でお金を路上に投げつけ「拾え!」と命令。運転手はガクガク震えながら「ありがとうございます」と小銭を拾っていたと話していました。この話をきいた時は高校生だったのですが僕はこれに影響を受けました。卒業して大阪に出てから、冷たい扱いを受けたり納得できないことがありましたがたとえその場はひいても、引き返していって文句を言ったり後からでも思い知らせたりなんらかの復讐をこころがけるようになりました。ご本人はそんなこと、覚えていないかな。晩年の仕事の中では「たかじんのそこまで言って委員会」がよかったですね。合掌。
2014年01月14日
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